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1089ブログ

特集「松山・徳島の考古学」について

こんにちは。考古室研究員の山本です。
今回がはじめてのブログ登場です。皆さまどうぞよろしくお願いいたします。

ただいま平成館企画展示室では、特集「松山・徳島の考古学」(~12月25日(火))を開催しています。
この展示は考古相互貸借事業により、当館から作品をお貸出しするかわりに、松山市考古館徳島市立考古資料館の所蔵する考古資料をお借りして展示しています。

入り口付近からみた西側ケース
入り口付近からみた西側ケース

この展示では地域の特性に触れることができるのも見どころのひとつ。両館からは、縄文時代から平安時代まで、多岐にわたる作品をお貸出しいただいています。

それでは同じ四国(高知)出身の私から、ふだん考古展示室でお目にかける機会のない魅力的な作品をご紹介しましょう。
まず松山市からは、大渕遺跡の彩文(さいもん)壺形土器です。大渕遺跡は縄文時代晩期の遺跡で、松山平野に水田稲作が定着する過程を知るうえで重要な遺跡です。

彩文壺形土器
彩文壺形土器 愛媛県松山市 大渕遺跡出土 縄文時代(晩期)・前1000~前400年 松山市考古館蔵

夏の縄文展で、いろんな土器をご覧になって縄文土器に強くなった皆さんも、この壺を見ればびっくりするのではないでしょうか?
まん丸なフォルムに、短い口。口の周りの黒い模様は、まるで茄子の“へた”のようですね。個人的には、地元の高知の美味しい秋茄子を思い出してしまいます。この模様は土器を焼くときに、こうなることを意図して炭素を吸着させたものと考えられます。つまり狙ってナスビのように仕上げたのです。

これは似たような土器が朝鮮半島からも見つかっていますが、全く同じものはありません。水田稲作が行われるようになる時期に突然あらわれた、謎の多い土器なのです。


次に、徳島市からは弥生時代に製作された木偶(もくぐう)です。

木偶
左:木偶 徳島市 庄遺跡出土 弥生時代(中期)・前2~前1世紀 徳島市立考古資料館蔵

ちょっとこわいリアルな表情の顔に、棒のような胴体部分。胴の部分は別の素材で組み合わせていたとも考えられています。
皆さんは縄文時代の土偶はよくご存知かと思いますが、この木偶は弥生時代のものです。こうした弥生時代の人形表現は、男女が対になるものが多くみられます。夏の縄文展でも、弥生時代の土偶形容器など男女一対になるものがありましたね。この木偶にもパートナーがいたかもしれません。パートナーはどんな姿だったのか、そもそもこの木偶さんは女性なのか男性なのか・・・興味は尽きません。

この他にも見どころたっぷりの展示となっていますので、ぜひ足をお運びいただけますと幸いです。

また、今回の展示で興味を持っていただけましたら、ぜひ松山と徳島へも足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。どちらもより多くの魅力ある考古資料、・・・そして美味しいお酒と海の幸が皆さまをお待ちしていることと思います。

出口側から見た東側ケース
出口側から見た東側ケース

毎年おこなってきました東京国立博物館での考古相互貸借事業も、今年度が最後となります。これまで楽しみにしてきてくださった皆さま、どうもありがとうございました。今後とも、当館所蔵資料での特集陳列は続けてまいりますので、ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

カテゴリ:研究員のイチオシ考古特集・特別公開

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posted by 山本 亮(考古室研究員) at 2018年11月27日 (火)

 

今年も行います! トーハクボランティアデー

12月1日(土)・と2日(日)にトーハクボランティアデーを開催します。
この2日間、東京国立博物館のボランティアによるさまざまなイベントがあります。
ボランティアと一緒にトーハクを楽しみたい方、ボランティア活動に興味がある方、ぜひご来館ください。

そもそもトーハクボランティアって?
トーハクボランティアは、約150人、3年間の任期で活動しています。
年齢は10代から70代後半まで、それぞれの興味や関心もさまざまです。

そんな中でも大切な共通点があります。
それは、みんなトーハクが大好きなこと!
そして、来館者の皆様にも楽しんでいただきたいと思っていることです。



どんな活動をしているの?
本館入り口や、平成館への渡り通路付近などで、腕章をつけたボランティアを見かけたことはありませんか?
来館される方たちが迷わないよう、また、より充実した時間が過ごせるようにご案内しています。
また、本館19室のみどりのライオンや、東洋館オアシスなどの体験コーナーで、皆さんに楽しんでいただこうと、お声がけやサポートをしています。

そのほかにも、講演会やワークショップ、スクールプログラムなどのサポート、ボランティアのクラブ活動にあたるガイドツアーなども行っています。

 

ボランティアデーはどんなイベントがあるの?
ボランティアデーでは、クラブ活動にあたる「自主企画グループ」も大活躍します。
ある分野を好きなボランティア同士が集まり、自分たちで勉強会をし、ガイドツアーなどを行います。
現在16グループが活動し、そのほとんどが、ボランティアデーに参加します。

各展示館のハイライトや分野別のガイド、樹木やたてもの、庭園茶室ツアーなどの屋外でのガイドのほか、お茶会やワークショップなどもあります。
どれも初めての方にもわかりやすく、お気軽にご参加いただける内容でお楽しみいただけます。
2日間にわたって、さまざまなガイドツアーがあるので、ぜひ、お好きなガイドに、いくつでも参加してみてください。
※一部、当日先着順の定員制や、事前申込制のイベントがあります

 

ボランティアデーだけの「活動紹介ツアー」
興味はあるけれど、私でもできるかな、どんなやりがいがあるのかな、もう少し具体的に活動を知りたいと思っている方は、ぜひ、この日だけの「活動紹介ツアー」にもご参加ください。

ボランティア活動を行っている場所をめぐりながら、ボランティアが活動内容をご紹介するツアーです。
お客様からどんな質問があるのか、どんな準備をしたほうがよいのか、ボランティア活動を始めてどんなことを感じているかなど、具体的に聞くことができます。
少人数でめぐりますので、和気あいあいとした雰囲気で、気軽に質問もすることができます。
現役ボランティアの本音を聞いて、応募前に、不安を解消することができます。




平成31年度ボランティア募集中
ボランティアデーでは、平成31年4月から3年間活動する、新規ボランティアの募集説明会も行います。
活動の内容や応募の注意点を職員がお話します。
これから応募を考えている方は、あわせてご参加ください。
応募にはこちらの募集案内をお読みの上、郵送でご応募ください。
応募期間は12月10日(月)~平成31年1月10日(木)までです。

ボランティアのお祭りのような、にぎやかな2日間です。
初冬のひととき、ボランティアデーのトーハクで楽しんでみませんか?

 

カテゴリ:news教育普及催し物

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posted by 鈴木みどり(ボランティア室長) at 2018年11月26日 (月)

 

背景を求めて-特集「キリシタンの遺品」

長崎奉行所旧蔵のキリシタンの遺品を毎年、当館の特集展示でご紹介しています。
今年も先の1089ブログでご紹介した通り、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」登録記念 特集「キリシタンの遺品」(本館特別2室、2018年12月2日まで)を開催中です。


1549年のザビエル来日。
これは日本史上の大きな事件ですが、日本とヨーロッパがつながったという点で世界史上でも注目すべきできごとです。
海洋国家ポルトガルの勢力拡大とイエズス会の非キリスト教地域への布教にかける強い意志とが相互に支えあって、ヨーロッパから見れば東の果てにある日本に到達したのです。


メダイ ヨーロッパ 明治12年12月内務省社寺局より引継ぎ 19世紀
ザビエルを表したメダイ。左上に「XAVIER」と書かれている。



当時のヨーロッパではローマ教会に批判的な2つの新興勢力がありました。
一つは宗教改革。ドイツのルターとフランス(スイス)のカルヴァンは、教会の権威よりも個人の信仰を重んじ、大きな変革を起こしました。
もう一つはオランダのエラスムスをはじめとしたヒューマニスト。教会に縛り付けられていた人間を解放して自由を取り戻すという思想の持ち主です。
中世のヨーロッパを覆い尽くしていたローマ教会から見ると危険な状況です。ローマ教会は異端を潰し、権威を保とうとします。

一方、新興勢力に対抗してローマ教会に服従を誓い、非キリスト教圏への布教に邁進したのがイエズス会です。
イエズス会はパリのモンマルトルの丘で創立しました。ザビエルがパリ大学在学中のことです。

私は司馬遼太郎『街道をゆく 南蛮のみちⅠ』に導かれて、ザビエルが学んだ聖バルブ学院を見て来ました。


パリ、カルチェラタンにあり、数度の改築を経ている。
現在はパリ第2大学の図書館に付属する建物。



石板の3行目に「COLLEGE SAINTE-BARBE」とある。
1460年の創立で、ザビエルは1525年から11年間在籍した。


この聖バルブ学院の隣に聖モンテーギュ学院があって、その学生ロヨラがイエズス会創始の志を立て、ザビエルを誘ったのです。
この2つの学校(カレッジ)には各国から学生が集まりました。
モンテーギュ学院には同じころカルヴァンがいましたからザビエルは会っているでしょう。30年ほど前にはエラスムスもいました。
卒業後世界史の大きな舞台で対立する両者が同じ大学から巣立っていることは興味深いことです。

ポルトガル国王とローマ教皇の後ろ盾を得て日本布教を独占したイエズス会ですが、教皇が変わると別の修道会も布教に加わりました。スペイン系のフランシスコ会、ドミニコ会、アウグスティノ会などです。
これらは禁欲的で清貧を旨とし、イエズス会には批判的でした。イエズス会は布教の拡大を重視したため、人手と資金を必要とし、経営のため貿易の収入をあてるなど世俗化した部分が少なくなかったようです。
マニラに拠点を築いていたフランシスコ会は、1593年に初めて日本に宣教師を送り込みました。
禁教になるまであまり時間はありませんが、61人の宣教師が来日したといいます。

その痕跡はキリシタンの遺品にも見られます。
写真は、幼子イエスを抱く聖アントニウスの像です。ロープを腰に巻いて垂らすのがフランシスコ会の特色で今も受け継がれています。また、裸足、地味な服も清貧を標榜する修道会の特色です。
次は無原罪の聖母の銅牌(プラケット)です。聖母マリアの周囲に8つの結び目を表したロープが表されています。
これと同じ図柄のものが、長崎の出津(しつ)にあるド・ロ神父記念館にあります。世界文化遺産に登録された出津にはフランシスコ会系の絵画(原爆で焼失)もあったことが知られています。


重要文化財 聖アントニウス像 長崎奉行所旧蔵品 16~17世紀
象牙製。左手に幼子イエスを抱いています。



重要文化財 銅牌 無原罪の聖母 長崎奉行所旧蔵品 16~17世紀


1590年代から1620年代まではポルトガル系のイエズス会に加え、スペイン系のフランシスコ会等の修道会が対立しながら布教をしていました。
1600年には嵐に流されてオランダ船デ・リーフデ号が現在の大分県に漂着します。その船尾にはエラスムスの木像が付けられていました。
オランダはキリスト教の布教をしないという約束で、ヨーロッパで唯一日本と交易を続けることになります。


エラスムス像 栃木・竜江院蔵
右手に持つ巻物に、「ERASMVS ROTTERDAM 1598」と書いてあったのがかなり剥げています。
リーフデ号は1598年にロッテルダムを出発しました。
今回は展示していませんが、来年展示しますのでご期待ください。


今年7月に長崎県と熊本県にまたがる潜伏キリシタン関連遺跡が世界遺産に登録されました。
当館の展示会場では長崎県の資料提供を得て世界遺産のパネルを掲示し、長崎県制作のパンフレットを配布していますので、ご観覧の際はぜひご覧ください。
みなさんのご来館をお待ちしています。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 浅見龍介(企画課長) at 2018年11月23日 (金)

 

世界に羽ばたく斉白石

はじめまして、京都国立博物館(京博)の呉[くれ]と申します。
いつもは東博の方々が登場するこのブログに、なぜ京博の職員が書いているのか、不思議に思われる読者もいらっしゃるかもしれません。

現在、東洋館第8室で開催中の日中平和友好条約締結40周年記念 特別企画「中国近代絵画の巨匠 斉白石」は、12月25日までの東博での会期終了後、京博にも巡回します(平成31年1月30日から3月17日まで)。京博での前宣伝もかねて雑文をつづってみたいと思います。

この企画は昭和53年(1978)に締結された日中平和友好条約が40年を迎えたことを記念したもので、中国政府そして今回の出展作品を所蔵する北京画院の全面的な協力のもと、実現しました。

20世紀の中国の水墨画といえば斉白石(1864-1957)の名がすぐに挙がるくらい、中国では最も有名な画家の一人です。日本の近代でいえば、日本画壇を牽引した横山大観(1868-1958)の知名度に、繊細な画風で孤高を貫いた熊谷守一(1880-1977)の芸術をあわせたような存在であるのかもしれません。

白石の画は中国の伝統絵画の様式を押さえたうえで、簡潔な構図と描写で独自に創意を加えました。画家の胸中の想いをかたちにとらわれず表現する、いわゆる「写意」の文人画に新境地を拓いたのです。


借山図(第三図) 斉白石筆 中国 1910年 北京画院蔵 (展示期間:~11月25日(日))


色鮮やかな山水をたっぷりの余白で表わした「借山図」のシリーズはその代表です。日々めまぐるしく変化しつづける中国で、ゆったりとした時間の流れを感じさせる白石の絵画は現代の中国人にとっても「癒し」の芸術です。そのためでしょうか、世界的な美術オークション市場でも白石作品は近年、驚異的な高値で取引されています。

世界的に高まる斉白石への関心を受けて、白石作品の展示もさかんです。


北京の地下鉄のホームで撮影


上の写真は今年10月、斉白石展の集荷のために訪れた北京で、地下鉄の駅のホームでみかけた広告です。「斉白石、次の駅はどこでしょうか」とのコピーに「2018年、さらに多くの地、さらに多くの国で斉白石芸術の魅力を感じてください」とつづきます。2018年の展示場所として、広告の左上に「列支敦士登国家博物館」、右下隅から北京画院美術館、故宮博物院(北京)、湘潭市博物館(湖南省で斉白石の出身地)、東博、京博の名が列記されています。「列支敦士登」とは、欧州でスイスとオーストリアの間にあるリヒテンシュタイン公国のことです。

東博・京博の展示は、北京画院美術館と北京故宮につづくもの。来年も欧州での展示を計画しているようで、まさに世界に羽ばたく活躍ぶりです。


北京故宮 外看板



北京画院美術館 会場入口


それでは、今回展示の白石作品を所蔵する北京画院はさぞかし慌ただしいところかといえば、ちがっていました。画院は斉白石が晩年に初代名誉院長をつとめたことから、中国で最も多くの白石作品を所蔵する機関のひとつです。

北京市民の憩いの場である朝陽公園のすぐ近くにあり、その建物は北京の伝統的な居宅である四合院を模した趣をたたえています。


北京画院外観(左奥のビルが画院の美術館)


事務棟には四合院らしく中庭もあり、斉白石の胸像の横でオウムの「小翠(シャオツゥイ)」も飼われていました。


北京画院のオウム「小翠」


ときどき大きな声で鳴くので最初はびっくりしましたが、画院に勤務する学芸員や画家たちのアイドルとしてかわいがられていました。

近年、日本でも中国からの旅行客が増えています。隣国とはいえ、中国についてまだまだ知らないこともたくさんあります。芸術の秋、総合文化展の料金で(ということは京都の大報恩寺展、アメリカからのデュシャン展を参観したついでに)中国文化のいまにふれるのもお得かもしれません。

カテゴリ:中国の絵画・書跡特別企画

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posted by 呉孟晋(京都国立博物館列品管理室主任研究員) at 2018年11月22日 (木)

 

見逃せない!「デュシャン 人と作品」(The Essential Duchamp)

東京は秋も深まり朝晩は結構冷えます。トーハクでは、本館北側の庭園を開放、紅葉には早いですが日本の秋の風景をご堪能いただけます。

秋、といえば、芸術の秋。トーハクでは12月9日まで、東京国立博物館・フィラデルフィア美術館交流企画特別展「マルセル・デュシャンと日本美術」を開催中です。準備段階のブログを1-2本上げたきりで肝心の中身を紹介しないままでおりましたら、すでに、新聞記事やテレビ番組、WEBサイト等でご紹介いただきありがたい限りです。そんな中、今さらではありますが、本展第1部「デュシャン 人と作品」展のおススメポイントなどご紹介したいと思います。

マルセル・デュシャン、というと、《泉》があまりに有名で、デュシャンの展覧会をやっている、と人に話すと「ああ、便器の…」といった反応があることもしばしばです。

しかし、「デュシャン 人と作品」展は、《泉》だけでなくもっと幅広くデュシャンの作品や活動、ひいては彼の人生や人となりについて知ることができる展示内容になっています。このような展覧会構成が可能となったのは、フィラデルフィア美術館のデュシャン・コレクションが質量ともに大変充実したもので、彼の人生を語るのに足る初期から晩年までの作品や写真、関係資料を幅広く所蔵しているからです。
フィラデルフィア美術館のティモシー・ラブ館長が何度かアジアを訪れた中、アジアにおけるデュシャンの影響力の大きさと、特に日本の熱心な研究者やファン(デュシャンピアン)の存在を知り、アジアを廻る国際巡回展として構想しました。当館とフィラデルフィア美術館は長年の交流があり、まず当館にご提案をいただきました。その結果、当館との交流展として第2部とともに実施、そのあと第1部のみソウル、シドニーを巡回します。

では、各章の「見逃せないポイント」(勝手ながら)をご紹介します。

第1章「画家としてのデュシャン」からは、彼が15歳の時初めて描いた油彩画《ブランヴィルの教会》です。

デュシャンというと、前述の《泉》など、とかく変わったことをした、というイメージがあるように思いますが、キャリアのはじめは画家でした。この作品は、当時フランスで大流行の印象派風の作品で、自宅から見た近所の教会を描いたものです。彼が洗礼を受けたのもこの教会で、会場にはデュシャンの生家と教会の写真も展示しています。デュシャンのキャリアのはじまりとして、見逃せない作品です。


第2章は、「『芸術』でないような作品をつくることができようか」と題し、カンヴァスに油絵具で描くという伝統的な絵画から離れた作品を紹介しています。
平成館展示室の広い空間の中で大きな存在感を放つのは、《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも》、通称《大ガラス》のレプリカです。


《彼女の独身者たちに裸にされた花嫁、さえも》(《大ガラス》) 1980年(レプリカ 東京版 / オリジナル1915-23)展示風景 東京大学駒場博物館蔵
© Association Marcel Duchamp / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2018  G1599


このレプリカは、デュシャンの死後、東京大学で、オリジナルが制作された過程を追体験することを目的として、できる限りオリジナルと同じ技法・素材でつくられました。世界で3番目に制作されましたが、欧米以外ではこの東京版しかなく大変貴重なものです。作品保存上の理由で輸送が難しいことから、東京会場にのみ出品が許可されました。
ちなみに、フィラデルフィア美術館にある本物は、同館の展示室床に固定してあるため移送できません。

上下2つのパートに分かれ、上が花嫁、下が独身者の装置を表します。各部分が何を表しているかは、駒場博物館の《大ガラス》展示パネルでご紹介いたします。

1. 花嫁/雌の縊死体 2. 銀河/高所の掲示 3. 換気弁 4. 9つの射撃の跡 5. 花嫁の衣装/水平線 6. 独身者たち/9つの雄の鋳型/制服と仕着せの墓場 (a)僧侶(b)デパートの配達人(c)憲兵(d)胸甲騎兵(e)警官(f)葬儀人夫(g)カフェのドアボーイ(h)従僕(i)駅長
7. 水車のある滑溝 8. 毛細管 9. 漏斗 10. はさみ 11. チョコレート摩砕器 12. トボガン(未完成の要素) 13. 眼科医の証人/検眼表/マンダラ
(出典:東京大学駒場博物館解説パネル)

性的な主題を扱った作品で、下の真ん中に描かれているチョコレート摩砕器を描いた作品も近くに展示しています。

原品の《大ガラス》は、過去に展覧会に出品された後、輸送途中で破損し、大きなひび割れがあります。今回出品のレプリカにはそのひび割れがないので、かなり違った印象かもしれません。原品は、レプリカの近くに写真でご紹介しています。

この同じ部屋には、《瓶乾燥器》および《泉》のレプリカ、また、《エナメルを塗られたアポリネール》《秘めた音で》のオリジナルが並び、レディメイドの作品を各種ご紹介しています。《泉》はできれば露出展示したかったのですが、作品保存上の理由でフィラデルフィア美術館からOKが出ず、ケース内展示となりました。東京の後2会場廻ることを考えるとやむを得ないことでしょう。




第3章「ローズ・セラヴィ」では、芸術作品自体の制作からも離れ、チェスや出版物、また自身の作品のミニチュア版レプリカの制作などに取り組んでいた時期を紹介しています。

ローズ・セラヴィというのは、デュシャン自身が女性としての別人格として名乗った名前で、この名前で言葉遊びや目の錯覚を利用したものをつくっています。デュシャンはハンサムな人だと思いますが、女装した姿も美しいです。

また、チェス・プレイヤーとしてもかなり有名であったデュシャンは、チェス大会のポスターや、チェスについての出版物の制作もしており、それら印刷物も展示しています。

このセクションにある「ロトレリーフ」という、厚紙でできた円盤は見て楽しい一品です。

ロトレリーフ展示コーナー

本来はレコードプレーヤー(当時で言えば蓄音機の回転盤)に載せ、ゆっくり回転させて、ぐるぐる回る画像が立体的に見えるのを楽しむ、というもので、発明大会のようなイベントで販売されました(売れなかったようです)。会場では、円盤自体とともに、回転する様子が見られるように作られた装置(ロトレリーフ・ボックス)を展示しています。意外に速く回っているような気がしますが、眺めているとなんとなく和みます。ただし、あまり長くみているとふらっとしてしまうのでご注意ください(実際会場で、ふらっとしてしまった来館者の方をおみかけしました。)その上部の「アネミック・シネマ」という実験映画(マン・レイとの共作)も回っているので、上下で回るイメージが不思議なコーナーです。

第1部最後は、デュシャンの死後発表された《与えられたとせよ 1. 落ちる水 2. 照明用ガス》、通称《遺作》を紹介する第4章「《遺作》 欲望の女」です。こちらでは、《遺作》の制作に向けたオブジェや写真のポジなどのほか、1950年代以降、デュシャンの回顧展が欧米の主要な美術館で開催されたときの写真を壁一面に展示しています。

第4章展示風景

《ドン・ペリニヨンの箱》(写真右下ケース内)は、《遺作》のステレオ画像を制作するためのポジやメモをシャンパンの入っていた空き箱に入れたものです。写真はどれも《遺作》に表された風景と女性のマネキンを写したものですが、このポジの中に1点だけ変わったものを持ったものがあります。先日現代美術家の藤本由紀夫さんが会場をご覧になった際に教えていただきました。
会場でぜひ探してみてください。原資料ならではの面白さです。

今回、第1部はいつもより解説文が長く、また完全和英対訳となっています。元が英文でそれを日本語に訳しました。普段の特別展では、特に英文では、これだけの解説を付けられていないので、ぜひゆっくり読んでみてください。

フィラデルフィア美術館は現在大規模改修プロジェクトの真っ最中ですが、デュシャンの展示室には《大ガラス》《遺作》は常時展示してあります。とはいえ、これだけ幅広くデュシャン作品や関係資料を日本で観られるチャンスは、そうそうないと思いますので、ぜひお見逃しなく、何度でもお運びください!

フィラデルフィア美術館 ティモシー・ラブ館長からも一言

 ラブ館長のインタビュー動画はこちら

 

カテゴリ:2018年度の特別展

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posted by 広報室 鬼頭 at 2018年11月21日 (水)