宝相華をご覧になったことはありますか。「ほうそうげ」あるいは「ほっそうげ」と読みます。読んで字の如く、宝物のような美しい花です。咲いているのはお寺とかですね。お花で有名なお寺もたくさんあります。桜とか、牡丹とか、紫陽花(あじさい)とか。今の時期は蓮がきれいですね。当館に近い不忍池辯天堂(しのばずのいけべんてんどう)も、蓮が美しく咲いていて、あたかも浄土のように思えます。
でも、この宝相華という花は、お庭や池ではなく、お堂の中に咲いています。そして今では、お寺の宝物館や、各地の博物館、美術館に咲いています。季節を問わず、枯れることなく。お堂の中や仏像を飾り、またかつてお堂や仏像を飾っていたものが、今では文化財となって、保管され、鑑賞されているのです。この花は、建造物の装飾や仏像を飾る光背(こうはい)・台座、仏具などに咲いています。仏を飾るために創造された、植物としては実在しない空想の花なのです。
それではどんな花かというと、実は決まったかたちがあるわけではありません。ちなみに現在開催中の特集「
仏教の花―蓮と宝相華―」(本館4室、8月30日(日)まで)で展示している作品をいくつか並べてみると、こんな感じです。
鎌倉時代(13世紀)の金銅尾長鳥文華鬘(こんどうおながとりもんけまん)(図1)では、斜め上から見た8弁の大きな花が目を引きます(図2)。
中心部にも花弁のようなものがもこもこと重なり、八重(やえ)咲きの花を思わせます。
(図1)金銅尾長鳥文華鬘(こんどうおながどりもんけまん)
鎌倉時代・13世紀
(図2) 金銅尾長鳥文華鬘 斜め上から見た宝相華部分
横から見ると、縦に花を2つ重ねたようです(図3)。葉っぱも花弁のようです(図4)。
(図3) 金銅尾長鳥文華鬘 側面から見た宝相華部分
(図4) 金銅尾長鳥文華鬘 宝相華の葉部分
平安時代後期(12世紀)の金銅灌仏盤(こんどうかんぶつばん)(図5)では斜め上から見た6弁の大きな花が線刻で表されています(図6)。
中心にはやはり小さな花弁のようなものが見え、雄蘂(おしべ)のような円いものも表されています。
(図5) 重要文化財 金銅灌仏盤(こんどうかんぶつばん)
平安時代・12世紀
(図6) 重要文化財 金銅灌仏盤 斜め上から見た宝相華部分
それより1世紀ほど前の長元3年(1031)に製作された金銅宝相華唐草文経箱(こんどうほうそうげからくさもんきょうばこ)(ただし模造。原品:滋賀・延暦寺)(図7)を見ると、斜め上から見た均整の取れた6弁の花が線刻で表されており、中心部には蘂(しべ)や小さな花弁のようなものが表されているのがわかります(図8・9)。
(図7) 金銅宝相華唐草文経箱(模造)(こんどうほうそうげからくさもんきょうばこ もぞう)
山脇洋二模 昭和13年(1938)頃 原品:平安時代・長元3年(1031) 滋賀・延暦寺所蔵(叡山横川如法堂埋納)
(図8) 金銅宝相華唐草文経箱(模造) 蓋表 斜め上から見た宝相華部分(上下を反転)
(図9) 金銅宝相華唐草文経箱(模造) 蓋表 斜め上から見た宝相華部分
側面から見た花は、やはり縦に花を重ねたようですが、基本的には斜め上から見た花と同じ作りで、下の中央の花弁を上にめくると、萼(がく)が現れてこのような花になるようです(図10)。葉っぱは花弁のように豊かなふくらみがあり、小さな葉を根元の左右につけ、中央から大きな葉が伸びています(図11)。花弁も葉も豊かな造形で、ともに中心部に杏仁形(きょうにんがた)の芯のようなものがあるので、一見同じように見えます。
(図10)金銅宝相華唐草文経箱(模造) 蓋表 側面から見た宝相華部分(上下を反転)
(図11)金銅宝相華唐草文経箱(模造) 蓋表 宝相華の葉部分
整理すると、花は基本的には6弁(~8弁)の花だと考えられます。花弁は大振りで、それなりの大きな花だと思われます。葉が花弁と似ているのは、統一感を持たせようという意匠的な工夫かと思われますが、やはり豊かな量感を出したかったからではないかと推測されます。この中では金銅宝相華唐草文経箱(模造)が最も均整が取れていますので初発性があり、時代の下がる金銅尾長鳥文華鬘ではかたちが崩れ、側面花は斜め上から見た花の花弁をめくったようなかたちではなく、違う花のようになっています。
さて、実在する花に似たものを探してみると、牡丹や芙蓉、蓮、椿などが挙げられます。いずれも大振りで花弁が大きく、量感があるのが特徴で、これらを組み合わせて宝相華は創出されたと思われます。特に「百花の王」とも称される牡丹は、宝相華の成立に深く関わっていると考えられ、中国・盛唐期の牡丹の流行が、これを主たるモチーフとした花文様(はなもんよう)の成立を促したといえるでしょう。
中国・盛唐期の製作と思われる正倉院宝物の螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)(北倉29)の背面に表された唐花(からはな)文様(図12・写真は模造)や、唐・開元24年(736)銘の大智禅師碑(だいちぜんじひ)(原碑:中国・西安碑林博物館)の碑側(ひそく)に表された唐花文様(図13)には、牡丹を彷彿させる豊麗な花を見ることができ、こうした唐花文様が仏教美術に採り入れられ、宝相華が育まれていったと推測されます。
(図12) 模造 螺鈿紫檀五絃琵琶(もぞう らでんしたんのごげんびわ)(部分)
明治時代・19世紀 原品:奈良時代・8世紀 正倉院宝物(北倉29)
(注)本特集では展示していません
(図13)大智禅師碑(だいちぜんじひ)(部分)
史惟則筆 中国 唐時代・開元24年(736)
(注)本特集では展示していません
唐は世界帝国として君臨し、シルク・ロードを通じて東西交易を盛んに行い、ササン朝ペルシアや東ローマ帝国から様々な文物がもたらされました。その中に植物をモチーフにした生き生きとした文様があり、そうした新たなモチーフとの接触が盛唐の華やかな気分と合致し、豊麗な唐花文様が生み出されたと考えられます。そして中国伝統の雲気(うんき)の表現が、西方から伝わったパルメット唐草や葡萄唐草と融合して唐花唐草文様あるいは宝相華唐草文様となり、広がっていったと考えられるのです。
空想された花ですが、空想された花ゆえか、近代以降の美術史や建築学、考古学の研究では、その不思議な魅力に取り憑かれ、宝相華の名前が定着し、盛んに研究されました。もちろん中国の文献にも宝相華は登場しますが、現れるのは宋代以降で、唐代に何と呼ばれていたかは定かではありません。そして、文献に載る宝相華と現在我々が呼んでいる宝相華が一致するかも覚束なく、結局のところ宝相華が何者かというのはよくわからないのです。ちなみに、日本での初出は本草書の『大和本草(やまとほんぞう)』(貝原益軒著、1708年)「諸品図」との説がありますが、ここでは実在の植物「宝相花」として花の図のみが表されているに過ぎません。また、同書の巻十二「仏桑花(ぶっそうげ)」の項に、よく似た花として『三才図会(さんさいずえ)』(中国・明・王圻撰、1607年)に「宝相花」があると記され、『三才図会』には実際に絵入りで収録されていますが、当然ながら仏教美術に登場する宝相華とは違う花のようであり、『大和本草』に載る植物とも花弁の付き方などが違うようです。
『三才図会』によれば、花の色は赤と薄紅があったようですが、宝相華の花の色はどんな色だったのでしょうか。これも答えがないのですが、日本では赤や青、緑や紫で彩られることが多かったと思われます。
木製彩色迦陵頻伽文華鬘(もくせいさいしきかりょうびんがもんけまん)(図14)には、この色で描かれた宝相華が表されています(図15)。「紺丹緑紫(こんたんりょくし)」といって、紺(青)と丹(赤)、緑と紫が奈良時代以来組み合わせのよい色として配色されてきました。恐らく中国・唐の建築装飾などで考えられた配色で、それが日本に伝えられ、継承されていったのでしょう。花弁は中央から縁に向かって濃淡が色相のグラデーションで表された暈繝彩色(うんげんざいしき)という技法で彩られています。
これも中国・唐から奈良時代に伝えられた技法で、宝相華のかたちと同様に細部に変化はありましたが、基本的には時代を超えて継承されてきたのです。花の色はひとまず落ち着きましたが、こんな花は当然存在しないので、やはり謎の花ではあります。
(図14)重要文化財 木製彩色迦陵頻伽文華鬘(もくせいさいしきかりょうびんがもんけまん)
和歌山・丹生都比売神社伝来 室町時代・16世紀
(図15)重要文化財 木製彩色迦陵頻伽文華鬘 宝相華部分
美しく魅力ある名前と豊麗な形姿によって宝相華は親しまれてきましたが、その実態は謎が多いのですね。時代や地域によってもかたちは変わっていきますし、ルーツも語源も定かでなく、見る人によって違う姿を見せるかのようです。決まったかたちがないので、工人によっては工夫して美しく整え、あるいはかたちの意味が理解できず崩れてしまうのですね。そんなところもこの花の魅力かもしれません。
本特集は、本館4室にて8月30日(日)まで開催しています。ぜひ、博物館に咲く宝相華を見に足をお運びください。
(図16)本館4室の展示風景
余談ですが、奈良国立博物館のミュージアムショップで販売しているオリジナル日本酒はその名も「宝相華」。仏教美術専門館らしいネーミングです。名称の公募があり、当時解説ボランティアをされていたKさんと私が提案してこの名前になり、2人で副館長室に呼ばれて、記念に1本ずついただきました。Kさんは、奈良の伝統校・奈良高校のご出身とかで、校章から着想したとうかがいました。梅に桜に菊、牡丹と、花の名前は日本酒に多く使われますが、いかにも奈良のお酒にふさわしい名前だと思いませんか。
(注)東京国立博物館では販売していません。
カテゴリ:研究員のイチオシ、特集・特別公開
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posted by 清水健(東博コレクション展チーム主任研究員) at 2026年08月21日 (金)