このページの本文へ移動

1089ブログ

特別デジタル展「故宮の世界」の魅力紹介(4)――清朝の皇帝皇后の書

7月26日(火)から平成館特別展示室で開催中の日中国交正常化50周年記念 特別デジタル展「故宮の世界」は、早くも会期の半ばを折り返しました。
後期展示では、会場の後半「清朝宮廷の書画と工芸」のコーナーで、前期から一部展示替えを行いました。
このコーナーでは、会場前半のデジタル展示でご覧いただいた紫禁城の宮廷文化を、実物の清朝宮廷美術に関する書画工芸品から紹介しています。
展示作品はいずれも東京国立博物館が所蔵・管理しているもので、栄華を極めた清朝の絢爛豪華な宮廷文化を物語る、選りすぐりの作品群です。

たとえば書跡は、宮廷文化の創造者とも言える、清朝の皇帝皇后の書を展示テーマに掲げ、君主たる筆者の壮麗な字姿を、典雅な料紙や多様な璽印などとともに体感いただきたいとの想いを込めました。
今回は東洋書跡担当から、展示中の清朝の皇帝皇后の書について、3つの見どころ(字姿、料紙、璽印)をご紹介します。


「清朝宮廷の書画と工芸」コーナーより書跡の展示風景
 

(1)壮麗な字姿

第6代皇帝乾隆帝(けんりゅうてい)勅撰(ちょくせん)になる清朝宮廷の書画コレクション目録『秘殿珠林(ひでんじゅりん)』『石渠宝笈(せっきょほうきゅう)』初編、続編や、第7代皇帝嘉慶帝(かけいてい)勅撰の同三編などには、「宸翰(しんかん)」「御筆(ぎょひつ)」「御書(ぎょしょ)」「御臨(ぎょりん、皇帝筆の臨書)」などの言葉で表された皇帝直筆の書画類が数多く収録されます。
また、乾隆帝は所蔵する歴代の書画に、題跋(だいばつ)や識語(しきご)と呼ばれる鑑賞記録を度々書き付けましたが、目録中にはその内容も記載されています。
このような皇帝の作例は、今なお故宮博物院をはじめとする諸機関に少なからず現存しており、皇帝が政務の内外において、日々筆を執り、書を認めることを常としていた様子を想起させます。
なかでも第4代皇帝康熙帝(こうきてい)と乾隆帝は、書に関わる文化事業を手厚く行い、自らも書法に意を注いだことが知られています。



楷書四字軸「龍飛鳳舞」(かいしょしじじく「りょうひほうぶ」)
康熙帝筆 中国 清時代・康熙25年(1686) 高島菊次郎氏寄贈


康熙帝筆「楷書四字軸『龍飛鳳舞』」は展示作品のなかでも、ひときわ大きな掛け軸で、本紙は縦211センチメートル、横108センチメートル、表装全体では縦約325センチメートル、横約145センチメートルもの大きさになります。
掛け軸のサイズ感もさることながら、まず目に飛び込んでくるのが、雄壮な風格を湛えた「龍飛鳳舞」の書です。
蜜蠟(みつろう)を塗布して磨き上げた、蠟箋(ろうせん)という光沢のある料紙に、濃墨をたっぷりと用いて、ゆったりとした運筆で書写されます。

重厚で骨太の筆画から形作られる文字は、墨が紙面を制圧して、1字の中の余白が極端に抑えられています。
ただ、残された僅かな余白は形や配置などが整然としており、比較的風通しがよく、文字を明るく見せています。
また、造形はやや縦長で、重心を高い位置に置く腰高、更に左右に配した縦画を内側に反らせた腰を引き締めたような構え方をしており、唐時代の能書、欧陽詢(おうようじゅん)などの端正な楷書を彷彿させ、凛とした趣があります。

皇帝は自ら筆を執った御書を、折につけて功臣たちに下賜しました。
康熙帝も、雄渾で立派な様子を意味するこの4字句「龍飛鳳舞」の御書を、沈荃(しんせん)や陳廷敬(ちんていけい)といった寵臣(ちょうしん)に授けたことが知られています。
文字通り雄壮で気力に満ちた字姿の本作が、同様に下賜された一幅であったかはわかりませんが、仮にこれを授かった臣下を想像すると、皇帝の偉大さを視覚的に感じ、更なる忠義の意を抱いたかもしれません。
 

(2)典雅な料紙

清朝では、官紙局(かんしきょく)という製紙の監督部署を宮中に設置し、各地の名匠には、皇帝御用品や官用品として最高品質の料紙を献上させました。
また、他の文物と同様に、古典とすべき歴代の名紙を模倣した仿古品(ほうこひん)の製造も行われ、料紙は宮廷で大事に取り扱われていたことがわかります。
皇帝皇后の書には、このような上質で典雅な料紙がしばしば用いられ、鑑賞時の見どころの一つでもあります。
その意味で、乾隆帝筆「行書格物篇軸(ぎょうしょかくぶつへんじく)」は、展示作品のなかでも是非ご覧いただきたい一幅です。


行書格物篇軸 乾隆帝筆 中国 清時代・乾隆43年(1778)

先の康熙帝の書と同様に大幅で、本紙サイズは縦216.5センチメートル、横84センチメートル、表装全体では縦約302センチメートル、横約115センチメートルもあります。
更に本作は、やや紫がかったピンク地の色鮮やかな料紙に目を奪われます。
近づいてよく見ると、料紙には雲間に飛びかう蝙蝠(こうもり)が金泥で描かれていることに気付きます。
雲は、霊芝(れいし)という不老長生を象徴するキノコの形をした瑞雲(ずいうん)。「蝠」と「福」が同音であることから幸福を象徴する蝙蝠は、雑宝、つまり様々な形状・寓意の宝物を咥えています。
乾隆帝の流麗な行書の字姿は、吉祥文様が描かれた淡紅色の典雅な蠟箋と相俟って、一層の気品を醸します。

 
「行書格物篇軸」料紙の吉祥文様

(3)多様な璽印

清朝では、過去の王朝の集大成として厳格な官印(かんいん)制度が布かれ、皇帝から地方官に至るまで所用の璽印(じいん)が定められました。
皇帝皇后が用いた璽印は、「宝璽(ほうじ)」(皇后は「宝印(ほういん)」)などと総称され、(官印的性格の)皇帝が国務において皇権を示すために用いた特定の宝璽(「国宝」とも)と、(私印的性格の)それ以外の御書や収蔵品に捺す落款印(らっかんいん)・鑑蔵印(かんぞういん)等に大別され、後者は様々な形状や印文のものが制作されました。
展示作品にも、後者に該当する宝璽がみられますが、一般的な文人士大夫の印とは異なる点があります。それは、宝璽の大きさと捺す位置です。

前述のとおり、後者の宝璽には様々な形状があり、一般的な印と変わらないものもありますが、宝璽のなかには、一般にはほぼ用いられない超巨大サイズがしばしば見られます。
そして、宝璽は料紙の上部や上部中央に捺されることがままあり、こちらも一般的な用印では考えにくい特異な点です。
このような宝璽の用法は、皇帝皇后の権威を端的に示し、御書に更なる威厳を与えているように思われます。

展示作品のなかでは、西太后(せいたいこう)こと慈禧皇太后(じきこうたいごう)筆「楷書四字額『丹宸冊府』(かいしょしじがく「たんしんさっぷ」)」の上部に捺された3顆(か)の宝印、「和平仁厚与天地同意」白文方印、「慈禧皇太后御筆之宝」朱文方印、「数点梅華天地心」白文方印が、1辺12.5~13センチメートルと最も大きく、堂々たる風格を具えています。

 
楷書四字額「丹宸冊府」 慈禧皇太后筆 中国 清時代‧19世紀


「和平仁厚与天地同意」白文方印(楷書四字額「丹宸冊府」所鈐)


「清朝宮廷の書画と工芸」のコーナーでは、清朝の皇帝皇后の書を、身の回りに置かれた絵画や工芸品とともに展示をしています。
展示作品から、皇帝皇后の人となりや紫禁城での往時の暮らしに想いを馳せていただけますと幸いです。  

 

 

カテゴリ:中国の絵画・書跡2022年度の特別展

| 記事URL |

posted by 六人部克典(東洋室研究員) at 2022年08月29日 (月)

 

特別デジタル展「故宮の世界」の魅力紹介(1)――清朝宮廷絵画の傑作、「慶豊図巻」

2022年7月26日(火)から、日中国交正常化50周年記念 特別デジタル展「故宮の世界」が開幕します。
北京にある故宮博物院の全面協力のもと、故宮の建築(明・清時代の宮殿)を散策したり、所蔵の文化財を間近に見たりする経験を、VR(ヴァーチャル・リアリティ)等によって可能にしよう! という展覧会で、平成館における最新技術を駆使したデジタル展示は、トーハク初の試みです。


VRで再現した、清時代の宮殿、太和殿の内観 映像展示『バーチャル紫禁城―Night & Day―』より
(VR作品『故宮VR 紫禁城・天子の宮殿』、製作・著作:故宮博物院/凸版印刷株式会社)

 
――― 
 

この特別デジタル展「故宮の世界」に付随し、「清朝宮廷の書画と工芸」と銘打ち、トーハクが所蔵・管理する清朝宮廷美術作品(これは実物)も展示しています。

これらの魅力をみなさまに紹介するため、担当研究員によるブログ連載を始めます!
第1回目は、東洋絵画担当から、中国絵画の名品を1点ご紹介したいと思います。


「慶豊図巻」(部分)
金昆、陳枚、孫祜、丁観鵬、程志道、呉桂筆 乾隆5年(1740) 個人蔵
(縦28.6センチメートル、横512.4センチメートル)

 
――― 
 

「清朝宮廷の書画と工芸」コーナーで出陳されている作品の内、とりわけ注目度が高いのが、清朝最盛期である乾隆帝(けんりゅうてい)の御代に宮廷画家たちが合作した長大な画巻、「慶豊図巻(けいほうずかん)」です。

「慶豊図巻」には、5メートル以上にわたり、華やかな都市の繁栄が非常に緻密に描かれています。
描かれた街には、新年を祝う言葉が散見され、たくさんの燈籠が飾られます。
また、巻頭には、清朝の重臣で、書家としても著名な梁詩正(りょうしせい)が乾隆帝自作の詩を書いていますが、ここに満月を寿ぐ句や「皇都」の言葉が見られます。
以上のことから、この長巻には、元宵節(げんしょうせつ、旧暦1月15日の祭)を迎えた北京が理想化されて描かれていると考えられます。


門に貼られた「祝春王正月」の書


燈籠を運ぶ人々


巻頭、梁詩正の書いた乾隆帝題詩


首都が平和で繁栄しているのは、とりもなおさず、統治者である皇帝の徳政のたまものですので、「慶豊図巻」はある意味で、乾隆帝を称賛するための絵画作品ともいえます。

宮廷美術に関する様々な雑事を記録した公文書(活計檔)には、乾隆帝が、即位したばかりの乾隆元年(1736)正月、元時代の画家、銭選(せんせん)による「慶豊図巻」を献上され、宮廷画家の陳枚(ちんばい)にこれをもとに画稿(下描)を作るよう命じた旨が記されます。
同年10月、完成した画稿を確認した皇帝は、その出来に満足し、この通りに本画を作るよう命じています。
この本画は乾隆2年には完成したようです。

今回展示した「慶豊図巻」は乾隆5年(1740)12月完成と落款にありますので、上記は別本と思われますが、作者には同じ陳枚が名を連ねているので、乾隆2年本の成果が何らかの形で、本巻にも反映されているとみてよいでしょう。


「慶豊図巻」(部分)


いずれにせよ、何度も「慶豊図巻」を作らせた乾隆帝が、この主題に大きな関心があったのは確かです。

乾隆5年の活計檔には、12月25日、乾隆帝が、完成したばかりの本巻をわざわざ取り寄せて手元に置き、翌正月3日に改めて、これを特に気を付けて表装するよう臣下に命じた旨が記されています。

また、制作から50年以上経った乾隆57年、老境にいたった皇帝が元宵節の燈籠鑑賞の際に、朝鮮や琉球、ベトナムなど各国の使節に本巻を披露したことがわかっています。


「慶豊図巻」(部分)

さまざまな風俗が精緻に描き込まれた「慶豊図巻」は見所だらけの名作です。
栄華を誇った大清帝国の最も偉大な皇帝、乾隆帝が、生涯を通して愛したこの長大な画巻を、現代に生きるみなさまにもぜひ楽しんでいただきたいと思います。


龍舞


新春の骨董市
 

 

 

カテゴリ:中国の絵画・書跡2022年度の特別展

| 記事URL |

posted by 植松瑞希(絵画・彫刻室) at 2022年07月22日 (金)

 

没後700年 趙孟頫とその時代—復古と伝承— その3・ ラブハンコ 趙孟頫と篆書篆刻

台東区立書道博物館の中村です。 
現在開催中の「没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―」(2月27日(日)まで)は、台東区立書道博物館と東京国立博物館の連携企画第19弾にあたります。
今回のブログでは、展示作品のなかでも印章に着目してご紹介します。

中国において印章の使用が認められるのが戦国時代です。 
紙の発明などまだまだ先の当時、印章は盛られた粘土に押されました。
紙が普及するとともに印章は朱で押されるようになります。
印章そのものは大型化しますが、余分な朱で紙面を汚さないように、印面の字の線は細身に作られました。
中国歴代の印章は、時代によって全体の姿や字の書風の変化を見ることができます。

台東区立書道博物館では、元時代に使用された印章を展示しています。
役所で用いられたであろう印章は軽量で背が低く作られ、軍事用の印章は青銅をふんだんに用いた丈夫なつくりとなっています。


「呉興」朱文円印 (ごこう しゅぶんえんいん) 印影
元時代・13〜14世紀 台東区立書道博物館蔵【書道博通期展示】
趙孟頫の故郷の役所で使用されたと考えられている印章です。


「元師左監軍印」朱文方印(げんしさかんぐんいん しゅぶんほういん) 印影
元時代・13〜14世紀 台東区立書道博物館蔵【書道博通期展示】

そして元王朝初代、世祖クビライ・カアンから帝師と仰がれたチベット僧のパスパ(八思巴)が作った文字による貴重な作例「蒙古軍万戸府経理司印」が展示されています。


パスパ文字印の展示風景(於:台東区立書道博物館)


「蒙古軍万戸府経理司印」朱文方印(もうこぐんばんこふけいりしいん しゅぶんほういん) 印影
元時代・13世紀 台東区立書道博物館蔵【書道博通期展示】 

南宋の高宗皇帝や王羲之の書を学び、上品で美しい楷書や行書で知られる趙孟頫(ちょうもうふ)は、篆書・篆刻にも情熱を注ぎました。
書画作品をつくり、署名して最後に印を押すようになるのが宋時代。
この頃は、象牙や金属などの材に文人が字を反転させて配置したあとに職人が刻む、という方法でした。
軟質の石材に文人が刀を揮うのは、趙孟頫より少しあとの世代の王冕(おうべん)に始まるといいます。
趙孟頫の書や所蔵品に見かける、動きの豊かな字姿の「松雪斎」、のんびりとした味わいの「趙氏子昂」などの印は、趙孟頫自身が字を入れたのでしょう。
趙孟頫の書を刻む専門の工人として茅紹之(ぼうしょうし)の名が記録されており、彼の刻でないと趙孟頫は腕を振るわなかったといいますが、印章においても腕を見込んだ工人がいたのでしょう。
図版は、趙孟頫が愛蔵した「絳帖」【書道博通期展示】に押された朱文印「松雪斎」の印影です。
700年も昔の印影ですから、すっかり朱色が疲れているのがご覧頂けるかと思います。


絳帖(こうじょう) 部分 (「松雪斎」印影)
潘師旦(はんしたん)編  北宋時代・11世紀頃 台東区立書道博物館蔵【書道博通期展示】

趙孟頫は、漢~魏時代を中心とする古代の印を模刻し、考証を付した『印史(いんし)』二巻を著したといいます。
趙孟頫に親しい友人のなかには吾丘衍(ごきゅうえん)という古文字の研究家もいましたから、古印の鑑賞と研究も活発に行われていたのでしょう。
趙孟頫は主に漢時代の印章に注目したため、漢時代の印章を範とする者が続きました。

趙孟頫の篆書は、「楷書玄妙観重脩三門記巻」【東博通期展示、場面替えあり】などにも登場します。
今日の私たちは清朝碑学派(ひがくは)たちの迫力に満ちた篆書作品に慣れてしまって、趙孟頫の篆書では物足りなく感じるかもしれません。
この碑学派たちより500年も前の時代、華やかな行書・草書の筆法を押し殺して均一に徹した線質、縦画の終筆の際にスッと筆を引き抜く筆法を見ると、趙孟頫の篆書の深い習熟のさまをうかがうことができます。
元時代は中華文化の停滞期というイメージを抱きがちですが、石碑の題額を中心に作例が多く残され、趙孟頫をはじめとして篆書に優れた書人も少なからずいました。


[参考]
楷書玄妙観重脩三門記巻(かいしょげんみょうかんじゅうしゅうさんもんきかん)(部分)
趙孟頫筆 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵【東博通期展示、場面替えあり】 
※篆書の場面(画像)は展示終了いたしました。

北宋時代に古印鑑賞が興り、元時代に趙孟頫たちが篆書作品を作り、またその篆書を印に配置する。
元末明初期に王冕が軟質の石材に直接刀を揮って印を作り、明時代中頃に篆刻が文人たちのたしなみの一つとして定着するという、文人趣味の歴史の流れを追うことのできる今日、趙孟頫の存在が王羲之書法の伝承だけにとどまらないことを教えてくれます。 
 

没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,200円(税込)
ミュージアムショップのウェブサイトに移動する

 

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

| 記事URL |

posted by 中村信宏(台東区立書道博物館主任研究員) at 2022年02月10日 (木)

 

没後700年 趙孟頫とその時代—復古と伝承— その2

東洋書画担当の植松です。
特集「没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―」(2月27日(日)まで)の展示は、後期に入りました。
シリーズでお届けしているこのブログ、今回は、趙孟頫(ちょうもうふ)の活躍した元時代の絵画のうち、東京国立博物館の後期展示で見られる名品を紹介します。

日本では古来、宋・元時代の中国絵画が、将軍・大名のコレクションや茶道の大名物として珍重されてきました。
元についていえば、趙孟頫をはじめとする著名な文人画家の真筆はあまり日本になく、のちの中国の正統な絵画史観に照らし合わせると、傍流ともいえる作品が多い点は否めません。
例えば、これから紹介する、葛叔英(かつしゅくえい)、孫君沢(そんくんたく)といった画家は、室町将軍家の鑑賞体系を物語る『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』に名前が記され、日本では大画家としてもてはやされましたが、中国本土には作例があまりのこっていません。
しかし、日本にある元時代絵画には、当然ながら、大切に伝えられてきただけの理由があるはずです。
以下、その魅力を考えていきたいと思います。


(1)葛叔英筆「栗鼠図軸」
栗鼠図軸 画像
栗鼠図軸(りすずじく)
葛叔英筆 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵【東博後期展示】


(1)葛叔英筆「栗鼠図軸」
栗鼠図軸 画像
栗鼠図軸(りすずじく)
葛叔英筆 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵【東博後期展示】


栗鼠図軸 落款


栗鼠図軸 落款

葛叔英は、栗鼠図の名手「松田」として、日本で有名でした。
本図は、落款から、彼の91歳の時の作とわかります。
かわいた墨線で、栗鼠のややかたい毛並みが細かに表現されています。
見つめ合う二匹の目元、やわらかそうな鼻先や口元の愛らしさも見所です。
また、栗鼠の毛描きとは対照的に、葉を落とした木の輪郭には、かすれのある、あらあらしい筆づかいが目立ち、幹のごわごわした質感が伝えられます。
木の輪郭の外側には淡い墨面がはかれていて、幹の内側の白さが引き立てられています。
この白さは、あるいはうっすらと雪が積もっていることを示しているのかもしれません。


栗鼠図軸 狩野常信箱書 ※本特集では展示しません。


枯木栗鼠図軸(こぼくりすずじく)
牧野理春模 江戸時代・享保11年(1726) 東京国立博物館蔵 ※本特集では展示しません。


栗鼠図軸 狩野常信箱書 ※本特集では展示しません。


枯木栗鼠図軸(こぼくりすずじく)
牧野理春模 江戸時代・享保11年(1726) 東京国立博物館蔵 ※本特集では展示しません。

「栗鼠図軸」には、江戸時代の狩野常信(かのうつねのぶ、1636~1713)の箱書、外題が付属しており、享保11年(1726)の狩野派絵師による模本も現存しています。
武蔵国忍藩主である阿部正喬(あべまさたか、1672~1750)の所蔵を経て、のちに十二代将軍徳川家慶(とくがわいえよし、1793~1853)に献上されたものと考えられています。


(2)孫君沢筆「雪景山水図軸」

重要美術品 雪景山水図軸(せっけいさんすいずじく)
孫君沢筆 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵【東博後期展示】


(2)孫君沢筆「雪景山水図軸」

重要美術品 雪景山水図軸(せっけいさんすいずじく)
孫君沢筆 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵【東博後期展示】

孫君沢は元代の杭州(浙江省)にあって、すでに滅びた南宋の宮廷山水画風を慕い、それをよりわかりやすいものに昇華させていった画家です。
本図は、雪景色をながめやる書斎の高士を詩情豊かに描きます。


雪景山水図軸 部分(旅人)


雪景山水図軸 部分(山石)


雪景山水図軸 部分(柳、梅、椿)


雪景山水図軸 部分(花瓶)

書斎の高士の視線の先には、広い川面、そして笠をかぶって橋をわたっていく騎馬の旅人の姿が小さく見えます。
雪の積もった山石に施される皴(山石の質感を表わす筆線)は、かたく直線的で、ひんやりとした空気感を伝えます。
葉を落とした柳にも雪がうっすらと積もり、梅や椿(山茶花)の花が白一色の世界にわずかな色彩を点じています。
書斎の中にも瓶に活けられた梅花が見えます。
細かなところまでよく行き届いた描写が魅力です。


(3)伝禅月筆「羅漢図軸」

重要美術品 羅漢図軸(らかんずじく)
伝禅月筆 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵【東博後期展示】


(3)伝禅月筆「羅漢図軸」

重要美術品 羅漢図軸(らかんずじく)
伝禅月筆 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵【東博後期展示】


羅漢図軸 部分(顔)

禅月大師貫休(ぜんげつたいしかんきゅう)は五代十国時代(907~960)の蜀の僧侶です。
怪奇な風貌と豪放な衣文が特徴の羅漢図を描いたとされ、その画風は南宋~元時代に引き継がれました。
日本には、元時代に作られたと考えられる、禅月風の水墨羅漢図がいくつものこっていますが、本図は、なかでも肉厚で生生しい目鼻や耳の描写に優れています。
元時代の道教・仏教絵画では、常人とは異なる迫力ある風貌を、現実感を伴って描く、このような表現が好まれたようです。


羅漢図軸 部分(香炉)

背景の香炉や靴も、簡略な描写ではあるものの、形がしっかりとらえられているので、立体感を失っていません。

展示場では、となりに別の禅月様羅漢図も並んでいます。
市河米庵(いちかわべいあん、1779~1858)旧蔵のこちらの「羅漢図軸」は、最初のものに比べると、描写があっさりしており、あるいは迫力不足な感じがするかもしれません。
似たような作品を見比べて、違いを探してみるのも絵画鑑賞の楽しみの一つでしょう。


羅漢図軸(らかんずじく)
伝禅月筆 元~明時代・14~15世紀 市河三兼氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博後期展示】


羅漢図軸(らかんずじく)
伝禅月筆 元~明時代・14~15世紀 市河三兼氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博後期展示】

 

没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,200円(税込)
ミュージアムショップのウェブサイトに移動する

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開中国の絵画・書跡

| 記事URL |

posted by 植松瑞希(出版企画室) at 2022年02月02日 (水)

 

没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承― その1

トーハク(会場:東洋館8室)と台東区立書道博物館の連携企画は、現在開催中の「没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―」(前期:~1月30日(日)、後期:2月1日(火)~2月27日(日))で19回目を数えます。
今年は、元時代(1279~1368)を代表する文人の趙孟頫(ちょうもうふ、1254~1322)、そして同時代の書画に焦点を当てました。
両館あわせて6つのテーマ(【1】趙孟頫前夜 【2】趙孟頫と元時代の書 【3】趙孟頫の学書 【4】元時代の絵画 【5】明清時代における受容 【6】日本における受容 〈注〉【3・6】:書博のみ、【4】:後期はトーハクのみ)を設け、前後の時代や日本の書画にも目を向けながら、趙孟頫をはじめとする元時代の書画の魅力と後世の受容についてご紹介する企画です。
今回のブログでは、トーハクで展示のオススメの書跡を、テーマに沿ってお伝えします。


トーハク東洋館8室の展示風景


台東区立書道博物館の展示風景

南宋時代(1127~1279)の末期に、宋王朝の皇族として生まれた趙孟頫。
祖国を滅ぼしたモンゴル人の元王朝に仕えて高官に至り、ときに非難も受けました。
一方、異民族王朝のもと、書画をはじめとする祖国の伝統文化を護持し、中国書画史に偉大な業績を残したことは高く評価されています。


「趙孟頫前夜」
趙孟頫が活躍する前夜、宋時代には、正統的な王羲之(おうぎし)・王献之(おうけんし)の書が尊重されました。
宋人は高度な技法に基づく書の美しさよりも、自己の精神を筆墨に託した自由な表現を追求しました。
特に「宋の四大家」と称される北宋の能書、蔡襄(さいじょう)・蘇軾(そしょく)・黄庭堅(こうていけん)・米芾(べいふつ)の書には、創意に富む個性的な表現が窺えます。


行書虹県詩巻(ぎょうしょこうけんしかん)(部分)
米芾筆 北宋時代・崇寧5年(1106)頃 東京国立博物館蔵【東博前期展示】

「行書虹県詩巻」は、虹県(安徽省泗県)を訪れた際に作った詩を大字の行書で書いた1巻。米芾(1051~1107)、最晩年の書です。
壮年期は「集古字」と評されるほど、王羲之ら古人の書法を徹底的に学び、晩年はその技法に拘泥されない、豪放で変化に富んだ作風に至りました。
本作は筆勢が豊かで、ニジミとカスレ、線の太細、傾きがよく調和し、一紙のなかに筆墨の様々な表情がみてとれます。


行書虹県詩巻跋(ぎょうしょこうけんしかんばつ)(部分)
劉仲游、元好問筆 金時代・大定13年(1173)、モンゴル帝国・憲宗5年(1255) 東京国立博物館蔵【東博前期展示】

米芾の「行書虹県詩巻」は、のちに金の田瑴(でんかく)、劉仲游(りゅうちゅうゆう)らが所蔵し、巻末には劉仲游や詩人として名高い元好問(げんこうもん、1190~1257)らの跋がみられます。
南宋に対峙した華北の金では、世宗・章宗の頃に漢民族文化の摂取が積極的に行われました。
書においては、蘇軾や米芾などの北宋文人の作が重んじられました。


「趙孟頫と元時代の書」
趙孟頫は、王羲之を主とする晋唐の書法に習熟し、それを規範とする復古主義を唱導しました。
古典の筆法や形を尊重した趙孟頫の理念と典雅な作風は一世を風靡し、宋時代以来の書の流れを大きく転換させました。
一方、元時代も後半期になると、古法をふまえながらも、趙孟頫とは異なる野趣に富む峻厳な表現が現れました。




独孤本定武蘭亭序並蘭亭十三跋(どっこぼんていぶらんていじょならびにらんていじゅうさんばつ)(部分)
趙孟頫筆、原跡:王羲之筆 元時代・至大3年(1310)、原跡:東晋時代・永和9年(353)  高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博通期展示、頁替えあり】

「独孤本定武蘭亭序並蘭亭十三跋」は、趙孟頫が57歳の時に、僧の独孤淳朋(どっこじゅんぽう)から譲り受けた宋拓本の「定武蘭亭序」に、13の跋と蘭亭序の臨書を認めた1帖。
悠然とした筆使いで、どこを切り取っても王羲之ら晋唐の書を彷彿とさせる、格調高い書法です。
「右軍(王羲之)の人品は甚だ高し。故に書は神品に入る。」などと述べる跋や、その字姿には、王羲之に対する尊崇の念が表れます。




楷書玄妙観重脩三門記巻(かいしょげんみょうかんじゅうしゅうさんもんきかん)(部分)
趙孟頫筆 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵【東博通期展示、場面替えあり】

蘇州(江蘇省)の道教寺院、玄妙観は、元時代に改名されて額を賜った際、三清殿と三門を改修し、二つの記念碑が建てられました。
この「楷書玄妙観重脩三門記巻」は後者の碑文の原稿で、篆書の題額と行楷書の本文はともに趙孟頫49~50歳頃の書とみられます。
題額は謹厳な筆使い。本文は唐の李邕(りよう)の書法を素地としたとみられ、重厚かつ流麗な筆致。墨色の美しい端整な字姿は、各種の書体に優れた趙孟頫の技量の高さを伝えています。


行書趙孟頫竹石図跋(ぎょうしょちょうもうふちくせきずばつ)(写真右は部分)
銭良右筆 元時代・泰定4年(1327)  高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博前期展示】

「行書趙孟頫竹石図跋」は、竹石図と唐の陸亀蒙(りくきもう)・杜甫(とほ)の詩を揮毫した趙孟頫49歳時の書画巻(欠失)に添えられた跋文。趙孟頫の没後5年、銭良右(せんりょうゆう、1278~1344)50歳時の書です。
銭良右は趙孟頫の逝去を悔やみ、書画の風格や韻致はこの1巻から今もなお想像できると称えています。
文意と趙孟頫に近似する温雅な字姿には、敬慕の念と影響の大きさが窺えます。


張氏通波阡表巻(ちょうしつうはせんぴょうかん)(部分)
楊維楨筆 元時代・至正25年(1365)  青山杉雨氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博通期展示】

「張氏通波阡表巻」は、元末明初の詩人として著名な楊維楨(よういてい、1296~1370)が、張麒(ちょうき)のために、松江(上海市)の通波塘に建てる墓碑(阡表)の文章を書いた1巻。松江に居した70歳時の書です。
隷書の筆意が残る章草など、草行楷の各体の筆法を混用、調和させながら、険しく鋭い筆致で書写されます。
楊維楨は趙孟頫の復古の流れを受け、章草などの古法を調和させた、野趣に富む新奇な表現に至ったものとみられます。


「明清時代における受容」
明時代の中期と後期の書画壇で最も影響力のあった文徴明(ぶんちょうめい)と董其昌(とうきしょう)。文徴明は趙孟頫を崇拝、董其昌は痛烈に非難し、その評価は実に対照的でした。
清の乾隆帝(けんりゅうてい)は趙孟頫の書法を重んじ、当時、宮廷を中心に趙孟頫風の書が流行しました。
明から清時代中期まで趙孟頫の評価は揺れながらも、多くの者が趙孟頫の書を介して伝統的な書法を学びました。
清時代も後期になると、伝統書法そのものが変容を迫られました。




行書陶淵明帰去来図画賛軸(ぎょうしょとうえんめいききょらいずがさんじく)(写真下は部分)
詹仲和筆 明時代・正徳7年(1512) 東京国立博物館蔵【東博前期展示】

「行書陶淵明帰去来図画賛軸」は、寧波・杭州(浙江省)で活躍した明の書画家、詹仲和(せんちゅうか)が、陶淵明の像と代表作「帰去来辞」を揮毫した一幅です。
絵画には繊細な線描、書には王羲之や趙孟頫の行書を祖述する気品ある字姿がみられます。
詹仲和は王羲之、趙孟頫の書法を学び、また墨竹や白描(線描主体の絵画)などの絵画に優れました。


行書格物篇軸(ぎょうしょかくぶつへんじく)(写真右は部分)
乾隆帝筆 清時代・乾隆43年(1778) 東京国立博物館蔵【東博後期展示】

「行書格物篇軸」は、雲間に飛びかう蝙蝠の吉祥紋様を金泥で描いた薄桃色の蠟箋に、「格物」と題する詩を書写した1幅。乾隆帝(1711~99)68歳時の書です。
草書をまじえた流麗な筆使いによる行書は、端整な書きぶりです。
太細の変化の少ない線条は乾隆帝独特のものですが、温雅な字姿は愛好した趙孟頫の書を想起させます。

トーハクと台東区立書道博物館、両館の展示作品を通して、現代まで受け継がれてきた中国伝統の書画文化に親しんでいただけますと幸いです。


没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,200円(税込)
ミュージアムショップのウェブサイトに移動する

カテゴリ:研究員のイチオシ書跡特集・特別公開中国の絵画・書跡

| 記事URL |

posted by 六人部克典(東洋室) at 2022年01月21日 (金)