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中国山水画の20世紀ブログ 第6回-私のイチオシ!10人が選ぶこの逸品(1)

特別展「中国山水画の20世紀」では、28人の画家、50件の作品が展示されています。
中国では「超」のつくほどの有名画家の代表作ばかり。
ただ、日本に住む私たちにとっては、なじみのない画家ばかりかもしれません。
そんなあなたのために、「私のイチオシ!10人が選ぶこの逸品」と題し、
当館の研究員10人に、展示作品の魅力を語ってもらいました。

見る場所によって印象が異なる、現代絵画はおもしろい!
トップバッターは田沢裕賀絵画・彫刻室長。当館日本絵画の責任者です。
そんな絵画のエキスパートが選ぶ逸品がこれ。


No.46 緑色長城 関山月筆 1974年 中国美術館蔵

この絵、画面の左手に立って見てみると、自分がすごく変な所に立ってるような印象を受けるんだ。
変な高さ、空中に浮かんでいるような感じで、どうもしっくりこない。
奥行きを出そうとしているんだけど、浜の先のほうまで行けちゃう、中国山水画の伝統にある、現実を超越した奥深い広がりではなく、「人間のいる世界」って感じがする。
でもね、この絵、右から見てみると、自分が画面の中の地面に立っているような感覚で、景色が奥に広がっていくような感じがする。

右下から左上へ風がブワーって吹いて、木のザワザワって音も聞こえてきそうじゃない?
緑青の絵具がもりもりっとして、木々の立体感がすごく出てくる。絵具の塗り重ねで画面の奥行きや立体感を表そうとするのは東洋の古い絵にはなかったことだから、とても新しさを感じる。現代の日本画にも共通する面白さだよ。
右から見るって言ったけど、正面、ソファーの後ろあたりから見るのが普通か(当り前か!)。



木がしゃべりだしそう、20世紀中国絵画にドイツ・ロマン主義を見た
伊藤信二教育普及室長は仏教工芸が専門。 勤務時間前、誰もいないオフィスで一人ギターをかきならす、70年代フォークをこよなく愛する伊藤室長の「イチオシ!」はこれ。


No.45 護林 黎雄才筆 1959年 中国美術館蔵

画面手前に雄々しく荒ぶる木々や岩の存在感がすごい。いまにも、木がしゃべりだしそうな感じがしない?
近景に画家の強い意識が及んでいるように思えるんだ。小さく人が描かれているけれど、これがなければ確実に木そのものがこの絵の主人公。
そして、立ち込めるもや、差し込む光の表現によって、視線は右奥ふかく導かれていく感じ。
こんな神々しいまでの景観表現には、「語りたい何か」があるに違いない。そんな寓意性が込められた絵画なんだろうな。

この画風、日本でいえば橋本雅邦あたりの絵画を思いだすけど、やっぱり、ドイツ・ロマン派の画家、フリードリヒの一連の作品をつい、思い起こさせるよね。


人民のとまどい、国家のいきおい
天津での留学経験を持ち、中国語も堪能な和田浩環境保存室主任研究員は、魏紫熙「天塹通途」に描かれた南京長江大橋を実際に歩いた経験があるそうです。
そんな和田主任はこの「天塹通途」を「山頂のコンビニ」とたとえました。


No.40 天塹通途 魏紫熙筆 1973年 中国美術館蔵

この絵を見ていると、若干のとまどい、違和感を感じる。高い山に登って、さあ頂上だって時に、そこにコンビニがあるような。
というのも、山と河、これだけだったら伝統的な絵画なのに、いきなりこの橋?!
この感覚って、この絵に描かれた時代の人々も同じような感じを持っていたんじゃないかな。
当時の人たちも、自分たちの生活の中に突然こんな大きな橋ができて、とまどっていたんだと思う。

絵を見てみると、地面に接しているはずの、橋の支柱部分が描かれていなくて、橋と、岸辺で暮らす人々の生活が全く別次元のように描かれているでしょ。 しかも、橋の先も霞に隠れて見えない。
なにかを象徴しているように思えてくる。
人々の生活とは直結しない、近代的な橋の建設や国家の存在に対する人々の違和感を、この画家はたくみに描いているんじゃないかな。
これは写真じゃなくて、実際に作品を見たからこそ伝わる迫真性だよね。



かくれた筆力、青の時代のピカソを想起させる
中国をはじめとする東洋工芸が専門の松本伸之学芸企画部長。トーハクに赴任する前、関西での美術館学芸員時代に、館蔵品充実のため香港で斉白石の作品を大量買いした経験があるとか。
そんな稀有な経験を有する松本部長に聞いた「イチオシ!」はこれ。


No.28 風景 林風眠筆 1961年 中国美術館蔵(右は部分拡大)

一見、拙そうに見えるこの絵だけど、実は隠れた筆力がみなぎっているのが分かる。西洋の筆では表現できない、東洋の筆独特の筆使いがよく見える。
とくに山のひだの所を見てもらいたいんだけど、偶然できたってわけじゃなく、意識して、緻密に計算してこれを描いている。
本当はうまく描けて、ものすごい技法を持っているのに、わざと崩して描いている気がする。
離れて見るとぼんやりしているように思えるんだけど、近づいてみると、この人、ものすごく絵がうまいってことがよく分かる。
じっくり見ていると、絵の中の風景が動き出してきて、がぜん、味わいが出てくるでしょう。
こういった遠景、中景、近景の絶妙な奥行き感も、実際に会場で作品を見ないと感じられないと思うよ。
この人、パリに留学してたんだよね? 見ているとピカソの「青の時代」のような感じを受けるよ。
一見、全然違うようだけど、筆力を生かした線描にどこか共通するところがあるんじゃないかな。
もしかしたら留学先で、ピカソの絵も見ていたのかもしれないね。


描けそうで描けない、この斬新な“間”
井上洋一企画課長は日本考古が専門。この展覧会の後に特別5室で開催される「出雲―聖地の至宝―」展を現在準備中。
選んだのがこの逸品。


No.7 滕王閣図(左) 斉白石筆 1930年代 中国美術館蔵

この間だよ、この間! 分かる?
構図として絶妙におもしろい。山水画の常識を超越した、まさに「伝統の継承と発展」。
この山、樹木、楼閣の三段と、そこをつなぐ間。こんな間は描けそうで描けない、斬新さを強く感じるね。
山水画って、空間をどうとらえるかってことでしょ? こんな発想はこれまでの伝統絵画にはありえない、新たな中国絵画の誕生を強く主張しているようにも思えるね。 よくぞ思いついたもんだよねと、すごい!
それともう一点、お勧めがあるんだけど、いいかな?
 (聞き手:もちろんです!)


No.12 秋江雨渡図(右) 陳少梅 1941年 中国美術館蔵

この絵、『真美大観』って本の図版から写したんでしょ?
それでね、私も図版と絵とを見比べたんだけど、よく見ると波の形が違うことに気付いた?
『真美大観』の方の波は、どちらかというと形式的に描いているんだけど、陳少梅の方は、強い風に川の水があおられて、波しぶきが立っているように描かれている。とてもリアルな表現。
もちろん構図は写しているんだけど、そこに独自性を盛り込んでいる。ただ写したんじゃないぞという、主張じゃないのかな。
よーく見比べないとわからないから、これを読んでいるみなさんもぜひ、会場で確かめてほしいですね。



前々回の松嶋雅人特別展室長の記事に引き続き、さまざまな専門分野を有する、トーハク研究員のバラエティー豊かな視点から作品を紹介しようとはじめたこの企画。取材している我々も、あっとおどろくエピソードと斬新なみかたが盛りだくさんの記事になりました。

特別展「中国山水画の20世紀」には、語りだしたらとまらない、個性的で魅力あふれる作品が数多く展示されています。
みなさんも会場で「私のイチオシ!」を見つけ出してください!

続く5人の研究員も饒舌に作品の魅力を語ってくれています。間もなく公開予定です。どうぞご期待ください。

日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 特別展「中国山水画の20世紀 中国美術館名品選
本館 特別5室   2012年7月31日(火) ~ 2012年8月26日(日)

 

カテゴリ:研究員のイチオシ2012年度の特別展

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posted by 塚本麿充・土屋貴裕・高木結美(「中国山水画の20世紀展」担当) at 2012年08月14日 (火)