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没後700年 趙孟頫とその時代—復古と伝承— その3・ ラブハンコ 趙孟頫と篆書篆刻

台東区立書道博物館の中村です。 
現在開催中の「没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―」(2月27日(日)まで)は、台東区立書道博物館と東京国立博物館の連携企画第19弾にあたります。
今回のブログでは、展示作品のなかでも印章に着目してご紹介します。

中国において印章の使用が認められるのが戦国時代です。 
紙の発明などまだまだ先の当時、印章は盛られた粘土に押されました。
紙が普及するとともに印章は朱で押されるようになります。
印章そのものは大型化しますが、余分な朱で紙面を汚さないように、印面の字の線は細身に作られました。
中国歴代の印章は、時代によって全体の姿や字の書風の変化を見ることができます。

台東区立書道博物館では、元時代に使用された印章を展示しています。
役所で用いられたであろう印章は軽量で背が低く作られ、軍事用の印章は青銅をふんだんに用いた丈夫なつくりとなっています。


「呉興」朱文円印 (ごこう しゅぶんえんいん) 印影
元時代・13〜14世紀 台東区立書道博物館蔵【書道博通期展示】
趙孟頫の故郷の役所で使用されたと考えられている印章です。


「元師左監軍印」朱文方印(げんしさかんぐんいん しゅぶんほういん) 印影
元時代・13〜14世紀 台東区立書道博物館蔵【書道博通期展示】

そして元王朝初代、世祖クビライ・カアンから帝師と仰がれたチベット僧のパスパ(八思巴)が作った文字による貴重な作例「蒙古軍万戸府経理司印」が展示されています。


パスパ文字印の展示風景(於:台東区立書道博物館)


「蒙古軍万戸府経理司印」朱文方印(もうこぐんばんこふけいりしいん しゅぶんほういん) 印影
元時代・13世紀 台東区立書道博物館蔵【書道博通期展示】 

南宋の高宗皇帝や王羲之の書を学び、上品で美しい楷書や行書で知られる趙孟頫(ちょうもうふ)は、篆書・篆刻にも情熱を注ぎました。
書画作品をつくり、署名して最後に印を押すようになるのが宋時代。
この頃は、象牙や金属などの材に文人が字を反転させて配置したあとに職人が刻む、という方法でした。
軟質の石材に文人が刀を揮うのは、趙孟頫より少しあとの世代の王冕(おうべん)に始まるといいます。
趙孟頫の書や所蔵品に見かける、動きの豊かな字姿の「松雪斎」、のんびりとした味わいの「趙氏子昂」などの印は、趙孟頫自身が字を入れたのでしょう。
趙孟頫の書を刻む専門の工人として茅紹之(ぼうしょうし)の名が記録されており、彼の刻でないと趙孟頫は腕を振るわなかったといいますが、印章においても腕を見込んだ工人がいたのでしょう。
図版は、趙孟頫が愛蔵した「絳帖」【書道博通期展示】に押された朱文印「松雪斎」の印影です。
700年も昔の印影ですから、すっかり朱色が疲れているのがご覧頂けるかと思います。


絳帖(こうじょう) 部分 (「松雪斎」印影)
潘師旦(はんしたん)編  北宋時代・11世紀頃 台東区立書道博物館蔵【書道博通期展示】

趙孟頫は、漢~魏時代を中心とする古代の印を模刻し、考証を付した『印史(いんし)』二巻を著したといいます。
趙孟頫に親しい友人のなかには吾丘衍(ごきゅうえん)という古文字の研究家もいましたから、古印の鑑賞と研究も活発に行われていたのでしょう。
趙孟頫は主に漢時代の印章に注目したため、漢時代の印章を範とする者が続きました。

趙孟頫の篆書は、「楷書玄妙観重脩三門記巻」【東博通期展示、場面替えあり】などにも登場します。
今日の私たちは清朝碑学派(ひがくは)たちの迫力に満ちた篆書作品に慣れてしまって、趙孟頫の篆書では物足りなく感じるかもしれません。
この碑学派たちより500年も前の時代、華やかな行書・草書の筆法を押し殺して均一に徹した線質、縦画の終筆の際にスッと筆を引き抜く筆法を見ると、趙孟頫の篆書の深い習熟のさまをうかがうことができます。
元時代は中華文化の停滞期というイメージを抱きがちですが、石碑の題額を中心に作例が多く残され、趙孟頫をはじめとして篆書に優れた書人も少なからずいました。


[参考]
楷書玄妙観重脩三門記巻(かいしょげんみょうかんじゅうしゅうさんもんきかん)(部分)
趙孟頫筆 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵【東博通期展示、場面替えあり】 
※篆書の場面(画像)は展示終了いたしました。

北宋時代に古印鑑賞が興り、元時代に趙孟頫たちが篆書作品を作り、またその篆書を印に配置する。
元末明初期に王冕が軟質の石材に直接刀を揮って印を作り、明時代中頃に篆刻が文人たちのたしなみの一つとして定着するという、文人趣味の歴史の流れを追うことのできる今日、趙孟頫の存在が王羲之書法の伝承だけにとどまらないことを教えてくれます。 
 

没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,200円(税込)
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カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 中村信宏(台東区立書道博物館主任研究員) at 2022年02月10日 (木)