このページの本文へ移動

1089ブログ

2025年 新年のご挨拶

謹んで新春のお喜びを申し上げます。
皆様にとって幸多い年となりますようお祈り申し上げます。
 
はじめに、令和6年能登半島地震及び奥能登豪雨により被災され、いまだ復興途中にある方々に、心よりお見舞い申し上げるとともに、被災地の復興支援にご尽力されている方々に深く敬意を表します。
また今年は、阪神・淡路大震災の発生から30年であり、この間、被災地の復興にご尽力されてこられたすべての方々にも、改めて敬意を表します。

2025年の東京国立博物館は明日1月2日より、お正月恒例の企画、「博物館に初もうで」からはじまります。
毎年の干支にちなんだ特集では、「巳年」のヘビをテーマに「博物館に初もうで―ヘビ~なパワ~を巳(み)たいの蛇(じゃ)!―」を開催します。作品にみる多種多様なヘビの姿から、人間がヘビに見出してきたパワーを感じ取っていただければ幸いです。
また、ご好評をいただいております国宝「松林図屛風」の新春特別公開をはじめ、展示室の随所で、東博コレクションの名品、吉祥作品を展示して新年を寿(ことほ)ぎます。
コロナ禍以降昨年復活した1月2日、3日の新春イベントでは、人気の和太鼓や獅子舞、いけ花に加え、今年は新たに吟剣詩舞も披露します。
ぜひ、東博で日本のお正月をお楽しみください。

2025年のはじめの特別展は、1月21日からの開創1150年記念 特別展「旧嵯峨御所 大覚寺―百花繚乱 御所ゆかりの絵画―」です。京都 大覚寺内部を飾る障壁画はじめ、歴代天皇の書や密教美術の名品など、優れた寺宝の数々を一挙にご紹介します。
新年度になり4月22日からは、特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」を開催します。「婦女人相十品・ポッピンを吹く娘」喜多川歌麿、「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」東洲斎写楽といった世界的芸術家とみなされる浮世絵師を世に出した、蔦屋重三郎のコンテンツビジネスの活動を通して、これら浮世絵をはじめ江戸の多彩な文化をご覧いただきます。
少し遡った3月25日からは、8K映像を駆使した没入体験で日本美術の歴史を振り返る、「イマーシブシアター 新ジャポニズム~縄文から浮世絵、そしてアニメへ~」を、4月22日からは、現代アーティスト、デザイナー、クリエイターが制作した現代の浮世絵で、現代から未来へ続く伝統の可能性をお示しする「浮世絵現代」を開催します。
夏になり7月19日からの特別展「江戸☆大奥」では、将軍の妻である御台所や側室、そこに仕える御殿女中たちで構成される「大奥」の知られざる世界を紹介します。楊州周延筆の錦絵シリーズ「千代田の大奥」のほか、初公開を含む豪華絢爛な衣装や道具、歴史資料など多彩な作品が勢ぞろい。春日局をはじめ歴代の御台所や側室の生涯にも迫りながら、大奥250年の隠された歴史を明かしていきます。
9月9日からは特別展「運慶 祈りの空間-興福寺北円堂」を開催し、ここでは鎌倉復興当時の北円堂内陣の再現を試みます。その中の国宝「弥勒如来坐像」は、令和6年度(2024)の修理を経て、約60年ぶりに東京で公開されるものです。運慶の最高傑作が織りなす空間を、存分にお楽しみください。

このほか、春には当館庭園の桜と東博コレクションに見る桜の競演を楽しむ「博物館でお花見を」、秋にはテーマに沿ったアジア地域の作品を推す「博物館でアジアの旅」を開催します。例年同様、趣向を凝らしたイベントもあわせて計画していますので、こちらもどうぞお楽しみにしてください。

さて、昨年11月、私たちは、“いにしえから宝物を創ってきた人々の想いを、いまを生きる力にする"という『東京国立博物館2038ビジョン』を発表し、このビジョンを以って、現在の本館がオープンして100周年となる2038年に向け、展示中心のミュージアムから「最先端ミュージアム」へとして成長し、世界をリードするミュージアムを目指すことを表明しました。そしてこれを推進するためのミッションステートメントを定め、4つのキーワードでロードマップを描きました。
おかげさまで東博は、国内外から多くのお客様にご来館いただき賑わいを見せています。2025年はこのビジョンのもと、さらに皆様に、博物館が新たな発見・学び・体験を提供する場となるべく活動して参ります。
本年も東京国立博物館をよろしくお願いいたします。



東京国立博物館長
藤原 誠
 

カテゴリ:news

| 記事URL |

posted by 藤原誠(東京国立博物館長) at 2025年01月01日 (水)

 

ヘビ~なパワ~あふれる作品で東博初め

来年で22年目となるお正月の恒例企画「博物館に初もうで」を、2025年1月2日(木)より開催します。
巳年となる今回は、特集「博物館に初もうで―ヘビ~なパワ~を巳(み)たいの蛇(じゃ)!―」(本館特別1・2室)と題して、東博に棲(す)む古今東西のヘビたちを展示します。
 


「博物館に初もうで」ポスター

皆さんはヘビにどんなイメージを持っていますか? 
脱皮を繰り返す生態や、時に毒をもつ特性もあいまって、私たちは古くからヘビに不思議なパワーを見出してきました。本特集は絵画や彫刻、工芸品を通して、美しさ、迫力、面白さ、可愛らしさなど、私たちがヘビに重ねてきたさまざまな魅力を紹介するものです。
 
まずは、悟りを得たブッダが瞑想する間、ヘビの王「ナーガ」が傘となり雨風から守ったという伝説に基づいた仏像です。
 
ナーガ上のブッダ坐像(なーがじょうのぶっだざぞう)
タイ・ロッブリー出土 アンコール時代・12~13世紀 三木榮氏寄贈 東京国立博物館蔵 
 
ブッダの背後には7つの頭を持ったヘビが見えます。東南アジアでは水を司る神であるナーガに対する信仰が篤(あつ)く、仏教と結びついてこの形の像が多数つくられました。
 
後ろ姿にもご注目ください! 
ナーガの鱗まできっちり表現されています。
 
「ナーガ上のブッダ坐像」の背面
 
こちらは、ポスターにも登場している「自在蛇置物」。
 
自在蛇置物(じざいへびおきもの)
宗義作 昭和時代・20世紀 東京国立博物館蔵
 
頭部を除き、大小合わせて222個の部材からなる「自在置物」です。本物のヘビのようにとぐろを巻いたり、這(は)いずり回ったり、自然な動きができます。展示室では原品とあわせて複製品を自動で動かし、にょろにょろと動く様子を目の前でご覧いただきます。
 
つぶらな瞳が可愛らしい土偶のヘビもいます。
古代西アジアでも、ヘビは再生や豊穣と結びつく生き物でした。にょろっとしたヘビの動きをとらえた作品です。
 
蛇形土偶(へびがたどぐう)
伝イラン、ルリスタン地方 鉄器時代・前1000年頃 谷村敬介氏寄贈 東京国立博物館蔵
 
薬師如来が従える十二神将の巳神。どこにヘビがいるか、わかりますか?
 
重要文化財 十二神将立像(巳神)(じゅうにしんしょうりゅうぞう、ししん)
京都・浄瑠璃寺伝来 鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館蔵
 
正解は頭の上です。
鋭い眼差しのこちらの像は、頭上にとぐろを巻いて鎌首を持ち上げるヘビを表現しています。

「十二神将立像(巳神)」の顔部分
 
大きな口で人や動物を呑みこんだり、身体に巻きついたり、あるいは毒牙で噛みついたり。人間を圧倒する大蛇のイメージは伝説や物語にもしばしば登場し、人びとの前に立ちはだかります。
 
この場面には突如大蛇に巻き付かれてしまったお坊さんが描かれています。
 
重要文化財 清水寺縁起絵巻(きよみずでらえんぎえまき) 巻下(部分)
土佐光信筆 室町時代・永正14年(1517) 東京国立博物館蔵
 
「清水寺縁起絵巻 巻下」のお坊さんと蛇部分

清水寺に仁王像を安置すると誓うと大蛇は去り、窮地を逃れました。
 
こちらは有名な怪談話の「さらやしき」をモチーフにした作品。
主人が愛蔵していた皿を割ったために殺された腰元のお菊の霊が、夜中に井戸からあらわれ、皿の枚数を数える光景を描いています。
 
「百物語・さらやしき」
葛飾北斎筆 江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵
 
お菊の首を、殺される原因となった皿を何枚も重ねることで描き、蛇のような姿にしています。

特集のパンフレットはこちらのページからご覧いただけます。
ご来館前にぜひどうぞ!
 
 
本特集のほかに、国宝「松林図屛風」(1月2日(木)~13日(月・祝)、本館2室)、「名所江戸百景・するがてふ」(1月2日(木)~2月2日(日)、本館10室)、国宝「太刀 長船景光(号 小龍景光)」(1月2日(木)~3月16日(日)、本館13室)といったお正月らしい名品の数々もご覧いただけます。
 
国宝 松林図屛風(しょうりんずびょうぶ) の過去の展示風景
長谷川等伯筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵
2025年1月2日(木)~13日(月・祝) 本館2室(国宝室)で展示 
 
1月2日・3日は本館前のステージで、和太鼓や獅子舞、吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)の新春イベントも!
スケジュールはイベント情報のページをご覧ください。
 
過去の和太鼓イベントの様子
 
博物館に初もうで」は、2025年1月2日(木)から1月26日(日)まで開催します。
東博の名品とヘビたちのパワーを浴びながら、新しい年の訪れを感じてください。
 

 

カテゴリ:news催し物博物館に初もうで特集・特別公開

| 記事URL |

posted by 宮尾美奈子(広報室) at 2024年12月26日 (木)

 

高雄曼荼羅を写す

前回のブログ「密教の仏たちに包まれる―高雄曼荼羅の世界―」でご紹介しましたように、現存最古の両界曼荼羅である「高雄曼荼羅」は、平安時代にはすでに、空海が直接筆を執った特別な曼荼羅と認識されていました。


国宝 両界曼荼羅(高雄曼荼羅)(りょうかいまんだら、たかおまんだら)の展示風景
平安時代・9世紀 京都・神護寺蔵 
【金剛界】後期展示(8月14日~9月8日)

曼荼羅に描かれた仏たちは、密教の仏のお手本、規範であり、「白描(はくびょう)」という、墨の輪郭線を駆使した手法でその姿形が写し取られました。会場では平安時代後半から鎌倉時代の作品を展示しています。


重要文化財 高雄曼荼羅図像(たかおまんだらずぞう) 金剛界 巻上、巻中(部分)
平安時代・12世紀 奈良・長谷寺蔵 金剛界は
後期展示(8月14日~9月8日)

密教の仏は、たくさんの顔や手があったり、持ち物も複雑です。仏の姿ですから間違いは許されません。会場に並ぶ作品を見ると、一発勝負の緊張感を味わうことができます。

重要文化財 三十七尊羯磨形図像(さんじゅうしちそんかつまぎょうずぞう)(部分)

鎌倉時代・13世紀 京都・醍醐寺蔵 後期展示(8月14日~9月8日)

 
高雄曼荼羅はこれまで、鎌倉時代、江戸時代、そして現代(平成28年から6年かけてなされました)と、三度の修理が行われました。

江戸時代の修理の後、修理を企画した光格天皇と後桜町(ごさくらまち)上皇によって、原寸大の模本が制作されました。


両界曼荼羅(りょうかいまんだら)
右から【胎蔵界】江戸時代・寛政7年(1795)【金剛界】江戸時代・寛政6年(1794)
 京都・神護寺蔵 通期展示

「高雄曼荼羅」は、紫色に金銀が生える美しい作品です。今回行われた修理の際に分析が行われ、「紫根(しこん)」という非常に高価で希少な染料が使われていたことが明らかとなりました。「紫根」は紫色の染料ですので、高雄曼荼羅も描かれた当初は、模本に見られるような色味をしていたと考えられます。
 
江戸時代後半にかけて、原寸大だけでなく、数多くの模本が制作されました。空海ゆかりの曼荼羅の規範として、変わらず尊ばれていたことがうかがえます。
 
なかでも「両界曼荼羅」(京都・知恩院蔵)は、江戸時代後半の京都で活躍した仏画師、高橋逸斎(たかはしいっさい)が描いた作品です。


両界曼荼羅(りょうかいまんだら)右から胎蔵界、金剛界
江戸時代・文政11年(1828)
 京都・知恩院蔵 通期展示
 
本作品の魅力はなんといっても超絶技巧というべきその描写です。4メートルを超える大きさの高雄曼荼羅を1.8メートルの大きさに圧縮しているので、描写密度が半端ないのです。
 

両界曼荼羅 胎蔵界の部分
 
描線も美しく、高橋逸斎の持つ技術の高さが感じられます。

表装部分も描いています!


両界曼荼羅の表装部分
 
このほか会場には、高雄曼荼羅の仏を版木にした作例も展示しています。


高雄曼荼羅版木(たかおまんだらはんぎ)
明治3年(1870)
 京都・仁和寺蔵 通期展示

これは、当館に所蔵される京都・高山寺伝来の白描図像を下絵に版に起こされました。会場で久々の再開が果たされたのです!
 
高雄曼荼羅図像(たかおまんだらずぞう)
鎌倉時代・13世紀 
東京国立博物館蔵 通期展示
 
このように、平安時代後半から高雄曼荼羅の仏たちは様々に写されました。そこには、正しい仏を広めたいという高雄曼荼羅への人々の熱い想いを感じることができます。

高雄曼荼羅をご覧になった後は、ぜひこうした「写し」の作例もじっくりご覧ください。
「高雄曼荼羅」では見えにくい、気づきにくいモチーフを発見できるかもしれません。


重要文化財 高雄曼荼羅図像の賢劫千仏(げんごうせんぶつ)部分
 

同じく重要文化財 高雄曼荼羅図像 前期展示の胎蔵界ではカニが描かれていました※現在は展示されておりません
 
創建1200年記念 特別展「神護寺空海と真言密教のはじまり」の会期は残りわずかです(9月8日(日)まで)。

高雄曼荼羅や本尊「薬師如来立像」は、空海の時代から伝えられてきた神護寺の至宝です。今に伝えられたことの奇跡と軌跡、是非お見逃しなく!



 
 

 

カテゴリ:news絵画「神護寺」

| 記事URL |

posted by 古川 攝一 (教育普及室) at 2024年08月30日 (金)

 

特別展「神護寺」10万人達成!

 開催中の創建1200年記念 特別展「神護寺空海と真言密教のはじまり」(9月8日(日)まで)は、来場者10万人を突破しました。

これを記念し、山口県下関市からお越しの中山さん親子に、当館副館長の浅見龍介より記念品を贈呈いたしました。
 

記念品贈呈の様子。中山さん親子(中央、右)と浅見副館長(左)

美術館や博物館がお好きなお母様の由貴子さんが、娘の結葉さんを神護寺展にお誘いになったそうです。
 
本展の会期も残すところ15日となりました。
寺外初公開の本尊、国宝「薬師如来立像」や空海が筆を入れたと伝えられる国宝「両界曼荼羅(高雄曼荼羅)」、国宝「山水屛風」など、神護寺1200年の至宝をご覧いただける本展。この機会をどうぞお見逃しなく!
 
 
 

 

カテゴリ:news「神護寺」

| 記事URL |

posted by 宮尾美奈子(広報室) at 2024年08月22日 (木)

 

仏像展示の光と影

神護寺の本尊「薬師如来立像」は日本彫刻史の最高傑作といえるでしょう。


国宝 薬師如来立像(やくしにょらいりゅうぞう) 
平安時代・8~9世紀 京都・神護寺蔵 通期展示 

本来は高雄山の中腹に建つ金堂に置かれた厨子の中にまつられます。


金堂 

高雄山という霊地の空気が像の威厳を一層高めます。神護寺を真言密教の寺院として整備した空海は、薬師如来像の威厳のある姿をどのような思いで見つめたのでしょうか。

薬師如来像が寺を離れ、創建1200年記念 特別展「神護寺空海と真言密教のはじまり」に出品されるのは、節目の年とはいえ奇跡の出来事です。みなさまにも、奇跡の場に立ち会っていただきたいと思います。

 

ところで会期半ばに、薬師如来像の背後にある、仏から発せられる光を造形化した光背と、展示造作の幕を取り外しました。像の背中の美しさをご覧いただきたいという博物館担当者の思いと、見たいというお客様の声をご住職様に伝えてお許しをいただきました。このような機会を与えていただいたご住職様には心より感謝申し上げます。


第5章 会場風景

日本彫刻史では、仏像の衣の襞(ひだ)の表現を衣文(えもん)と呼んでいます。薬師如来像の正面には大腿部(だいたいぶ)を除いて、衣文が所狭しと表されます。

両腰から脚の間には、その形状から名付けられたY字形衣文とU字形衣文の美しい衣文線が見られます。大腿部に襞が無いのは、その盛り上がりの大きさを表現するためで、衣文を表さない衣文表現なのです。


薬師如来立像の大腿部

波打つ裾の縁は見どころの一つと思います。腹部には縄を思わせる衣文が刻まれますが、ややぎこちなさが感じられます。


薬師如来立像の腹部

左袖には膨らみのある襞と鋭い襞を交互に配する翻波式衣文(ほんぱしきえもん)が見られます。翻波式衣文は平安時代前期の彫刻の特徴の一つですが、これほど重厚で見事な表現は他にありません。


薬師如来立像の左袖部分

一方、背中には肘や腰、裾を除いて衣文がなく、腰の美しい曲面を見ることができます。背中に衣文がないのは拝するものからは見えないことが主な理由と考えられますが、製作者は、正面、左袖、背面とそれぞれ違った衣文表現を意識したはずです。


薬師如来立像の背中部分

日本彫刻史の最高傑作である神護寺の薬師如来像の背中や、左袖の翻波式衣文を見る機会は二度とありません。この機会を逃さないでください。


さて、背中を見ていただくには、幕と光背を取り外せば済むというわけではありません。これまでは幕や光背があったために、背中には照明が当てられていないのです。背中の美しさを見ていただく光が必要です。

照明を当て、光の具合を調整する作業をシューティングといいますが、この作業には、照明器具を調整する人、会場のデザインを考えたデザイナー、博物館の担当者が参加します。


第5章 会場風景

担当者が、ああしてほしい、こうしてほしいと作業をしている人に伝えても、照明器具の設置場所や仕様の制約などからすべて実現できるわけではありません。会場をデザインする過程で担当者から像のイメージを聞いていて、かつ照明器具のことも熟知しているデザイナーが担当者の意図を作業者に伝えます。

今回は、照明のために像が白く見えるという指摘があったので、まず、光の色を変える機能を調整して黄色味を増し、木の温かみを感じられるようにしました。

薬師如来像と日光菩薩像、月光菩薩像を照らすために、20個の照明器具が使用されますが、半数以上が薬師如来像に向いています。


第5章 中央のステージと照明

照明器具にもいくつか種類があり、すべての器具に光の色を調整する機能があるわけではありません。光の強さを調整する機能は多くの器具にそなわっていますが、広い範囲を明るく照らすもの、対象の形に合わせて光の範囲を調整できるもの、数センチの範囲にまで調整可能なものなどがあります。

薬師如来像も全体の輪郭や、頭髪部分、左袖の翻波式衣文など、その範囲に合わせた光が当てられています。それには微妙な調整の繰り返しが必要です。地震などで光がズレることもしばしばあります。


(中央)国宝 薬師如来立像 
(右)重要文化財 日光菩薩立像(にっこうぼさつりゅうぞう)(左)重要文化財 月光菩薩立像(がっこうぼさつりゅうぞう)
どちらも平安時代・9世紀 京都・神護寺蔵 通期展示

器具は、天井や天井付近に常設された配線ダクトや、展示に合わせて設置された臨時の配線ダクトに取り付けられます。薬師如来像の威厳のある表情を出すのに効果があったのは、その向かいの仮設の壁に付けられた比較的低い位置の器具でした。上方からの光だけでは顎に強い影が生じて、本来の表情が伝わりません。


威厳のある表情の薬師如来立像

注意しなくてはならないのは、像の背面を見ている人がまぶしくないように光の位置、向き、範囲を調整することです。今回は、まぶしさを完全に消せていない光が一部ありますがご容赦ください。


幕を取り除いたことで、薬師如来像と、それを護る十二神将像との一体感が増しました。本展覧会では十二神将像の壁に映った影が素敵だという声を多くいただいています。十二神将像の変化にとんだ身体の動きが、実際の像を見るよりも感じられるためではないでしょうか。


十二神将立像 (じゅうにしんしょうりゅうぞう)の展示風景
[酉神・亥神]室町時代・15~16 世紀[子神~申神・戌神]吉野右京・大橋作衛門等作 江戸時代・17 世紀 京都・神護寺蔵

十二神将像の主となる照明は上方からで、その強い影が壁の下方に映っています。この照明は像の上にも、像自身の強い影を生じさせるので、その影を弱めるために展示台に設けた器具から光を当てています。この光が、変化に富んだ影を壁に映しているのです。


十二神将立像の展示風景

この器具は光の強さを調整できないので、強すぎる場合は弱くするためのフィルターを1ないし2枚入れます。この器具の光は強いものではありませんが、下方から当てるので、いわゆるお化け顔になります。そこで上方から別の器具を使って顔に光を当てます。この照明に気付かれる方はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。というのは、壁の影の状態を保つために顔からはみ出さないように狭い範囲に絞って光を当てているのです。

壁の影の面白さを保つことも意識しましたが、複数の光を当てると影が乱雑に映り、像を見る妨げになるのです。薬師如来像の背後に白い幕があったときには、像を引き立てるのに妨げになる影を薄くするための光も必要でした。


第5章 前期の展示風景

仏像の展示の光と影についてお話ししましたが、このようなところにも担当者の経験と展示への思いが反映します。

 

 

カテゴリ:news彫刻「神護寺」

| 記事URL |

posted by 丸山士郎(彫刻担当) at 2024年08月21日 (水)

 

1 2 3 4 5 6 7 最後