このページの本文へ移動

1089ブログ

生まれ変わった東洋館─「中国の青銅器」曲面ケースができるまで

【図1】 東洋館5室「中国の青銅器」の曲面ケース
【図1】 東洋館5室「中国の青銅器」の曲面ケース

これまで当ブログでも何度か取りあげられてきた曲面ケースですが、今回はこの独特な形の展示ケースが生まれるまでのいきさつをご紹介したいと思います。

東洋館の耐震補強工事にともない、各展示室もリニューアルすることになって間もない頃、中国考古の作品を展示する東洋館5室のケース配置の試案を1枚の紙に書き留めました(図2)。
 
 【図2】 東洋館4室・5室ケース配置の試案(2009年1月15日作)
【図2】 東洋館4室・5室ケース配置の試案(2009年1月15日作)

向かって右上の4室から5室に入ると、壁から伸びた横長のケースが視界に入るようになっています。
5室は入って壁沿いに直進すると、そのまま出口に抜けてしまう構造になっています。
ケースを壁から突き出したのは、観覧者が直進することなく、U字状に進むように促すためでした。
メモの内容から、当初はこの横長ケースにやきものを陳列し、U字状に進んで突き当たった壁付ケースに青銅器を並べるつもりだったことがわかります。

横長ケースは背中合わせの構造になっていて、唐時代以前の作品を陳列する反対側に宋時代以降の作品を展示する計画でした。
そこでお互いの鑑賞を妨げないように、ケースのなかに間仕切りを設けるつもりでした。
しかし、この案をデザイン室の矢野賀一氏に見せたところ、問題点を指摘されました。
展示スペースを区切るために間仕切りを立てる方法や、5室の壁に対して直角か平行にケースを並べる配置のパターンは、図3のように従来の東洋館5室ですでに行ってきました。
せっかくリニューアルしても、あまり変わり映えのしない展示空間になってしまうのではないか、と。
 
【図3】 入口からみた旧東洋館の5室(2009年6月4日撮影)
【図3】 入口からみた旧東洋館の5室(2009年6月4日撮影)

矢野氏は入口から5室全体を出口まで見渡せるように、間仕切りの取り下げを提案してきました。
それでいて、5室に入った観覧者をU字状に歩かせるように促しつつ、斬新なデザインのケースを図に書いてきたのです。
それはゆるやかな孤を描いた、これまで見たこともない形をしたケースでした(図4)。
 
【図4】 第1回ヒアリング後の5室ケース配置図(2009年4月26日、矢野氏作)
【図4】 第1回ヒアリング後の5室ケース配置図(2009年4月26日、矢野氏作)

このケースを5室入口の斜め上方から見たイメージのイラストが図5です。
 
【図5】 図4の曲面ケースのイメージスケッチ(矢野氏作)
【図5】 図4の曲面ケースのイメージスケッチ(矢野氏作)

ご覧のように5室に入ってすぐ正面に曲面ケースが立っています。
しかも、全面ガラスなのでケースの背後にある出口を含めて部屋全体を見通すことができ、5室が本来もっている広さや開放感を堪能することができます。
この時点での曲面ケースは小口が5室の壁についた状態でした。
しかし、曲面ケースを壁に接したままにすることは、運用上さまざまな困難が予想されました。
また、全面ガラス貼りで見通しのよい曲面ケースの反対側に、別のケースを近くに置くと、互いに調和することなくよさを潰しあうことになる恐れがありました。
そこで図6のように曲面ケースを壁から離し、壁と曲面ケースのあいだに別のケースを置くことで、曲面ケースの個性と5室全体の展示空間がバランスよく調和できるようにしました。
これも矢野氏との話し合いのなかで出てきたアイデアでした。

 【図6】 5室図面(2009年12月11日、矢野氏作)
【図6】 5室図面(2009年12月11日、矢野氏作)

ただ、この図面を書いた時点で曲面ケースの適正な向きを決めることはできませんでした。
そのため、図面にはいくつかの向きで曲面ケースが描かれていますが、結局、もっとも太い線で描かれた曲面ケースの向きを採用することになりました。

同じころ、私は新しい東洋館の展示準備を進める一方、特別展「誕生!中国文明」を担当していました。
この特別展ではぜひやってみたいことがひとつありました。
それは青銅器を単独でなく、群としてまとめて見せることでした。

中国の青銅器のなかには、ひとつひとつ鑑賞しても見ごたえのあるものがたくさんあります。
しかし、中国古代の青銅器は酒や料理を盛って神や先祖に供えたり、宴席で用いたため、異なる種類のものを複数組合せることが普通でした。
そこで、発掘調査によりまとまって出土した4種類計28点もの青銅器を、特別展会場に作ってもらった単独の大型ケースで展示することにしました。
しかも、そのケースは支柱など視界をさえぎるものは極力抑えた造りにしてもらいました。
まとまりとしての青銅器が醸し出す森厳な雰囲気を邪魔したくなかったからです。
 
【図7】 特別展「誕生!中国文明」大型ケース内での青銅器の一括展示
【図7】 特別展「誕生!中国文明」大型ケース内での青銅器の一括展示

青銅器をまとめて展示することで発揮できた迫力は予想を上回るものでした。
私はこの手ごたえを今度は東洋館5室の曲面ケースでの展示にも生かそうと思うようになっていました。
こうして、やきもの用の横長ケースから発展した曲面ケースは、当館における中国の青銅器展示のシンボルとなり、2013年1月2日のリニューアルオープンを迎えました。
 

【図8】 東洋館入口からみた曲面ケース
 【図8】 東洋館入口からみた曲面ケース

【図9】 小口からみた曲面ケース内の青銅器
【図9】 小口からみた曲面ケース内の青銅器

現在、このケースのなかには25点もの青銅器が展示されています。
大きさ、形もそれぞれ異なるバラエティー豊かな青銅器が、正面向かって左から右へ時代順に並んでいます。
時間幅は二里頭文化期(夏時代)から唐時代にかけて(前18世紀~後8世紀)です。
図9のようにケースの小口からみると、まるで白い展示面が悠然と流れる河を彷彿とさせます。
およそ2600年にわたる青銅器の移ろいを、この河の流れのような曲面ケースでお楽しみいただければ幸いです。

カテゴリ:展示環境・たてもの

| 記事URL |

posted by 川村佳男(保存修復室研究員) at 2013年01月19日 (土)

 

生まれ変わった東洋館─世界に一つだけの東洋館

いよいよ新年の2日から、トーハクの東洋館がリニューアルオープンします。耐震工事のために2年近くも閉館を続け、スタッフ一同も、再開館を心待ちにしていたところです。東洋館の改修は、いま述べた耐震補強が眼目ですが、同時に、展示室内を全面的に刷新して、中央の吹き抜けには、新しく全階に通じるエレベーターを設け、さらに、ずっと閉じたままだった地下スペースも見違えるように改修して、展示室とVRシアターを設けています。

 
(左)地下スペースに新たに増設した「クメールの彫刻」の展示室
(右)3階5室「中国の青銅器は、弧を描くケースに展示


東洋館というと、なんだか堅苦しい印象があるかもしれませんが、その中は、中国・朝鮮から東南アジア、インドなどの南アジア、さらに中央アジアから西アジア、そしてアジアを越えてエジプトまで、じつに広大な地域のバラエティーに富んだ作品を一時に見ることができる、たいへん魅惑に満ちたギャラリーとなっています。あの有名なルーブル美術館や大英博物館、メトロポリタン美術館など、世界の名だたる博物館を眺めてみても、東洋のこれだけ広い地域の長い時代にわたる文化財を集約して展示しているところは、ちょっと見当たりません。東洋館は、まさに世界に一つだけのユニークな展示施設なのです。

 
(左)3階8室「中国の絵画中国の書跡」は、高さ5メートル5センチのケースで迫力の展示
(右)2階3室「インド・ガンダーラの彫刻」で、旅の気分を満喫

ここで「東洋の歴史と文化」とかいうと、いきなり堅苦しくなるばかりなので、今回のリニューアルを機に、東洋館全体のテーマを「アジアの旅」としました。ヴァーチャルの世界によって、国々の距離がぐっと縮まってきている今日ですが、ここでは、なにより本物の文化遺産を目の当たりにしながら、他ではまず味わうことができない「アジアの旅」を経験していただこうというものです。
新春の息吹にのって、皆さんも、東洋館の新たな魅力にぜひ触れてみてください。

カテゴリ:展示環境・たてもの

| 記事URL |

posted by 松本伸之(学芸企画部長) at 2012年12月22日 (土)

 

生まれ変わった東洋館─新しい展示ケース

東洋館の展示ケースは耐震改修工事とともに新しくなりました。各分野の様々な作品がより魅力的に見えるよう大小様々なケースがあります。全てではありませんが今回導入した展示ケースについて共通する特徴は次の3つです。

・ 展示ケースの存在感を感じさせない金属フレームのない構造
・ うつり込みが少なく、まるで露出展示ではないかと思うくらい、ガラスの存在を感じさせない高透過低反射ラミネートガラス
・ ケース内の温湿度を一定に保つことの出来る高い気密性能


単純に比較するため改修前の展示ケースと改修後の展示ケースを1ヶ所だけ同一角度で撮影してみました。

展示ケース 改修前後
(左)改修前、(右)改修後

改修前はガラスを保持する金属枠があり、壁の中に展示ケースを埋め込んだようにつくられていました。改修後は展示台を単純にガラスで覆ったケースとすることで余分なものがそぎ落とされました。作品を間近でみると作品がケースに入っていない展示のようにも見えます。注意をしていないと本当に頭をぶつけそうになるくらい見えないガラスです。また、透明度が高く反射(うつり込み)の少ないガラスにより、従来よりも作品のディテールをはっきりと見ることができ、作品がせまってくるかのようにも感じられます。

導入した展示ケースは東洋美術コレクションにふさわしく、繊細で質の高い展示ケースに仕上がったと思います。どの作品も以前と違った魅力を来館される皆様にご覧いただけるのではと今から期待しています。

 

カテゴリ:展示環境・たてもの

| 記事URL |

posted by 矢野賀一(デザイン室主任研究員) at 2012年12月20日 (木)

 

生まれ変わった東洋館─中国の書画と文人の書斎

美術史の研究室に入り立ての頃、中国には日本で言う“床の間”がないことを知り、「掛け軸はどこにかけるんですか」、と先輩に聞いたことがあります。そんなことも知らないのかと言う顔をされて、「中国では掛け軸は壁にそのまま掛けるんだよ」、と言われて、妙に納得した覚えがあります。

日本では掛け軸は床の間や茶室に掛けますから、小さくて瀟洒な画面が好まれます。しかし中国での書画は、庁堂(ちょうどう)とよばれる母屋(写真左)を入ると、正面の大きな壁があり、そこに直接掛けて鑑賞します(写真右)。前に置かれた机には美しい陶磁器や主人の人徳の高さを示す青銅器、玉器などが置かれ、主人と招き入れられた客人は椅子に座り、薫り高い茶を喫しながら、清雅なひとときを過ごしたのです。

个園
江蘇省揚州にある、清時代の代表的な文人の邸宅、个園(かえん)です。
文人たちがどのように書画を鑑賞していたのかがよくわかります。
  
个園

个園
まわりを庭園に囲まれ、四季折々の風光を楽しみながら書画を鑑賞できます。


時として鑑賞の場所は作品自体に大きな影響を与えます。中国で対聯(ついれん)と呼ばれる、おめでたい文句や古人の詩句を書いた二つの軸がたくさん作られたのも、中国の絵画が日本の絵画と較べて大きく遠目がきくものが多いのも、このような中国独自の「鑑賞の空間」と関係がありそうです。

      

(左右) 行書八言聯 包世臣(ほうせいしん)筆 清時代・18~19世紀 青山杉雨氏寄贈(展示未定)
(中) 包世臣肖像 呉熙載(ごきさい)筆 清時代・19世紀  高島菊次郎氏寄贈(展示未定)

先生(包世臣)と生徒(呉煕載)の作品をとりあわせることも可能です。

さらに御覧いただきたいのは、表具の型式です。日本の家屋は中国よりも背が低いですから、軸の高さもそこそこです。しかし中国では、「天」とよばれる表具の上の部分が非常に長いものが多く、これは高い天井から直接絵を掛けた時に、絵画部分がスッキリと眼に飛び込んでくる表具の仕掛けです。面白いことに、このような表具が日本に入ってくると、天井が低すぎて掛けることができなかったのでしょう、この「天」の部分を短くして再表具されている作品もあるくらいです。


(左) 墨竹図 呉宏筆 清時代・17世紀(展示未定)
(右) 松溪草堂図 王蒙筆(展示未定)

左図は日本の家屋にも掛けられるように、天の部分を短くしています。一方、中国の表具を残している右図は、天の部分がとても長いのがわかります。


このような中国書画の特性を十分に感じていただくために設計されたのが東洋館8室です。中国書画専門ギャラリーとして造られたこの空間のガラスの高さは5メートル5センチ、壁の高さは6メートル45センチ(!)。これで背の高い中国の書画作品を思う存分、その空間性をふくめて、ご鑑賞いただけます。


(左)リニューアル前の8室、(右)リニューアル後の8室
どこが違うかわかりますか?鑑賞の妨げになっていたガラスの枠がなくなったことで、あたかも作品と同じ空間にいるような感覚が味わえます。覗きケースもフラットになることで掛け軸の鑑賞の邪魔にならなくなり、天井もより高くなりました。




天井からかかる電動バトンによって、大きな作品も、より安全に展示することができ、快適にご鑑賞いただけるようになりました。
8室のガラスの厚みは東洋館最大の18ミリ。飛散防止フィルムが入っているため、地震があっても安全です。高透過低反射ラミネートガラスを使用し、実験を重ねることで、鑑賞に最適なこの厚みに到達したそうです。


国宝 紅白芙蓉図 李迪筆 南宋時代・慶元3年(1197) 
「コメ字」といわれる李迪の小さな落款もきれいにご覧いただけます。

一番近いケースは作品までわずか58センチ。まるで目の前にかかっているように、作品の細かい表現までご覧いただけます。最高の作品を最高の展示空間でご鑑賞ください。

また今回、新しい展示コーナーとして、「文人の書斎」が設けられました。今まで単独でしか展示できなかった文房具や対聯などを、これからは、文人たちが楽しんでいた本来の空間に近い形で体感いただけます。
絵画は約6週、書は約8週間に一回の展示替えがあります。きっと次に起こしになられたときは違う作品が、違う取り合わせで展示されているでしょう。季節やテーマにあわせて何度も足をお運びいただき、中国書画を心ゆくまで楽しんでいただきたい、そう願いながら、皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。


文人の書斎では文房具や書画をとりあわせた、より多彩な展示が可能です。お楽しみに!


 

カテゴリ:展示環境・たてもの

| 記事URL |

posted by 塚本麿充(東洋室研究員) at 2012年12月18日 (火)

 

生まれ変わった東洋館─中国漆工・犀皮(さいひ)と屈輪(ぐり)

漆の樹液を器に塗る工芸技法を漆工といいます。漆工というと、和食器の黒光りする塗色や、細かい金粉で描かれた蒔絵を想い起こされる向きも多いかと思います。
しかしながら漆工は日本ばかりでなく、中国・韓国・タイ・ミャンマーなどアジア各地で行なわれた工芸であり、それぞれの土地で工夫された技法や好まれたデザインがあったため、一口に漆工といっても、その表情はさまざまです。

ここでは中国漆工の紹介として、犀皮(さいひ)という技法と屈輪(ぐり)という文様を紹介します。
中国の漆工は、塗料のように塗るばかりでなく、薄い漆を何層にも塗り重ねて厚みをつくり、これを彫刻するという立体的な表現も広く行なわれました。この塗り重ねる漆の色を層ごとに変えて、文様を斜めに彫り出すと、幻惑的な色層が現われます。この技法は犀皮(さいひ)とよばれ、宋時代を中心に行なわれました。

また中国工芸では唐草文様のデザイン化が進んで、ハート形や渦巻きのような抽象的な文様が現われました。こうした中国漆器は中世の日本にもたらされて、唐物(からもの)といって珍重されました。日本では、彫漆で表わされた渦巻きを「クリクリ」とよび、それが転じて屈輪(ぐり)とよぶようになりました。音感が文様名になったわけです。


犀皮輪花天目台 南宋時代・13世紀
2013年6月11日(火) ~ 9月1日(日) 東洋館9室にて展示予定



犀皮盆 南宋時代・12~13世紀
2013年6月11日(火) ~ 9月1日(日) 東洋館9室にて展示予定


こうして見ると、中国から伝わった唐物が、どのように日本人の美意識や生活のなかで受け入れられたのかということが興味深く思われてきます。


(注)画像の作品は、いずれも2013年6月11日(火) ~ 9月1日(日)の展示となります。
1月2日(水)のリニューアルオープン時には展示されておりませんのでご注意ください。

カテゴリ:展示環境・たてもの

| 記事URL |

posted by 猪熊兼樹(貸与特別観覧室主任研究員) at 2012年12月12日 (水)