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特別企画「韓国美術の玉手箱」その3 祈りの造形が伝える、高麗王妃の生きた証

4月5日まで開催中の日韓国交正常化60周年記念 特別企画「韓国美術の玉手箱―国立中央博物館の所蔵品をむかえて―」では、東京国立博物館と韓国国立中央博物館が所蔵する選りすぐりの美術作品を一堂に展示しています。
ここでは高麗時代と朝鮮時代をテーマとしたふたつの章で構成される本展のなかから、第1章「高麗―美と信仰」の韓国国立中央博物館蔵「銅製銀象嵌香炉」をご紹介します。
香炉といえば、香を薫ずるための器として知られ、特に仏教においては華瓶、燭台と並んで仏前の供養具である三具足の1つとされています。


第1章「高麗―美と信仰」展示風景

高麗時代の香炉は、銅だけでなく高級品の青磁や庶民が用いる陶器など、制作する素材のバリエーションが複数存在し、幅広い層に需要があったことが窺えます。形のバリエーションも非常に豊富で、本展にも展示されている韓国国立中央博物館蔵「青磁陽刻饕餮文香炉」のほか、香炉の上部に瑞獣を象ったものなど、形の種類もさまざまです。
 
 
銅製銀象嵌香炉 韓国国立中央博物館蔵 高麗時代・13世紀

そのなかで、本作のように縁の広い鉢の下にラッパ型の台座が付く形態のものを、韓国では「香垸(こうわん)」と呼んでいます。本展示の解説では、解説に日本でもなじみのある「香炉」という名称を用いていますが、「香垸」という名は高麗時代の史料や器物に刻まれた銘文のなかに確認することのできる、当時の人びとの実際の呼び方です。ここでは韓国での用例に倣い、「香垸」という名称を用いて作品をご紹介します。「香垸」の名が確認される作品は、本作も例外ではありません。どこかに、その名を伝える銘文が刻まれています。いろんな角度から作品を観察してみてください。いったい、どこにあるでしょう…。

答えは、水平に折れた口縁部の裏。下から覗き込んで見てください。
 

香炉を下から見た際に見える銘文(展示では香炉の底面はご覧いただけません)

すると、「咸平宮主房以造上華嚴經蔵排靑銅香垸一副」という銘文が、口縁の形に沿って反時計回りにぐるりと縦書きで刻まれていることが確認できます。
「銘文を見逃してしまった!」という方がいれば、会期中にもう一度見にいらしていただければ嬉しいです。
そしてこの銘文の中には「香垸」の文字を確かに確認することが出来ます。


銘文のうち「香垸」部分拡大
 
さて、この文を読んでみると、「咸平宮主の居所にて、華厳経蔵に供えるため、青銅を鋳造して香垸一副を造る」と解釈することができます。この香垸を作った目的が、華厳経の経典を納めた蔵、つまり経蔵に奉安するためだった、というわけです。仏殿だけではなく、経蔵でも香を供える慣習があったこと、そして高麗時代の人びとが経典に対して熱心に信仰を捧げていたことを知ることができる貴重な記録といえるでしょう。
ところで、銘文に残される咸平宮主とはいったい誰でしょうか。「宮主」という称号がヒントになりそうです。これは高麗時代に王妃や王の後宮、王女などを冊立していた別称の1つで、宮殿の主人を意味する言葉です。このことから、この香垸を造らせ、発願した人物は、王室に属する女性――王妃、あるいは高位の後宮や王女であることがわかります。
さらに、咸平宮主という人物を史料から辿っていくと、この人物が高麗第21代国王・熙宗(1204~1211)の妃、成平王后を指すことがわかります。彼女は1211年に咸平宮主として正式に冊立されました。しかしその同年、熙宗が退位に追い込まれます。当時、王を凌ぐ実権を握っていた武臣政権の最高権力者・崔忠献の排除を試みて失敗したためです。熙宗と太子は流刑に処され、成平王后のみが宮殿に残されました。その後も、モンゴル侵攻による江華島への遷都など激動の時代を生きることとなり、決して順風満帆とはいえない生涯を歩んだ人物でした。こうした背景を踏まえると、この香垸は彼女が咸平宮主に冊立された1211年から没する1247年までの間、王権の失墜と外敵の脅威という不安定な時代状況のなかで制作されたものと推測されます。
香垸の鉢の部分に注目すると、前後左右に4字の梵字が配置されています。これらは、それぞれオン(om)、マ(ma)、二(ni)、パド(pad)と読む仏教の真言です。真言とは、仏の力や救いを音に託した神聖な言葉(マントラ)のことです。本作にあらわされる4字は、オン(om)、マ(ma)、二(ni)、パド(pad)、メ(me)、フム(hūm)の6字から成る「六字真言」の一部にあたります。
  
オン(om)

 

二(ni)

それぞれの音には象徴的な意味が込められ、その解釈には諸説ありますが、全体として「蓮のなかの宝珠よ、清め、救いたまえ」という救済の祈りをあらわす言葉と理解されています。本作のように梵字を配する香垸の多くは、その梵字一字一字を際立たせるように美しい銀象嵌の装飾文様で囲み、荘厳な趣が与えられています。このような香垸の意匠は、梵字や真言に宿る神聖な力を尊び、その功徳を重んじる信仰の意識を視覚化させたものと考えられます。苦難の時代を過ごした成平皇后もまた、この真言に救いを求め、立ち上る香煙とともに祈りを捧げたことでしょう。祈るという行為は時代や地域も関係なく行われる人間の普遍的な営みです。遠い過去に作られたこの香垸も、その背景を知り、そこに生きた人物が直面した苦難に思いを寄せると、作品に込められた思いは時代と地域を超えて私たちにも通じるものとして受けとめられるのではないでしょうか。
本展は、韓国美術の美を紹介することを軸としていますが、それだけにとどまらず、作品の制作背景や当時の社会状況、信仰や人びとの営みに目を向けることで、モノの意味がより立体的に浮かび上がり、モノに対する理解と共感が一層深まります。この機会に韓国美術の美しさを楽しむと同時に、その背後に広がる歴史にも思いを巡らせ、韓国美術を生み出した文化への理解を深める契機となることを願います。
 

カテゴリ:特別企画

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posted by 玉城真紀子(海外展室研究員) at 2026年04月02日 (木)

 

特別企画「韓国美術の玉手箱」その2 高貴なる美意識の結晶、高麗青磁

現在開催中の日韓国交正常化60周年記念 特別企画「韓国美術の玉手箱―国立中央博物館の所蔵品を迎えて―」(4月5日まで開催中)は、大きく高麗時代と朝鮮時代の2つの章から構成されています。
今回は、工芸を担当する三笠より、第1章「高麗――美と信仰」でご覧いただける韓国国立中央博物館所蔵の金銀器と高麗青磁の魅力について紹介いたします。


第1章「高麗――美と信仰」展示風景

高麗時代(918~1392)は、中国の影響を受けながら、独自の仏教文化を開花させました。それに裏づけられたハイセンスな高麗の上流階級者たちを魅了したのが、金銀器と青磁のうつわです。高麗では仏教信仰を礎に金属工芸が大きく発展したといわれていますが、金属は後世に鋳直すことが多いため、伝世品はきわめて稀少です。
なかでも上質な金銀器は日本ではなかなか目にすることはできないと思います。今回、韓国国立中央博物館から高麗の王族や貴族たちが手にした、たいへん貴重な作品をお借りすることができました。花びらをかたどり、うつわの内外に細かな装飾を刻んだ皿や盃に、当時の人びとの洗練された暮らしの一端をみることができるでしょう。
 

 
「福寧宮房庫」銘 銀製花形皿(ふくねいきゅうぼうこめい ぎんせいはながたさら)  高麗時代・12世紀 韓国国立中央博物館
会場では、縁にほどこされた「福寧宮房庫」の銘がちょうど手前に見えるように展示されています
 
そして、華麗な金銀器と歩みをそろえるように発展したのが青磁です。
青磁とは、窯に燃料を連続して投入し、空気をできるだけ遮断する焼成法によって、素地と釉薬に含まれる鉄分が酸素を奪われ、 還元されて青く見えるやきものです。中国で生まれ、唐時代末には江南の越窯(えつよう)で皇帝や貴族が手にする上質の青磁が完成し、「秘色(ひしょく)」と呼ばれました。この越窯の技術を直接的に取り入れて、高麗青磁は10世紀頃に生産が本格化し、12世紀には最盛期を迎えました。その窯址(かまあと)は、現在の韓国南西部を中心に、半島各地から見つかっています。とくに優品の生産で知られるのが、全羅南道康津(チョルラナムドカンジン)や全羅北道扶安(チョルラプクトプアン)一帯です。
 
高麗青磁の魅力は、まるで吸い込まれそうな、青緑色を帯びたガラス質のなめらかな釉調にあります。北宋末に中国から派遣された徐兢(じょきょう)という官吏が、『宣和奉使高麗図経(せんなほうしこうらいずきょう)』という史書に、高麗にも「翡色(ひしょく)」と呼ばれる美しい青磁があるとその驚きを記し、当時の皇帝や人びとに伝えたことはよく知られています。
 

青磁十二弁花形皿(せいじじゅうにべんはながたさら) 高麗時代・12世紀 韓国国立中央博物館
素地はとても薄く、金属器を意識した様子がうかがえます。釉調も安定した発色で、最盛期の粋ともいうべき作品です
 
ところで、高麗青磁の成立に大きな影響を与えた中国の青磁は、基本的に文様をほどこさず、青い色や玉のような釉薬の質感を追究したのに対して、高麗では次第に線彫りや透彫り、象嵌(ぞうがん)による器面装飾を究めるようになります。同じ青磁でも、文化の土壌が異なると、美しさの目指す先も大きく異なるという点が興味深いですね。
とくに、素地に線刻やスタンプで文様を彫りあらわした部分に黒や白の土を埋め込んで、そのうえから青磁釉をかけて焼き上げる象嵌青磁は、半島特有のもので、繊細かつ情感豊かな表現が魅力です。

青磁象嵌山水人物文扁壺(せいじぞうがんさんすいじんぶつもんへんこ)  高麗時代・13~14世紀 韓国国立中央博物館

最近、私は鎌倉から出土した、黒と白の象嵌文様がほどこされた高麗青磁の小さなかけらを拝見しました。それが見つかった場所は、執権(しっけん)・北條時頼(ほうじょうときより)によって建長5年(1253)に創建され、鎌倉五山の一位に列せられた建長寺です。建長寺の敷地からは、中国や日本で焼かれた陶磁片が大量に出土していますが、高麗青磁はきわめて稀少です。日本国内では、鎌倉以外でも高麗青磁は出土していますが、その数は決して多くはありません。
一方で近年、中国でも杭州(こうしゅう)や上海(シャンハイ)、寧波(ニンポー)などの都市遺跡から、高麗青磁の出土が報告されています。いまから700年ほど前、元の至治3年(1323)頃に寧波から日本の博多へ向かう途中に韓国の新安沖(しんあんおき)で沈没した船の引揚資料にも、わずかながら上質な高麗青磁が積載されていました。
 

新安沖沈没船積載の高麗青磁(出典:韓国国立中央博物館  www.museum.go.kr/MUSEUM/contents/M0502000000.do?schM=view&searchId=search&relicId=4657)
注)今回の当館での展示には出品されていません
 
高麗だけでなく、中国や日本の上流階級者たちをも魅了した青磁。東アジアの文化交流の歴史に想いを馳せながら、ぜひこの特別企画「韓国美術の玉手箱」をお楽しみください。

カテゴリ:特別企画

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posted by 三笠景子(東洋室長) at 2026年03月31日 (火)

 

特別企画「韓国美術の玉手箱」その1 ソウルで感じた、日本美術への深き理解

2月10日(火)より当館本館で開催中の特別企画「日韓国交正常化60周年記念 韓国美術の玉手箱― 国立中央博物館の所蔵品をむかえて―」(4月5日まで開催中)では韓国国立中央博物館より日本初公開の作品15件を含む所蔵品17件をご出品いただき、当館所蔵作品とともに展示しています。
韓国の歴史と文化をお伝えする本展に先立ち、日韓国交正常化から60年をむかえた昨年2025年には韓国国立中央博物館の常設展示ホール3階306号室において、「日本美術のとびらー四つのまなざし」(以下、「日本美術のとびら」)が6月17日(火)~8月10日(日)まで開催されました。
注)「日本美術のとびら」はすでに展示が終了しています


韓国国立中央博物館 外観

韓国国立中央博物館は、ソウル特別市の中央部、漢江北岸の龍山(ヨンサン)区龍山公園の最南端に位置する、世界でも有数の規模を誇る博物館です。
当館とは長年にわたり、両国の歴史と文化への理解を深めるために緊密な交流をしています。

「日本美術のとびら」では、韓国の皆様に日本美術に親しんでいただくことを目的として、当館と韓国国立中央博物館がそれぞれの所蔵品の中から厳選した合計62件の作品を展示しました。
当館からは重要文化財「小袖 白綾地秋草模様(冬木小袖)」をはじめとする名品、「武蔵野図屛風」などの日本の情景を伝える絵画作品、重要文化財「一重口水指 銘 柴庵」といった独自の美意識を示す茶道具、また重要文化財「能面 曲見」などの伝統芸能に息づく造形美を表す作品など40件を出品しました。

 
韓国国立中央博物館 特別展「日本美術のとびらー四つのまなざし」展示会場入り口(現在は展示が終了しています)

展示は韓国国立中央博物館のチームが主となり、日本美術に内在する本質的な特徴と美意識を感じ取っていただくことを意図して、4つの視点から日本美術を眺める構成がとられました。
前半2章で装飾性と非装飾性という外形的な2つの視点、後半2章では内面的・情緒的な視点と大きく2つの視点から日本美術を眺め、更にそれぞれの視点の中で対照的な2つの視点に分ける4章構成で企画されます。

 

「日本美術のとびら」第1章「飾りの情熱」展示風景

「日本美術のとびら」第2章「抑制の追求」展示風景

 

まず第1章は「飾りの情熱」として、美に対する理想を色や形をもって象徴的に表現しようとする装飾性の視点から、縄文時代の土器からはじまり有田焼、鍋島焼の色絵陶磁器、料紙が美しい近世の書作品、華やかな彩色と形態が目を引く屏風絵などが展示され、つづく第2章では「抑制の追求」として、物の本質を追求するために装飾をそぎ落とし必要最小限まで絞りこんでいく非装飾性の視点から、井戸茶碗や黒楽茶碗といった茶道に関する作品が展示されました。

 

「日本美術のとびら」第3章「はかなさの美」展示風景

「日本美術のとびら」第4章「遊びの美学」展示風景

 

第3章は「はかなさの美」として、自然の繊細な移ろいに対する感動を表す「あわれ」の視点から、秋草などの植物をモチーフにした作品や、能面、能衣装が展示され、第4章では「遊びの美学」として、愉快で機知に富んだ美的感覚を表す「あそび」の視点から、狂言面、浮世絵などが展示されました。

どの章においても、テーマ設定の仕方と作品の選定、展示空間の設計や演出手法において、日本美術への深い理解と敬意が感じられるとても素晴らしいものでした。現地でも非常に良い展覧会として好評を博したと伺っています。

さらに、同展覧会で私が特に感心したのは、展覧会のポスターデザインです。
全体としては、白地に金で桔梗や女郎花、ススキ、菊といった秋草をポスターのほぼ全面に大きくあしらい、その草むらの中に見え隠れしながら、黒の細い直線と、漆工品の蒔絵をイメージしたであろう黒と金の配色で〇や△、▢にデザイン化されたハングル特有の文字の構成要素によって表された「日本美術」の文字がリズミカルに配された瀟洒でスタイリッシュなデザインとなっています。
 


特別展「日本美術のとびらー四つのまなざし」メインビジュアル(同展は展示が終了しています)

日本でよく見るような、一目ではっきりとこの作品とわかるような作品の写真は使われていません。ですので一見するだけでは、その意図を汲み取ることが難しいかもしれません。
しかし、展示室で鑑賞を進めていくと、まず金で表された秋草は韓国国立中央博物館が所蔵する「秋草図屛風」から抽出されたものだとわかります。
また、蒔絵を施した漆工品の質感を漂わせるハングルの一部分は、〇は雲がかかった月、△は霞が引かれた富士山、▢は硯箱や色紙というように、日本美術に欠かせないモチーフや器形を想起させます。
具体的な作品の姿は提示されていませんが、展示作品のポイントとなる要素が散りばめられることで、無意識下に日本美術や展示作品への導入がなされているように感じました。
さらに、展示を見た後に改めてポスターのデザインを見れば、当館の「武蔵野図屛風」と韓国国立中央博物館の「秋草図屛風」のイメージが重ねられていることが読み取れます。
展示室内では、展示期間が限られていたものの、その2つの屛風が、展示導線を挟んで向かい合うケースに展示されており、それも心憎い演出のように思いました。


第3章「はかなさの美」より 向かい合う屛風の展示風景(むかって左が「秋草図屛風」、右が「武蔵野図屛風」)

このように、一見してわかる明確な提示ではなく、作品の部分や作品を想起させるモチーフを散りばめることで、「作品を暗に示す」「象徴的に示す」「読み解く楽しみを込める」という手法は、それ自体が特に工芸作品に見られる、日本美術の一つの特徴でもあると言えます。
日本美術への深い理解に基づくとてもよく考えられたデザインだと思いました。
 

メインビジュアルと日本美術のつながりを想起させる同展の作品紹介映像

簡単に韓国での展示を振り返りましたが、展示構成、演出手法、ポスターデザインなど、韓国国立中央博物館のスタッフの方々の日本美術への理解の深さと本質を伝えようとする熱意が随所から伝わり、そこに深い感銘を覚える体験となりました。
それは現地を訪問した当館の展覧会関係者一同、意を同じくしたはずです。
先方で開催された昨年2025年6月16日の内覧会の出席後、韓国の皆様の心意気に応え、我々が2026年に日本で行う展覧会でも出来うる限り良いものにしようと決意を新たに帰国の途につきました。
そのような経緯があり、現在の東博で開催中の特別企画「韓国美術の玉手箱」でも韓国美術の魅力を最大限お伝えできるようにと担当者が熱を込めて構成をしています。
詳しい見どころやお伝えしたいことは、今後同展の担当研究員たちから発信ありますので、お楽しみにお待ちください。
今回のような展覧会が、両国の交流やお互いへの理解がより深まるきっかけとなれば幸いです。

カテゴリ:特別企画

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posted by 沖松健次郎(列品管理課長) at 2026年03月23日 (月)

 

奈良時代の息吹を感じる大安寺の仏像

本館11室の展示風景(入口付近)

本館11室では特別企画「大安寺の仏像」が開催中です。

奈良・大安寺は日本で最初の国立寺院です。飛鳥時代の藤原京に壮大な伽藍を構えた大官大寺(だいかんだいじ)を前身とし、奈良時代の平城京移転後には、インド、ベトナム、中国などから来日した僧侶や、中国へ留学して帰国した日本人僧侶が住む国際色豊かな環境で、仏教研究の拠点として営まれました。まさに日本仏教の源流ともいうべき歴史ある寺院です。
本展では8体の仏像を展示していますが、そのうちの7体はいずれも一木造(いちぼくづくり)で、中国から日本へ正式な戒律を伝えに来た僧・鑑真が住んだ唐招提寺と並び、奈良時代の数少ない貴重な木彫群です。

 

重要文化財 多聞天立像(四天王立像のうち)の胸の拡大写真

突然ですが、こちらは何の写真かお分かりになりますか。冒頭の展示風景の手前のケース内に展示されている像の胸の拡大写真です。この装飾豊かな浮き彫りは日本に類例がなく、中国・唐時代の像に見られ、大安寺の木彫群にも随所にほどこされています。

 

重要文化財 楊柳観音菩薩立像(ようりゅうかんのんぼさつりゅうぞう) 奈良時代・8世紀 奈良・大安寺蔵

 

このブログでは大安寺の木彫群の代表作である楊柳観音菩薩立像を例に、大安寺の仏像の特色をお伝えします。

 

目尻を吊り上げ、口を開いた厳しい表情の楊柳観音菩薩立像

慈悲の仏である菩薩でこんなに厳しい表情は珍しいですが、このような厳しい表情の仏は、仏教の一つである密教の仏であることが多いです。
平安時代に体系的な密教がもたらされる以前の奈良時代には、呪術的な要素の色濃い密教が中国から断片的にもたらされていました。国際色豊かな環境であった大安寺は、そうした新しい情報をいち早く取り入れることができたようです。
というのも、楊柳観音像の厳しい表情から、この像が密教の存在を背景に造られた像であることを物語っているからです。

 

重要文化財 楊柳観音菩薩立像の全体の姿
重要文化財 楊柳観音菩薩立像の全体の姿

全体の姿をご覧ください。
バランスよく整ったプロポーションが目をひきます。胸や下半身のほど良い張り、腰のわずかなくびれなどが美しさを際立たせています。正面だけでなく、360度どこから見ても崩れのない優れた造形感覚がうかがえます。とくに斜めから見たときのポーズが様(さま)になるのは、体の幅や厚みのボリューム感が適切に表現されているためです。

 

重要文化財 楊柳観音菩薩立像の顔

顔に注目してみると、口を開ける動きに連動して頬が張り、こめかみの筋肉が盛り上がっていることがわかります。実際の人間と同じように表情筋にまで意識がおよんでいる点に驚かされます。本像が厳しい表情なのにどこか品の良さを感じるのは、こういった筋肉の繊細な表現からかもしれません。
このように、身体のバランスや筋肉の動きを意識した表現は、奈良時代の仏像の特徴です。

 

重要文化財 楊柳観音菩薩立像の胸の飾り

楊柳観音菩薩立像の胸の飾り 拡大写真

次に、胸の飾りや腹の帯に注目してみましょう。
どちらも体と同じ木から彫り出しています。同じ木から彫り出すということはやり直しがきかない作業ですから、緊張感のあるなか高い技術によって刻まれたことでしょう。胸の飾りの花や珠のかたちが繊細に彫り出されています。

 

重要文化財 楊柳観音菩薩立像の腹の帯

ミリメートル単位で密に刻まれた格子状の文様
日本には他に例がありません

腹の帯には斜めの格子(こうし)状の文様が密に刻まれています。線を一本一本丁寧に刻んだであろう様子がうかがえます。
またお腹のあたりに帯を結ぶ形式は非常に珍しく、中国・唐時代の形式を取り入れたものとみられます。先ほど述べました通り、奈良時代の大安寺には中国から来日した僧侶や、中国へ留学した日本人僧侶が多く住んでいたため、大陸から最新の仏教文化が伝わっていたのでしょう。
また唐招提寺に住んだ鑑真の一行のなかには、鏤刻(るこく。金属や木に文字・絵などを彫り刻むこと)の工人がいました。本像にみられる緻密な彫りの背景には、彼ら工人がもたらした鏤刻の技術があるのかもしれません。

 

本館11室の展示風景(出口付近)

楊柳観音菩薩立像をはじめとする大安寺の仏像では、身体表現を意識した奈良時代彫刻の伝統と、大陸からの新しい形式が融合しています。

大安寺の仏像が醸し出す奈良時代の息吹をぜひご堪能ください。

特別企画「大安寺の仏像」ページへ移動

 

カテゴリ:彫刻特別企画

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posted by 増田政史 at 2023年02月17日 (金)

 

文化財を未来へつなぐ、復元と修復

特別展室の三笠です。

今春開催予定の沖縄復帰50年記念 特別展「琉球」を担当しているメンバーのひとりとして、この特別企画「手わざ -琉球王国の文化-」の展示のお手伝いをさせていただきました。

展示室の様子

昨年秋、この「手わざ」展は九州国立博物館で先行して開催されました。最終日の12月12日(日)に開かれた講演会で、那覇市歴史博物館の学芸員山田葉子さんがこんな話をされていました。

――この復元事業は琉球王国の文化を未来へつなぐためにとても大切。それと同時に、修復の技術も育てなければならない。復元と修復は、両輪で進められるべきである。――

思わず膝を何回も打ちたくなるほど、納得のお話でした。

かつて私は保存修復課に在籍していました。
保存修復課の研究員の仕事は、日々作品を点検、そしてメンテナンスが必要な作品があれば修復のためのカルテを作成し、修復の工程を考えます。じっさいに修復の現場では、時には研究員や修復家の皆さんと侃侃諤諤意見を交わしながら、博物館の収蔵品をいかに安全に、正しく未来へ伝えていくかという難しい問題と向き合います。
作品に一番近い緊張感のある部署であり、修復の材料、道具ひとつで作品の運命を決まるというような責任重大の場面もあります。それでも研究員や修復家の方がたと同じ目標のもとに仕事ができることは、非常にやりがいのあることです。博物館に着任したばかりの駆け出しの私にとって、とても大事な時間であったと思います。

特別展「琉球」出品作品の中にも、修復を経た当館所蔵作品があります。


神扇(かみおうぎ)
第二尚氏時代・19世紀 東京国立博物館蔵
特別展「琉球」にて5月3日(火・祝)~5月29日(日)で展示
(注)特別企画「手わざ -琉球王国の文化-」では展示していません。

祭祀を司るノロ(女性の神官)が用いた扇で、奄美大島大和村の大和家に伝わったものです。長さ65センチ、広げると幅1メートルにもなり、とても迫力があります。本作品は劣化が進み、取り扱いが困難な状態でしたが、当館の保存修復事業(平成18年度 修理者鈴木晴彦氏・本多聡氏)によって解体修理を行い、無事に展示公開ができるようになりました。


鹿児島県の奄美大島にある宇検村生涯学習センター「元気の出る館」にて。
類例の神扇の調査をしているのは、佐々木利和先生(当館名誉館員)と当時保存修復室長であった高橋裕次氏(現大倉集古館)です。
修復に携わった鈴木さんからは、充填剤に使用されたパテを調べるため、海岸の砂浜を調べたり、骨の材料であった竹の生育を調べたり、また修理に使用した芭蕉糸について染織家を訪ねたり・・・と、とても大変で、そして思い出深い修理であったという話をうかがいました。

今回、特別展「琉球」の準備のために、沖縄に足を運ぶなかで「手わざ」、復元された作品を拝見したり、この事業に携わった沖縄県立博物館・美術館の学芸の皆さんとお話させていただいたりするなかで、ゼロからの復元がいかに過酷な作業か、そして文化財が失われることがいかに恐ろしいことか、痛感するばかりでした。
それと同時に、復元によって明らかになるかつての素晴らしい技術や丁寧な仕事の様子は、作品を修復するとき、解体して初めて具体的な材質や工程がわかるときの感動にも似ていました。さまざまな分野で修復、復元の技術が「両輪」で高まり、専門家の皆さんと我われ研究員も一緒に知恵を出し合って行けば、先人の技を未来へ繋いでいくことができるはずです。


「手わざ」展会場の「製作者の声」パネルには、復元事業の作業風景の画像や携わった方のメッセージが掲載されています。文化財を守り伝えていくことへの想いが伝わってきます。

5月3日(火・祝)~6月26日(日)で平成館特別展示室にて開催予定の特別展「琉球」、最終章は「未来へ」というテーマで復元事業をあらためて紹介する予定です。


朱漆巴紋沈金御供飯(しゅうるしともえもんちんきんうくふぁん)
平成30年度(原資料:17~18世紀) 沖縄県立博物館・美術館蔵
展示期間:2月22日(火)~3月13日(日)
特別展「琉球」でも5月3日(火・祝)~5月29日(日)で展示します。

私は復元作品を知ることで琉球王国の遺産である作品たちがより身近に、そしてどの作品もとても大切なものに思えるようになりました。この「手わざ」展、そして特別展「琉球」、ともに多くの方にご覧いただきたいと思います。

また、3月23日(水)~4月17日(日)で平成館企画展示室にて、特集「東京国立博物館コレクションの保存と修理」を開催します。
こちらもぜひ。
 

カテゴリ:特別企画

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posted by 三笠景子(特別展室主任研究員) at 2022年02月28日 (月)

 

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