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『至宝とボストンと私』 #3 刀剣

凛とした佇まい。息を飲むほどの緊張感。真剣な面持ちで刀剣を見つめる男性のお客様をよく見かけます。女性の皆様、刀剣の展示室を素通りしようとしていませんか?
『至宝とボストンと私』第3回目は、平常展調整室研究員の酒井元樹(さかいもとき)さんと、刀剣のコーナーを見てゆきます。

刀剣展示室風景

特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」刀剣のコーナー

 

『独特の、美の世界』

広報(以下K):刀剣の展示室は緊張感がありますね。とても引き込まれます。
でも、一般の方にはどうも分かりづらいところもあるように思います。刀剣ってどのように鑑賞したら良いのでしょうか…。

酒井(以下S):小島さん、身長は何センチでしょうか?

K:えっ、なんですかいきなり!?158センチですが。

S:今回の展示は、身長が160センチの方の目線に合わせて、刃文(はもん)が綺麗に見えるように工夫したつもりです。この身長に設定したのは、来館者の方々の一番多い身長と思ったからです。

K:そうなんですか!実は先ほど展示を見ていたときに、自分が左右に動くたびキラキランと刀が光るのがとっても素敵だと思っていました。
でも「そういう見方は間違いだよ」と言われてしまいそうで…。

S:いえいえ、そんなことはありません。刀剣の美しさは輝きと深い関係があるので、そう仰っていただけると嬉しいです。

K:ところで、「刃文」とはどこの部分のことですか?

S:刀剣には、黒く見えるところ(地鉄[じがね])と、白いところ(刃)があります。
黒い地と白い刃の境界の少し下に、刃の中で明るく浮き上がって見えるところがあるでしょう。この浮き上がった部分の模様が刃文です。
刃文は、焼き入れをすることによって生まれます。
焼き入れする前に刃文となる部分に粘土性の土を薄く塗るのですが、この塗り方で刃文の形が決まるのです。

太刀 銘 備前国長船景元作  

太刀 銘 備前国長船景元作
長船景元作 鎌倉時代・14世紀

(下図は部分)

太刀 銘 備前国長船景元作(部分)

残念ながら、画像では刃文が明るく浮き上がって見えません。ぜひ会場にてお確かめいただきたいと思います。
刃文は刀剣の大きな見どころのひとつです。

K:パッと見ただけではわかりませんが、しばらく目を凝らして見ているとだんだん刃文が見えてきました。
この作品の刃文は、小さな凹凸のような模様が波打っているように見えますが。

S:この部分の刃文は「丁子乱(ちょうじみだれ)」と呼ばれています。
丁子乱とは、丁子(クローブ)の実を横から見たような形が連続するものです。



丁子乱

丁子乱(本作品の場合は、より小さな模様になります)

 他にもいろいろな模様がありますよ。この作品はどんな刃文が見えますか?
  

短刀 銘 来国俊
短刀 銘 来国俊
来国俊作 鎌倉時代・13世紀

(下図は部分)

短刀 銘 来国俊(部分)

K:これは…、まっすぐな線ですね。

S:そうです。まっすぐなので「直刃(すぐは)」と呼ばれています。その線はまっすぐですが、ふっくらしているように見えませんか。
刃文にはこのほかにも、半円形の模様を繰り返す「互の目(ぐのめ)」や、細かく不定形で複雑なかたちを見せる「小乱(こみだれ)」など、とてもたくさんの種類があります。
(詳しくは会場内パネル、または図録259ページをご参照ください。)
ぜひ好みの刃文をぜひ探してみてください。


『刀剣は抽象芸術?!』

K:こうした様々な種類の刃文は、刀の機能上必要なものだったのでしょうか?
それとも純粋に美を追求した結果なのでしょうか?

S:刃文と機能(切れ味)との関係はとても難しい質問ですが、遅くとも鎌倉時代までには、刃文は刀工が意図的に表現しようとしたものと思います。
鎌倉時代には、地域や流派によって、それぞれの刀工が個性ある刃文を生み出しているからです。

K:技と美の結晶、ということですね。

S:そうですね。
刃文は、他のジャンルに比べて非常に抽象性が高い芸術と言えると思います。
刃文を線とするならば、私達はその線の織りなすリズムや変化を鑑賞するからです。
絵画で鳥を描いたり、彫刻で菩薩を彫ったりといったような具象的な表現ではありませんよね。
個人的にはそこに面白みを感じています。

K:確かに、純粋に線の美しさを見るジャンルというのは、あまり他にない気がします。
これは刀剣鑑賞のほんの入口だと思いますが、奥の深さを感じることが出来ました。

S:いえいえ、私こそ刀剣についてもまだまだ未熟者で、理解は程遠いと思っています。
ですが、来場者の方々に少しでも刀剣について興味をお持ちいただければ幸いです。

K:最後に。これだけの刀剣をコレクションできたビゲローやウェルドは、やはり鑑賞眼があったということでしょうか。

S:明治9年に廃刀令が公布され、日常的な帯刀が禁止されると、多くの刀工たちは野鍛冶(のかじ。包丁や農具などを手がける鍛冶屋のこと)になっていきました。
このように刀剣の文化が危機的状況にあった時期、日本文化を米国人といういわば第三者的に見て刀剣を蒐集した彼らに、深い敬意を感じます。
ボストン美術館の刀剣コレクションは、わが国において刀剣が重要な文化であることを改めて私達に教えてくれているようです。

K:酒井さん、どうも有難うございました。


展示風景

専門:刀剣 日本金工 所属部署:平常展調整室

 

次回のテーマは「近世絵画」です。どうぞおたのしみに。

 

All photographs © 2012 Museum of Fine Arts, Boston.

カテゴリ:研究員のイチオシ2012年度の特別展

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posted by 小島佳(広報室) at 2012年04月27日 (金)