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「南太平洋の生活文化」現地調査レポート(セピック川の日々)

もう何年か前、私が東京国立博物館(トーハク)に勤めはじめたころ、とある収蔵庫の片隅に石のお金が無造作に置いてあるのを見つけました。白い石でできた大きなドーナツみたいな貨幣です。ほかに、ワニの釣針やココナッツジュースの容器なんかも見かけました。これらは19世紀後半から20世紀初頭にトーハクにもたらされた南太平洋の工芸品ですが、当時はそのような南洋資料はほとんど展示されておらず、館員でもなかなか見ることがなかったので、とてもめずらしく思われました。

石貨
石貨 ミクロネシア、ヤップ島 19世紀後半   東京国立博物館蔵(田口卯吉氏寄贈)

その後、東洋館の改装(リニューアル)が行なわれ、南洋資料も少しずつ展示されるようになってきました。このたび「南太平洋の生活文化」(2016年11月15日(火)~12月23日(金・祝)、平成館企画展示室)と題して、南洋資料をいくらかまとめて展示するにあたり、それらが現地ではどのように扱われているのかを調査する機会にめぐまれました。南太平洋には無数の島があれば、それらの島々を見てまわるのは難しいので、トーハクの所蔵品の内容を検討し、まずはパプアニューギニアのジャングルを流れているセピック川の流域を調査地に選びました。ここの人々には自分たちの先祖をワニだとする信仰があり、現在でも男子が成人する時には、その体にカミソリでワニの鱗(うろこ)のような傷をつけてゆく儀式があります。私たちの調査に同行してくれた案内人のフィリップさん(現地には西洋風の名前をもつ人がいます)の体にも見事な鱗が刻まれていました。

セピック川
ニューギニア島のジャングルを流れるセピック川。ワニがいる。

ワニ像
ワニ像 メラネシア、ニューギニア島北東部  19世紀後半~20世紀初頭  東京国立博物館蔵(藤川政次郎氏寄贈)

フィリップさん
調査に同行してくれたフィリップさん。胸にワニの鱗が刻まれている。


現地での交通手段はカヌーが中心で、となりの村に行くにもカヌーです。カヌーを作るのは専門の職人ではなく、成人した男子であれば、自分の力で家族のためのカヌーを作ります。そして地図もなく、地形を目印にして、複雑に流れている大小の川をこぎまわります。フィリップさんは銛(もり)を使うのがとても上手く、疾走するカヌーから水面下のウナギを一発で仕留めました。そのウナギはブツ切りにして、そのまま石をならべた炉(ろ)で焼いて、私たちにふるまってくれました。裂き方といい、焼き方といい、野生味あふれたものです。

カヌー
細長いカヌーに並んで座る。この状態で何時間もかけて川を行き来する。

カヌー作り
家族のためにカヌーを作る。たくましい男の仕事。

ウナギ
ブツ切りウナギを炉におく。関東風とも関西風とも異なるワイルドな焼き方。

飲み物はもちろんココナッツ(椰子の実)のジュースです。濃厚な甘い味だと思われがちですが、実際はポカリスエットみたいなすっきり味です。現地の男の子が椰子の木を器用によじ登って、実をねじ切って、下の川にボチャンと投げ落としてくれます。それを女の子が拾いあげて、大きなナイフでバカッ、バカッと叩き割ってくれます。セピック川に沿っていくつもの村を訪れましたが、どこでも子供たちがやって来て、私たちについてまわりました。ここの人々は大きな目をしていて、特に黒目が丸くてきれいですが、その顔を見ていると、ニューギニア島の東方にあるニューアイルランド島の石像の印象的な瞳を思い出しました。

ヤシの実をとる男の子
枝のない椰子の木を上手に登って、実をねじり取る男の子。

現地の子どもたち
調査の見物にきた子供たち。みんな目がきれい。

女性像
女性像(クラプ) メラネシア、ニューアイルランド島 19世紀後半 東京国立博物館蔵吉島辰寧氏寄贈)

このように書いていると、現地では今なお伝統的で豊かな暮らしが行なわれているようですが、いろいろ見たり聞いたりすると、やはり生活の変化はいちじるしく、このような生活様式がいつまでも続くかは分かりません。彫刻と彩色で飾られる儀式用の精霊小屋(ハウスタンバラン)も建て直されなくなってきています。現地の人々にトーハクの南洋資料の写真を見てもらうと、すでに見かけなくなったものがあると教わりました。まだ人々の記憶があるうちに、多くのことを確かめておかなくてはならないと痛感する調査となりました。

対話
現地の人々との対話は夜遅くまで行われた。

精霊小屋
建て直されずに骨組みだけが残った精霊小屋。

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 猪熊兼樹(出版企画室主任研究員) at 2016年11月16日 (水)