東洋館8室で開催中の特集「中国書画精華―日本における愛好の歴史」(~12月25日(水))は、11月26日(火)から後期展示に入り絵画作品が入れ替わりました。

東洋館8室 中国の書跡、中国の絵画
先日、植松研究員が1089ブログ「中国絵画、「愛好の歴史」の探りかた」と題して、作品への想いがかたちとなって表れたものを手掛かりに愛好の歴史が探れることを紹介されました。
今回はこれを中国書跡の展示作品で見てみたいと思います。
中国書跡の愛好の歴史で、見逃せないのが禅宗僧侶の書です。日本では特に禅僧の書を「墨跡」と呼び、禅林や禅の精神と結びついた茶の湯の世界で珍重されてきました。
例えば、楚石梵琦(そせきぼんき、1296~1370)の二大字「的胤(てきいん)」もその一つ。室町時代以降、茶の湯が展開していくなかで、茶室の床飾りとされるようになった墨跡は、表装も茶人の好みに仕立てられ、鑑賞に供されました。二大字「的胤」は江戸時代初期の茶人、小堀政一(遠州、1579~1647)の好みの表装と伝えられ、付属する二重の保存箱のうち中箱の蓋に記される「琦楚石墨蹟」の題字もまた遠州の書とみられます。

二大字「的胤」 楚石梵琦筆 元時代・14世紀 広田松繁氏寄贈
楚石梵琦は14世紀、元時代末から明時代初めに活躍した高僧で、入元の日本僧とも親交しました。この墨跡は秀居士という在家信徒に道号を書き贈った一幅。筆力に満ちた雄強な字姿です。表装裂は、一文字と風帯が紫地唐花宝相華菊唐草紋様印金、中廻しが白茶地蓮牡丹造土紋様印金、上下が水浅葱地絓とみられます。

左:二大字「的胤」付属の中箱 ※展示の予定はございません
右:中箱蓋の題字「琦楚石墨蹟」 小堀遠州筆

左:二大字「的胤」付属の外箱 ※展示の予定はございません
右:外箱蓋の題字「琦楚石墨蹟」
禅僧ではありませんが、墨跡と同様に禅宗文化のなかで珍重された中国の文人の書も見逃せません。なかでも南宋時代の張即之(ちょうそくし、1186~1266)や元時代の馮子振(ふうししん、1257~?)は、ともに禅学に造詣が深く禅僧と親交し、海を渡った日本僧とも交流しました。
張即之の書風は南宋禅林で流行し、日本僧の請来品や張風の書をよくした蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)などの渡来僧を介して日本でも受容され、馮子振の書もまた入元の日本僧に好まれて少なからず請来され、禅林や茶の湯で愛好されてきたのです。


馮子振は官僚として活躍する一方、中峰明本(ちゅうほうみょうほん)、古林清茂(くりんせいむ)ら当時の高名な禅僧とも親交を結びました。本作は、中峰明本のもとで修行をしていた日本からの留学僧、無隠元晦(むいんげんかい)の求めに応じて書き与えた七言絶句の形式をとる三首の法語です。
馮子振筆「無隠元晦あて法語」は著名な大名茶人でもある雲州松平家7代の松平治郷(不昧、1751~1818)の旧蔵品です。不昧が作成を命じた茶道具目録『御茶器帳(雲州蔵張)』(月照寺本)では、「御茶器名物並之部」に記される「馮海粟墨跡」にあたるとみられます。
『御茶器帳』の記載にあるように、江戸時代に活躍した古筆鑑定家の古筆宗家9代古筆了意(1751~1834)の折紙と添状が、不昧の題字「憑(馮)海粟 証状」が記された保存箱に収められて伝来します。

馮子振筆「無隠元晦あて法語」付属の古筆了意の折紙 ※展示の予定はございません

馮子振筆「無隠元晦あて法語」付属の古筆了意の添状 ※展示の予定はございません

馮子振筆「無隠元晦あて法語」付属の折紙箱
題字「憑(馮)海粟 証状」 松平不昧筆 ※展示の予定はございません
中国の禅僧や禅学に精通した文人らの書は、日本にもたらされ、禅林から茶室などへと鑑賞の場や方法が展開されていくなかで、母国とは異なる新たな愛好の歴史が紡ぎだされました。
本展で、中国書画の日本独特の愛好のかたちにも触れていただけますと幸いです。

特集「中国書画精華―日本における愛好の歴史」
2019年10月29日(火)~12月25日(水)
(前期:11月24日(日)まで、後期:11月26日(火)から)
東洋館8室
※こちらの画像には後期展示の作品が含まれています。

カテゴリ:研究員のイチオシ、特集・特別公開、中国の絵画・書跡
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posted by 六人部克典(登録室研究員) at 2019年12月02日 (月)
現在、東洋館8室では、特集「中国書画精華―日本における愛好の歴史」(前期:11月24日(日)まで、後期:11月26日(火)から12月25日(水)まで)が展示中です。

東洋館8室展示場
「中国書画精華」は、毎年秋恒例となった、東博所蔵および寄託作品の名品展ですが、今回はサブテーマとして「日本における愛好の歴史」を設けています。
展示解説を読まれれば、「〇〇家伝来」「〇〇の旧蔵品」「〇〇の鑑定書がつく」などと、作品がどのような人びとの手を経て現在まで伝えられてきたかについて、簡単な文章が添えられているのに気付いていただけるかもしれません。
ところで、このような「愛好の歴史」は、一体どのように判明していくのでしょうか。
手がかりは、作品から離れて存在するもの、作品とともに伝わってきたもの、の2種類にわけられます。
作品から離れて存在する手がかりとしては、まず、コレクション目録や茶会の記録などの書物があげられます。
例えば、伝趙昌筆「茉莉花図」(常盤山文庫蔵)は、足利将軍家のコレクション目録である『御物御画目録』中の「花 趙昌」に該当する、足利将軍家由来の品と考えられてきました。

重要文化財 茉莉花図軸 伝趙昌筆 南宋時代・12~13世紀 東京・公益財団法人常盤山文庫蔵 ※前期展示

【参考】御物御画目録(部分) 伝能阿弥筆 室町時代・15世紀 東京国立博物館蔵 ※展示の予定はございません
また、模写、もしくはそこから強い影響を受けたと思われる別の絵画の存在も、作品から離れて存在する手がかりのひとつです。
李迪筆「紅白芙蓉図」は、伝周文筆「芙蓉図」(正木美術館蔵)や曽我宗誉筆「芙蓉図」(大徳寺真珠庵蔵)など、本図を翻案したとみられる作例の存在から、室町時代の京都ではすでに知られた名品であったと推測されています。

国宝 紅白芙蓉図軸 李迪筆 南宋時代・慶元3年(1197) 東京国立博物館蔵 ※前期展示
また、伝禅月筆「羅漢図」には、狩野派が制作した模写があり、この図様が江戸時代の画家たちによく知られていたことがわかります。

画像左:羅漢図 伝禅月筆 元~明時代・14~15世紀 東京国立博物館蔵 ※後期展示
画像右:【参考】羅漢図(模写) 竹沢養渓筆 江戸時代・安永10年(1781) 東京国立博物館蔵 ※展示の予定はございません
一方、作品とともに伝わってきた手がかりには、どのようなものがあるのでしょうか。
特に中国本土に伝わってきた作品によくみられるのは、後世の人々によって散文や韻文のかたちで書き付けられた考証や感想である題跋(賛)、そして、作品を収蔵した人々がその記録として捺した印章である鑑蔵印です。
李氏筆「瀟湘臥遊図巻」のあちこちにみられる清朝最盛期の皇帝、乾隆帝の書き込みや印はその代表的な例です。

国宝 瀟湘臥遊図巻 李氏筆 南宋時代・12世紀 東京国立博物館蔵 ※前期展示
そして、保存箱に同封される手紙や鑑定書も重要な資料となります。

重要文化財 猿図軸 伝毛松筆中国 南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵 ※前期展示

【参考】伝毛松筆「猿図」付属の武田信玄書状 東京国立博物館蔵 ※展示の予定はございません

伝管道昇筆「墨竹画巻」付属の狩野常信鑑定書 東京国立博物館蔵 ※後期展示
このほか、表装の好みや、保存箱のしたてなどからも、その作品がどのような道筋をたどって、東京国立博物館まで行きついたかが推測できることがあります。
紙や絹といった脆弱な素材に表わされた絵画が、千年、数百年の時を超えて、今なお存在するということは、よく考えれば奇跡的なことです。
この奇跡は、まさに作品を大切に伝えようとしてきた人たちのたゆまぬ努力があったからこそ。
名品を楽しむと同時にそのような「愛好の歴史」にも想いを馳せていただきたければ幸いです。

特集「中国書画精華―日本における愛好の歴史」
2019年10月29日(火)~12月25日(水)
(前期:11月24日(日)まで、後期:11月26日(火)から)
東洋館8室
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カテゴリ:研究員のイチオシ、特集・特別公開、中国の絵画・書跡
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posted by 植松瑞希(出版企画室研究員) at 2019年11月19日 (火)
現在、東洋館では「博物館でアジアの旅 LOVE♡アジア(ラブラブアジア)」(~10月14日(月・祝))が開催中です。
「中国の絵画 高士と佳人―18から19世紀の人物画と肖像画」(~10月27日(日))が展示されている東洋館8室でも、LOVEを探してみましょう。

東洋館8室「中国の絵画」会場風景
中国では悠久の歴史の中で、さまざまな恋物語が語られてきました。
そして画家たちは、これらの物語にインスピレーションを得て、次々と魅力的な作品を生み出してきたのです。
例えば、三国志に登場する貴公子、曹植(そうしょく/192~232)の文学作品『洛神賦(らくしんふ)』は、古くから何度も絵画化されてきた恋物語です。
曹植は、魏の曹操(そうそう/155~220)の息子で、優れた詩人として知られています。
都から帰る途中、華北地方を流れる洛水(らくすい)のほとりで、川の女神に出会った曹植は一目で恋におちます。
『洛神賦』は、女神の美しさ、二人の間に育まれる愛、そして「心はとこしえにあなたを想っています」との言葉を残して、女神が天上に去っていくまでを、流麗な文章でうたいあげています。
一説に、この女神のモデルは、曹植が恋焦がれていた、兄・曹丕(そうひ/187~226)の妻であったといいます。


洛神女図扇面 顧洛筆 清時代・18~19世紀
顧洛(こらく/1763~1837頃)は、杭州(浙江省)の画家で、美人図を得意としたといいます。
この扇面では、風に衣をたなびかせながら、波立つ水面の上に浮き、蠱惑的な笑みを浮かべる洛水の女神を描きます。


髪や耳の華麗な装飾、唇に点じられたつややかな紅など、細部まで非常に丁寧に表わされています。
『洛神賦』が、「朝もやに昇る太陽」「波間に咲く蓮」にたとえるような、曹植を虜にした女神の魅力が伝わってきます。
下って南宋時代、12世紀には、姜夔(きょうき)と小紅(しょうこう)の物語が知られています。
姜夔は、詩体の一種である詞と、笛のような楽器である簫(しょう)の名手として有名な文人でした。
美貌の歌妓(かぎ)、小紅を寵愛しており、詞を作ると彼女に歌わせ、自ら簫を吹いて伴奏するのが常であったと、仲睦まじい様子が伝わっています。
晩年、困窮した姜夔は、小紅のためを思って、しかるべき相手に彼女を嫁がせたようです。
姜夔が亡くなり、馬塍(ばしょう)という花の名所に葬られると、彼の友人が「もし小紅がここにいたら、嘆き悲しんで、馬塍の花をことごとく散らせてしまっただろう」と追悼の言葉を述べています。

春水吹簫図扇面 諸炘筆 清時代・乾隆48年(1783)
諸炘(しょきん)も杭州の画家で、18世紀ころに活躍しました。
姜夔と小紅の故事になぞらえたとして、春のうららかな一日、舟上で簫を奏でる青年と、その音に耳を傾けている乙女を描きます。

桃の花が咲き乱れ、思わず召使の子供がうたたねしてしまうような気候の、まさにデート日和。
簫をギターに持ちかえれば、現代日本の公園でもみられる光景かもしれません。
ひな人形のような、愛らしく上品な顔立ちがほほえましい作品です。
この他にも東洋館8室には、「LOVE♡アジア」にちなんだ作品が並んでいます。
この機会にぜひ、中国の絵画・書跡の中に、LOVEをみつけてみてください。
カテゴリ:研究員のイチオシ、中国の絵画・書跡、博物館でアジアの旅
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posted by 植松瑞希(出版企画室研究員) at 2019年10月04日 (金)
魏・蜀・呉が覇を競った三国志の時代にも、関中(陝西省)から蜀(四川省)に入るには、 褒城県
(ほうじょう、 陝西省)にある褒河渓谷(ほうがけいこく)沿いの道がよく使われました。

ダムから褒河渓谷を望む
しかし、大きな褒河を挟んでそびえ立つ懸崖絶壁には、桟道だけでなく、時にはトンネルを穿つこともありました。

復元した現在の桟道

復元した現在のトンネル
石門の呼び名で親しまれているこのトンネルは、後漢時代の永平6年(63)に開鑿しましたが、戦乱によって一時的に断絶し、延光4年(125)に改めて開通しました。開通のたびにこれを記念した書が刻され、漢時代から南宋時代にいたる貴重な書が残る名所となっています。
1969年から1973年にかけて建設したダムによって、この地は水没してしまいましたが、13種もの原石は岸壁から切り取られ、15キロメートル南にある漢中市博物館に移設されました。

ダムの高さ88メートル、長さ254メートル

豊かな水量をたたえるダム

漢中市博物館
ここにご紹介するのはその中の一つ、曹操の書です。

「袞雪」拓本 20世紀(原本=後漢時代・3世紀) 原本=陝西省漢中市石門隧道 漢中市博物館蔵
特別展「三国志」第三章会場で展示
漢の建安20年(215)、陽平関(陝西省勉県)で張魯を破った曹操は、漢中に軍隊を駐屯させました。
そのおり、曹操は部下とともに渓谷の絶壁にある石門から、水しぶきを巻き上げながら滔々と流れる褒河を眺めていました。
渓谷には岩石が多いので、岩石に当たった褒河が、雪のような水しぶきをたちあげていたのです。
その景観に感じ入り、曹操は「袞雪(こんせつ)」の二文字を揮毫しました。

博物館に移設された原石、「袞雪」

博物館に展示される曹操の書の拓本
曹操の書に釘付けとなる来館者
周知のように、曹操・曹丕・曹植の3人は、建安の七子とともに勝れた文学者として名を馳せ、建安の三曹七子と呼ばれています。
絶景を眺めていた曹操は、壮大な光景に詩情をそそられたのでしょう。
本来ならばこの状況では、水がさかんに流れる意味の「滾(こん)」と書かねばならないのですが、曹操はあえてサンズイを欠いた「袞」と書きました。
部下がその理由を尋ねると、曹操は傍らの褒河を指さし、「これは水ではないのか」と答えたといいます。
褒河と作品とのコラボ、ウイットに富んだ曹操の微笑ましい一面が窺えます。
贅沢をいましめ、立碑を禁じた法令を公布した曹操でしたが、本作は自然の中にそびえ立つ摩崖に刻したモニュメントであり、躍動感あふれる波磔をそなえた見事な書です。
三国志の時代は、公用書体として完成した隷書が全盛期を迎え、さらに洗練された楷書へと向かう時代でした。
楷書の書体が普及し、その表現までもが完成するのは、唐時代の貞観6年(632)、欧陽詢の代表作である九成宮醴泉銘の出現を待たねばなりませんでした。
この展覧会では、漢時代の公用書体である隷書の熹平石経(No.28)や、当時の通行書体である行書の墨書紙(No.74)など、三国志の時代の書の諸相を伝える石刻や肉筆など、貴重な作例が見られます。

熹平石経 後漢時代・2世紀 河南省偃師市太学遺跡出土 上海博物館蔵
特別展「三国志」第二章会場で展示

一級文物 墨書紙 後漢時代・2世紀 1987年、甘粛省蘭州市伏龍坪墓出土 蘭州市博物館蔵
特別展「三国志」第四章会場で展示
9月16日(月・祝)が最終日となります。
この機会をお見逃しなく!

日中文化交流協定締結40周年記念 特別展「三国志」
2019年7月9日(火)~9月16日(月・祝)
平成館 特別展示室
カテゴリ:中国の絵画・書跡、2019年度の特別展
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posted by 富田淳(学芸企画部長) at 2019年09月03日 (火)
年明けに始まった特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」も、気がつくといつのまにか折り返し地点を過ぎていました。連日多くのお客様にお越しいただいておりまして、関係者一同、心より御礼を申し上げる次第です。
開幕前は、「顔真卿って、誰っ!?」という状態で、はたしてどれくらいの人が展覧会を観に来てくださるのだろうかと、不安でいっぱいでした。
もちろん、展覧会の構成は顔真卿だけでなく、中国の書の歴史そのものを概観しつつ、顔真卿が生きた唐時代の書をたっぷりと紹介し、さらに唐時代の書が日本や後世に与えた影響も考えてみようという、壮大なスケールで準備をしてきました。
書は基本的に紙の白と墨の黒のモノトーンで繰り広げられる二次元の地味な世界です。そのハンディを克服すべく、本展は、書の歴史上もっとも華やかな唐時代に重きを置き、展示作品数も唐時代の書を充実させました(選んだ作品が多すぎてケースに入りきれず、泣く泣くあきらめたものも多々ありましたが…)。
今回のブログでは、展覧会のキモである唐時代の書のなかから、チラシやホームページにはない、かくれたみどころをご紹介しようと思います。

王羲之の字姿のデパート
集王聖教序-孔氏嶽雪楼本- 王羲之筆
唐時代・咸亨3年(672) 香港中文大学文物館(北山堂寄贈)
唐時代の書は、太宗皇帝による王羲之崇拝と深い関係があります。
集王聖教序は、懐仁という弘福寺の僧が太宗より命じられ、宮中に所蔵される王羲之の真筆から文字を集めてつくった石碑です。王羲之の字姿を豊富に見ることができるので、手本としても尊ばれました。
本作は、清時代の収蔵家である孔広陶(1832~1890)の旧蔵品で、宋時代の貴重な拓本です。
香港中文大学文物館には、北山堂の堂名で知られる利栄森(1915~2007)の膨大なコレクションが収蔵されており、拓本だけでも2000件以上にのぼります。その中から特に優品10件を精選して「北山十宝」と名付けました。
今回、香港中文大学文物館よりお借りした4件は全て「北山十宝」の名品であり、もちろん、どれも初来日です!
ようこそ、日本へ!

九成宮醴泉銘-汪氏孝経堂本- 欧陽詢筆
唐時代・貞観6年(632) 香港中文大学文物館(北山堂寄贈)

李思訓碑-呉栄光蔵本- 李邕筆
唐時代・開元28年(740) 香港中文大学文物館(北山堂寄贈)

麻姑仙壇記-何紹基蔵本- 顔真卿筆
唐時代・大暦6年(771) 香港中文大学文物館(北山堂寄贈)

褚遂良の美のツボをおさえてます
金剛般若波羅蜜経残巻
唐時代・7世紀 三井記念美術館(2月13日より展示)
中国書道史は、100年ほど前まで拓本や模本を中心に編まれてきました。しかし20世紀初頭、敦煌莫高窟の第17窟から5~10世紀に至る肉筆の写本が大量に発見されたことで、隷書や楷書の変遷がつぶさに観察できるようになりました。
今回注目すべき唐時代の書のウリの一つがこの肉筆写本であり、美しい楷書の姿には本当に心を奪われます。
本作は、671年から677年頃の唐高宗の時代に、宮中の優秀なエリート写経生らによって書写された「長安宮廷写経」とよばれる経巻です。「長安宮廷写経」は、世に30点余りしか現存しません。
筆致や書風はもちろん、紙や墨にいたるまで、あらゆる点において最高の出来栄えを誇ります。書風は麗しく雅であり、張りのある線質で、晩年における褚遂良の艶やかな書の影響がうかがえます。

王羲之たちのゴシップあります
国宝 世説新書巻第六残巻-豪爽-
唐時代・7世紀 東京国立博物館(2月13日より展示)
唐時代は、敦煌莫高窟で発見された写本のほかに、遣唐使らによって日本に将来された写本があります。端正で美しく、力強い筆致で書かれた本作は、『世説新語』の名で知られる書物で、後漢時代の末から東晋時代にかけて活躍した名士のゴシップを集めたものです(今でいう週刊誌ネタのようなもの)。中には王羲之やその一族たちがやり玉に挙げられている内容も収録されています。いつの時代も有名人は苦労が絶えません…。
紙背には、平安時代末期の『金剛頂蓮花部心念誦儀軌』が書写されています。
日本への伝来の古さを物語っていると同時に、本作がいつしか日本でリサイクル紙として使われたことがわかります。平安時代の貴重な筆跡とともに、世説新書の残巻は我が国で大切に保存されてきました。

受験生の諸君、健闘をいのる
干禄字書 顔真卿筆
唐時代・大暦9年(774) 台東区立書道博物館
受験シーズン、まっさかり。受験生のみなさんは、毎日重圧に耐えながら一生懸命勉強をされていることと思います。
中国でも、官僚になるためには科挙という大変難しい試験を受けなければなりませんでした。
この干禄字書は、科挙の答案に用いるべき正しい字形を示した字書であり、受験生の必須アイテムでした。干禄とは、禄をもとめる、つまり官に仕えるという意味です。
顔真卿の叔父である顔元孫が著し、顔真卿が66歳の時に書写しました。字書の内容はもちろんのこと、顔法で書かれた楷書もまた後世に大きな影響を与えました。
さすがに科挙の受験バイブルとあって、石碑の拓本をとる人たちがあとを絶たず、この拓本からも碑面の文字が摩滅している状態がよくわかります。
さて、ほんの少しだけ唐時代の書をご紹介いたしましたが、まだまだみどころは語り尽くせません。
今回の展示総数177件のうち、唐時代の書は106件あります。海外からは8件お借りし、国内の所蔵作品は98件展示されています。
百聞は一見にしかず。ぜひ会場で、唐時代の書の魅力を感じてみてください!
関連展示
特別展「王羲之書法の残影ー唐時代への道程ー」2019年3月3日(日)まで
東京国立博物館東洋館8室、台東区立書道博物館にて絶賛開催中!
カテゴリ:研究員のイチオシ、中国の絵画・書跡、2018年度の特別展
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posted by 鍋島稲子(台東区立書道博物館主任研究員) at 2019年02月12日 (火)