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1089ブログ

博物館で蓮を観る

絵画史の勉強をしていた大学院生の頃、「どこにどんな研究のヒントやきっかけが落ちているかわからない」と思い、いろいろな展覧会を見て歩き、行ったからには一通りの展示品を見ることにしていました。
お経の本文はさすがに読みませんが(『大正新修大蔵経(たいしょうしんしゅうだいぞうきょう)』に活字化されているので)、奥書を読んでみたり、くずし字の古文書を読んでみたり、展覧会で随分と勉強しました。
当時工芸品には然程(さほど)興味がなかったのですが、ある時密教法具の金剛鈴(こんごうれい)を眺めていて、把(つか)と呼ばれる持ち手の部分に蓮の装飾が施されていることに気付きました。
「意外と細かいところまで凝った細工がしてあるのだな」と思い、それからは大して時間をかけて見ていなかった工芸品も隅々まで見るようにしました。

その甲斐あってか(?)、工芸品の担当で奈良国立博物館に採用され、東京国立博物館でも金工品を中心に展示や調査研究、教育普及を行っています。
 
そんなことがきっかけだったので、賢明な皆様は既にお気付きなのだと思いますが、「どこを見たらいいのかわからない」「そもそも何だかわからない」という方にも仏教工芸の魅力を知っていただきたく、今回、特集「仏教の花―蓮と宝相華(ほうそうげ)―」(本館4室、8月30日(日)まで)という展示を企画しました(図1)。
 
(図1)「特集 仏教の花―蓮と宝相華―」の展示風景
 
仏教が生まれたインド以来、時空を超えて仏教美術とともに歩みを進めてきた蓮の造形を、日本の工芸品の中に探してみましょう。

まずはこちら、蓮の花を斜め上から見た様子をそのままかたどっています(図2)。
 
(図2)金銅蓮華形磬(こんどうれんげかたけい)
鎌倉時代・13世紀
 
磬(けい)という仏具で、法要の合間に合図のために撥(ばち)で打って鳴らす道具です。
ちょうど真ん中の花托(かたく)の部分(仏教美術では蓮肉といいます)を叩くのでしょうか。通常は磬架(けいか)と呼ばれる架台に掛けられますが、掛け紐を通すための孔(あな)が、飛び出した蓮の蕾(つぼみ)(蓮蕾)のところに開けられています。蓮でまとめたお洒落な意匠です。
 
同じく蓮でまとめたコーディネートはこちら(図3)。
 
(図3)銅蓮華形柄香炉(どうれんげがたえごうろ)
鎌倉時代・13世紀 香取秀治郎氏寄贈
 
柄香炉(えごうろ)という仏具で、法要の際に僧侶(そうりょ)が手に執って焼香するための道具です。
手に持ちやすいように長い柄が付いているのですね。よく見ると香を焼(く)べる火炉は蓮の花(蓮華)、柄は蓮の茎(蓮茎)、火炉の脇には蓮の葉(荷葉)があしらわれています。日本では鎌倉時代以降に見られる形式で、類品から、かつては蓮肉(れんにく)をあしらった蓋が付いていたと考えられます。香は灯火、花とともに仏を供養するのに最上とされましたので、一石二鳥を狙ったのかもしれません。
 
そして私が仏教工芸に興味を持つきっかけとなった金剛鈴がこちら(図4)。
 
(図4)金銅五鈷鈴(こんどうごこれい)
平安時代・12世紀
 
先が五叉(ごまた)に分かれた五鈷鈴(ごこれい)というタイプの鈴で、祈祷の際に振り鳴らして仏を呼び覚まし、歓喜させる役割の道具とされます。
その持ち手には蓮弁飾りと呼ばれる蓮の花弁を紐で束ねたかたちの装飾が施され、よく見ると花弁の先には雌蘂(めしべ)(蓮蘂)が表されています(図5)。
 
(図5)金銅五鈷鈴の部分図
 
仏を花で供養するために、仏教と深く関わる蓮が採り入れられたのでしょう。仏教美術では「荘厳(しょうごん)」ということばが使われますが、隅々まで飾り立てることで仏を敬い、供養するのです。
 
金剛鈴の持ち手を挟んで鈴とは反対側、鋭く尖った鈷と呼ばれる部位を両端に備えたのが金剛杵(こんごうしょ)です。
人間の煩悩(ぼんのう)を打ち砕き、邪悪な存在を阻む役割の道具で、古代インドの武器を原形にしています。どうりで厳(いか)めしいかたちをしています。こちらも金剛鈴と同じように、中央の持ち手のところに蓮弁が飾られています(図6・7)。
 
(図6)金銅五鈷杵(こんどうごこしょ)
平安時代・12世紀
 
(図7)金銅五鈷杵の部分図
 
密教の法具では、ほかにも羯磨(かつま)や輪宝(りんぽう)、六器(ろっき)など多くの品に蓮の意匠が採り入れられています。
六器は器の側面に蓮弁が見えますが(図8)、台も上から見た八弁(八葉)の蓮華形なのですね(図9)。
 
(図8)金銅六器(こんどうろっき)
鎌倉時代・13世紀
 
(図9)金銅六器の台
 
器の底裏に付く高台(こうだい)を受ける立ち上がりには蓮蘂(れんずい)を表す刻みが施されていて、細部まで凝っています。本物に似せようという職人の心意気、あるいは仏のために、人の目が届きにくいところをも飾り立てようとする「荘厳」の意識が発露しているのでしょう。
 
羯磨(図10)や輪宝(図11)は、会場に拡大写真を置いたりしていますので、是非ご自身で探してみて下さい。
ヒントは、真ん中、それから両方とも金剛杵と共通するかたちの部分があるということです。
 
(図10)金銅羯磨(こんどうかつま)
鎌倉時代・13世紀
 
(図11)金銅輪宝(こんどうりんぽう)
鎌倉時代・13世紀
 
会場には、金色や黒っぽいもののほかにも、赤い紅蓮華(ぐれんげ)をかたどった品もあります。
華籠(けこ)という、法要の際に場を清めるために撒(ま)く花(大抵は紙製の蓮弁)を入れる浅い容器です(図12)。
 
(図12)紙胎漆塗彩絵華籠(したいうるしぬりさいえけこ)
鎌倉時代・13世紀
 
こちらは八弁(八葉)の蓮華を表しており、蓮肉や蓮蘂も、実物のように表されています。
しかしながらよく見ると、花弁の間に金剛杵の一種である三鈷杵(さんこしょ)がのぞいているのがわかります。ただごとではない感じですね。
これは、密教の説く世界を絵に表した両界曼荼羅(りょうかいまんだら)のうち、胎蔵界(たいぞうかい)曼荼羅の中心にある中台八葉院(ちゅうだいはちよういん)(図13)を模したものであると考えられます。蓮弁の上に密教の中心的な八尊の仏を表した胎蔵界曼荼羅の中心部ですが、そのかたちを借りたのですね。
ほかにもまだ気付いていない、こうした秘密が隠されているかもしれません。
 
(図13)両界曼荼羅(りょうかいまんだら)のうち胎蔵界・中台八葉院(たいぞうかい ちゅうだいはちよういん)
鎌倉時代・14世紀
(注)現在は展示していません。
 
広い館内、時間も限られていますが、少し立ち止まって、目を凝らして見てみると、何か新しい気づきや発見があるかもしれません。
本特集は小さな展示ですが、国宝5件、重要文化財7件と選りすぐった構成ですので、お盆も近いことですし、涼みがてらご観覧いただければ幸いです。
 
ところで、この展示では蓮と仏教の繋がりをテーマにしていますが、何と蓮の意味はそれだけではないのですね。東洋館4階8室「中国の絵画」では「蓮―文人のこころ」という展示を行っています(7月26日(日)まで)。蓮は仏教を象徴する花であるだけではなく、東アジアでは清廉な君子(くんし)(理想の人物)の象徴でもあるのですね。
 
展示室で蓮の様々な側面にふれた後は、是非庭園の池の蓮(図14)も眺めてみて下さい。
 
(図14)本館北側庭園の池の蓮
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 清水健(東博コレクション展チーム主任研究員) at 2026年07月14日 (火)

 

とある狸の栄枯盛衰ものがたり チェスター・ビーティーの物語絵 傑作選

特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」(会期:7月20日(月・祝)まで)も、後期展示では狩野山の「長恨歌絵巻」は巻下に、伝岩佐又兵衛筆の「村松物語絵巻」は後半部に場面替えとなりました。


長恨歌絵巻 巻下(部分)展示風景 狩野山雪筆 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー



村松物語絵巻(部分)展示風景 伝岩佐又兵衛筆 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵

チェスター・ビーティー卿がコレクションを形成したのは20世紀初頭のこと。この頃の日本は、江戸時代までの大名家などが多くのコレクションを手放し、今では国宝や重要文化財になってもおかしくない名品の数々が海を渡りました。ただ、この頃も16-17世紀の物語絵を積極的に収集するコレクターは少なく、ビーティーが多くの日本美術の中でもこの分野に目を付けたのはまさに慧眼だったと言えます。現在、日本の物語絵のコレクションでは、チェスター・ビーティーはヨーロッパ随一と言っていいでしょう。
 
チェスター・ビーティー卿 Images courtesy of the Trustees of the Chester Beatty Library, Dublin

今回、25点の作品をお借りして展覧会を開催することになりましたが、どれもこれもおもしろい作品ばかり。ここで全点を紹介したいところですが、そうもいきませんので、何回か本展のお話をさせていただく中で最も「ウケ」のよかった「十二類合戦絵巻」をご紹介したいと思います。
本展ではクライマックスの巻下を展示していますが、巻上、巻中のあらすじは以下のような感じです。ある時、十二支が歌合(うたあわせ)をすることになり鹿に判者を依頼します。評判も良かったのでもう一度鹿に依頼しますが、鹿は辞退。そこで狸が登場し、自分がやりますと申し出ますが、十二支から散々な目にあいます(以下、狸寄りの目線でストーリーを紹介していきます)。
 
 
ひどい仕打ちです。これでは十二支も恨まれて仕方ありません
十二類合戦絵巻 巻上(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。

怒ったは、十二支に入れてもらえない動物たち語らって、ひと戦しようと持ち掛けます。
 
 
狸軍評定(ひょうじょう)の様子。狐、熊、猫、鷲などが集結。その眼には、日頃から動物界でスポットライトのあたる十二支への怒りが見えます。画中に書かれたセリフでも、かなり辛らつに十二支を批判しています。
十二類合戦絵巻 巻上(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。
 
狸軍は十二支軍に奇襲をかけるなど、当初善戦しますが、愛宕山(あたごやま)の城に立てこもり、十二支軍を迎え撃つことになりました。その戦口上で興味深いのが、鼠と猫が言い合いをしているところです。
画面の上部、左から3番目にいるのが鼠です
 
猫はどちらかと言うと虎に見えます
いずれも十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)本場面は現在展示中です(7月20日まで)
 
実はこの「十二類合戦絵巻」、室町時代に第一弾が作られ、本作はそれに基づき描かれたものです。室町時代のバージョンでは、犬と猫の言い合いになっています。やはり猫の相手としては鼠が相応しいと、ストーリーを若干改変したのでしょう。その後、狸軍の城の背後から、龍が空から奇襲をかけ、狸軍はあっさり敗北します。
 

龍のこの攻撃は反則ですね

十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)本場面は現在展示中です(7月20日まで)
 
悔しい狸は鬼の姿に化け、十二支たちを脅かそうとするのですが、通りがかりの野良犬にすら正体を見破られる様です。
 
水鏡に映った鬼の姿を見て満足気な狸ですが、すぐに犬に吠えかけられます
十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵 
(注)こちらの場面は展示されておりません。

これ以上無茶をしても仕方ないと思った狸は妻子を捨て、出家するというお話です。
 
妻子を捨てるというイメージは、実は古い物語絵にネタ元があります
十二類合戦絵巻 巻下(部分) 
江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。
 

お坊さんに頭を剃ってもらう狸
十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。
 
踊念仏する狸。腹鼓で拍子をとっているようです。頭頂部のみ剃髪しています
十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。
 
いっぱしの修行者になった狸。「ドヤ顔」ですね
十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。
 
人間を主人公とした物語絵でも主題となる、歌合、合戦、出家など、様々な要素を盛り込んでこれを動物に置き換えた、まさにファンタジーあふれる作品です。「真面目にふざける」面白さというものが満ち満ちています。こうした昔の絵巻は話がよく分からない、難しいと敬遠されがちですが、この面白さは制作から400年近くたった現代の私たちにも共感されるものです。
このように楽しく、面白い物語絵がこの展覧会では会場にあふれています。日本では、1988年にチェスター・ビーティー・コレクションの展覧会が開かれて実に38年ぶりの大規模な展覧会です。残り少ない会期ですが、どうぞこの貴重な機会に、日本の豊かな物語絵の世界をご堪能ください。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特別企画

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posted by 土屋 貴裕(美術部門絵画班) at 2026年07月09日 (木)

 

海を越えてこんにちは——アイルランドのチェスター・ビーティーを訪ねて

特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」(会期:7月20日(月・祝)まで)に連日多くの方がお越しになり、展覧会に携わった者として嬉しい限りです。いよいよ閉幕まであと3週間を切りました。まだ見ていないよという方、どうぞお見逃しのありませんように!

さて、突然ですがみなさんはアイルランドを訪れたことはありますか?北西ヨーロッパのアイルランド島に位置する国、アイルランド。普段の生活ではあまり馴染みのない国かもしれません。かくいう私も本展準備の一環で初めて訪問しました。今回はその時のことを少しお話ししたいと思います。

今年の2月初旬、長い空の旅の果てにダブリン空港に降り立ちました(途中フランクフルト空港でのトランジットも含めて20時間ほどでした)。空港からはバスに乗って市内へ。チェスター・ビーティーは、街の中心に建つダブリン城内にあります。館内は1階にカフェとミュージアムショップ、2階と3階に展示室があります。チェスター・ビーティーでは館内の3Dマップも公開しているので、気になる人はこちら(3D Virtual Tours - Chester Beatty)から訪ねてみてください。

訪問の際に撮影したチェスター・ビーティーの外観。
 
心ときめきながらチェスター・ビーティー卿が収集したコレクションの数々を拝見する中で、私が気になったのが巻子(かんす)の展示具でした。巻子は巻いた状態で保管しているため、広げると巻き戻ろうという力が働きます。そこで展示の際、当館では卦算(けさん)という透明の平べったい重しを載せます。文鎮のようなものといえばいいでしょうか。翻って、チェスター・ビーティーでは、巻子の径を包むような丸い爪がついたアクリルの展示具(説明がなかなか難しい)を使用していました。

巻子を固定するための展示具です。上下にパーツが分かれていました。
 
保存のご担当の方からは、「これは展示具がちょっと目立ってしまうので、新しい展示方法を考えている」と伺いました。国が違えば展示方法も考え方も違いますね。現場の方のお話を聞きながら、大変勉強になりました。
 
余談ですが、チェスター・ビーティーを訪問した当日、ご案内いただいた学芸員の方より「よかったらティータイムに参加しませんか?」とお誘いがありました。内心(?)と思いながら「ぜひ」とお返事すると、1階カフェの一番端のテーブルに案内されました。そこにはすでに職員の方が3~4人ほど、ご自身のマグカップを片手におしゃべりに花を咲かせており、私たちが近づくと「ようこそ~」と笑顔で迎えてくださりました。皆さんざっくばらんに思い思いのことをしゃべってから席を立つ、という感じで、その日は入れ代わり立ち代わり10人ほど参加されたでしょうか。それがあまりにも自然で、これが本場のティータイムか!と感動しました。聞くところによると毎日開いているそうで、職場でのコミュニケーションに役立っているとのこと。
 
話を展覧会の準備に戻しましょう。今回の訪問では作品の状態確認と採寸もおこないました。例えば、「村松物語絵巻」は前後期で場面替えとなる作品です(現在は後半の場面が出ています!)。実際に採寸すると、前期の展示場面より後期が1メートルほど長くなることがわかりました。

チェスター・ビーティーの閲覧室で「村松物語絵巻」調査をさせていただきました。
 
「村松物語絵巻」を展示する台には別の作品も並ぶため、他の作品や壁打ちのパネルを動かすことなく、最小限の変更で展示替えができないか、と前後期の変化を見越して配置する必要がありました。展示替え当日はドキドキしながら迎えましたが、計算のとおり大きな変更なく展示ができてほっとしました。

前期の本館2階E室。
 
後期の本館2階E室。
 
まだまだ話したいことがあるのですが、尽きないのでこのあたりで終えたいと思います。訪問に際しまして、チェスター・ビーティーの皆様から始終あたたかい歓迎とご協力をいただいたこと、改めて深く感謝しております。本展を機にチェスター・ビーティーと当館は包括連携に関する協定(MOU)も締結しましたので、このご縁を大切に、今後両館の交流をますます深めてゆければと思います。
 

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posted by 野中 愛理(日本絵画) at 2026年07月02日 (木)

 

特別企画「ビフォー縄文 旧石器時代発見80周年」開幕!

6月16日(火)より平成館企画展示室にて、特別企画「ビフォー縄文 旧石器時代発見80周年」がはじまりました。

ところでみなさんは「旧石器時代」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?
周りの人に聞いてみると、「マンモス?」「ヤリとか??」「きゅう…せっき?」…なんとなくクエスチョンマークつきで答えてくれました。
縄文時代といえば土偶、古墳時代といえば埴輪でおなじみですが、「旧石器時代ってどんな時代?」と聞かれてイメージできる人は実はあまりいないのです。

旧石器時代とは、ヒトが石器を使って暮らした時代。世界最古の石器はケニアで発見された約330万年前のものとされています。気の遠くなるような昔からヒトは石器をつくり、日常の道具として使ってきました。
そして、日本列島にヒトが移り住んだのは今から約4万年前。それ以降縄文時代の始まる約1万3,000年前までが日本の旧石器時代にあたります。
昭和21年(1946)に旧石器時代が発見されてから今年で80年。縄文時代より前はどんな時代だったのか?本展はそんな素朴な疑問に答える展覧会です。

本展の一番のみどころとして、まずは会場入口に展示している作品にご注目ください。


登録有形文化財 岩宿遺跡採集石器 槍先形尖頭器 
群馬県みどり市 岩宿遺跡採集(相澤忠洋資料) 後期旧石器時代・前2万3,000年 群馬・岩宿博物館蔵

「槍先形尖頭器」と呼ばれる槍の先端に装着した狩りの道具で、旧石器時代の人々がもっとも好んで使った「黒曜石」でつくられています。きらきらと光り輝く美しい石器に、つい見とれてしまいます。

今から80年前、昭和21年当時、「火山灰が降り積もった赤土(関東ローム層)には人間が住めるはずがない」ということが日本考古学の常識でした。相澤忠洋(あいざわただひろ)氏が岩宿(現群馬県みどり市)の崖から採集した石器は、まさにその赤土から発見されたもので、彼が書籍で学んだ旧石器時代の「細石器」によく似ていました。


登録有形文化財 岩宿遺跡採集石器 石刃
群馬県みどり市 岩宿遺跡採集(相澤忠洋資料) 後期旧石器時代・前3万5,000年~前1万6,000年 群馬・岩宿博物館蔵

以後、相澤氏は岩宿の崖に通うことになります。そしてついに昭和24年(1949)、槍先形尖頭器を発見するに至り、赤土の中から旧石器時代の石器が出土することを確信します。


相澤忠洋 群馬・岩宿博物館提供
行商のあいまに考古学に没頭し、岩宿遺跡を発見、その後も多くの遺跡の発見に尽力しました。


発掘当時の岩宿遺跡遠景 東京・明治大学博物館提供

「赤土の中から石器が出土する」。相澤氏が採集した石器を目にした明治大学の研究者・芹沢長介(せりざわちょうすけ)、杉原荘介(すぎはらそうすけ)は旧石器時代の存在を直観し、すぐさま岩宿の発掘を決断します。そのスピードたるや凄まじいもので、翌日には発掘の相談、その2日後には発掘調査の準備を済ませて、群馬県桐生市に乗り込んでいるということからも相当な意気込みが感じられます。そして発掘当日の昭和24年9月11日、ついに岩宿の地で赤土から石器が出土することを確認しました。


岩宿遺跡発掘の様子
昭和24年(1949)9月11日撮影 東京・明治大学博物館提供


重要文化財 岩宿遺跡出土石器(岩宿Ⅰ石器文化) 
群馬県みどり市 岩宿遺跡出土 後期旧石器時代・前3万5,000年 東京・明治大学博物館蔵 


あまりの感動に、明治大学の研究室宛てに「ハックツニセイコウ タダナミダノミ」という電報が打たれたことは、考古学の中では有名な話です。芹沢・杉原ともにまだ30代の若き研究者であり、当時の常識にとらわれず目の前の石器に向き合った結果が「旧石器時代」の証明につながったといえます。

今から80年前、一人の人間が岩宿で採集した小さな石器が、考古学史上に大きな足跡を残すきっかけとなりました。岩宿遺跡の発掘のあと、日本各地で次々と旧石器時代の遺跡が発見、発掘され、現在では1万箇所以上あることがわかっています。このブログを読んでいるみなさんの住んでいる近くにも、その場所で初めて人々が暮らし始めた旧石器時代の遺跡があるはずです。

また、旧石器時代は、縄文時代にはじまり現代に続く「定住生活(イエを立てて、ムラをつくり仲間とともに暮らす生活)」とは全く異なり、食料となる動物を追いかけ人々が移動しながら暮らしていました。本展では狩猟に使用されていたさまざまな石器などをご覧いただけます。


日本の旧石器時代の石器 展示の様子

展示の後半では、当館の所蔵する世界の旧石器時代の石器をご紹介します。
人類史の99パーセントを占める旧石器時代。世界各地から採集された石器がずらりと並び、その長い歴史の全体像を一望することができます。


世界の旧石器時代の石器 展示の様子

そのほか、旧石器時代の石器を復元したレプリカや景観を復元したジオラマなども展示しています。


狩猟具レプリカ、石器作りの道具
現代 群馬・岩宿博物館蔵


本展は、当館では初めて旧石器時代をテーマとした展示になります。書きたいことは山ほどあるのですが、まずはぜひこの機会に、展示室で実物をご覧ください。「縄文時代より前の時代ってどんな時代?」「旧石器時代って聞いたことあるかも」という旧石器時代ビギナーにうってつけの内容になっています。
旧石器時代にはじまる人類の長い歴史。人々がつくり続けた石器を実際に目にしていただくことで、少しでも「旧石器時代」が身近な存在になればと願っています。
本展は、8月23日(日)まで開催しています。

【東博でもっと楽しむ旧石器時代】
平成館1階考古展示室(本展向かい側の展示室)では日本の、東洋館地下1階12室(インド・東南アジアの考古)ではアジアの旧石器時代の石器を展示しています。本展とあわせてお楽しみください。
日本の旧石器時代の基本がわかる、以下の解説動画もぜひご覧ください。

 

(注)動画内の展示作品は展示替えのため、実際と異なる場合があります。

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ考古特別企画

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posted by 飯田茂雄(文化財活用センター研究員) at 2026年06月25日 (木)

 

特集「古裂鑑賞のいろは―加賀藩前田家伝来 名物裂の世界―」のいろは

安土桃山時代に千利休が大成した「茶の湯」の文化の中で、特に貴重とされ、重んじられた茶道具を「名物」と呼びます。その後、江戸時代に入り、著名な寺院や位の高い僧侶、茶人などにゆかりを持つとされる裂(きれ)について、その由来にあわせた特別な名前をつけ、珍重する「名物裂(めいぶつぎれ)」の価値観が形成されました。

2026年6月7日(日)まで開催していた前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」では、さまざまな前田家の名宝を展示していました。その中に名物裂の展示コーナーがあった通り、前田家は言い尽くせないほど、多様な古裂を収集していたのです。
「名物裂(めいぶつぎれ)」という言葉、お茶を嗜まれている方、また東博に何度かお越しくださっている方は聞いたことがあるかもしれません。ただ、単語は知っていても、ニッチな世界すぎて、なかなか裂の面白さまでたどり着けない…!という方も多いのではないかと思っています。今回の特別展にあわせ、東京国立博物館所蔵の前田家伝来名物裂をピックアップし、古裂の味わい方をお伝えしたい!というのが、特集「古裂鑑賞のいろは―加賀藩前田家伝来 名物裂の世界―」(会期:7月12日(日)まで)です。

展示室の様子

今回の広報ビジュアルを務める「飛魚袍反物 紅雲文様緞子地縫取織(ひぎょほうたんもの べにくももんようどんすじぬいとりおり)」は、なんと1500.5cmもある大変長い反物です。どこかで断ち切られた痕もない、織り上げられたままの形で遺されている作品です。本特集を準備するにあたり、この作品をしっかり調査しました。
まず、この龍に見えるモチーフですが、四本の爪をもっています。ただ、後ろ足付近には魚の鰭(ひれ)のようなものがついています。


飛魚袍反物 紅雲文様緞子地縫取織(部分) 中国 前田家伝来 明時代・16世紀
赤丸の部分に鰭(ひれ)がみえます

 
この特徴から、これは龍ではなく「飛魚(ひぎょ)」と呼ばれる、別の空想上の生き物であることがわかります。中国・明時代の中では、このような龍に似ているけれども、龍ではないモチーフが用いられていました。この飛魚が表された衣装は、明時代の皇帝から臣下に下される、特別なものであったといわれています。
そして、この作品のさらに興味深い点が「袍(ほう)」と呼ばれる、ワンピースのような上着に仕立てられるということです。当方が東博に着任してから、そのように聞いていたものの、しっかりと検証したことはありませんでした。ということで、この機会にちゃんと一領の袍になるのか!?を、同時代の袍の形を調べつつ、ペーパークラフトを手作りして確認しました。
この作品を細かくみていくと、下の画像のように(1)飛魚が左右どちらかに走っているパーツが10個、

(2)すべてあわせると四葉形ができあがるパーツが3個

(3)山岳や波から、上空の雲に向かって立ち昇るような飛魚が表されたパーツが2個あることがわかりました。


これらを組み合わせると、各パーツをぴったり使い切って、一領の袍ができあがりそうなことがわかりました!袍はきもののように前で身頃を重ねて着用するため、下側に重なる部分も考慮して、反物が作られているようです。(3)の立ち昇る飛魚は、おそらく両肩にあてるのでしょう。また、左身頃については、背中から前まで、きれいに一枚つなげて仕立てることができそうです。夜な夜な工作していたのですが、これが明らかになった時はおお!と奮い立ちました。

検証のために作ったペーパークラフト(折り上げている部分が上前にあたります)
 
裂がひとつの衣装に仕立てられるということがわかると、ちょっとだけ、おもしろく感じませんか?会場では、完成イメージ図もお見せしながら、作品を長――――く展示しています。それでも展示ケースの中で1500.5cm、出し切ることはできませんでした。これを織るのに、どれだけの時間がかかったのだろうかと考えてしまいます。
加えて、作品に刷られていた人名や役職から、この反物の製作年代が推測できることも解説しています。配布しているリーフレットにも記載していますので、ご興味のある方は、お手に取っていただけますと幸いです。
(リーフレットには仕立てた際のイメージ図も掲載しています)
 
「古裂鑑賞のいろは」のいろは、今回のブログでは飛魚袍反物だけでいっぱいになってしまいましたが、もちろん、ほかにも前田家伝来のすばらしい名物裂を、注目してほしいポイントとともに展示しております!さまざま裂たちが、皆さまをお待ちしております。

 

リーフレット

古裂鑑賞のいろは―加賀藩前田家伝来 名物裂の世界―

編集:東京国立博物館

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カテゴリ:特集・特別公開工芸

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posted by 沼沢ゆかり(文化財活用センター研究員) at 2026年06月11日 (木)

 

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