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展示室で歩く聖地・春日野

いま、本館の特別2室で「春日権現験記絵模本 I―美しき春日野の風景―」(2014年8月31日(日)まで)と題する特集の展示を行なっています。
春日権現験記絵とは、奈良市に鎮座する春日大社に祀られる神々の利益と霊験を描く絵巻で、三の丸尚蔵館が所蔵しています。全20巻から成るこの絵巻は、鎌倉時代の後期、時の左大臣西園寺公衡の発願により、高階隆兼という宮廷絵所の絵師が描いたもので、多くの絵巻作品の中でも最高峰の一つに数えられています。

この絵巻、永らく春日大社に秘蔵されてきたのですが、江戸時代の終わりに民間に流出してしまったようなのです。関係者の努力により絵巻は回収されましたが、こうした貴重な絵巻が紛失した時にそなえ、模本を作ろうという動きが出てきました。その命を下したのが紀州(和歌山)藩主徳川治宝(とくがわはるとみ)。治宝は幕末において様々な文化的な営みを主導した、まさに「文人お殿様」。この絵巻の模本を作ることで、いにしえの有職故実の研究にも役立てようとしていたようです。林康足、原在明、浮田一蕙、冷泉為恭、岩瀬広隆といった復古やまと絵師たちによって写されました。
模写にあたっては「復元模写」という、絵の具や絹などが剝落した箇所を復元し、彩色などをする方法がとられました。発色の良い絵の具が眼に栄えます。今回この特集で展示しているのは、この時写された模本です。模本といって侮ってはいけません。原本制作当初はこうした発色だったとも思われます。


春日権現験記絵模本 巻第19
春日権現験記絵模本 巻第19(部分) 冷泉為恭他模 江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵
この雪山の表現は原本でも模本でも、全場面中白眉の表現。


さて、今回の特集は「美しき春日野の風景」をテーマに、験記絵模本の中から、春日野を描く場面を選りすぐって展示しました。
春日社は藤原氏の氏神として多くの崇敬を受け、人びとは春日社の朱塗りの美しい鳥居や社殿を前に祈りを捧げてきました。ただ、春日の神々への祈りは社殿など目に見えるものではなく、目に見えぬ神々、そして神々の鎮座する春日野という「場」へ捧げられたものでした。春日野そのものが聖なる祈りの対象であるという認識です。こうした考えから、「春日宮曼荼羅」など、春日野の景観を一望にする作品が多く制作されました。


春日宮曼荼羅
春日宮曼荼羅図 鎌倉時代・13世紀(8月11日(月)で展示終了)
こうした聖地春日野の景観をふんだんに描き、その聖性を絵巻に込めたのが春日権現験記絵でした。


展示している各場面の詳細な説明は出来ませんので、一場面を取りあげます。
この絵巻の最終巻であり最後の絵である巻第20です。


春日権現験記絵模本 巻第20
春日権現験記絵模本 巻第20(部分) 冷泉為恭他模  江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵

春日の二の鳥居から本殿へ至る参道が長大な画面に描かれています。春日社を主題とするこの絵巻の中でも、これほど長く春日野を描いた箇所はありません。まさにこの絵巻のハイライトと呼べるシーンです(一方、物語の内容は春日の怪異をめぐるお話。詳細は会場で)。

展示室は多くの「美しき春日野の風景」であふれています。ぜひともお運び頂き、その清澄で美しい春日野の景観に思いを馳せて頂ければと思います。
最後に、展示室の作品には、どこにもかしこにも多くの鹿が描かれています。愛らしい鹿たちを探すのも、この特集の楽しみ方の一つです。


春日権現験記絵模本 巻第12
春日権現験記絵模本 巻第12(部分)  冷泉為恭他模  江戸時代・19世紀  東京国立博物館蔵(8月12日(火)から展示)
鹿に囲まれる牛車。これには深い訳があります。答えは会場の解説に。ぜひお越しください。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 土屋貴裕(平常展調整室研究員) at 2014年08月12日 (火)