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『至宝とボストンと私』 #7 平治物語絵巻

第2章の展示室には、在外二大絵巻といわれる「吉備大臣入唐絵巻」と「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」が全巻展示されています。こんなに豪華な展示は、ボストン美術館でもなかなか出来ないそうです。
『至宝とボストンと私』第7回目は、絵画・彫刻室研究員の土屋貴裕(つちやたかひろ)さんと、平治物語絵巻を見てゆきます。

第2章展示室
特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」絵巻のコーナー


『研究員の目はマニアック?』

広報(以下K):絵巻は、内容を知らなくても絵を追っていくだけで楽しいです。
さて、今回は全巻を全期間展示という素晴らしい企画ですね。

土屋(以下T):まさにそうですね。巻替えもなく、全場面を見ることが出来て大変嬉しいです。

平治物語絵巻
平治物語絵巻 三条殿夜討巻(さんじょうどのようちのまき)(部分)
鎌倉時代・13世紀後半

実は私はこの「平治物語絵巻」にはご縁がありまして、大学生の時に名古屋ボストン美術館での展覧会で、そして昨年、調査のために訪れたボストン美術館の収蔵庫で拝見する機会がありました。
今回で3度目の機会になりますが、何度見てもすごい作品です。

K:どんなところがすごいのか、ポイントを教えてください。

T:それではまず、武士たちの脚に注目してみてください。

平治物語絵巻 足部分

皆引き締まっていてたまらないですね!馬も良い脚してます。
ふくらはぎのもりもり感、すね側のすっきり感、そして足首にかけてのライン!

K:土屋さん…(汗)。でも、私も脚フェチなのでよく分かります!

T:そうでしょうそうでしょう!これを描いた人はきっと、脚の表現にこだわりがあったのだと思うのです。
この作品に限らず絵巻は、一人で描くのではなく工房で複数の人間が手分けして描くものですが、絵師によって画風がバラバラだと作品に統一感がなくなってしまいますよね?
それで、工房の親分のような人が、スタイルを指導するのです。
総合文化展(本館2室 国宝室)で展示中の国宝 平治物語絵巻 六波羅行幸巻(5月27日まで)でも、その表現が貫かれています。

K:脚の描き方まで、親分がしっかりディレクションしていたのですね。確かに、皆さんそろって脚が速そうです。しっかり作品を見たつもりでしたが、脚の表現までは注目していませんでした。
その他に注目のポイントはありますか?

T:やはり、火炎の表現です。

平治物語絵巻 炎部分

炎の勢いはいよいよ激しく、煙はもくもくと立ち昇り、そして火花が舞い散る。本当にリアルな表現です。
この火の粉には「吹墨(ふきずみ)」という技法が使われています。
絵具をつけた筆に息を吹き付けたり、筆の柄の部分をトントンと叩いて絵具を飛ばす技法です。炎をより恐ろしく、リアルに描こうとする絵師のこだわりを感じますね。
ちなみに、一番最後の詞書の部分をよく見てみてください。

平治物語絵巻 最後部分

最後の行に、赤い点があるのが見えますか?

平治物語絵巻 いの字の上

K:んー、小さい点ですが、確かに見えます。

T:実は、東博のOBでもある故秋山光和先生がこの赤い点を発見されました。40年前、ボストン美術館の名品展が当館で行われていた頃です。
この火の粉の跡によって、この詞書の左側にも火炎表現が描かれていた可能性があったのではないか、と発表されました。

K:現在では失われてしまった部分に絵が存在していた、ということですね?それをこの小さな点々から明らかにされたなんて、恐れ入ります!そこまで見るか!という感じです。

T:細部をじっくりと観察する。これぞ「プロの仕事」ですよね!私も常にそういった態度で作品に接したいと考えています。


『無残な表現は何のため?』

K:見れば見るほど、細かい表現が気になりますね。絵師たちの集中力、気迫が感じられます。

T:そうですね。例えば絵の中盤、屋根の下あたりをご覧ください。

平治物語絵巻 下書き部分 

下描きの線が見えますね。絵を描く途中で、構図の変更があったことがわかります。絵師が大変苦労してこの絵巻を完成させたことが伝わってきます。

K:確かに、一旦描いてしまったら簡単に消したり出来ないですもんね!神経をつかいそうです…。

T:こうやって、絵師の苦労に思いを馳せるのも、絵巻を楽しむポイントのひとつです。

K:楽しむといえば、この絵巻は誰かが鑑賞して楽しむものだったのでしょうか。何のために描かれたのですか?

T:それは、はっきりとは分かっていません。
この巻で特に繰り返し描かれる残虐な場面。これを鎌倉時代の人たちがワクワク楽しんで見ていたのか、私自身大変疑問に思います。
詞書にもこの三条殿での惨状が記されているのですが、ここまで詳しく描かないという選択もできたわけです。
ましてや殺されているのは、女房や御所に仕えるなど非武装の人たち。それを何故このようにリアルに描いたのか、誰が何の目的で描かせたのかは、謎のままです。
ただ、これだけ大きな作品をつくるとなると、莫大な資金も必要になるため、それなりの高位の身分の人間が依頼し、絵師たちは相当の覚悟をもって制作に挑んだはずです。
 
K:たくさんの謎、たくさんのトリビアが詰まった絵巻ですね。ボストン美術館展のハイライトと呼ぶに相応しい作品です。

T:ちなみに、本館3室で6月3日まで展示されている重文 天狗草紙絵巻と、重文 北野天神縁起絵巻も、この絵巻と同じ流れを汲んでいる工房の作品と考えられます。合わせてチェックしてみてくださいね。

K:土屋さん、どうも有難うございました。


土屋研究員
専門:日本中世絵画 所属部署:絵画・彫刻室

次回のテーマは「仏像」です。どうぞおたのしみに。

All photographs © 2012 Museum of Fine Arts, Boston.

カテゴリ:研究員のイチオシnews2012年度の特別展

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posted by 小島佳(広報室) at 2012年05月25日 (金)