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1089ブログ

小林斗盦(とあん)展開幕!

 こんにちは。ユリノキちゃんです。

11月になって上野はちょっと寒くなってきましたが、昨日(1日)から東洋館では私が楽しみにしていた特集が始まったの。

「生誕百年記念 小林斗盦(とあん) 篆刻(てんこく)の軌跡 ―印の世界と中国書画コレクション― 」
 



とあん先生は、おじい様の代から印をつくるお家に生まれて、10歳の時から印(はんこ)を彫る篆刻(てんこく)を習い始めたんですって。

今回の展示はとあん先生が生まれてから100年たった記念の展示で、生涯につくった篆刻の作品や、作品をつくるために勉強した中国の書や絵画など、期間中に250件くらいが出品されます。

私は書が大好きだけど、篆刻をじっくりみたことはなかったわ。



10月31日(月)に行われた開会式にはたくさんのお客さまが来てくれました。


開会式テープカット

東洋館のエントランスにあるモニターでは、展覧会にあわせてつくったとあん先生の映像が流れているの。(~12月23日)


 

皆さん熱心にみているわね。



作品は、だいたい3センチくらいの正方形のものが多いけど、もっと大きいのや、石の色がきれいなもの、つまみがかわいいのもあります。


  

 

こんな小さな中にむずかしい漢字がうまく入っているのですね。すごいなあ。

 

こちらはとあん先生が使っていた印を彫る道具など。


あら、これは!


元野球選手の桑田真澄さんの印!とあん先生はいろんな人の印を作っているのねー。
桑田さんってお習字することもあったのかしら。 *この印は11月27日(日)まで展示。


とあん先生は篆刻のために、中国の書や絵を一生懸命勉強したんですって。

斗盦が収集した書画展示 *この展示は11月27日(日)までで展示替えとなります。

 

これは篆刻の掛け軸、なんだか現代アートみたい

書や絵画におされている印ですが、捺し方や篆刻の雰囲気に書いた人のセンスが表れるみたい。
私もいつか上手に書けたらステキな印をおしてみたいな。

 

この特集は、12月23日(金・祝)まで。

*前期(~11月27日)と後期(11月29日~12月23日)で大幅な展示替えがあります。

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by ユリノキちゃん at 2016年11月02日 (水)

 

後期の古墳文化-海北塚古墳展-

平成館考古展示室の奥、古墳時代の展示スペースの一角に、特集「後期の古墳文化-海北塚古墳展-」(展示期間:2016年7月20日(水) ~ 2016年10月30日(日))がございます。6世紀の後期古墳文化を代表する環頭柄頭、馬具、須恵器を中心に展示しています。

平成館考古展示室の特集コーナー
平成館考古展示室の特集コーナー

なかでも展示の核となる大阪府茨木市に所在する海北塚古墳出土品は、明治42(1909)年・昭和10(1935)年に発見されました。
この度、発掘されて100年ほど経ちますが、これまで個別に展示をすることがあっても、まとめて展示をするのは初めてです。

海北塚古墳出土品は、古墳時代の年代を決める上で欠かせない資料として注目されてきました。例えば、環頭柄頭は、朝鮮半島から伝来した日本列島最古のものであり、龍の形がリアルに表現されています。馬具は大変状態が良く、それまでの伝統的な形から「新羅系馬具」への転換を示す、6世紀後半における馬具の基準資料です。そして、須恵器は昭和30年代に「海北塚式須恵器」として全国的に知られるようになりました。これらの資料の特性から、今回の展示コンセプトは「モノの変化」といたしました。


金銅装パルメット文鏡板・杏葉
金銅装パルメット文鏡板・杏葉 
大阪府茨木市 海北塚古墳出土
古墳時代・6世紀


ここでは刀の柄にあたる部分の装飾に使われた環頭柄頭について、まず、変化の方向についてみたいと思います。環のなかには横を向いた龍や鳳凰がいます。原型となった朝鮮半島の武寧王陵から出土した環頭柄頭の龍は、リアルに表現されています。日本列島に伝来したばかりの海北塚古墳例もまた、比較的、龍の形がはっきりとわかります。しかしながら、龍や鳳凰は日本列島ではあまりなじみがなかったのか、模倣を重ねるにつれて写実的で立体的なものから、簡素なものへと徐々に形が変わります。例えば、龍は歯や頸毛の表現がなくなり、鳳凰は玉を噛まなくなります。まるで伝言ゲームで言葉が変化するみたいです。

単龍環頭柄頭
単龍環頭柄頭
大阪府茨木市 海北塚古墳出土
古墳時代・6世紀


次に馬具は、日本列島では大陸の影響を受けながら様々な形の馬具が、時期をずらしながら出現したのが特徴です。鏡板は馬を操作するための轡に付属する金具で、杏葉は馬の背中から尻を装飾するための金具です。この鏡板と杏葉の変化をみると、5世紀末頃にはf字形鏡板や剣菱形杏葉が出現し、6世紀にも形を徐々に変えながら普及します。そして6世紀に入ると鐘形・花形・心葉形といった多様な形状をもつ鏡板や杏葉も時期をずらしながら現れます。

さまざまな杏葉
左上:変形剣菱形杏葉
群馬県伊勢崎市 恵下古墳出土 古墳時代・6世紀
右上:鐘形杏葉
岡山県倉敷市 王墓山古墳出土 古墳時代・6世紀(矢尾寅吉氏寄贈)
下:心葉形杏葉
静岡県島田市 御小屋原古墳出土 古墳時代・6世紀

下:花形杏葉
群馬県前橋市 大日塚古墳出土 古墳時代・6世紀(町田栄之介氏・田村銀平氏外3名寄贈)



最後に須恵器は、個々の種類(器種)ごとに変化します。「世界考古学大系」(昭和34年発行)では、須恵器を9つの段階(様式)に分類しています。その内、古いほうから2番目にあたる「穀塚式」の京都府穀塚古墳出土品、3番目にあたる「陽徳寺式」の福井県獅子塚古墳出土品、6番目にあたる大阪府海北塚古墳出土品を今回展示しました。見比べながら須恵器の変化をご覧いただければ幸いです。

海北塚古墳から出土した須恵器
海北塚古墳から出土した須恵器

今回の特集は、10月30日(日曜日)に終わります。ぜひ平成館の考古展示室へお越しいただき、古墳時代のモノづくりに思いを馳せていただければ幸いです。
 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ考古特集・特別公開

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posted by 河野正訓(考古室研究員) at 2016年10月14日 (金)

 

上海博物館との競演―中国染織 その技と美―

この秋、トーハクに上海博物館(上博:シャンポー)所蔵の中国の刺繡や緙絲(こくし、綴織(つづれおり))が17件展示されています。上海博物館を訪れたとしても、上海博物館で見ることができる染織は中国少数民族の衣装が中心で、清時代までの宮廷や高官の邸宅を飾っていた染織美術が展示されることはほとんどありません。あなたの目で確かめなければ信じがたい、その技の美を、10月23日(日)までトーハクで見ることができます。

まずは、東洋館5室の中国美術の部屋にお越しください。大きな平たいケースの中に広げられるのは、元時代末から明時代初期に、寺院の壁を飾るために制作されたと考えられる壁掛です。上海博物館でも展示したことのない、初公開作品です。写真で見ると小さく感じられますが、縦194cm、横335cmもあり、文様は全て刺繡によるものです。
中央には五爪の金龍。肉太の金糸で刺繡されています。

刺繡龍八宝唐草文様壁掛
刺繡龍八宝唐草文様壁掛 中国 元~明時代・14世紀 上海博物館蔵

刺繡龍八宝唐草文様壁掛 部分図
同上 部分拡大


金龍の周囲には、仏教の教えの中に現れる「八宝」が美しい色で染められた絹糸で丁寧に刺繍されています。約800年も前の刺繡がこんなに色鮮やかに残っていることに驚きです。会場ではパネルで「八宝」の解説もしていますので、そのご利益を確かめてみてください。あなたにも、幸運が訪れるかもしれません。


5室を出ましたら、今度は中国絵画が展示されている8室まで上がってください。
中国には、絵画を刺繡や織物で表現するというちょっと想像しがたい手仕事が宋時代から行われてきました。私はそれを「染織絵画」と呼んでいます。8室では、素晴らしい中国絵画を、絵画的図様を卓越した緙絲の技で写した染織絵画とともにご覧いただきます。
この2つの作品、こうしてみると、絵画のようでしょう?

緙絲仙人図壁掛と緙絲花鳥図壁掛 緙絲仙人図壁掛と緙絲花鳥図壁掛
左:緙絲仙人図壁掛 中国 明時代・16~17世紀 上海博物館蔵
右:緙絲花鳥図壁掛 中国 清時代・18世紀 上海博物館蔵


でも近寄ってみると、いずれも織物です。日本でいう「綴織」です。
部分図 部分図
左:緙絲仙人図壁掛 部分拡大、右:緙絲花鳥図壁掛 部分拡大

清時代の皇帝・乾隆帝も今展示されている「緙絲仙人図壁掛」を鑑賞していたのですよ。さすが、見る目あるな、と感心してしまう、明時代の名品です!
三希堂精鑑璽
乾隆帝が特に優れた書画に捺した「三希堂精鑑璽」印が「緙絲仙人図壁掛」にも捺されています。


8室からエレベーターで降り地下1階の13室に行くと、このような「染織絵画」がずらりと並んでいます。「顧繡(こしゅう)」と呼ばれる明時代以降の伝統的な技法で刺繡された作品や、美しい色彩で織り出された緙絲の花鳥画などが見られますので、ぜひ、会場でガラスケースに額をくっつけて「えっ?本当に描いてないの?」と確かめてみていただければと思います。

東洋館13室 展示風景
東洋館13室 展示風景

このような「染織絵画」は、宋時代から行われてきたと考えられます。実際、台北故宮博物院には宋時代の山水画を写した途方もなく細密な緙絲が残されています。このような「染織絵画」は宋元時代に確立したものでしょう。明時代から清時代にかけても、以前として制作されてはきましたが、宋元時代の吉祥に関わる画題が中心となっています。明時代以降、画家たちはある意味「俗」である吉祥絵画を染織の工人の手に譲り、自分たちは高邁を気取って山水画や文人画に専念したのかしら、という印象も受けます。「裕福」「子孫繁栄」「立身出世」「長寿」と、素直な人間の願いを「吉祥」に託した染織絵画。その思いを身近に感じるとともに、会場で見なければわからない中国染織の技の美に触れていただきたいです。


展示情報
特集「 上海博物館との競演―中国染織 その技と美―」(2016年7月26日(火)~10月23日(日)、東洋館5室、13室)
特集「上海博物館との競演 ―中国書画精華・調度― (書画精華)」(2016年8月30日(火)~10月23日(日)、東洋館8室)

関連事業
スペシャルツアー 中国美術をめぐる旅―添乗員はトーハク研究員―「アジアをリードした中国の染織技術
2016年9月28日(水)11:00~12:00 東洋館
 
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開博物館でアジアの旅

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posted by 小山弓弦葉(工芸室長) at 2016年09月20日 (火)

 

青銅器にほら夏の君―上海博物館との競演より―

8月が終わり、町は少しずつ秋支度。夏好きの僕にとって、9月というのは夏への未練が残るつらい時期でもあるのです。

夏の主役はなんといっても蝉でしょう。彼らの鳴き声は夏の扉を開き、彼らが町からいなくなるとき、僕の夏も終わりを告げるのです。夏、夏、夏。行かないで夏。そんな思いが通じて、というわけでは絶対ありませんが、このたび上海博物館から蝉がやってきました。

いま、東洋館では上海博物館との競演を各部屋で実施しています。質量ともに世界屈指の呼び声高い、青銅器コレクションもお目見えです。今回お借りしたのは10件。そのなかのひとつ、こちらの扁足鼎(へんそくてい、図1)に蝉がいたのです。胴部を拡大してみましょう(図2)。横向きに連なっている虫がそれです。
 
扁足鼎
図1.扁足鼎 西周時代・前11~前10世紀     上海博物館蔵
   

扁足鼎の胴部
図2.扁足鼎の胴部


「おいおい、これのどこが蝉なんだい?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。僕自身も蝉と断言してよいものか迷います。なにより羽がありません。これは致命的です。

しかし、全体的な体のつくりはたしかに蝉です。くびれ部分のひし形もようは胸背の隆起か模様を表し 大きな2つの丸印は複眼を思わせます。先端のハート形は頭と口吻でしょうか。また羽がないことを考えると、羽化直前の蝉とも解釈できます。

青銅器の文様には、さまざまな生き物が登場します。それらは大きく2つの系統にわけて考えることができます。ひとつは様々な生き物の要素が混在した創造性の高い生き物。もうひとつは、意匠化しているとはいえ、他の生き物の要素が乏しいかまったくないものです。
今日ご紹介している蝉は後者です。古代の人々は、蝉の生態そのものにある種の特別な意味を見出していたのでしょう。だからこそ、その意匠は他の生き物と混在することがなかったのかもしれません。

青銅器の鑑賞は、知らない土地へ旅行する楽しみに似ています。そこにはまったく知らない世界がひろがっているので不安も少々。そんなとき、一人でも知り合いがいると旅に安心感が生まれるものです。悠久の器物に宿る蝉は、まさにそうした存在。未知の世界で僕たちを出迎えてくれる、よき友人ともいえるでしょう。


展示情報・関連イベント

特集「上海博物館との競演-中国青銅器-」
2016年8月30日(火) ~ 2017年2月26日(日) 東洋館 5室
スペシャルツアー 中国美術をめぐる旅―添乗員はトーハク研究員― 「悠久の青銅器と神獣ウォッチング」
2016年9月29日(木)11:00 ~ 12:00 (11:00に東洋館1階エントランスホールに集合)

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開博物館でアジアの旅

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posted by 市元 塁(特別展室主任研究員) at 2016年09月06日 (火)

 

藤原行成の書

藤原行成(ふじわらのこうぜい、972~1027)は、平安時代の「三跡」の一人とされる能書(のうしょ、書の巧みな人)で、日本風の書である和様の書を大成させた人として、また平安から鎌倉時代に流行する書流・世尊寺流の祖としても尊敬されてきました。日本の書の歴史にとって、とても重要な人物である藤原行成。その書を本館特別1室で特集しています。(特集「藤原行成の書 その流行と伝称」2016年8月23日(火)~10月2日(日))

国宝 白氏詩巻
国宝 白氏詩巻 藤原行成筆 平安時代・寛仁2年(1018)

これは、藤原行成の代表作とも言える「白氏詩巻」。これまでにもご紹介してきましたが、何度見てもいいです!筆を少し傾けた筆法のため丸みを帯びた文字になっており、それなのに堂々として迫力もあり、さらに楷書と行書の使い分けに趣向が凝らされていて、圧巻です。

藤原定信筆 跋語
跋語国宝「白氏詩巻」巻末 画像左半分)藤原定信筆 平安時代・保延6年(1140)

行成の「白氏詩巻」の巻末には、このような跋語(ばつご)が付いています。藤原行成の玄孫である藤原定信(ふじわらのさだのぶ、1088~1154~?)が、この行成の書を物売りの女から購入したことを記しています。手に入れた喜びから書いたのでしょうか?

重要文化財 書状
重要文化財  書状 藤原行成筆 平安時代・寛仁4年(1020) 個人蔵

次は行成の唯一の書状です。書状というのは、とても個人的なもののはずですが、この書状は、墨の濃淡や楷書、行書、草書の配置が絶妙で、芸術品とも言える仕上がりになっています!

重要文化財  添状
重要文化財  添状(藤原行成筆書状附属)尊円親王筆 鎌倉時代・建武元年(1334) 個人蔵

行成の書状にも、このような添状が付いています。行成の書を褒め称える内容です。しかも、この添状を書いたのは、江戸時代に大流行する御家流の祖ともいえる尊円親王(そんえんしんのう、1298~1356)です。尊円親王も行成を尊敬していたのですね。

安宅切
安宅切 伝藤原行成筆 平安時代・12世紀

これは、伝称筆者を藤原行成とする「安宅切」です。今回の特集では、伝藤原行成筆の「升色紙」や「大字和漢朗詠集切」などの古筆切もご紹介します。この「安宅切」の書は、行成の一系である世尊寺流の書風とよく似ているため、行成の書とされたのでしょうか。

安宅切 安宅切
左:安宅切(見返し)冷泉為恭の書き込み(中央)と下絵
右:冷泉為恭の書き込み部分拡大


「安宅切」には、この図版のように冷泉為恭(1823~64)の書き込みがあります。「安宅切」を冷泉為恭が所蔵して、装丁し、その台紙に下絵を描きました。復古大和絵派の絵師として有名な冷泉為恭も、行成の書を大切にしていたといえるでしょう。

さまざまな人が尊敬し、大切に伝えてきた藤原行成の書。行成の直筆の書とともに、行成の書風をよく真似ている作品や、伝藤原行成筆の古筆切をたくさんご紹介いたします。平安時代に一世風靡した行成の書をぜひご覧ください。

関連事業
ギャラリートーク「三跡・藤原行成の尊重」2016年8月30日(火) 14:00 ~ 本館特別1室
 
 

カテゴリ:研究員のイチオシ書跡特集・特別公開

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posted by 恵美千鶴子(150年史編纂室主任研究員) at 2016年08月26日 (金)