このページの本文へ移動

1089ブログ

歌川一門の三羽烏―国貞・国芳・広重

本館A室では、特別展 内山晋コレクション受贈記念「歌川広重 江戸のベストアングル」を開催中です。

江戸時代後半、浮世絵界を代表する一派、歌川一門の三羽烏として知られるのが、歌川国貞(のちの三代豊国、1786〜1865)、歌川国芳(1797〜1861)、そして歌川広重(1797〜1858)です。三人はいずれも歌川一門に属しながら、それぞれが際立った個性を打ち出して、江戸後期の庶民文化を刻明に表現しました。

まず国貞は、美人画や役者絵を得意とした絵師です。当時人気を集めていた歌舞伎役者(図1)を華やかに描き、とりわけて役者の表情やしぐさを巧みに捉え、色彩豊かな衣装表現もあいまって、多くの人々を魅了しました。

(図1)三代目沢村宗十郎の大星由良之助 歌川国貞(三代豊国)筆 江戸時代・文久3年(1863) 田畑大藏氏寄贈
10月27日(火)~11月29日(日)本館20室にて展示予定

江戸の町人文化がいっそう成熟し、歌舞伎が庶民の娯楽として広く浸透した時代に、国貞は流行を取り入れ、当時のファッション(図2)や江戸の都市文化をとりあげました。

(図2)江戸名所百人美女 東本願寺 歌川国貞(三代豊国)筆 江戸時代・安政4年(1857)
(注)現在は展示されておりません

歌川国芳は、武者絵や戯画に優れた絵師として知られています。国芳の出世作である豪傑たちを描いた『通俗水滸伝豪傑百八人之一個(つうぞくすいこでんごうけつひゃくはちにんのひとり)』(図3)に代表される武者絵では、筋肉質で動きのある人物表現と大胆な構図によって、力強く迫力ある世界を描き出しています。

(図3)通俗水滸伝豪傑百八人之一人・花和尚魯智深初名魯達(かおしょうろちしんはじめろたつ) 歌川国芳筆 江戸時代・19世紀
(注)現在は展示されておりません

猫や妖怪を題材にしたユーモラスな作品(図4)も多く、庶民の遊び心を巧みに刺激したといえるでしょう。また、天保の改革(1841~43)によって、厳しい風俗統制がとられた時期には、当時の社会や政治を風刺したものと読み解かれてきた作品もあります。国芳は娯楽性だけでなく、時代への鋭い視点をもった絵師でもあったともいえます。

 (図4)金魚づくし 百ものがたり 歌川国芳筆 江戸時代・19世紀
(注)現在は展示されておりません
 
これに対して歌川広重は、風景画によって浮世絵における新しい境地を切り開きました。広重以前にも名所絵は描かれていましたが、広重はとりわけて気象の移ろいや旅情を繊細に表現し、風景版画を新たな領域へと高めたといえます。
代表作『東海道五十三次』は、江戸と京都を結ぶ東海道の宿場町を描いたシリーズです。江戸後期には日本の交通網が整備され、伊勢参りなど庶民の旅行が盛んになりました。そうした時代背景のなかで、人々は旅への憧れを抱くようになります。広重は単なる名所案内としてではなく、雨、雪、夕暮れなど気象の変化を巧みに取り入れ、旅先で感じる情緒や空気感を描きました。たとえば「庄野 白雨」(図5)では斜めに降りつける雨の中、坂道を駆け上る人と、下っていく人がすれ違います。雨そのものには形がありません。画面を斜めに横切る無数の直線と雨を避けようとする人々の姿によって、その激しさを表現しています。ここでの主役は、あくまで突然の雨にあった人々の体験を表現しているのだと思います。
(図5)東海道五拾三次 庄野 白雨 歌川広重筆 江戸時代・19世紀 内山晋氏寄贈
特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」にて10月25日(日)まで展示中

さらに『木曽海道六十九次』では、中山道の山間風景を題材とし、東海道とは異なる静けさや雄大な景観を描き出しています。険しい峠道や山村の景観には、人間と自然との深い関わりが感じられます。
晩年の代表作『名所江戸百景』では、その革新性がさらに発展します。橋や木、鳥などを画面いっぱいに大胆に配置し、その奥に遠景を描く構図は非常に斬新でした。「亀戸梅屋舗」(図6)や「大はしあたけの夕立」などでは、近景と遠景を劇的に組み合わせることで、見る者の目を画面の中へ引き込みます。また、四季や天候の変化を通して、江戸という大都市の魅力と生活感を叙情的に表現しているともいえます。

(図6)名所江戸百景 亀戸梅屋舗 歌川広重筆 江戸時代・安政4年(1857) 内山晋氏寄贈
特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」にて11月25日(水)~12月20日(日)展示予定
 
このように、国貞は都市文化の華やかさ、国芳は力強さと社会への批評的精神、そして広重は旅情と自然表現を特色としていました。なかでも広重は、名所絵に気象表現や感情表現、大胆な構図を取り入れることで、風景版画を新しい表現の世界へと高めたのです。
 
 

公式図録

本展の公式図録をミュージアムショップで販売しています。

特別展 内山晋コレクション受贈記念 「歌川広重 江戸のベストアングル」

監修:東京国立博物館
著者:松嶋雅人、村瀬可奈、土屋貴裕
発行:株式会社 東京美術
印刷・製本:株式会社 東京印書館
定価:5,940円(税込)

ミュージアムショップのウェブサイトに移動する
特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」公式図録表紙

 

カテゴリ:絵画、「歌川広重 江戸のベストアングル」

| 記事URL |

posted by 松嶋雅人(副館長) at 2026年10月16日 (金)

 

シリーズで楽しむ「東海道五拾三次」

 
この展覧会は、内山晋氏(1893~1980)旧蔵の浮世絵1,025点を受贈したことを記念して開催するものです。
内山氏は、歌川広重を中心とする質の高い浮世絵コレクションを築いた蒐集家です。出版物や展覧会を通してその魅力を広く紹介するなど、浮世絵の研究と普及に大きな足跡を残しました。受贈した作品はいずれも保存状態が良く、長年にわたり大切に保管されてきたことがうかがえます。
 
本展のみどころの一つは、この内山コレクションの魅力を存分にご堪能いただけるよう、会期を3期に分け、広重を代表する三大シリーズをそれぞれ全点公開することです。
会期と展示作品は、以下のとおりです。

1期 「東海道五拾三次」と江戸名所
9月29日(火)~10月25日(日)
 
2期 「木曽海道六拾九次」と諸国名所・花鳥画
10月27日(火)~11月23日(月・祝)
 
3期 「名所江戸百景」の世界
11月25日(水)~12月20日(日)
 
現在開催中の1期では、「東海道五拾三次」を中心にご紹介しています。
「東海道五拾三次」は、広重といえばまず思い浮かぶ有名なシリーズですが、意外と全図をまとめてみる機会は少ないものです。
そこで本展では、本館A室の会場全体を使い、まるで東海道を旅するように作品をめぐっていただきます。シリーズを通して見ていくと、さまざまな発見があります。
 
特別展 内山晋コレクション受贈記念「歌川広重 江戸のベストアングル」会場風景
 
なかでも注目したいのが、広重の巧みな構図感覚です。広重は遠近法を用い、視点の位置を自在に操りながら、見る人にまるでその場にいるかのような感覚にさせる画面をつくり出しています。そこに天候や時刻の移り変わりを重ねることで、土地の空気までも感じさせる風景を描き出しました。
 
旅の始まりは、早朝の「日本橋」から。開け放たれた木戸から大名行列が出立する、シリーズの幕開けにふさわしい、臨場感あふれる一枚です。
東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景 歌川広重 江戸時代・天保4~6年(1833~35)頃

つづいて、日が昇り始める「品川」へ。品川宿へと進む大名行列の最後尾が見えています。こうして並べてみると、日本橋から品川へ、広重が時間の経過まで描いていることが分かります。
   
東海道五拾三次之内 品川 日之出 歌川広重 江戸時代・天保4~6年(1833~35)頃
 
さらに進むと、東海道屈指の難所「箱根」が見えてきます。高い視点から箱根の山々を迫力いっぱいにとらえ、険しい山道を登る行列を小さく描き込んでいます。
東海道五拾三次之内 箱根 湖水図 歌川広重 江戸時代・天保4~6年(1833~35)頃
 
箱根を越えて現在の静岡県に入ると、「三島」に着きます。ここでは一転して、朝霧が立ち込めるなかを出発する旅人にぐっと近寄っています。このような大胆な視点の切り替えも、見る人を飽きさせない工夫でしょう。
東海道五拾三次之内 三島 朝霧 歌川広重 江戸時代・天保4~6年(1833~35)頃

また、作品をたどっていくと、当時の旅の険しさも伝わってきます。街道が整備されていたとはいえ、東海道には箱根越えのような難所がいくつもありました。その一つが、大井川の徒歩渡しです。
大名行列ともなると荷物も多く、無事に川を渡り終えるまで、どれほどの時間がかかったのでしょうか。裸の人足たちが荷物を担いで慎重に川を渡っていく様子を、空高くから見下ろすアングルでとらえています。
 
東海道五拾三次之内 嶋田 大井川駿岸 歌川広重 江戸時代・天保4~6年(1833~35)頃
 
ただ、描かれているのは厳しい旅の場面ばかりではありません。シリーズの随所には、旅人たちがひと息つく場面も織り込まれています。「浜松」では、旅人たちが焚火を囲み、暖を取っています。街道を画面と平行にとらえることで、旅の途中でふと立ち止まったかのような感覚にさせます。

東海道五拾三次之内 浜松 冬枯ノ図 歌川広重 江戸時代・天保4~6年(1833~35)頃

東海道の旅は陸路ばかりでなく、愛知県の「宮」から三重県の「桑名」へは、伊勢湾を船で渡ります。「桑名」には、桑名城を望む船着場に二艘の船が到着し、帆をおろす様子が描かれています。船頭は鉢巻を締め直し、船内では大勢の乗客が到着を待ちわびているようです。解放的な眺望と、日光を受けてきらめく海面が爽やかな一枚です。
東海道五拾三次之内 桑名 七里渡口 歌川広重 江戸時代・天保4~6年(1833~35)頃
 
そして終点、京都の三条大橋に到着です。
東海道五拾三次 大尾 京師 三條大橋 歌川広重 江戸時代・天保4~6年(1833~35)頃

ここで紹介した作品のほかにも、雪景色で知られる「蒲原(かんばら)」や激しい夕立を描いた「庄野(しょうの)」といったよく知られた名作が並びます。シリーズ全体を通してみることで、構図や視点、天候や時刻を次々と変化させながら、広重が見る人を飽きさせない工夫を凝らしていたことがわかります。
 
こうしてシリーズを一続きに並べる今回の展示は、刊行当時の鑑賞方法にも通じます。「東海道五拾三次」は全図が刊行された後、画帖仕立てで販売されたと考えられています。現在では一図ずつ鑑賞する機会のほうが多いかもしれませんが、当時の人びとはアルバムをめくるように作品をたどりながら、シリーズごと楽しんでいたようです。ちなみに、内山コレクションには、販売時に画帖を包んでいた貴重な「絵袋」が残されているのも必見です。
真景 東海道五十三駅 続画(東海道五拾三次 絵袋) 歌川広重 江戸時代・天保4~6年(1833~35)頃
 
ぜひ会場内で、広重が描き出した東海道の「ベストアングル」をお楽しみください。
 

公式図録

本展の公式図録をミュージアムショップで販売しています。

特別展 内山晋コレクション受贈記念 「歌川広重 江戸のベストアングル」

監修:東京国立博物館
著者:松嶋雅人、村瀬可奈、土屋貴裕
発行:株式会社 東京美術
印刷・製本:株式会社 東京印書館
定価:5,940円(税込)

ミュージアムショップのウェブサイトに移動する
特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」公式図録表紙

 

 

カテゴリ:絵画、「歌川広重 江戸のベストアングル」

| 記事URL |

posted by 村瀬 可奈(日本絵画) at 2026年10月06日 (火)

 

特集「創建400年記念 寛永寺」で味わう、上野の江戸文化(前編)

本館特別1室・特別2室では現在、特集「創建400年記念 寛永寺」を開催しています。
 
展示風景
展示風景
 
東京・上野の寛永寺は、天台宗の寺院です。寛永2年(1625)に、徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため創建されました。当館が所在する上野公園一帯は、かつては寛永寺の敷地でした。
本特集では、寛永寺とその付属の寺院(子院)に伝わる絵画や工芸品、仏像彫刻、当館所蔵の寛永寺ゆかりの作品、構内から出土した考古遺物などを通して、寛永寺の歴史や当館との関係性をご紹介しています。
 
寛永寺 根本中堂
寛永寺 根本中堂
 
本特集は6章構成で、特別1室は第1~3章、特別2室は第4~6章をご覧いただけます。
今回の前編では、特別1室の展示を見てみましょう。
 
(注)会場は撮影不可となっております
 
第1章「江戸の護り 上野の山」

寛永寺の正式名称は「東叡山寛永寺(とうえいざんかんえいじ)」。「東の比叡山」の名のとおり、京の都の鬼門(北東)を封じる役割もある天台宗の総本山、比叡山延暦寺にならい、江戸城の鬼門に位置する江戸の護りとして上野の山に建てられました。
この章では、江戸時代の地図より、寛永寺が上野の山に建立された地理的な背景をご紹介します。
 
第1章展示風景
第1章展示風景
 
東叡山之図
東叡山之図(とうえいざんのず) 
江戸時代・17~18世紀 東京国立博物館蔵
 
上野台地の麓(ふもと)にある不忍池は、比叡山と琵琶湖の関係になぞらえられ、かつての寛永寺敷地内の建物も延暦寺内の配置にならって建てられていました。
 
第2章「江戸仏教の先導者 慈眼大師天海」
 
寛永寺を建立した慈眼大師天海(じげんだいしてんかい)は、徳川家康・秀忠・家光と、三代にわたる徳川将軍の帰依(きえ)を受け、幕府の宗教政策や朝廷との関係において影響力を持ち、信長焼き討ちで疲弊した比叡山延暦寺の復興にも尽力するなど、当時の仏教界において先導的な存在でした。
 
この章では、天海の肖像画や、彼が復興した法会に関する書、寛永寺内における天海に対する信仰を伺える仏画など、天海を理解する手がかりとなる作品をご紹介します。
 
第2章展示風景
第2章展示風景 
 
慈眼大師像(模本)
慈眼大師像(模本)(じげんだいしぞう もほん)
森田亀太郎模 大正~昭和時代・20世紀 東京国立博物館蔵 原本:江戸時代・17 世紀 埼玉・喜多院蔵
 
第3章「近世高僧伝絵の白眉 両大師縁起絵巻」
 
当館の東隣には寛永寺開山堂(両大師)があります。ここには、寛永寺を創建した慈眼大師天海と、比叡山延暦寺の中興の祖といわれる第18代天台座主(天台宗を統括する最高位の僧職)慈恵大師良源(じえだいしりょうげん)の2人がまつられています。良源は正月三日が命日であることから「元三大師(がんざんだいし)」とも呼ばれています。
 
この章では、住吉具慶(すみよしぐけい)がこの2人の生涯を描いた「元三大師縁起絵巻」と「慈眼大師縁起絵巻」を展示しています。具慶は後に徳川幕府の御用絵師となりますが、その背景にはこの絵巻の制作の功があったと考えられます。2つの絵巻はあわせて両大師縁起絵巻と呼ばれており、緻密な細部描写や活き活きとした人物描写、発色の良い質の高い絵具を用いた華やかな画面がみどころです。
 
また、元三大師縁起絵巻はもともと6巻一組で制作されましたが、現存しているのは3巻分だけです。しかし、当館では全巻分の稿本(下絵)を所蔵しており、今回の展示では、失われた巻を稿本によってご覧いただきます。寛永寺の作品と当館の稿本を一緒に展示するのは初めての機会になりますので、是非ご覧ください。
 
元三大師縁起絵巻 巻第二
 
元三大師縁起絵巻 巻第二
元三大師縁起絵巻 巻第二(がんざんだいしえんぎえまき) 
住吉具慶筆 江戸時代・延宝 7年(1679) 東京・寛永寺蔵
展示期間:8月3日(日)まで。巻第五は8月5日(火)~31日(日)で展示
 
元三大師縁起絵巻稿本のうち巻第四
元三大師縁起絵巻稿本のうち巻第四(がんざんだいしえんぎえまきこうほん)
住吉具慶筆 江戸時代・延宝7年(1679) 東京国立博物館蔵
展示期間:8月3日(日)まで。巻第六、巻第七は8月5日(火)~31日(日)で展示
 
慈眼大師縁起絵巻 巻一
 
慈眼大師縁起絵巻 巻一
慈眼大師縁起絵巻 巻第一(じげんだいしえんぎえまき) 
住吉具慶筆 江戸時代・延宝7年(1679)  東京・寛永寺蔵
展示期間:8月3日(日)まで。巻第二、巻第三は8月5日(火)~31日(日)で展示
 
特別2室の様子は、後編ブログでご紹介します。
 
本特集は8月31日(日)まで開催しています。その期間、当館から寛永寺に一番近い西門から退出していただけるようにもしていますので、展示をご覧になったあと、寛永寺まで足を延ばしていただく際に、是非ご利用ください。
 
同時期に特別展「江戸☆大奥」も平成館特別展示室で開催しています。この夏は、本特集とあわせて上野で江戸文化をお楽しみください。
 
 

公式図録

本特集の公式図録をミュージアムショップで販売しています。作品のカラー図版やコラムのほか、江戸時代の寛永寺の地図上に現在の上野公園の主な施設を記載した「重ね地図」も掲載。上野ファン必携の一冊です。


特集「創建400年記念 寛永寺」

編集・発行:東京国立博物館
定価:1,210円(税込)
全36ページ(オールカラー)

ミュージアムショップのウェブサイトに移動する
特集「創建400年記念 寛永寺」公式図録表紙

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ、news、特集・特別公開、絵画

| 記事URL |

posted by 沖松健次郎(列品管理課長)、長谷川悠(出版企画室) at 2025年07月29日 (火)

 

43年ぶりの再会「婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘」

特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」は5月20日(火)より後期展示がはじまっています。

前期展示から大幅な展示替えを行ない、新たな装いで皆さまをお迎えしています。
 
さて、ここでは後期展示の目玉作品のひとつをご紹介します。
特別出品「婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘」です。
 
「婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘」 喜多川歌麿筆 寛政4~5年(1792~93)頃
 
美人画の名手、喜多川歌麿の代表作として、教科書や切手で目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。
ポッピンというビードロ(ガラス)細工のおもちゃで遊ぶ若い町娘が、ふいに声をかけられたのか、勢いよく身体を振り向けた瞬間が描かれています。
版元・蔦屋重三郎のプロデュースにより寛政4~5年(1792~93)頃に制作され、歌麿が一躍人気絵師となるきっかけともなった重要な作品です。
 
実はこの作品、当初の展示予定には入っていませんでした。
現在の所蔵者のご厚意により情報提供いただき、急遽、後期展示から特別出品できる運びとなったのです。
 
展覧会を準備していると、思いがけないところから作品や資料の情報が寄せられ、研究が進むことがある…などと言われることがありますが、今回はまさにそれを体感した出来事でした。
 
では、この作品の注目ポイントを3つご紹介しましょう。
 
(1)タイトルに注目!世界的にも稀少な一枚
 
「あれ、この作品、前期にも展示されていたのでは?」とお気づきの方もいらっしゃるかもしれません。
たしかに前期にも「ポッピンを吹く娘」が展示されていましたが、それはこちらの作品です。
 
 
「婦女人相十品 ポッピンを吹く娘」 喜多川歌麿筆 寛政4~5年(1792~93)頃 東京国立博物館蔵
(注)現在は展示されておりません 
 
右上のタイトルにご注目いただくと、こちらには「婦女人相十品」とあります。
 
実は、このシリーズには不思議な出版の経緯があり、タイトルの意味からして本来は10人の女性の姿を描いた10図揃を目指していたと考えられています。
しかし、「婦人相学十躰」という名称で「浮気之相」「面白キ相」「団扇を持つ娘」「指折り数える女」「ポッピンを吹く娘」の5図が出版された段階で、何らかの事情により、シリーズ名が「婦女人相十品」へと変更されたとみなされています。
 
 
「婦人相学十躰 面白キ相」 喜多川歌麿筆 寛政4~5年(1792~93)頃 東京国立博物館蔵
 
そして、「婦女人相十品」として4図(「ポッピンを吹く娘」「文読む女」「煙草の煙を吹く女」「日傘をさす娘」)が刊行された時点で制作が中断されたようです。
 
つまり、「ポッピンを吹く娘」は、両方のシリーズ名で出版されたことが確認されている非常に珍しい作品なのです。
 
浮世絵は版画のため、制作当時には何百枚、何千枚と摺られたものもありますが、現代にまで残っているのはごく一部です。
なかでも、「婦人相学十躰」のタイトルをもつ「ポッピンを吹く娘」は、世界的にもきわめて稀で、今回出品されたものが確認されるまでは、ホノルル美術館が所蔵する1点のみが知られていました。
一方、「婦女人相十品」は、東京国立博物館やメトロポリタン美術館などに所蔵されていますが、それでも確認されているのは数点程度に過ぎません。
 
つまり本展は、前期で「婦女人相十品」、後期で「婦人相学十躰」の「ポッピンを吹く娘」がご覧いただける、またとない貴重な機会となりました。
 
(2)色彩の美しさに注目
 
浮世絵版画に使われている色材は光にとても弱く、現在に伝わる過程でどうしても退色は免れません。
しかし本作品は、当時の色彩がしっかりと残っている点が見どころです。
とくに、女性の着物や髷に使われている紫色などは非常に美しく、鮮やかに残っています。
おそらく代々、大切に保管され、日光などに当たらないよう丁寧に扱われてきたのでしょう。
200年以上前の制作当時、蔦重と歌麿が力を合わせて作り上げた当時の色彩を、今に伝えてくれる一枚です。
 
(3)約43年ぶりに確認された作品
 
作品の裏面にある印から、本作品がエルンスト・ル・ヴェールの旧蔵品であることがわかりました。
エルンスト・ル・ヴェールは、1895年にパリのセーヌ通りに画廊を開いた人物で、当時ヨーロッパで広がったジャポニスムの影響のもと、浮世絵を愛好していました。
明治時代には何度か日本を訪れたとされ、数百枚にのぼる浮世絵を収集したと伝えられています。
今回、本作が再び確認されたのは、1981年に展示されて以来、およそ43年ぶりのことです。
 
どうぞこの貴重な機会に、「ポッピンを吹く娘」の魅力をじっくりとお楽しみください。
特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」は2025年6月15日(日)まで開催しております。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ、絵画、「蔦屋重三郎」

| 記事URL |

posted by 村瀬 可奈(日本絵画) at 2025年05月29日 (木)

 

特別展「蔦屋重三郎」10万人達成!

平成館特別展示室で開催中の、特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」(6月15日(日)まで)は、来場者10万人を達成しました。

これを記念し、東京都からお越しの須貝さんご夫婦に、当館館長藤原誠より記念品と図録を贈呈いたしました。

 

記念品贈呈の様子。須貝さんご夫妻(左)と藤原館長(右)

 

お二人とも大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(NHK)を毎週ご覧になっていて、上野公園のポスターを見て本展覧会を知り、ご来館いただいたとのことです。

また、特別展をきっかけに初めて東博にお越しくださったとのことで、あわせて東博コレクション展も楽しんでいただけたようです。

江戸の街の様相とともに、蔦重こと蔦屋重三郎の出版活動を約250作品を通して紹介する本展。今週からは後期展示もはじまりました。
後期展示では、蔦重がプロデュースした喜多川歌麿作品の中でも、大変貴重な初期のシリーズ作品「婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘」が特別公開されています。
この機会をどうぞお見逃しなく!

 

カテゴリ:news、絵画、「蔦屋重三郎」

| 記事URL |

posted by 田中 未来(広報室) at 2025年05月23日 (金)

 

1 2 3 4 5 6 7 次 最後