「翠玉白菜」への道
特別展「台北 國立故宮博物院ー神品至宝ー」の目玉のひとつ「翠玉白菜」(以下、白菜)は7月7日(月)で展示を終了しました。現在、白菜は展示されていませんが、作品をさらにじっくりとご鑑賞いただけるようになった今こそ、実は白菜の魅力をより深く知っていただくチャンスなのです。
中国で愛されつづけた玉の「ツヤ」
白菜の最大の魅力のひとつは、なんといっても「色」です。翡翠(ひすい)という石の緑の部分と白の部分を巧みに彫り分けて、一切着色することなく、白菜を本物そっくりに表現しています。
翠玉白菜(すいぎょくはくさい) 翡翠 清時代・18-19世紀 國立故宮博物院蔵 ※展示は終了いたしました
中国では、古来、「玉(ぎょく)」という美しい石をさまざまな形に彫り上げる工芸が発達しました。玉器工芸でいちばん重要だったのは、白菜のような「色」ではなく、「ツヤ」でした。
会場の前半部分に展示した玉器は、おもに宋時代(960-1279)のもの。これらの作品は、玉器の「ツヤ」が本来どのようなものであったのかをよく示しています。
鳳柄玉洗(ほうへいぎょくせん) 軟玉 南宋-元時代・12-14世紀 國立故宮博物院蔵
展示台の下に鏡を仕込んで底裏を見せています。
同 鏡に映った底部
鉱石でありながら、水気を含んでいるかのような温和な光沢。ゼラチンにも似た柔らかい透明感。光を当てるとわかるこの「ツヤ」こそ、中国の人々が愛しつづけた玉器の「生命」ともいえる質感だったのです。
龍文玉盤(りゅうもんぎょくばん) 軟玉 北宋または遼時代・10-11世紀 國立故宮博物院蔵
同 部分
中国での玉の愛好は約8千年前の新石器時代にまで遡ります。会場の後半部分では、新石器時代のものを含む太古の玉器もご覧いただけます。
会場後半にある玉器の展示
黄緑・緑・白など色はそれぞれ異なっていて、しかも、単色のものばかりですが、どの玉器も例の「ツヤ」をたたえています。
「ツヤ」から「色」へ
それでは、色よりツヤのほうが重要だった玉器に、どうして翠玉白菜のようなツートンカラーのものが出てくるのでしょうか。
今日、中国で玉と呼ばれる石材は、大きくふたつのグループに分けることができます。ひとつは「軟玉」。もうひとつは「硬玉」で、白菜の石材・翡翠も硬玉です。中国でもともと採れたのは軟玉で、潤いをたたえたあの神秘的なツヤに特徴があります。ところが、18世紀に清朝の版図が拡大すると、新しい玉材が中国にもたらされるようになりました。硬玉(翡翠)は、今日のミャンマーから運ばれてきました。鮮やかな色彩や、時おり複数の色をそなえた翡翠は、中国の人々をまたたく間に魅了しました。
おわりに 「翠玉白菜」への道
翠玉白菜の誕生には、中国における約8千年もの玉器愛好の歴史、そして250年前に起きたある変化が関わっていました。それは玉器に「ツヤ」ではなく、「色」を求めるという価値観の一大変革でした。
「神品至宝」展の会場では、新石器時代の玉器から翠玉白菜に代表される清代の玉器までの道のりを辿ることができます。白菜をご覧になった方もそうでない方も、玉器本来の神髄である柔和な光沢をその目でぜひお確かめください。白菜のはるかなる淵源に思いをめぐらせていただければ、あの緑と白の色彩が心の中でいっそう鮮明に映えることでしょう。
おまけ
それでも白菜が恋しいという方は、会場の最後に展示した「人と熊」にご注目ください。
人と熊 軟玉 清時代・18-19世紀 國立故宮博物院蔵
玉材の白い部分を人物、黒い部分を熊に彫り分けています。玉材がもつ天然の「色」を造形に活かした技法は翠玉白菜とまったく同じ。突き出たお尻と表情は愛らしく、見るものの心を癒します。
同 (別角度)
故宮での人気も上昇中で、白菜や肉形石につづく「次世代アイドル」として注目を集めています。
さらに、東洋館5階「清時代の工芸」に展示した「瑪瑙石榴(めのうざくろ)」もまた翠玉白菜と同じ技法によるものです。
瑪瑙石榴 瑪瑙 清時代・18-19世紀 東京国立博物館蔵
石榴の割れ口からのぞいた赤い果肉の一粒一粒まで本物そっくり。その迫真ぶりは決して白菜に引けを取りません。「故宮に白菜あれば、トーハクに石榴あり!」特別展のチケットで、東洋館を含む総合文化展も自由にご観覧いただけます。いまのうちにぜひトーハクの「次世代アイドル」(?)もチェックしてみてはいかがでしょうか。
カテゴリ:研究員のイチオシ、2014年度の特別展
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posted by 川村佳男(平常展調整室主任研究員) at 2014年07月28日 (月)