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特集「日本の仮面 能狂言面の神と鬼」

桜が咲き始め、春らしい陽の光を感じる季節となりました。
思えばはるか昔から、日本人の生活や心のなかには季節があり、自然がありました。そしてその脅威や恵みに、神や鬼など、人ではない何かの力を感じてきたのです。そんなことを思いながら、今日ご紹介するのは、特集「日本の仮面 能狂言面の神と鬼」(本館14室、2018年4月22日(日)まで)です。

特集「日本の仮面 能狂言面の神と鬼」会場の様子
特集「日本の仮面 能狂言面の神と鬼」会場の様子

能の物語には、恵みをもたらす神や、自然の驚異を象徴する荒ぶる神、地獄の鬼、嫉妬や恨みに支配された怨霊や生霊、得体のしれない妖怪など、人間ではないものが登場します。これらを演じるのは、人間である能楽師。その役に変身するために重要なもののひとつが面です。
今回はいろいろな神や鬼の類の面を展示しました。
こんなにたくさんの役、微妙に違う様々な面を生み出してきた能の世界、それを大切にしてきた日本人の心はなんて豊かなんだろう。
しみじみと展示しました。

そんな展示作品の中から、今回イチオシの面をご紹介しましょう。展示室中央のケースに展示されている大癋見(おおべしみ)です。私がイチオシする理由はもちろん、上手だから。頬の盛り上がりや眉間の皺。その迫真の表情。これを作ったひとの力量を感じます。

能面 大癋見 「佐渡嶋/一透作/久知住」刻銘 室町時代・15世紀 文化庁蔵
能面 大癋見 「佐渡嶋/一透作/久知住」刻銘 室町時代・15世紀 文化庁蔵

この面は「ほかにない顔だち」をしています。これが注目のポイント。
実は南北朝時代から室町時代は新たな曲が次々と作られ、それに伴い面が創作された時代でした。中には宗家が本面と決め、別格の扱いをされた面もありました。
その後、江戸時代は本面をはじめとする、優れた古い面を写すようになります。つまり、現存する能面は、いずれかの古面に似た顔立ちをしていることが多いのです。大癋見もまた、能のシテ方の流派のうち、観世、金剛、宝生の宗家にも古い面が伝わり、特に観世家のものは写しが多く作られました。
にも関わらず、今回展示した大癋見はそれらとは一線を画す、独創的な顔だちをしています。比べてみると、その違いがよくわかるはずです。

観世型の写し(東博所蔵)、宝生型の写し(文化庁所蔵)。
(左から)今回の展示作品と、観世型の写し(東博所蔵)、宝生型の写し(文化庁所蔵)

なぜこんなに違うのか。その答えを求めて、X線CT撮影を行いました。
こちらは鼻のあたりの断面図。写真中央が鼻。その両脇の盛り上がりが頬、両端は耳です。木目まで見えるでしょうか。注目は2か所。

鼻のあたりの断面図(CT画像)
CT撮影による能面 大癋見」の断面図

ひとつ目は頬の部分。
木材の彫刻の上に、漆に木の粉などを混ぜた木屎を大胆に盛っていることがわかります。こんな風に厚く盛ることはほぼありません。だって、頬を高くしたいのであれば、そのように彫刻すればよいのですから。

ふたつ目は耳の部分。
木目がつながらないどころか、別の種類の木であることがわかります。木目から、耳の材はヒノキであると考えられます。同様に冠形と呼ばれる頭頂の黒い部分もヒノキだとわかりました。おそらく耳と冠形は後補といえるでしょう。

これはどういうことなのか、ますます謎が深まってしまいました。
どの系統にも属さない、独創的な表情から、おそらくこの面は室町時代頃に作られた、古い面なのでしょう。その造形方法は非常に変わっていて、頬を木屎で盛り上げ、耳と冠形は後補。どういうことなのか、まだまだ検証不十分ですが、たとえばこんな可能性が考えられます。

この面はもともと、耳や冠形がない、口を結んだ何らかの仮面だった。その仮面をもとに、大癋見に改変した。

そう考えるに至ったきっかけは、この大癋見の面裏に刻まれた「佐渡嶋」の文字。銘文「佐渡嶋/一透作/久知住」は新潟県佐渡島の久知に住む一透が作った、とも読めます。
佐渡島正法寺には「世阿弥が雨乞いをするのに使ったという鬼の面」が伝わっています。それはまさに「耳や冠形がなく、口を結んだ」仮面なのです。室町時代、これに類する面があって、そこに木屎を盛り、耳や冠形をつけて大癋見としたならば、今回展示した大癋見のようになるのではないか。もしそうだとしたら、そこにはどんな思いや意味があるのでしょう。これからも研究を進めていきたいと思います。

能楽師は大げさな身振りや表情を削ぎ落とした動きと謡の中に、演じる役の性格や身分、感情を表わそうとします。その表現に重要なのは能面だけではありません。装束も同様です。
ぜひ、「能と歌舞伎 神と鬼の風姿」(本館9室、2018年4月22日(日)まで)とあわせてご覧ください。
能の奥深い表現に一歩、一歩近づいてみてはいかがでしょうか。

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 川岸瀬里(教育普及室研究員) at 2018年03月23日 (金)