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石板で肉を焼き、ガラス玉を想う 特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」その3


まずは台湾南部の屏東県にある屋外博物館「臺灣原住民族文化園區」を訪問したとき、お知り合いになった猫君をご覧ください。
とくに意味があるわけではないですが、猫画像を見ると幸せな何かが分泌されるそうです(あと閲覧率が上がるかもしれない)。
癒しを得てから話を進めましょう。
 
この「臺灣原住民族文化園區」の大きな特徴として、原住民族の伝統家屋が再現展示されている点が挙げられます。
現在、台湾で公認されている16の原住民族は、その使用する道具や衣服、生活様式が明確に異なり、隣接する地域に居住している民族でもくっきりと区別することができます。
たとえばプユマ族、パイワン族、ルカイ族はいずれも台湾南部に居住しますが、プユマ族は竹に茅葺き屋根の家屋に住み、一方でパイワン族・ルカイ族は石板を積み重ねた家屋が特徴です。
プユマ族一般家屋(再現)と猫君(臺灣原住民族文化園區)

阿禮社(ルカイ族)頭目家屋(臺灣原住民族文化園區)
 
掲出の画像は一般家屋と頭目家屋なので公平な比較ではありませんが、これだけでも生活そのものに対する考え方が根本的に異なることがわかるかと思います。
三地門(パイワン族集落)の街並。左側の住居の塀や門に白黒の幾何学的模様の蛇があしらわれている
 
現在のパイワン族集落は石積み家屋ではありませんが、壁の装飾画や道路の文様など、そこかしこにパイワン族が祖霊とする百歩蛇の図像が見られます。
パイワン族、ルカイ族はよく似た文化を持ち、同じく家屋に用いる平たい石板を利用して烤肉(焼き肉)を食べます。画像は石板烤肉と伊那比拉(イナピラ 芋と猪肉の腸詰)、ニンニク。
 

 

左はカットした伊那比拉で、右は吉拿富(チナブ)と阿拜(アッバイ)。どちらも猪肉と粟を月桃の葉に包んで蒸したもので、阿拜は搗(つ)いてモチ状になっており、お祭りの際に食べるそうです。ほんのり甘く、口いっぱいにほおばると香気が鼻に抜けて美味しい。
上はカットした伊那比拉で、下は吉拿富(チナブ)と阿拜(アッバイ)。どちらも猪肉と粟を月桃の葉に包んで蒸したもので、阿拜は搗(つ)いてモチ状になっており、お祭りの際に食べるそうです。ほんのり甘く、口いっぱいにほおばると香気が鼻に抜けて美味しい。

 

ガラス首飾 パイワン族 台湾南部 19世紀後半~20世紀初頭 藤江志津氏寄贈 東京国立博物館蔵

トンボ玉部分拡大

 

さて、こちらは特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―で展示中のパイワン族の首飾。橙色のガラス玉を二重に連ね、間に白や青、緑の管玉を挟んで、中央に模様のある玉(日本で言うトンボ玉)を配しています。

ガラスはもともと、天与の霊力をそなえた宝石を人工的に生み出すことのできる奇跡の素材です。自由に魔術的なシンボルを表すことのできるガラス製装身具は、色彩と輝きに満ちた理想郷と現実世界をつなぐものであり、身に着けることで強い霊力を引き寄せる護身的な役割を担っていました。パイワン族にとって、ガラス玉は結婚式において欠かせない贈り物であり、祝い事や祭礼に参加する際の必須の装飾品でもあります。
玉の色や模様には象徴性があり、たとえば白地に黄と赤で波を描く玉(本作では中央の玉から2個となりの一対)は「日光の玉」と呼ばれ、高い身分を示すものとして最も貴重視されました。緑地に目玉を描く「眼睛の玉」(本作では左右の端の一対)は災いを防ぎ、持ち主を守る意味を持ちます。富を示す橙玉を多く使用していることからも、高貴な人物が身に着けるべき組み合わせです。
 
こうした台湾のトンボ玉について、日本で早い時期から関心を示し、精力的に蒐集・分類をはじめた人物がいます。
加賀百万石の主から侯爵へと転身した、加賀前田家の16代当主・前田利為(としなり)(1885~1942)です。
利為は「蒐集」と「整理」をこよなく愛していたようで、前田家伝来の文化財にさらに光彩を加えています。
トンボ玉蒐集もその一つで、大正15年(1926)の台湾旅行中、台湾総督府の宮原敦・服部武彦からトンボ玉についての講話を聞いたことがきっかけだったようです。
その後、利為は死没する直前まで世界各地のトンボ玉の蒐集・整理を続けました。
利為のトンボ玉標本は一点ずつ糸を通して区画された箱に収め、産地などの情報とともに保存するもので、工芸資料集としての体裁が整っています。先に見た「ガラス首飾」と同じ玉もある一方、当館所蔵品にはない多彩な玉も収められており、蒐集時期も含めて重要な情報を提供しています。
同じく前田家の重宝、重要文化財「百工比照」をご覧になった方ならピンとくるかもしれませんが、江戸時代の工芸資料集である「百工比照」の几帳面な整理方法と通じるものを感じます。
 
利為の蒐集した「トンボ玉」は、本特集と同じ平成館で開催中の特別展「百万石!加賀前田家」で展示中です。
特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―をご覧になった際は、こちらにもぜひお立ち寄り下さい。 
 
パンフレット
特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」
―台湾の原住民族の資料―


編集:東京国立博物館

パンフレットでは、本展にかかる調査研究について解説しています。
フォルモサの世界を知る機会となれば幸いです。
本特集ページよりPDFをダウンロードしていただけます。

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本特集の担当研究員によるリレーブログ

 

カテゴリ:特集・特別公開工芸調査・研究

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posted by 福島修(貸与特別観覧室長) at 2026年05月15日 (金)

 

タイヤル族の織物探訪 特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」その2

「フォルモサ Formosa」という言葉を耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。美しき島、麗しの島、という意味の台湾島の美称で、大交易時代のポルトガル人が形容したのがはじまりといわれています。台湾には、現在に至るまで多様な民族が暮らしています。そのなかでも、古くから住んでいたオーストロネシア系語族の人々は、現在では社会運動を通してみずからを「原住民族」と総称しています。(日本語では「先住民族」ということもありますが、字義がやや異なりますので、本特集では台湾での表記に倣っています。)

特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―に関するリレーブログその1でお伝えしたように、台湾原住民族の資料をご紹介するべく、当館では少しずつ準備をしてきました。2023年と翌24年に台湾を訪れる機会を得た我々は、ざっくりとまとめた当館資料の情報を片手に、各地をめぐりました。どうしても広く浅くの調査となることは承知の上で、実際に資料が使われていた土地を訪れて風土や生活を知ること、いまを生きる原住民族の方々のお話を聞くことを念頭に出発しました。現地の皆様には深い寛容とご協力をいただき、無事に第一歩の調査としては充実したものとなり、ありがたい限りです。
当然、この旅については書ききれないほどですが、今回のブログでは、当館でこれまであまり展示する機会のなかった、タイヤル族の織物と調査の旅について記したいと思います。

遡って2021年、館内で日々の資料整理をしていたある日、中が刳(く)り抜かれた不思議な丸太のようなものを見つけました。これをよくよく調べてみると、タイヤル族の女性たちが衣服を織り出すときに用いる、織機(織器)の一部だということがわかりました(現地ではクォングー〈qo-ngu、織布箱〉といいます)。ぎっしりと密に織っているのに柔らかい、タイヤル族の苧麻(ちょま:カラムシともよばれる麻の一種)の衣服をこれでどうやって織っているのか、とても気になっていました。

織器(TK-3594)19世紀後半~20世紀初頭 台湾、新北市烏来区
 
そこで最初の調査では、台湾北部にある烏来(ウライ)という集落に向かいました。台北から1時間ほどの烏来は、山地ながら有名な観光地で、行楽のため人出の多い場所です。雨のなかでキラキラ光る、温泉の看板の誘惑に惹かれながら、まずは烏来泰雅(タイヤル)民族博物館へ。

烏来市街。あいにくの大雨。
 
博物館では、×と○を交互に表した文様の織物が、烏来の集落を表わすものとして象徴的に紹介されていました。実は同じ文様の肩掛を東博で所蔵しており、思いがけないつながりに嬉しくなりました。(いま考えれば、もとの収集地が近いので当然なのですが!)
タイヤル族の衣服は、日本の着物や洋服とは構造がかなり異なり、各部分を別に展示すると分かりにくいので、本展では思い切ってマネキンに着せつけています。悩みどころだったのはその着こなし。現代の写真では肩掛を袈裟懸けにすることが多いようなのですが、昔の写真を見ると本当にさまざま。本展会場では、古写真の一つに倣って、試みに首に懸けて前に展示しています。どちらもカッコいいのですが、いかがでしょう。
 

 
左:袈裟懸けスタイル、右:前懸けスタイル この胸掛や方衣は男性の衣服で、肩掛には細かい×○紋がある。
胸掛(TK-585)、方衣(TK-583)、袖套(TK-586)、肩掛(TK-582)19世紀後半~20世紀初頭 台湾、新北市烏来区

烏来をはじめタイヤル族ではこの数十年来、日本統治時代より高機の奨励や現代化の波により下火になっていた、伝統的な織物技術の復興運動が進んでいるそうです。いくつかの工房を訪れると、それぞれに古い織物に学んで図案を起こし、織物を織り出しており、これまで積み重ねてきた取り組みについて貴重なお話をうかがうことができました。しかし残念ながら、台風による大雨でこれ以上の見学はできず、翌年に再来を期すことになりました。 

 
達卡(タカ)工作坊の高林美鳳(Taka Tana)氏に、基本的な織り方を教わる。足の微妙な伸ばし方で経糸の張力を変えるので、普段使わない筋肉が刺激されて筋肉痛に。

満を持して翌年秋、カラッと晴れた烏来に再来できました。
前回と異なりにぎやかな商店街。マグリ(Mageli、磨格力)というタイヤル族の伝統料理が店頭にありました。説明文によれば、もち米と焼いた猪肉をマーガオ(Makauy、馬告)という香辛料と合わせて蒸したもののようです。この場では食べなかったのが悔しいところ、その後昼食で食べた鶏のスープにも、このマーガオが使われていました。台湾の山麓地帯にのみ自生する植物で、タイヤル族が大切にしてきた香辛料だそうです。レモンのような爽やかな強い香りと、若干の痺れがクセになるおいしさでした。

重要伝統工芸保存者(日本でいう人間国宝)でありタイヤル族の織物を復元しているユマ・ダル(Yuma Taru)氏と、タイヤル文化を研究している鄭光博氏による講義を博物館で拝聴したのち、午後は、さらに南の桃園市の山麓地帯である角板山(かくはんざん)に向かいました。
 
烏来の渓谷
 
店頭に並ぶ伝統料理

鶏のスープ。黒く浮かんでいる粒がマーガオ

角板山では、今年、それぞれ伝統工芸保存者にも認定された、ユリ・アバウ(Yuri Abaw、宗貞嫻)氏の工房、ウパ・タリ(Upah Tali、王碧珠)氏の工房を訪れ、織りや苧麻の糸の作り方などを見学することができました。以下に、その様子を写真で順に紹介します。

 
ユリ・アバウ氏の工房にて。これまでの研究の成果である織図の記録と、完成した織物

苧麻を刈り取る

茎から余分な葉を落とすウパ・タリ氏

 
苧麻の外皮を、竹を割った道具で剥いで繊維を取り出す(日本でいう苧引き)。剥いだばかりの中の繊維(青苧)は光沢があり美しい

 
天日で乾燥したのち、束にまとめる
 

処理した苧麻の糸に紡錘で撚りをかけていく(撮影:鄭光博氏)

整経したのちに織機にかけて織り出す。


以上、2年にわたり、現代のタイヤル族の織物について見学する機会をいただきました。それぞれの制作者による、自らの文化を守り継承するための真摯な取り組みと熱意には、胸を打たれました。当館の所蔵品を保存し、調査と公開の機会を重ねることは、台湾と日本に生きる現代の人びとにとって大事なことと、再確認する機会にもなりました。
本特集では、19世紀後半に作られたとみられるタイヤル族の衣服を、帽子や耳飾り、刀などの服飾品とともに展示しています。また、本ブログでは字数の都合で紹介できなかった他の民族の衣服と見比べてみてもきっと楽しいと思います。
特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―は5月31日(日)までの開催となっております。お近くの際には、ぜひお立ち寄りください。
 

パンフレット

特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」
―台湾の原住民族の資料―


編集:東京国立博物館

パンフレットでは、本展にかかる調査研究について解説しています。
フォルモサの世界を知る機会となれば幸いです。
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カテゴリ:特集・特別公開工芸調査・研究

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posted by 廣谷妃夏(東洋室研究員) at 2026年05月13日 (水)

 

東博のスリーピング・ビューティー 東洋の民族資料 特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」その1

現在、平成館の企画展示室では、特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―(2026年3月10日(火) ~ 2026年5月31日(日))を開催中です。「東博には何度も行ってるけど、こういう展示や資料は初めて見た」という感想もいただいています。

本ブログでは、本展への想いと現地調査について、担当研究員によるリレー形式でお届けします。


特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし 台湾の原住民族の資料」の展示風景
民族ごとに器物や衣服を陳列し、それぞれの民族の居住地や住居などをパネルで紹介しています。右手のケースにはパイワン族の家屋のなかで安置する祖霊像、左手のケースにはパイワン族の首長が着用する雲豹(うんぴょう)の毛皮の服がみえます。

東博には、平素より「東洋民族」という分野の展示があります。場所は東洋館の地下の一番奥で、展示ケースはひとつきりです。そこでは台湾の原住民族の資料だけでなく、インドネシアのワヤンという人形や、クリスという短剣、南太平洋の民族資料などを代わりばんこに展示しています。

念のために申しますと、展示場所が小さいという不満を漏らしているわけではありません。展示ケースはひとつだけですが、かつては民族資料を紹介する場所さえなかった時期もありました。もともと東博の所蔵品のなかでも、民族資料は規模が小さいので、それに応じた展示場所の広さだともいえましょう。大切なのは、小さくとも展示場所があるということです。


東洋館地下にある東洋の民族資料の展示
現在は「南太平洋の生活文化」というテーマでオセアニア地域の民族資料を展示しています(東洋館13室、2026年6月21日(日)まで)
ここで台湾の民族資料を展示することもあります。過去のブログでも、パプアニューギニアでの調査タオ族の文化などについて紹介をしてきました。

パプアニューギニアでの調査 (2016年11月16日付ブログ「南太平洋の生活文化」 へ移動)
タオ族の文化 (2024年10月23日付ブログ「世代を重ねるおしゃれ タオ族の胸飾」へ移動)

東洋の民族資料については、まだまだ未整理のところがあり、きちんと調べてからでないと展示できない事情があります。ビジネス用語で「スリーピング・ビューティー(眠れる美女)」という「眠ったままになっている素晴らしい資産」を指す言葉がありますが、そういった状態の作品たちを目覚めさせるためには相応の準備が必要になります。台湾の原住民族の資料については、ここ数年ほど、日本や台湾の研究者、そして現地の方々にも教わりながら、同僚たちと一緒に調査を進めてきたのですが、その成果を生かして、いつもより大きな規模で展示したのが、このたびの特集です。

 


台湾の角板山(かくはんざん)での伝統的な工芸技術に関する調査(鄭光博氏撮影)
タイヤル族の伝統的な工芸技術の伝承者の方から苧麻(カラムシ)の繊維の採取について指導を受けました。左から伝統工芸保存者のユリ・アバウさん、一人おいて、東博の研究員 猪熊兼樹(筆者)、福島修、廣谷妃夏。


台湾東部の花蓮にある祖霊屋での調査
アミ族の祖霊を祭るカキタアンという建物のなかで、伝統的な生活様式や信仰について取材を行いました。屋内には、祖霊の姿を浮き彫りした像が安置されています。


台湾南東沖の蘭嶼(らんしょ)という島での調査
蘭嶼には海洋民族のタオ族が暮らしています。その船は両端が反り上がり、白・赤・黒で彩られる独特な形状です。船の工房で製造工程を見学したのち、実際に海上に出て、その操作法や機能性について教わりました。左から大野颯真さん(東華大学)、一人おいて、東博の研究員 廣谷妃夏。

東博の展示には、日本やアジア地域の素晴らしい美術品や考古資料が多数ならび、皆様がよくご存知の名品も少なくありません。そのようななかで東洋の民族資料の展示というのは、あるいは珍しく見えるかもしれませんが、だからこそ東博の展示に多面性を与えるように思っています。宝石を輝かせるには、カットを加えながら大小の面(ファセット)から構成される多面体を作り出して、光の反射を増幅させてゆきますが、展示についても、大小さまざまな内容があることで、来館者の皆様に多様な楽しみを提供できると考えています。これからもブリリアントな東博をお見せできるように、頭をめぐらせたいと思います。

特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」
―台湾の原住民族の資料―


編集:東京国立博物館

パンフレットでは、本展にかかる調査研究について解説しています。
フォルモサの世界を知る機会となれば幸いです。
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ゆりの木の花咲く季節に、ひととき、お目覚め中のフォルモサの民族資料たちに会いにいらっしゃいませんか?
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特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―は2026年5月31日(日)まで、金曜日・土曜日は20時まで(入館は19時30分まで)夜間開館を実施しています。
台湾の原住民族の多彩で豊かな生活様式を伝える資料を、ぜひ会場でご覧ください。

 

 

 

カテゴリ:特集・特別公開工芸調査・研究

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posted by 猪熊 兼樹(調査研究課長) at 2026年05月07日 (木)

 

みんな大好き!酒呑童子のものがたり

ただいま本館特別1・特別2室では特集「平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―」を開催しています。

“酒呑童子のものがたり”とは、平安時代の武士・源頼光とその四天王が酒呑童子という鬼を退治する物語です。
室町時代後期から多くの美術作品に取り上げられ、時代を超えて人びとに愛されてきました。

さまざまな酒呑童子絵を紹介する本展では、この物語の広がりを紹介するために、江戸時代中期から明治時代につくられた浮世絵も展示しています。
その中から1点を紹介します。


見立大江山 喜多川歌麿筆 江戸時代・18世紀

こちらは、喜多川歌麿が描いた美人画。
手前に7人の女性たちがいて、遠くには富士山が見えます。
酒呑童子となにか関係があるの?と思われるかもしれません。

女性たちの不思議な装いは山伏を模したもので、背中に笈(おい)を背負う姿は、まさに鬼退治に向かう武士たちにそっくりです。  

見立大江山(部分)
酒呑童子絵巻(孝信本)巻上(部分) 伝狩野孝信筆


山伏姿となって酒呑童子退治の準備をする頼光たち

さらに着物の模様や紋を細かく見てみると…
 

見立大江山(部分)
 
三つ星に一文字紋の入った着物の女性は、渡辺綱。
 

見立大江山(部分)
 
鉞(まさかり)と笹模様の着物を着た女性は、坂田金時。
 

見立大江山(部分)
 
笹竜胆の模様の着物の女性は、源頼光を表していると考えられます。
つまりこの作品は、酒呑童子物語の登場人物を江戸の女性たちに置き換えた作品なのです。
 
画面奥では、柴刈りをする男性がいます。
 

見立大江山(部分)
 
元のお話では、頼光一行が酒呑童子退治へ向かう途中、険しい崖に丸太を架けて武士たちを導く八幡、住吉、熊野の神々の化身が登場します。
これは、その場面の見立でしょう。
 
 
もう一つ気になるのが、画面中央で洗濯をする女性の姿です。
 

見立大江山(部分)
 
歌麿の作品ではどこかほのぼのとした雰囲気ですが、
この場面は、酒呑童子にさらわれた女性が血の付いた衣を洗う場面になぞらえています。
 
 
そして、右上では室内に銚子と器が置かれ、扇を手に踊っているような男性たちの姿も。
ここが、酒呑童子の館なのでしょうか。
 

見立大江山(部分)
 
中ではこのような宴席が催されているのかもしれません。
 
酒呑童子絵巻(孝信本)巻中(部分) 伝狩野孝信筆
 
このような見立絵(やつし絵)は、元のお話を知っているからこそ楽しめる作品です。
酒呑童子の物語が江戸の人びとに広く愛されていたことがうかがえるでしょう。
 
本展では、絵巻や扇に描かれたさまざまな作品をとおして、酒呑童子のストーリーたっぷりとご紹介しています。
 
さらに、会場でお配りしているリーフレットでは、出品作品の魅力を8ページにわたって解説しています。
ぜひ展示室でお手に取って、酒呑童子の世界をお楽しみいただければ幸いです!
 
(注)リーフレットは枚数に限りがあります(なくなり次第配布終了)
(注)本特集ページよりPDFをダウンロードしていただけます。
 
平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―
会場:本館 特別1室・特別2室
会期:2025年9月30日(火) ~ 2025年11月9日(日)

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 村瀬可奈(調査研究課絵画・彫刻室) at 2025年11月04日 (火)

 

金工動物園に潜むあやしいやつを捜せ!

東京国立博物館では、この夏、期間限定で、特集「金工動物園」(本館14室、8月24日(日)まで)を開催しています(図1)。


(図1)特集「金工動物園」(本館14室)の展示風景

暑い夏に、クーラーの効いた展示室(クーラーの温度設定は文化財に合わせています)で、冷たい肌触りの金属でできた動物たちをご観覧いただき、涼んでいただければという企画で、全国の動物園で夏バテ気味の白熊くんもここでは元気にしています(図2)。


(図2)白熊置物(しろくまおきもの)
津田信夫作 昭和19年(1944) 第二復員局寄贈


今日も夏休みの家族連れや海外からのお客様で賑わうこの動物園には、「瑞獣(ずいじゅう)・霊獣」というコーナーがあって、犀(さい、図3)や麒麟(きりん)、獅子(しし)、龍などの想像上の動物が展示されています。


(図3)犀形鎮子(さいがたちんし)
江戸時代・19世紀


「自在置物」のコーナーにもいる龍を除けば、ほとんどが実在の動物ですが、その中に実在の動物をかたどりながらも霊獣的な要素をまとう、ちょっと「あやしい」動物がいます。今回はそんな動物を捜してみましょう。

まず思いっきりあやしいのは、「鯉水滴(魚跳龍門)(こいすいてき ぎょちょうりゅうもん)」(図4)です。


(図4)鯉水滴(魚跳龍門)
江戸時代・18~19世紀


鯉とかいいながら魚の顔でありません。平成のはじめに鶴岡市のお寺で目撃された人面魚の仲間でしょうか。
その正体は龍になろうとしている鯉です。鯉が瀧を登ると龍になるという故事が中国にあり、それを踏まえて作られたものです。今でもよく耳にする「登龍門(とうりゅうもん)」として知られるこの故事は、立身出世を象徴する話で、東アジアで好まれました。水滴は硯(すずり)で墨を擦(す)る際に使う水を入れる容器ですから、この水滴を使っていた人は、何か受験勉強のようなものに励んでいたのかもしれません。

次にあやしいのは同じケースの「蝦蟇水滴(がますいてき)」(図5)です。


(図5)蝦蟇水滴
江戸時代・18~19世紀 渡邊豊太郎氏・渡邊誠之氏寄贈



蝦蟇とはいいながら、体が真ん丸で不敵な目つきをしています。よく見ると後ろ足は1本だけ。いよいよあやしげです。似た蝦蟇を捜すと……

(図6)蝦蟇鉄拐図屛風(がまてっかいずびょうぶ)(左隻)
曽我蕭白筆 江戸時代・18世紀
(注)現在は展示していません。
(図7)蝦蟇鉄拐図屛風(部分)
1本足で立っている蝦蟇

 

ここにいました。曾我蕭白(そがしょうはく)筆「蝦蟇鉄拐図屛風」(図6)の中に1本足で立っている蝦蟇(図7)がいます。この蝦蟇は妖術を使う蝦蟇仙人の使いの蝦蟇です。ただならぬ気配は、妖気によるものだったのですね。

この栗のようなものを背負った牛(図8)もよく見ると変です。栗のようなものはさておいても、前後の足の付け根に炎のようなものが見えます(図9)。何でしょうか。

(図8)金銅臥牛香炉(こんどうがぎゅうこうろ)
江戸時代・17世紀
(図9)金銅臥牛香炉
足の付け根の炎のようなもの

 

背中の栗にようなものは宝珠(ほうじゅ)といい、仏教で信仰された、何でも願いを叶えてくれる力を持った不思議な玉です。この牛は体の中が空洞で、宝珠が蓋になっていて、お香が焚(た)けるようになっています。宝珠に孔(あな)が開いていて、ここから煙が出ます。牛は仏教と結びつきが深く、大威徳明王(だいいとくみょうおう)や焔摩天(えんまてん)の乗り物として登場します。角が長いのは仏教の生まれたインドにいる水牛を意識したものでしょう。炎のようなものは霊気の表現で、この牛が霊獣だということを示しています。黄色い電気のモンスターが「ピカッ」と光る稲妻のような尻尾をつけているのと似てますかね。

「宝字文南天柳瑞獣柄鏡(ほうじもんなんてんやなぎずいじゅうえかがみ)」(図10)にもちょっと不思議な動物(図11)がいます。鼻が長いのが特徴で、先程の「金銅臥牛香炉」(図8)の牛と同じく、前後の足の付け根から霊気を発しているので、霊獣とわかります。何者でしょうか。

 

(図10)宝字文南天柳瑞獣柄鏡
銘「藤原光長」 江戸時代・19世紀 徳川頼貞氏寄贈
(図11)宝字文南天柳瑞獣柄鏡にいる不思議な動物

 

正解は悪夢を食べてくれるという獏(ばく)です。体は熊、鼻は象、目は犀、足は虎、尾は牛に似るとされた中国生まれの合成獣で、龍や鳳凰(ほうおう)ほどではありませんが、日本にも伝わって造形化されました。この鏡では「難を転じる」という南天と組み合わせられて、逆鏡を救う願いが込められています。獏は東南アジアやアメリカ大陸にいるバクと似ているというので同じ名前になっていますが、元々は空想の動物なのですね。

他にもよく見ていくと、あやしげな動物が隠れています。動物と人間の距離が近く、人間がいかに動物にいろいろな思いを託してきたことか。夏の日の思い出に、普通の動物園にはいない、ちょっとミステリアスな動物を捜しに、展示室に来てみてください。

 

カテゴリ:特集・特別公開工芸

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posted by 清水健(工芸室) at 2025年08月07日 (木)

 

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