このページの本文へ移動

1089ブログ

『至宝とボストンと私』 #6 仏画

特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」の最初の展示室は、仏画が16点並んでいます。まさに国宝級の作品がずらり。その様子は圧巻の一言です。
気合を入れて、時間をかけてご覧になるお客様が多くいらっしゃいます。
『至宝とボストンと私』第6回目は、特別展室主任研究員の沖松健次郎(おきまつけんじろう)さんと、この仏画のコーナーを見てゆきます。

仏画のコーナー
特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」仏画のコーナー


『信仰心と、美の追求』

広報(以下K):展覧会に入ってすぐの展示室から、いきなり超一級の作品が並んでいて圧倒されますね。

沖松(以下O):そうですね。本当に素晴らしい作品が里帰りしていて、このコーナーだけでも展覧会がひとつ開けてしまいそうなくらいです。

K:それでは、どのあたりが素晴らしいのか具体的にお聞きしてみたいと思います!

O:そうですね…。
この中には、日本に残っていたなら間違いなく国宝や重文に指定されるべき作品が多く展示されています。
作品の美しさ、質の高さ、保存状態、歴史的意義などを考えても、これだけのレベルの仏画のコレクションはなかなかありませんから。

K:あの…、まずは「仏画」とはどういうものなのか教えていただけますか?

O:仏画とは、文字通り「ほとけの画(え)」ということです。
厳密に言うと「ほとけ」とは、完全な智慧で宇宙万物の真理を覚り、大きな慈悲で人々を救う「如来」のことを意味します。
しかし一般的に言う「仏画」には、自分の修行の功徳で広く人々を救おうと誓願を立てた、如来に次ぐ「菩薩」や、守護神としての役割をもつ「天」、如来の化身としての「明王」や、仏教の中でも密教独特の世界観を表した「曼荼羅」など、さまざまな主題を含んで用いています。

K:それでは、仏画は礼拝や祈祷の対象として描かれた、ということなのでしょうか?

O:そうです。あるいは空間の荘厳、つまり仏堂を美しくおごそかに飾るために描かれました。

馬頭観音菩薩像
馬頭観音菩薩像(ばとうかんのんぼさつぞう)
平安時代・12世紀中頃
 

たとえばこの作品。
馬頭観音菩薩は、あらゆる人を救うとされる観音様のひとつの姿です。特に、理性なく本能のままに生きる、苦しみ多く楽少ないという畜生道におちた人を救う観音として信仰されてきました。
正面の冠に馬の頭部を着けています。これは、力強い馬のエネルギーを借りるためです。

この作品がつくられた平安時代、財力のある貴族たちは、最高の絵師に最高の材料で仏画をつくらせました。
貴族好みの「美麗な」装飾をほどこし、贅の限りを尽くします。
この行為そのものが功徳につながる、という信仰上の理由もあり、この時代の仏画は絢爛さがどんどんエスカレートしてゆき、度を越した美麗の追求が取り締まりの対象になるほどでした。

K:それくらい、仏教への信仰心が篤かったということですね。

O:単純に信仰心が篤いというと美しい感じがしますが、政争に明け暮れ、人生を翻弄された貴族にとって、信仰は切実なものだったようです。根底にあったものは、とても生々しい欲求だったと思います。
そのような信仰性と、貴族の美意識とが合致して、美しい作品が次々と誕生しました。
そして、そのような美の世界を実現できるだけの技術をもった人たちがいた、ということもまた驚くべきことです。

K:よく見ると、とても細かい模様が描かれていますね。

O:はい。
少し見えづらいのですが、金箔押しや截金(きりかね)による装飾が施されています。
截金というのは、金箔・銀箔などを数枚焼き合わせ、髪の毛くらい細い線に切ったものを画面に貼り、細かい文様を表す技法です。

馬頭観音菩薩像(部分)

衣に描かれている文様の金色の細い線や、蓮弁の脈の部分にご注目ください。精緻な表現と確かな技術力には驚くばかりです。
当時はろうそくの揺らめく光の中で見たので、金がよりきらめいて見えたのではないでしょうか。
 

『ほんものを見る、ということ』

K:当時は一般庶民が目にする機会は無かったのですか?

O:発願者は貴族の中でも位が上の方ですし、仏画は元々法要の際に使われるものですから、法要に参加できる立場の人間しか目にすることは出来ませんでした。

K:では、私のような人間が目にすることができるのは、現代だからなのですね!なんだか嬉しくなります。
沖松さんは、この作品をご覧になってみてどんな感想をお持ちですか?

O:これらの作品を図版で見る機会は多くありましたが、今回間近で見てみて、本当に良い作品だと感じました。
穏やかでバランスのとれた姿、優美で華やかな彩色、精緻で手の込んだ装飾、どれをとっても一級の作品です。
やはり図版ではなく、実際に見てみないとだめだと改めて思います。

K:なぜこれほどまでに素晴らしい作品が、アメリカに渡ったのでしょうか?

O:明治時代の廃仏毀釈運動により、寺院・仏像・仏具などが破壊され、仏教が危機的状況にありました。
そんな中で、馬頭観音菩薩像などの一級品も売りに出されてしまいます。

K:そこでフェノロサの登場ですね。

O:そうです。捨て去られようとしていた仏画等を、日本の文化、美術の所産として評価・購入し、ボストンの地でしっかりと守ってくれました。

K:そのおかげで、今私たちは作品を目にすることが出来るのですね。
有難みがぐっと増したような気がします。そしてその貴重な作品をたくさん出品してくださったボストン美術館にも感謝です!
沖松さん、どうも有難うございました。


第1章 仏のかたち 神のすがた
専門:仏画 所属部署:特別展室


次回のテーマは「絵巻」です。どうぞおたのしみに。


All photographs © 2012 Museum of Fine Arts, Boston.

カテゴリ:研究員のイチオシnews2012年度の特別展

| 記事URL |

posted by 小島佳(広報室) at 2012年05月21日 (月)