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1089ブログ

多言語対応から感じた日本と中国の美意識

国際交流室の王蕾(オウ ライ)と申します。私の苗字から、皆様はすぐ気づいてくれたと思いますが、私は中国人です。東京国立博物館で私のような外国人はどんな仕事をしているのだろう、という疑問が出てくるかと思います。今日は、私のトーハクでの仕事をご紹介します。

現在トーハクでは私を含めて、中国(2名)、韓国(2名)とアメリカ(1名)の国籍を持つ職員が働いています。私たちは国際交流室という部署に所属しています。
国際交流室の仕事内容を大きく分けると、国際展覧会のコーディネート、海外博物館・美術館との人的学術的交流事業と多言語対応です。
その中で、現在私が主に担当している仕事は、展示関係の中国語対応です。

トーハクの展示解説は日、英、中、韓の四か国語で表記しています。キャプション(説明文)に書かれた情報は展示室によって、多少違いがありますが、基本的に作品タイトル、時代、作者、作品解説が書かれています。トーハクの作品解説は日本語の場合、119字以下ですが、外国語は、それを圧縮した30字の日本語原稿に基づいて翻訳を行っています。

「褐釉茶入 銘 木間」の四か国語キャプション
「褐釉茶入 銘 木間」の四か国語キャプション

美術品の翻訳には語学の知識はもちろんですが、日本美術の知識も不可欠となります。特に鑑賞に使われる専門用語はそのまま翻訳できないものが多く、これらの概念を外国人が理解しやすいように翻訳するのは大変難しいです。例えば、焼き物の解説に使う「景色」です。

日本語のキャプションでは、この瀬戸の茶入を「腰から底部を除いて鉄釉を掛け、その上に灰釉を随所に施して、それが景色となっている」と説明しています。

「褐釉茶入 銘 木間」の日本語キャプション
「褐釉茶入 銘 木間」の日本語キャプション

「褐釉茶入 銘 木間」の三カ国キャプション
「褐釉茶入 銘 木間」の英・中・韓国語キャプション


焼き物を愛好されている方はご存じだと思いますが、ここでいう景色は、美しい景観・風景のことではなく、焼き物の見所を指します。
日本の焼き物の見所は、表面にかけた釉の流れ具合や溶け具合、また焼成時の火加減により生じた窯変などがあります。その中で私が不思議に思ったのは、焼き物の釉が流下するところや、長年の使用によるひび割れ、シミなどが鑑賞のポイントになっていることです。

褐釉茶入 銘 木間 瀬戸 江戸時代・17世紀
褐釉茶入 銘 木間 瀬戸 江戸時代・17世紀 G-5366
2018年6月19日~9月9日まで本館4室にて展示


点斑文茶碗 唐津 江戸時代・17世紀
点斑文茶碗 唐津 江戸時代・17世紀
※ 現在展示しておりません


焼き物の見どころを考えるとき、中国人の私が真っ先に思い浮かべるのは、白磁や青磁の冴えた釉色、端正な造形や精巧な文様など、精度の側面に注目しがちです。しかし、日本には焼き物が窯の中や使用の過程で生じた不測の変化を焼き物の一部分として愛でる文化があり、人工的な完璧さを美しいと感じる中国とは、まるで正反対の鑑賞の観点と美意識の違いがあるのだと感じました。皆様はどのようにお考えでしょうか?

青磁千鳥香炉 中国・龍泉窯 南宋時代・13世紀
青磁千鳥香炉 中国・龍泉窯 南宋時代・13世紀 TG-2166
2018年5月22日~9月2日まで東洋館5室にて展示



天藍釉罍形瓶 中国・景徳鎮窯 清時代・乾隆年間
天藍釉罍形瓶 中国・景徳鎮窯 清時代・乾隆年間(1736~95年) TG-2681
2018年5月22日~9月2日まで東洋館5室にて展示


トーハクでは、日本の美術品だけではなく、中国、朝鮮半島、東南アジア、西域、インド、エジプトなどの美術品も展示しております。皆様はこういった文化の違いを考えながら、各国の作品や四か国語の解説を楽しんでいただければ幸いです。

カテゴリ:トーハクよもやま

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posted by 王蕾(国際交流室アソシエイトフェロー) at 2018年06月29日 (金)

 

なりきると、びじゅつはどんどん楽しくなる、らしい!

トーハク×びじゅチューン! なりきり日本美術館 ロゴ


夏休み恒例の親と子のギャラリー、今年はNHK Eテレ「びじゅチューン!」とのコラボレーション企画です。びじゅつが大好きなみんなのために、「トーハク×びじゅチューン! なりきり日本美術館」(2018年7月24日(火)~9月9日(日))が、この夏、トーハクに期間限定でオープンします。

「びじゅチューン!」は、アーティストの井上涼さんが世界の「びじゅつ」を歌とアニメーションで紹介する番組。自由な想像力で美術の楽しみを広げてくれます。
今回の親と子のギャラリーは、「びじゅチューン!」に取り上げられているトーハク所蔵の作品をテーマに、複製や映像を使った体験型の展示です。キーワードは「なりきり」。絵に登場する人や、絵を描いた人になりきって、びじゅつの中で遊んでみましょう。

展示の始まる7月24日まで待てない人のために、今日はその中身をひとつだけご紹介します。
みなさんご存じの葛飾北斎による「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」。大きな波と富士山の、あの絵です。

冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏 葛飾北斎筆
冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏 葛飾北斎筆

舟に乗った人のサイズと比べて見ると、「この波、どれだけ大きいんだ?!」と思いませんか? 「びじゅチューン!」では、「ザパーンドプーンLOVE」という曲で、富士山に恋した波が、大きく伸びあがってアピールしています。この作品のポイントである大迫力の波を、船乗りになりきって、リアルなサイズの映像で体感してみましょう!富士山への思いをさけぶと、声のボリュームに合わせて大きな波が起こります。

「体感!ザパーンドプーン北斎」 会場イメージ
「体感!ザパーンドプーン北斎」 会場イメージ

このほか、「見返りすぎてほぼドリル」の見返り美人になってみたり、「夢パフューマー麗子」の麗子になりきってみたり、楽しい企画が勢ぞろい。
本館18室の「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」(8月19日まで展示)、「麗子微笑」を始め、「びじゅチューン!」に関連したほんものの文化財も展示されます。
 

トーハク×びじゅチューン! なりきり日本美術館チラシ


親と子のギャラリー「トーハク×びじゅチューン! なりきり日本美術館」

2018年7月24日(火)~9月9日(日)
本館 特別4室・特別5室

詳しくはこちら

トーハク×びじゅチューン! なりきり日本美術館チラシ


親と子のギャラリー「トーハク×びじゅチューン! なりきり日本美術館」

2018年7月24日(火)~9月9日(日)
本館 特別4室・特別5室

詳しくはこちら

カテゴリ:教育普及特集・特別公開

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posted by 藤田千織(教育普及室長) at 2018年06月26日 (火)

 

この秋は、トーハクでデュシャン! 「マルセル・デュシャンと日本美術」

今年のお正月のブログで、当館銭谷館長から今年の特別展ラインナップが紹介されました。
その中である展覧会について、「?!」と思われた方がおられたのではないでしょうか。



当館とフィラデルフィア美術館との交流企画として開催する「マルセル・デュシャンと日本美術」展(2018年10月2日(火)~12月9日(日) )です。

「日本美術の殿堂」と称されることもある当館で、「現代美術の父」と言われるマルセル・デュシャン(1887 - 1968)の展覧会をするのは異例です。

これは、当館が長年にわたってアメリカのフィラデルフィア美術館と交流があり、これまで「本阿弥光悦」展(2000年)、「池大雅と徳山玉欄」展(2007年)、「狩野派展」(2015年)に協力してきたいわば「お返し」として、フィラデルフィア美術館がアジア巡回する展覧会を開催することになったものです。
当館では、第1部をこのフィラデルフィア美術館の世界的に有名なデュシャン・コレクションからなる「デュシャン 人と作品」(The Essential Duchamp)とし、第2部として世界的に有名な(はずの)当館の日本美術コレクションで構成する「デュシャンの向こうに日本がみえる。」を併催、あわせて「マルセル・デュシャンと日本美術」として開催します。

ということで、現在10月2日の開幕に向けて準備を進めておりますが、4月のはじめ、当館の本展ワーキンググループチーフの松嶋室長、展示デザイナーの矢野室長、環境保存室の和田室長と私の4人が現地に行き、フィラデルフィア美術館の皆さんと展示や輸送などの打ち合わせをしてきました。

フィラデルフィアは、アメリカの東海岸、ニューヨークとワシントンDCの間あたりに位置し、アメリカ独立宣言の起草がなされた歴史ある都市です。

美術館本館前の階段は、映画「ロッキー」で主人公が上るシーンが有名で「ロッキー・ステップ」と呼ばれています。
私たちが訪問した日にちょうどシルベスタ・スタローン本人がフィラデルフィア市長とともに、ロッキーの銅像の前を訪れていました!
(会えませんでしたが……)


Photo by 108UNITED
ロッキーの銅像の前。
かなり寄せてたモノマネの人はいました。


まずは、デュシャン作品の展示室へ。

Modern and Contemporary Art – Anne d’Harnoncourt Gallery (182), Marcel Duchamp, The Bride Stripped Bare by Her Bachelors, Even (The Large Glass), 1915-1923, oil, varnish, lead foil, lead wire, and dust on two glass panels. © 2012 Artists Rights Society (ARS), New York / ADAGP, Paris / Succession Marcel Duchamp. Photo: Philadelphia Museum of Art.
※画像が小さいのは「オトナの事情」です


フィラデルフィア美術館のデュシャンコレクションはこちらをご覧ください。 ※下へ送っていくと「Marcel Duchamp」とありますのでそこをクリック!)

ここには、デュシャンの主要2作品である通称「大ガラス」そして、「遺作」が展示されています。いずれもここからは動かすことができないので、東京には持ってこられません。
※「大ガラス」は東京大学の駒場博物館からレプリカ(東京版)をお借りします。
※「遺作」は映像でご紹介する予定で、今フィラデルフィアで映像制作中です。

会議では、作品の展示・輸送、また保険や契約関係、展覧会関係の出版物、そして展覧会の広報について話し合いました。
フィラデルフィア美術館からこれらデュシャン作品やアーカイヴ資料がまとまって館外で公開されるのは初めて、とのことで、特に当館の環境面については、細かいところも説明し、必要な措置を確認しました。展示についての会議では、立体、紙・素描・版画、絵画それぞれの専門分野の保存修復担当の方々、貸与担当レジストラーの方、展示部の方々、そしてデザイナーの方と個々の作品の展示方法や展示台の素材、サイズなど、話し合いは詳細に及びました。
メールのやり取りではなく実際に担当それぞれの方とお会いすると、お互いざっくばらんにお話しできます。


展覧会のコンセプトについて熱く語る担当学芸員のマシュー・アフロンさん。秋の特別展期間には講演会もお願いしています。



展示について、デザイナーのジャックさん、レジストラーのウェインさん、展示部のヤナさんに、当館矢野デザイン室長が当館案の詳細を説明、検討しています。
先方からはなかなか厳しい質問も……


ミーティングの後、フィラデルフィア美術館ティモシー・ラブ館長とマシューさんにインタビュー。
展覧会について語っていただきました。


ティモシー・ラブ館長。今回の「The Essential Duchamp展アジア巡回の発案者です。

動画は会期前に公開しますので気長にお待ちください……

短い訪問でしたが、秋に向けて有意義な話し合いができました。

自主企画展の「マルセル・デュシャンと日本美術」、今後も準備の状況を少しずつご報告していきたいと思います。
どうぞご期待ください!
 

カテゴリ:2018年度の特別展

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posted by 鬼頭智美(広報室長) at 2018年06月15日 (金)

 

特集「就任100年 帝室博物館総長森鷗外の筆跡」

平成24年(2012)の森鷗外生誕150周年に、特集として「帝室博物館総長森鷗外」(2012年7月18日(水)~9月9日(日) )を開催しました(リーフレット)。この展示の事前調査の副産物が鷗外の自筆手稿「上野公園ノ法律上ノ性質」(図1)です。罫紙で20ページに及ぶ長文の無署名手稿が鷗外自筆であることを、筆跡と当時の博物館をめぐる状況から突き止めたものです。鷗外の筆跡はどこにでもあるものではありませんから、新聞紙上でも大きく取り上げていただきました。

上野公園ノ法律上ノ性質
図1:上野公園ノ法律上ノ性質(部分) 森鷗外筆 大正9年(1920)

眼が慣れた、というのでしょうか、以来、館内のさまざまな資料を見ていると、鷗外の筆跡が見えてくるようになりました。『大蔵省商務局製品画図掛員考案図式』の表紙に書き込まれた「家具食器図案」の文字と鷗外の花押(図2)を見つけたのは、この資料を他館に貸し出すために状態のチェックをしていた時でした。博物館時代の鷗外の業績として知られる正倉院拝観資格の拡大について調べていて、拝観者の感想文を収録した『日本美術協会報告』の表紙(図3)に大きな鷗外の花押があるのを見た際には思わず「やっぱり読んでいたんですね、森総長!」と心の中でつぶやきました。

鷗外の文字「家具食器図案」
図2:書き込まれた鷗外の文字「家具食器図案」と花押

『日本美術協会報告』の表紙にある大きな鷗外の花押
図3:『日本美術協会報告』の表紙にある大きな鷗外の花押

しかし、何といってもいちばん印象深いのは『大正十一年京都奈良両館録』に残された、亡くなる三週間ほど前の短い一言です。同年6月14日、美術書『蕪村画集』が京都帝室博物館に寄贈された旨を報じる文書が東京に届きました。東京帝室博物館の事務官はただちにこれを館内で回覧したのですが、総長鷗外はいつもの決裁済みの花押の他に「一見シタシ」と書き入れたのです(図4)。実はこの画集は前の週に東京にも届いていて、書類上は総長による寄贈受け入れの決裁もされていたのですが、14日の時点でそれは鷗外の記憶になかったようです。

総長鷗外の決裁済み花押の他に書き入れられた「一見シタシ」の一言
図4:総長鷗外の決裁済み花押の他に書き入れられた「一見シタシ」の一言

健康が悪化していた鷗外は自分の死期が近いことをよく知っていたはずで、そんな中で「一見シタシ」と書いた心境は、どんなものだったのでしょう。実際、鷗外は翌日から病床につき、館に戻ることのないまま、7月9日にその生涯を閉じました。

この5年ほどの間に新たに見つけた鷗外の筆跡は、いずれも断片的なものですが、本人の日記や書簡、さらに同時代の資料をていねいに見比べてゆくと当時の鷗外、そして博物館の仕事の様子を少しずつ明らかにすることができます。今回の特集「帝室博物館総長森鷗外の筆跡」(2018年5月15日(火)~7月8日(日))を通じて、歴史的な資料を突き合わせて隠れた事実を解き明かしてゆく面白さを感じていただければ幸いです。

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 田良島哲(博物館情報課長) at 2018年05月29日 (火)

 

特集「ひらがなの美-高野切-」

現在、本館特別1室で、特集「ひらがなの美-高野切-」を開催中です(7月1日(日)まで)。「高野切(こうやぎれ)」は、『古今和歌集』の現存する最古の写本です。豊臣秀吉(1537~98)がその一部を高野山に下賜したため、「高野切」と呼ばれるようになりました。日本の書の歴史にとって基本の作品であり、その完成された仮名の美しさは、現代のわれわれが使う「ひらがな」の形のもとであると考えられています。


重要文化財 古今和歌集巻十九断簡(高野切)
重要文化財 古今和歌集巻十九断簡(高野切) 伝紀貫之筆 平安時代・11世紀 森田竹華氏寄贈

筆者は、紀貫之(872~945)と伝称されてきましたが、実際は平安時代・11世紀の作で、三人の筆者によって寄合書(よりあいがき、分担して書くこと)されています。その三人を、第一種、第二種、第三種と呼び分けます。


第一種~第三種のひらがな
左の列:第一種、真ん中の列:第二種、右の列:第三種のひらがな

このように並べてみると、三人の書が違うのがわかります。「の」の字は少しずつ形が違っているものの、どれも「ひらがな」の手本となるような美しい形です。また、線質をみると、第一種と第三種はすっきりとした筆線ですが、第二種はかすれる部分も見られて力の入れ方が統一ではありません。今回の特集では、「高野切」の三人の筆跡をより近くで見ていただけるようなケースに展示しました。三人の仮名を見比べてみてください。


重要美術品 大字和漢朗詠集切
重要美術品 大字和漢朗詠集切 伝藤原行成筆 平安時代・11世紀 森田竹華氏寄贈

この画像は、第一種の筆者による、別の作品です。薄茶色の染紙に、金銀や雲母の砂子を散らした装飾料紙を使っています。『和漢朗詠集』を書写していて、右から漢詩、左の三行の仮名は和歌です。仮名部分は、「高野切」とは趣を変えているようにみえます。「高野切」の三人の筆者は、それぞれ能書(のうしょ、書の巧みな人)として活躍していたようで、別の作品もいろいろと現代に伝わっています。


興風集断簡(名家家集切)
興風集断簡(名家家集切) 伝紀貫之筆 平安時代・11世紀 森田竹華氏寄贈

この作品は、「高野切」第二種とよく似ています。第二種の書をよく学んだ別の人物によるものと思われます。第二種の書と形は似ていますが、筆線が細いのが特徴的です。繊細な仮名と、浮遊する飛雲の模様が調和しています。

「高野切」やその三人の筆者の書は、それぞれ名筆として、後奈良天皇や後西天皇をはじめとする歴史上の人々が愛好し大切にしたため現代まで伝わってきたものです。今回の特集では、「高野切」と、その三人の筆者の別の作品、さらに、三人の書に類似する作品をご紹介しています。「高野切」の時代の「ひらがな」の美しさを、ぜひご堪能ください。

カテゴリ:研究員のイチオシ書跡特集・特別公開

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posted by 恵美千鶴子(東京国立博物館百五十年史編纂室長) at 2018年05月22日 (火)