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断簡―掛軸になった絵巻―(1)再会する絵巻

7月17日(水)から本館2階特別1室で開催している特集陳列「断簡―掛軸になった絵巻―」(8月25日(日)まで)。この陳列では、当館所蔵品を中心とした物語絵巻の断簡を5つのテーマからご紹介しています。

そもそも「断簡」とは、もとは巻子装だった絵巻などを掛軸に仕立て直した作品のこと。絵巻は物語を記した詞書とともに制作されますが、断簡となることによって詞書と分かれてしまい、何を描いているのか分からなくなってしまった作品も少なくありません。

例えば今回展示している男衾三郎絵巻断簡。
男衾三郎絵巻断簡
男衾三郎絵巻断簡 鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館蔵

愛らしいこの小さな断簡は、もともと「千代能姫之画」という名称で伝来しました。千代能姫は鎌倉時代の御家人安達義景の娘で、夫である北条実時の死後に出家。谷間で水を汲んでいた際、悟りを開いたとされる人物です。千代能姫が水を汲んだのは谷間のはずなのに、この断簡では女性二人が井戸で水を汲んでおり、千代能姫の説話内容とは若干異なります。
そこで細部によく目を凝らしてみると、井戸の左手、秋草にすだく虫が描かれていることに気付きます。


男衾三郎絵巻断簡に描かれた虫(右は拡大)

中世の多くの絵巻の中で、このように虫を描く作品はそう多くありません。そんな虫を描く数少ない作品の一つ、男衾三郎絵巻に描かれた虫と見比べてみると、 実によく似ていることが分かります。そんな観点で改めて二つの作品を見比べてみると、草の描き方、女性の表現などもそっくり(この点は会場でぜひ お確かめ下さい。井戸のわきには小さなカニも描かれています。こちらもご注目)。


男衾三郎絵巻に描かれた虫(右は拡大)


いっぽう、男衾三郎絵巻の第六段と第七段の詞書は連続し、第六段の絵が失われています。この第六段では、慈悲という姫君が父の死後、叔父の男衾三郎の家に引き取られた後、女性の美の象徴とされる長い髪を切られ、「馬の麻衣」を着せられ、日夜井戸で厩の水を汲まされたと記されています。短い髪、粗末な衣をまとう姫君の姿は、まさにこの内容に合致します。
あわせて、男衾三郎絵巻(模本)には、「原本には見えないが、別の模本にあるのでここに挿入する」と注記された厩の図があり、慈悲が厩の水汲みをしたという内容にも一致することから、この第六段を描くものであったと考えられます。

男衾三郎絵巻断簡(部分) 男衾三郎絵巻(模本)
(左) 男衾三郎絵巻断簡(部分) 髪を切られ、「馬の麻衣」を着す慈悲
(右) 男衾三郎絵巻(模本) 狩野晴川院〈養信〉ほか模  江戸時代・文化13年(1816) 東京国立博物館蔵


つまり、失われたはずの男衾三郎絵巻第六段の絵は、断簡と模本によって往時の姿を復元することができるというわけです。


男衾三郎絵巻 第六段の詞書に相当する模本と断簡

ちなみにこの断簡は、絵巻の模写などで知られる田中親美の旧蔵で、いまからおよそ60年前、田村悦子という研究者によって男衾三郎絵巻の断簡であることが明らかにされました。
男衾三郎絵巻のうち、第六段の絵が分かれてしまった理由は分かりません。しかしながら、往古の絵巻作品を愛で、断片となりながらも断簡として伝えようとした先人たちの想いがあったからこそ、分かれてしまった絵巻と断簡はいま、私たちの前で再会を果すことができたのです。

特集陳列「断簡―掛軸になった絵巻―」には、このような絵巻の伝来をめぐる様々なドラマが盛りだくさん。この陳列にあわせ、本館3室仏教の美術では華厳五十五所絵や過去現在絵因果経、同宮廷の美術では鳥獣人物戯画や馬医草紙など、絵巻断簡を多く展示しています。あわせてご覧下さい。

カテゴリ:研究員のイチオシ

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posted by 土屋貴裕(平常展調整室研究員) at 2013年07月20日 (土)