このページの本文へ移動

1089ブログ

世界最大の円筒埴輪を観察する

日本書紀成立1300年 特別展「出雲と大和」が1月15日(水)に開幕いたしました。本展では島根県と奈良県にゆかりのある作品を幅広い分野にわたり展示しています。なかでも私が今回おすすめするのは、考古の作品。古墳時代の埴輪です。

日本書紀によると、大和にて倭彦命(やまとひこのみこと)の葬儀に際して、近習者を集めて古墳のまわりに生き埋めしたむごい光景をみて垂仁(すいにん)天皇が心を痛めていました。そこで皇后の日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)の葬儀の際に野見宿禰(のみのすくね)が妙案をひねり出し、出雲から埴輪作りの工人(職人)を呼び寄せて、生きた人の代わりに人の埴輪を埋めたことが書かれています。これが日本書紀に書かれている埴輪創生の話です。

このような伝承が日本書紀に残っていますが、実際、遺跡を発掘しますと人の埴輪は5世紀から出現して6世紀に日本列島各地で積極的に作られるようになります。一方で3世紀後半からすでに筒の形をした円筒埴輪が大和を中心にして全国各地に広まっていることが、考古学の成果からわかっています。つまり人や馬の埴輪が最初に作られたという日本書紀の記述と、円筒埴輪が最初に作られたという考古学の成果とには齟齬があるのですが、それは日本書記が720年に作られたものであり、埴輪の成立した3世紀後半からはおよそ470年近く開きがあるからです。現在の我々からすると470年前は1550年、戦国時代のころです。現在の我々が戦国時代のことを正確に記述しようとしても戸惑いますが、さらに史料のほとんどない古墳時代の事を奈良時代の方々が記述する事は困難であったと思われます。そのため日本書紀の記述をそのまま事実として捉えるのではなく史料批判をする、また文献史料と考古資料とを突き合わせながら、どこに歴史的な事実が隠れているのかを見極めなければいけません。

今回展示している数ある埴輪のうち、奈良県桜井市のメスリ山古墳出土の埴輪を観察することで、様々なことがわかります。

このメスリ山古墳は、墳丘長224mの前方後円墳です。ヤマト王権の中心地である大和(おおやまと)古墳群の南端に築造された、王墓とも呼ぶべき大きさの4世紀の古墳です。後円部の中央には埋葬施設があり、その上には石垣で長方形の壇がつくられ、その周囲には円筒埴輪が2重に立て並べられていました。ここまで密に円筒埴輪を並べる理由としては、聖域として区画したい意図があったのでしょう。


メスリ山古墳 後円部の石室と埴輪の配列

この埋葬施設の主軸線上の一番大事なところに置かれていたのが、中央に展示した埴輪です。


メスリ山古墳出土の円筒埴輪

最初にご注目いただきたいのはその大きさです。なんと高さが約2.5mもあり、世界最大の円筒埴輪です。この巨大な埴輪は、大和に君臨したヤマト王権の力の大きさを示します。

そして、帯状の突帯が8段ありますが、均等につけられています。埴輪の厚さをみると、なんと1.6~1.8㎝と薄い。これらのことから、かなり高い技術で作られていることがわかります。つまり埴輪作りに熟練した工人が、この大和の地にいたことの証明にもなります。

また、突帯が剥がれてしまった箇所に黒ずんだ横線があるかと思います。そこをよく観察すると、一本の線であったり、点であったり様々な装飾のようなものが施されています。これは突帯設定技法といいまして、突帯を円筒部に貼り付ける際に、貼り付けをよくするためにする技法です。この技法は突帯を貼ってしまうと隠れてしまうため、工人の癖の差を示すことがよくあります。突帯設定技法をみますと複数の種類がありますので、この埴輪作りに携わった人は複数人いたことでしょう。


円筒埴輪の突帯設定技法(線)


円筒埴輪の突帯設定技法(点)

このほか、かなり通な人向けの観察視点として、円筒の形をよくご覧ください。わずかに膨らみの単位をみることができます。これは一気に埴輪を作ったのではなく、少しずつ筒を製作して、乾いたところで再度積み上げた痕跡です。やわらかい粘土のまま一気に積み上げると崩壊しますので、かなり時間をかけて慎重に埴輪を製作したことがわかります。


積み上げの単位

どうやら埴輪作りのセンターは大和にあり、王権ともかかわりの深い熟練した埴輪作りの工人がこの大和の地にいたことが、このメスリ山古墳の円筒埴輪をみるとよくわかります。そうなると大和の埴輪は、出雲出身の方が作ったという日本書紀の記述が気になるところですが、いまのところ埴輪を詳細に観察しても出雲出身の方が作った痕跡はみられません。どうして日本書紀には出雲と埴輪との深いかかわりが書かれているのでしょうか。日本書記に書かれた内容は、なにかしらの理由があって書かれたものだと思います。なぜ出雲と大和と埴輪が結びつくのか、今後よくよく考えてみたいと思います。

日本書紀成立1300年 特別展「出雲と大和」

平成館 特別展示室
2020年1月15日(水) ~ 2020年3月8日(日)

 

カテゴリ:2019年度の特別展

| 記事URL |

posted by 河野正訓(考古室研究員) at 2020年01月28日 (火)