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『至宝とボストンと私』 #5 水墨画

色鮮やかな絵巻の展示のあとには、墨一色の水墨画の世界が広がります。小さな画面の中に、大きな空間の拡がりを見せる作品たち。
『至宝とボストンと私』第5回目は、貸与特別観覧室長の救仁郷秀明(くにごうひであき)さんと、水墨画のコーナーを見てゆきます。

第2章 展示風景
特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」水墨画のコーナー


『水墨画=禅宗の絵画、ではない?!』

広報(以下K):色鮮やかな絵巻のコーナーから一転して、水墨画のコーナーは渋い色使いになりました。でも落ち着きがあって日本人の感性にしっくりくるような感じがします。
救仁郷さん、初歩的な質問なのですが、まずは「水墨画」の成り立ちについて教えてください。

救仁郷(以下ク):平安~鎌倉時代の絵画にはだいたい色がついていますが、室町時代には色のない「水墨画」が大きく発展します。
水墨画が盛んになり始めるのは鎌倉時代後期。建長寺や円覚寺などの禅宗寺院が鎌倉に建立され、北条時宗が活躍する時代です。
この頃、中国からは偉い禅僧が来日するようになり、日本からもたくさんの僧が中国に留学し、日中の交流が盛んになります。

K:そこで、さまざまな文化が日本に入ってくるわけですね?

ク:はい。水墨画もそのひとつです。
日本においての水墨画は、室町時代中頃までは禅宗と密接な関係がありました。
この作品をご覧ください。

山水図
山水図 
祥啓(しょうけい)筆 室町時代・15世紀末~16世紀初

 
ボストン美術館の所蔵品の中でもとても有名な作品です。この作者の祥啓という人は、建長寺の絵画を専門とする画僧でした。

K:お坊さんが描いていたということは、水墨画も禅画の一種なのですか?

ク:いいえ、全てが禅宗的だったかといわれると、そうでもありません。
水墨画は禅宗というパイプを通じて中国から伝わったため、日本では主に禅僧が水墨画を描いていました。
そのため、作品の内容も禅宗と関連があるかのように思われがちなのですが、水墨画のスタイルは中国では普通の人も見るようなごく一般的な美術でした。

K:当時の中国でいう、「現代美術」だったのですね。

ク:そうですね、南宋~元時代にかけての現代的な絵画のスタイルだったといえます。

K:作者の祥啓は、建長寺の画僧とおっしゃっていましたが、どうしてこんな素敵な作品が描けたのでしょうか。誰かに教わったのですか?

ク:祥啓は、夏珪(かけい)という中国・南宋時代の宮廷画家の作品を学んだのだと考えられます。
夏珪は宮廷画家の中でも最高ランクの称号をもつ人物で、特に水墨山水画を得意としました。日本においてもこの人の作品が手本とされ、大変人気があったようです。
もちろん、夏珪とは生きている時代が違いますので、直接教えを受けたわけではありません。

K:それでは祥啓は、日本にあった夏珪の作品を見て学んだ、ということでしょうか?

ク:そうだと思います。
夏珪の作品は、足利将軍家にコレクションされていました。そのコレクションを管理したり、偉いお客様がいらしたときにお座敷を飾ったりする芸術上のブレーンに、芸阿弥(げいあみ)という人物がいました。この人は自分でも絵を描く人です。
祥啓は1478年に京都に出向いていますが、このとき芸阿弥のもとで足利将軍家のコレクションを見せてもらったり、手ほどきを受けています。
つまり祥啓は、芸阿弥を介して夏珪の様式を学んだと考えていいでしょう。

現在、東京・畠山記念館で開催中の展覧会「唐物と室町時代の美術」で、伝夏珪筆の山水図(重要文化財)が展示されています。(展示期間:5月27日(日)まで。本展図録117ページに挿図を掲載しています。)
夏珪の作品と、夏珪の様式を学んだ祥啓の作品を、ぜひ見比べてみてください。新たな発見があるかもしれません。


『絵の中を、旅するのです』

K:救仁郷さんは、この作品はお好きですか?
 
ク:もちろん大好きです。

K:どういうところがお好きなのですか?

ク:絵の中を物見遊山できるのです。
この作品に限らず、水墨山水画は絵の端から端までなめ尽くすように見ないことには、良さが分かりません。下(手前)から上へと視線をうつしてゆくと、遠くの景色へと引き込まれてゆく構造になっています。

まずは近景から見てゆきましょう。右下の水辺に庵が建っています。

山水図 庵の部分

こんな水辺に建物を建てたらすぐに悪くなってしまいそうですが、良い景色が見られるベストスポットなんだから、そんなことは関係ありません。
窓辺に肩肘をついて外を見ている人がいますね。左下にある舟を見ているのでしょうか。

山水図 舟の部分

この舟には船頭と客2人が乗っています。その少し奥にある滝を見に来たのかも知れません。

K:救仁郷劇場が展開していますね…

ク:この滝は名所で、きっと絶景スポットなのでしょう。滝壺の音が、ドボドボと聞こえてきませんか?

山水図 滝の部分

K:おお!なんて詩的な!

ク:滝を徒歩で見に行く人のための沿道が手前から伸びて、恐らくは左上の建物に続いているのでしょう。ここに上ると更に良い景色が広がっているのではないでしょうか。そして、、

(救仁郷劇場はこの後更なる展開があったのですが、文字数の関係上省略させていただきます。)

K:すごいです!下から上へと視線をうつしてゆく、という見方がとても良く分かりました!

ク:水墨画は一見地味ですが、絵の中を旅して、散策してみてください。
都会に住んでいると、自然に触れる機会って少ないですよね。山水図はその代用として、オアシスのような役割を果たしてくれると思います。

K:見れば見るほど細かい描写に気付き、ストーリーが拡がってゆくのですね。じっくりと見て、絵の中を旅しようと思います。
救仁郷さん、どうも有難うございました。


救仁郷研究員
専門:中世水墨画 所属部署:貸与特別観覧室

次回のテーマは「仏画」です。どうぞおたのしみに。

All photographs © 2012 Museum of Fine Arts, Boston.

 

カテゴリ:研究員のイチオシnews2012年度の特別展

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posted by 小島佳(広報室) at 2012年05月17日 (木)