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1089ブログ

特別企画「韓国美術の玉手箱」その2 高貴なる美意識の結晶、高麗青磁

現在開催中の日韓国交正常化60周年記念 特別企画「韓国美術の玉手箱―国立中央博物館の所蔵品を迎えて―」(4月5日まで開催中)は、大きく高麗時代と朝鮮時代の2つの章から構成されています。
今回は、工芸を担当する三笠より、第1章「高麗――美と信仰」でご覧いただける韓国国立中央博物館所蔵の金銀器と高麗青磁の魅力について紹介いたします。


第1章「高麗――美と信仰」展示風景

高麗時代(918~1392)は、中国の影響を受けながら、独自の仏教文化を開花させました。それに裏づけられたハイセンスな高麗の上流階級者たちを魅了したのが、金銀器と青磁のうつわです。高麗では仏教信仰を礎に金属工芸が大きく発展したといわれていますが、金属は後世に鋳直すことが多いため、伝世品はきわめて稀少です。
なかでも上質な金銀器は日本ではなかなか目にすることはできないと思います。今回、韓国国立中央博物館から高麗の王族や貴族たちが手にした、たいへん貴重な作品をお借りすることができました。花びらをかたどり、うつわの内外に細かな装飾を刻んだ皿や盃に、当時の人びとの洗練された暮らしの一端をみることができるでしょう。
 

 
「福寧宮房庫」銘 銀製花形皿(ふくねいきゅうぼうこめい ぎんせいはながたさら)  高麗時代・12世紀 韓国国立中央博物館
会場では、縁にほどこされた「福寧宮房庫」の銘がちょうど手前に見えるように展示されています
 
そして、華麗な金銀器と歩みをそろえるように発展したのが青磁です。
青磁とは、窯に燃料を連続して投入し、空気をできるだけ遮断する焼成法によって、素地と釉薬に含まれる鉄分が酸素を奪われ、 還元されて青く見えるやきものです。中国で生まれ、唐時代末には江南の越窯(えつよう)で皇帝や貴族が手にする上質の青磁が完成し、「秘色(ひしょく)」と呼ばれました。この越窯の技術を直接的に取り入れて、高麗青磁は10世紀頃に生産が本格化し、12世紀には最盛期を迎えました。その窯址(かまあと)は、現在の韓国南西部を中心に、半島各地から見つかっています。とくに優品の生産で知られるのが、全羅南道康津(チョルラナムドカンジン)や全羅北道扶安(チョルラプクトプアン)一帯です。
 
高麗青磁の魅力は、まるで吸い込まれそうな、青緑色を帯びたガラス質のなめらかな釉調にあります。北宋末に中国から派遣された徐兢(じょきょう)という官吏が、『宣和奉使高麗図経(せんなほうしこうらいずきょう)』という史書に、高麗にも「翡色(ひしょく)」と呼ばれる美しい青磁があるとその驚きを記し、当時の皇帝や人びとに伝えたことはよく知られています。
 

青磁十二弁花形皿(せいじじゅうにべんはながたさら) 高麗時代・12世紀 韓国国立中央博物館
素地はとても薄く、金属器を意識した様子がうかがえます。釉調も安定した発色で、最盛期の粋ともいうべき作品です
 
ところで、高麗青磁の成立に大きな影響を与えた中国の青磁は、基本的に文様をほどこさず、青い色や玉のような釉薬の質感を追究したのに対して、高麗では次第に線彫りや透彫り、象嵌(ぞうがん)による器面装飾を究めるようになります。同じ青磁でも、文化の土壌が異なると、美しさの目指す先も大きく異なるという点が興味深いですね。
とくに、素地に線刻やスタンプで文様を彫りあらわした部分に黒や白の土を埋め込んで、そのうえから青磁釉をかけて焼き上げる象嵌青磁は、半島特有のもので、繊細かつ情感豊かな表現が魅力です。

青磁象嵌山水人物文扁壺(せいじぞうがんさんすいじんぶつもんへんこ)  高麗時代・13~14世紀 韓国国立中央博物館

最近、私は鎌倉から出土した、黒と白の象嵌文様がほどこされた高麗青磁の小さなかけらを拝見しました。それが見つかった場所は、執権(しっけん)・北條時頼(ほうじょうときより)によって建長5年(1253)に創建され、鎌倉五山の一位に列せられた建長寺です。建長寺の敷地からは、中国や日本で焼かれた陶磁片が大量に出土していますが、高麗青磁はきわめて稀少です。日本国内では、鎌倉以外でも高麗青磁は出土していますが、その数は決して多くはありません。
一方で近年、中国でも杭州(こうしゅう)や上海(シャンハイ)、寧波(ニンポー)などの都市遺跡から、高麗青磁の出土が報告されています。いまから700年ほど前、元の至治3年(1323)頃に寧波から日本の博多へ向かう途中に韓国の新安沖(しんあんおき)で沈没した船の引揚資料にも、わずかながら上質な高麗青磁が積載されていました。
 

新安沖沈没船積載の高麗青磁(出典:韓国国立中央博物館  www.museum.go.kr/MUSEUM/contents/M0502000000.do?schM=view&searchId=search&relicId=4657)
注)今回の当館での展示には出品されていません
 
高麗だけでなく、中国や日本の上流階級者たちをも魅了した青磁。東アジアの文化交流の歴史に想いを馳せながら、ぜひこの特別企画「韓国美術の玉手箱」をお楽しみください。

カテゴリ:特別企画

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posted by 三笠景子(東洋室長) at 2026年03月31日 (火)

 

特別企画「韓国美術の玉手箱」その1 ソウルで感じた、日本美術への深き理解

2月10日(火)より当館本館で開催中の特別企画「日韓国交正常化60周年記念 韓国美術の玉手箱― 国立中央博物館の所蔵品をむかえて―」(4月5日まで開催中)では韓国国立中央博物館より日本初公開の作品15件を含む所蔵品17件をご出品いただき、当館所蔵作品とともに展示しています。
韓国の歴史と文化をお伝えする本展に先立ち、日韓国交正常化から60年をむかえた昨年2025年には韓国国立中央博物館の常設展示ホール3階306号室において、「日本美術のとびらー四つのまなざし」(以下、「日本美術のとびら」)が6月17日(火)~8月10日(日)まで開催されました。
注)「日本美術のとびら」はすでに展示が終了しています


韓国国立中央博物館 外観

韓国国立中央博物館は、ソウル特別市の中央部、漢江北岸の龍山(ヨンサン)区龍山公園の最南端に位置する、世界でも有数の規模を誇る博物館です。
当館とは長年にわたり、両国の歴史と文化への理解を深めるために緊密な交流をしています。

「日本美術のとびら」では、韓国の皆様に日本美術に親しんでいただくことを目的として、当館と韓国国立中央博物館がそれぞれの所蔵品の中から厳選した合計62件の作品を展示しました。
当館からは重要文化財「小袖 白綾地秋草模様(冬木小袖)」をはじめとする名品、「武蔵野図屛風」などの日本の情景を伝える絵画作品、重要文化財「一重口水指 銘 柴庵」といった独自の美意識を示す茶道具、また重要文化財「能面 曲見」などの伝統芸能に息づく造形美を表す作品など40件を出品しました。

 
韓国国立中央博物館 特別展「日本美術のとびらー四つのまなざし」展示会場入り口(現在は展示が終了しています)

展示は韓国国立中央博物館のチームが主となり、日本美術に内在する本質的な特徴と美意識を感じ取っていただくことを意図して、4つの視点から日本美術を眺める構成がとられました。
前半2章で装飾性と非装飾性という外形的な2つの視点、後半2章では内面的・情緒的な視点と大きく2つの視点から日本美術を眺め、更にそれぞれの視点の中で対照的な2つの視点に分ける4章構成で企画されます。

 

「日本美術のとびら」第1章「飾りの情熱」展示風景

「日本美術のとびら」第2章「抑制の追求」展示風景

 

まず第1章は「飾りの情熱」として、美に対する理想を色や形をもって象徴的に表現しようとする装飾性の視点から、縄文時代の土器からはじまり有田焼、鍋島焼の色絵陶磁器、料紙が美しい近世の書作品、華やかな彩色と形態が目を引く屏風絵などが展示され、つづく第2章では「抑制の追求」として、物の本質を追求するために装飾をそぎ落とし必要最小限まで絞りこんでいく非装飾性の視点から、井戸茶碗や黒楽茶碗といった茶道に関する作品が展示されました。

 

「日本美術のとびら」第3章「はかなさの美」展示風景

「日本美術のとびら」第4章「遊びの美学」展示風景

 

第3章は「はかなさの美」として、自然の繊細な移ろいに対する感動を表す「あわれ」の視点から、秋草などの植物をモチーフにした作品や、能面、能衣装が展示され、第4章では「遊びの美学」として、愉快で機知に富んだ美的感覚を表す「あそび」の視点から、狂言面、浮世絵などが展示されました。

どの章においても、テーマ設定の仕方と作品の選定、展示空間の設計や演出手法において、日本美術への深い理解と敬意が感じられるとても素晴らしいものでした。現地でも非常に良い展覧会として好評を博したと伺っています。

さらに、同展覧会で私が特に感心したのは、展覧会のポスターデザインです。
全体としては、白地に金で桔梗や女郎花、ススキ、菊といった秋草をポスターのほぼ全面に大きくあしらい、その草むらの中に見え隠れしながら、黒の細い直線と、漆工品の蒔絵をイメージしたであろう黒と金の配色で〇や△、▢にデザイン化されたハングル特有の文字の構成要素によって表された「日本美術」の文字がリズミカルに配された瀟洒でスタイリッシュなデザインとなっています。
 


特別展「日本美術のとびらー四つのまなざし」メインビジュアル(同展は展示が終了しています)

日本でよく見るような、一目ではっきりとこの作品とわかるような作品の写真は使われていません。ですので一見するだけでは、その意図を汲み取ることが難しいかもしれません。
しかし、展示室で鑑賞を進めていくと、まず金で表された秋草は韓国国立中央博物館が所蔵する「秋草図屛風」から抽出されたものだとわかります。
また、蒔絵を施した漆工品の質感を漂わせるハングルの一部分は、〇は雲がかかった月、△は霞が引かれた富士山、▢は硯箱や色紙というように、日本美術に欠かせないモチーフや器形を想起させます。
具体的な作品の姿は提示されていませんが、展示作品のポイントとなる要素が散りばめられることで、無意識下に日本美術や展示作品への導入がなされているように感じました。
さらに、展示を見た後に改めてポスターのデザインを見れば、当館の「武蔵野図屛風」と韓国国立中央博物館の「秋草図屛風」のイメージが重ねられていることが読み取れます。
展示室内では、展示期間が限られていたものの、その2つの屛風が、展示導線を挟んで向かい合うケースに展示されており、それも心憎い演出のように思いました。


第3章「はかなさの美」より 向かい合う屛風の展示風景(むかって左が「秋草図屛風」、右が「武蔵野図屛風」)

このように、一見してわかる明確な提示ではなく、作品の部分や作品を想起させるモチーフを散りばめることで、「作品を暗に示す」「象徴的に示す」「読み解く楽しみを込める」という手法は、それ自体が特に工芸作品に見られる、日本美術の一つの特徴でもあると言えます。
日本美術への深い理解に基づくとてもよく考えられたデザインだと思いました。
 

メインビジュアルと日本美術のつながりを想起させる同展の作品紹介映像

簡単に韓国での展示を振り返りましたが、展示構成、演出手法、ポスターデザインなど、韓国国立中央博物館のスタッフの方々の日本美術への理解の深さと本質を伝えようとする熱意が随所から伝わり、そこに深い感銘を覚える体験となりました。
それは現地を訪問した当館の展覧会関係者一同、意を同じくしたはずです。
先方で開催された昨年2025年6月16日の内覧会の出席後、韓国の皆様の心意気に応え、我々が2026年に日本で行う展覧会でも出来うる限り良いものにしようと決意を新たに帰国の途につきました。
そのような経緯があり、現在の東博で開催中の特別企画「韓国美術の玉手箱」でも韓国美術の魅力を最大限お伝えできるようにと担当者が熱を込めて構成をしています。
詳しい見どころやお伝えしたいことは、今後同展の担当研究員たちから発信ありますので、お楽しみにお待ちください。
今回のような展覧会が、両国の交流やお互いへの理解がより深まるきっかけとなれば幸いです。

カテゴリ:特別企画

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posted by 沖松健次郎(列品管理課長) at 2026年03月23日 (月)

 

「明末清初の書画」のたのしみかた、その3 いびつな形の裏側に

年明けに開幕した東京国立博物館(以下「東博」)と台東区立書道博物館(以下「書道博」)の連携企画「明末清初の書画」は、2月10日(火)より後期展示がはじまり、気付けば閉幕まであとわずかとなりました(3月22日(日)まで)。

本展を多くの方々にお楽しみいただこうと、東博と書道博の研究員でご紹介してきたブログも今回が最後となります。

【1089ブログ】
 
東博 東洋館8室 後期展示の風景
 
個性的な作風で彩られる明末清初の書画で、特に目を引くのが「いびつな形」です。本展でも作品に表れた奇怪な造形に目を奪われた方が少なくないのではないでしょうか。
今回のブログでは、書における形のいびつさに注目したいと思います。
 
激動期の明末清初には、個性の解放や、「奇」という独創的で優れたものを重んじる風潮を背景に、従来の正統的な書画の枠にはおさまらない、新奇な表現が生み出されました。
「ゆがみ」や「ねじれ」、「かたむき」など、いびつさをともなうさまざまな造形上の変化は、既存の表現では飽き足らなくなった作者と鑑賞者の欲求を満たすものであったのでしょう。
 
いびつさのオンパレードともいえる作品がこちらの書です。
 
(図1)行書五言律詩軸(ぎょうしょごごんりっしじく)
王鐸(おうたく)筆 中国 明~清時代・17世紀 青山杉雨氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博展示 3月22日まで】
 
行書五言律詩軸 釈文
 
これは、明末清初を代表する書の名手の王鐸(1592~1652)が、「題柏林寺水(はくりんじのみずにだいす)」という詩を、長条幅(ちょうじょうふく)という縦長の大画面形式に書写した掛軸です。
趙州(ちょうしゅう、現在の河北省石家荘市趙県)の柏林禅寺(はくりんぜんじ)には、かつて長江の激流を描いた壁画がありました。この壁画は唐時代8世紀前半の著名な画家、呉道玄(ごどうげん)の作という伝承をもち、「趙州柏林寺の水」や「趙州の水」と呼ばれ、詩にも詠われて親しまれてきました。
 
王鐸はこの詩を、筆にたっぷりと墨を含ませ、ゆったりとした筆運びで書写しています。
(図2)の赤線や青線部分にみられるように、縦長の大画面を存分に活かして、3字、4字と続けて書き、書いてはその流れや傾きを受けて、バランスをとりながら次の文字を形作っていきます。
 
(図2)王鐸の特徴的な筆運び
 
そうして書かれた個々の字姿は、左に傾いたり(図3)、右に倒れたり(図4)、ねじれたような形であったり(図5)、墨溜まりが塊状になったりと(図6)、実にいびつで変化に富み、まるで生き物のように躍動感に満ちています。
 
(図3)2行目「青」
 
(図4)2行目「浸」
 
(図5)1行目「来」
 
(図6)2行目「龍」
 
一方、(図7)の赤枠部分のように、上下・左右の文字同士は互いに響き合い、それぞれの行は揺れながらもよく調和しています。そして、墨の量と線の太さ、文字の大きさの変化によって、画面には奥行きが感じられます。
 
(図7)呼応する上下・左右の文字
 
この作品には、繻子織(しゅすおり)の絹織物である絖本(こうほん)が用いられています。絖本は光沢のある質感で墨が浸透しにくい性質をもちます。
つまり、筆運びが速かったり、墨の量が少なかったりすると、線にカスレが生じやすくなります。かえって、本作のように墨量を多くし、ゆったりと運筆すると、墨溜まりが生じ、点画が塊状になることもあります。
 
明末清初には、このような絖本や、墨がにじみにくく墨線に筆鋒(ひっぽう)の流れや割れが明瞭に表れる金箋(きんせん、金泥や金箔を施した光沢のある加工紙)などの素材、あるいは長条幅などの形式が好んで用いられました。
明末清初の書画におけるいびつさの裏側には、こうした予期せぬ筆墨の変化を生む素材や形式の流行もあったのです。
 
東京国立博物館 東洋館8室 特集「明末清初の書画―乱世にみる夢―
どちらも3月22日(日)まで開催。
 
 

公式図録

本展の公式図録をミュージアムショップで販売しています。

明末清初の書画 ―乱世にみる夢― 八大山人 生誕四百年記念

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館、九州国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
制作・印刷:大協印刷株式会社
定価:1,900円(税込)

ミュージアムショップのウェブサイトに移動する
特集「創建400年記念 寛永寺」公式図録表紙

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ中国の絵画・書跡「明末清初の書画」

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posted by 六人部克典(平常展調整室主任研究員) at 2026年03月17日 (火)

 

「明末清初の書画」のたのしみかた、その2 八大山人の世界

東京国立博物館(以下、東博)と台東区立書道博物館(以下、書道博)は、連携企画として、毎年、時期とテーマを合わせて中国書画に関する展覧会を開催しています。

23回目となる連携企画は「明末清初の書画」。激動の時代を取り上げる本展を多くの方々におたのしみいただこうと、東博と書道博の研究員でリレー形式による1089ブログをお送りしています。
1089ブログ「明末清初の書画」のたのしみかた、その1 石マニア?「烈士」?―明時代の終わりを見届けた倪元璐の二つの顔

第2回は、東博と書道博の展示から、今年生誕400年を迎える八大山人(はちだいさんじん 1626~1705)にスポットをあててお伝えします。
 
台東区立書道博物館 展示室風景
 
八大山人は、通名を朱耷(しゅとう)といい、江西省南昌(なんしょう)に生まれました。明の皇族の血を引く彼は、明が滅亡した時、19歳の青年でした。皇族という出自のため、その存在自体が反乱の火種でした。彼は身を隠すため仏門に入り、修行に専念しましたが、50代半ばに還俗します。そして酒を飲んでは泣き叫び、時には狂人を装い、奇行を繰り返しました。これは清王朝への抵抗であり、俗世を避け、遺民としての精神を貫くための術でした。彼は狂人という仮面のもとで、個を研ぎ澄ませていきます。この頃から八大山人と称し、書画を鬻(ひさ)いで生計を立てます。書画の制作は、亡国の悲憤を昇華する唯一の拠り所でした。
八大山人は、空白と象徴に満ちた独自の様式を築きます。鳥や魚を描いた寓意的作品には、沈黙の中に深い精神性と痛切な感情が宿されます。故国の喪失とアイデンティティの崩壊というこの極限状況こそが、八大山人という稀代の芸術家を生み出す原点となったのです。
 
今回、東博と書道博において、国内に所蔵される12件の八大山人作品を紹介しています。
東博では、八大山人の書を展示しています。彼の書は、筆の先を包み隠すようにして淡々と書き進められ、筆の動きも抑制されて、むしろ清々しささえ感じられます。
 
(図1)草書七言絶句軸(そうしょしちごんぜっくじく) 
八大山人筆 中国 清時代・17~18世紀 東京国立博物館蔵
(注)展示は終了しました。
 
(図2)行書送李愿帰盤谷序軸(ぎょうしょそうりげんきばんこくじょじく) 
八大山人筆 中国 清時代・17~18世紀 東京国立博物館蔵【東博展示 3月22日まで】
 
書道博では、八大山人の書と画を紹介しています。彼の画も一見とてもシンプルで、そこには静けさが漂います。しかしよく見ると、どこかに違和感が仕込まれています。最も顕著なのが「目」です。彼が描く鳥や魚の多くが白目をむいていて、鑑賞者を、あるいは世界そのものを冷ややかに、あるいは傲然(ごうぜん)と睨みつけています。この静寂の中の異様さが、八大山人の画の核心なのです。
 
(図3)重要文化財 安晩帖(あんばんじょう) 
八大山人筆 中国 清時代・康熙33年(1694)、康熙41年(1702) 泉屋博古館蔵【書道博展示 2月23日~3月8日】
 
(図4)乙亥画冊(いつがいがさつ)
八大山人筆 中国 清時代・康熙34年(1695) 調布市武者小路実篤記念館蔵【書道博展示 通期】
 
八大山人は、日本ではあまり馴染みのない人物かもしれませんが、実は著名な小説家や芸術家、評論家に多くの信奉者がいました。以下にざっと挙げてみましょう。
志賀直哉(1883~1971)、武者小路実篤(1885~1976)、柳宗悦(1889~1961)、
岸田劉生(1891~1929)、中川一政(1893~1991)、住友寛一(1896~1956)、
川端康成(1899~1972)、白洲正子(1910~1998)、加藤周一(1919~2008)、
司馬遼太郎(1923~1996)など。
 
また近年では、我々もよく知る坂本龍一(1952~2023)も八大山人のファンであり、八大山人の作品や生き様に絆され、コラムで熱く語っています。
「僕が八大山人に惹かれたのは、その異常なまでの抽象性である。大胆な余白と空間、微妙な線、限られた色。八大山人の画は、僕が今考える音楽に、大きなインスピレーションを与えてくれる。余白を埋めてしまうのではなく、空間、あるいは間、沈黙を活かすこと。音色のうつろいとしての墨の濃淡。決して幾何学的な計算からは出てこない枝、葉のフォルム。この抽象性に目を瞠らざるをえない。(中略)そして、過酷な人生を生き抜き、最後まで強い意志を燃やし続け、究極の境地に達するために身を削った。共感などという軽々しい言葉は使えないが、強い信念を曲げないという部分に、自分もそうでありたいと思う。」(坂本龍一「八大山人」『坂本図書』一般社団法人坂本図書、2023年)
 
八大山人の作品は、中国では大人気です。今後、生誕400年を記念して中国各地でも展覧会が開かれるそうです。
 
世界中で八大山人、はなざかり!
みなさんもぜひ、今回の連携企画で八大山人の世界にどっぷりと浸ってみてください。


台東区立書道博物館 八大山人作品コーナーの様子 

東京国立博物館 東洋館8室 特集「明末清初の書画―乱世にみる夢―
どちらも3月22日(日)まで開催。
 
「週刊瓦版」
台東区立書道博物館では、本展のトピックスを「週刊瓦版」という形で、毎週話題を変えて無料で配布しています(先着100名様)。
東京国立博物館、九州国立博物館、台東区立書道博物館の学芸員(研究員)が執筆しています。展覧会をたのしく観るための一助として、ぜひご活用ください。
 
 

公式図録

本展の公式図録をミュージアムショップで販売しています。

明末清初の書画 ―乱世にみる夢― 八大山人 生誕四百年記念

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館、九州国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
制作・印刷:大協印刷株式会社
定価:1,900円(税込)

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特集「創建400年記念 寛永寺」公式図録表紙

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ中国の絵画・書跡「明末清初の書画」

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posted by 鍋島稲子(台東区立書道博物館長) at 2026年02月18日 (水)

 

「明末清初の書画」のたのしみかた、その1 石マニア?「烈士」?―明時代の終わりを見届けた倪元璐の二つの顔

東京国立博物館(以下「東博」)と台東区立書道博物館(以下「書道博」)は、連携企画として、毎年、時期とテーマを合わせて中国書画に関する展覧会を開催しています。

23回目となる今回は「明末清初の書画」と題して、17世紀の中国、明から清へ王朝が交代した激動の時代の芸術をご紹介しています。

東京国立博物館 東洋館8室 特集「明末清初の書画―乱世にみる夢―
前期:2026年1月1日(木・祝)~2月8日(日)、後期:2月10日(火)~3月22日(日)

台東区立書道博物館 「明末清初の書画―八大山人 生誕400年記念―
前期:2026年1月4日(日)~2月8日(日)、後期:2月10日(火)~3月22日(日)
 

東博 東洋館8室の展示風景

本展を多くの方々におたのしみいただこうと、東博と書道博の研究員でリレー形式による1089ブログをお送りします。
初回は東博展示から、倪元璐(げいげんろ 1593~1644)という人物による「書画冊」(しょがさつ)の鑑賞ポイントをお伝えします。

まずみなさんにご紹介したいのは、明時代末期の17世紀前半、文震亨(ぶんしんこう 1585~1645)が著した『長物志』(ちょうぶつし)という本のおもしろさです。
この本はタイトルずばり、「無用の長物」に関する本で、ようするに、この時代の、趣味にうるさい文人たちの生活文化のガイドブックです。
どのような住まいがよいか、センスのよい家具とはどんなものか、身に着けるものは、乗り物は…にはじまり、お茶や果物、園芸、ペット、骨董品、文房具、お香などなど、衣食住に関わるさまざまな事項について、著者の批評とうんちくが語られます。
経済発展を背景に、文人たちの生活文化が洗練の極に達した様子がうかがえる1冊です。

さて、この『長物志』のなかに「品石」という項目がありまして、ここでは、庭園や書斎に置く石の趣味が語られています。
産地、大きさ、造形の複雑さ、石肌の色や質感、たたいた時の音などが評価のポイントとなっていたようです。
たとえば、東博所蔵品で石の趣味がわかるものとして、「城南雅集図巻」があります。このなかに、庭園に置かれた立派な太湖石を見ることができます。
また、江戸時代の儒学者、市河米庵(いちかわべいあん 1779~1858)が書斎で愛玩した石も伝わっています。
 
城南雅集図巻(じょうなんがしゅうずかん)(部分) 
禹之鼎筆 中国 清時代・17世紀 高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵 
(注)本展には展示していません。
 
崑山石(こんざんせき
中国 清時代・17~19世紀 市河三兼氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博展示 通期】

『長物志』からわかるような愛石趣味の盛り上がりを受けて、明末には石を表した絵画もしばしば制作されています。
倪元璐も石を愛した文人画家のひとりで、その「書画冊」には石の画が2点おさめられています。
 
書画冊(しょがさつ) 
倪元璐筆 中国 明時代・崇禎12年(1638)  高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博展示 2月8日まで】


石を描くにあたり、倪元璐はかわいた筆としめった筆を使い分け、濃度の異なる墨を丁寧に重ねて、「玲瓏」(れいろう)とも表現される、透き通った石の輝きを表そうと工夫を凝らしています。
石に対する倪元璐のマニアックなまなざしが伝わってくる作品です。
 
書画冊 倪元璐筆 
(注)このページは展示されていません。


もし、倪元璐が明王朝の瓦解の前に世を去っていたら、この作品は明末の一文人のみやびな趣味が反映されたものとしてのみ、鑑賞されたかもしれません。
しかし、実際には王朝の交代に際しての倪元璐の決断により、「書画冊」は何よりも「烈士」の遺作として価値をもつようになります。

倪元璐は趣味人であると同時に、天啓2年(1622)に科挙に合格した高級官僚でもあり、明という国の行く末に責任をもつ立場にありました。
倪元璐が国政に携わるようになった頃の明は、文化の爛熟とはうらはらに、北の満洲族の侵攻と内乱により国力の弱体化に歯止めがかからない状況にありました。
これに失望して、倪元璐は一時、官界から退き郷里に戻る決断をします。
しかし、崇禎16年(1643)、皇帝のいる北京がいよいよ危なくなると、首都に戻って勤王に尽くします。
そして、首都陥落を目の当たりにして国に殉ずることを選び、52歳で縊死しました。

「書画冊」は、清時代の初めには倪元璐の子孫が所蔵していました。
その子孫の依頼に応じて、冊の後ろには、在りし日の倪元璐と交流のあった文人たちが所感を記しています。
 
書画冊 倪元璐筆
在りし日の倪元璐と交流のあった文人たちによる跋文。
(注)このページは展示されていません。

 
そこで繰り返し強調されるのは倪元璐の愛国心・忠義心です。
国に殉じた「烈士」倪文璐がほめたたえられる一方で、『長物志』の世界にも通じる「軟弱な」石マニアの姿は浮かびあがってきません。
果たして、この作品を描いたときの倪元璐はそれを予想していたのでしょうか。
倪元璐の「書画冊」は、動乱の時代にあたっての人生の選択と、後世における作品評価が、緊張感をもって交錯する、きわめて明末清初らしい作品といえるでしょう。
 
 

公式図録

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明末清初の書画 ―乱世にみる夢― 八大山人 生誕四百年記念

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館、九州国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
制作・印刷:大協印刷株式会社
定価:1,900円(税込)

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特集「創建400年記念 寛永寺」公式図録表紙

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ中国の絵画・書跡「明末清初の書画」

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posted by 植松瑞希(出版企画室長) at 2026年01月27日 (火)

 

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