書を見るのは楽しいです。
より多くのみなさんに書を見る楽しさを知ってもらいたい、という願いを込めて、この「書を楽しむ」シリーズ、第31回です。
特別展「書聖 王羲之」(~3月3日(日))、観ていただけましたか?
前回の「書を楽しむ」で、
王羲之の「蘭亭序」のお話をしましたが、
今回は、市河米庵(1779~1858)の「蘭亭詩」をご紹介します。
折手本蘭亭詩並後序 市河米庵筆 江戸時代・嘉永2年(1849) 加藤栄一氏寄贈 (2月24日(日)まで本館8室にて展示)
「蘭亭序」と「蘭亭詩」??
そのちょっとした違いに気付きましたか?
「蘭亭序」は、
王羲之が開いた曲水流觴の宴で、
各々の詩作の前文として王羲之が書いた序文で、
「蘭亭詩」というのは、
その時に詠まれた詩です。
市河米庵の「蘭亭詩」の王右軍(王羲之)の詩から、
気に入った部分を、エンピツで写しました。
(左)米庵の蘭亭詩より、(右)恵美のエンピツ写し
「乃」を力強くはらっていますが、
「携」は軽めで、筆の弾力を使って勢いよく書いています。
なにかの臨書をしたのではなく、
米庵自身の筆致でのびのびと書かれていて、かっこいいです。
市河米庵については、
このブログ「書を楽しむ」16回で、
米庵17歳と80歳で書いたふたつの「天馬賦」を
ご紹介しました。
今回の「蘭亭詩」は、捺された印章から、
米庵71歳のときのものであることがわかります。
これは、
弟子が手本として使いやすい、
折手本(おりてほん)という形式になっています。
幕末から明治、大正時代に作られた折手本は
たくさん残されていて、
私も先日、古本屋で、
明治時代の書家の折手本を
安く購入しました。
気に入った書の折手本を持つのは
特別な気持ちがします。
弟子が師匠の折手本を大切に伝えてきたように、
自分もなにか大切に伝えていきたいです。
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posted by 恵美千鶴子(書跡・歴史室) at 2013年02月12日 (火)
1月8日に流れた大報帖のニュースは、中国国内にもすぐに報道され、大きな反響を呼ぶこととなりました。事の発端は、ある愛好者の方が、妹至帖と大報帖は本来ひとつの書簡で、後に二つに分割されたのではないかとする主張でした。この主張を受けて、私の知る限り、すでに二人の学者が論考を発表しています。論点は二つ、一つは解釈の問題、もう一つは分割の可能性についてです。ここでは、解釈について少しご紹介してみましょう。
大報帖の文字は、以下のように読むことができます。
(便)大報期転呈也。知不快。当由情感如佳。吾日弊。為爾解日耳。
王羲之の書簡は、何と600余りも残されています。それらの書簡を調べると、親族の王劭を大、王延期を期と略称することがあります。ここでも大は、王導の息子の王劭、期は王羲之の兄である王籍之の息子・王延期と推測されます。王羲之は兄の王籍之が亡くなったあと、王延期を自分の息子として育てていました。
『淳化閣帖』巻6、「想小大皆佳帖」より
「転差」の文字
大報帖の文章で問題となるのは、「転呈」の「呈」の字です。字の形は明らかに「呈」なのですが、「呈」の草書は「差」の字にとても良く似ています。また、王羲之は他の書簡の中で、「転差」という表現を用いています。
「転呈」であれば、「大の報せは、期が連絡しました」と解釈できます。一方、「転差」であれば、「転(うた)た差(い)ゆる」、すなわち「次第に(病状が)快方に向かう」と解釈できます。中国でも、「転呈」を支持する方と「転差」を主張する方がいて、にわかに判断はできません。ただ、王羲之の他の書簡の用例を勘案すると、「転差」の方が当時の実情にあっているのかも知れません。そうなると、「大が、期の病状は次第に快方に向かっていると連絡してきました」となります。
もう一つは「為爾」。これは「爾(なんじ)のために」、すなわち「あなたのために」と読むことができます。しかし、「為爾」は「かくのごとし」という意味で用いることもあります。中国での解釈の一つには、「吾日弊為爾」、「私は日々疲れていることかくのごとし」とする説があります。ただし、文章の語感からすると、「為爾」は下の句につき、「私は日々疲れています。かくのごとく(以前と同様に、あい変らず)毎日を過ごしているだけです」なのかも知れません。
1700年近くも昔の文章ですから、王羲之の真意を窺うのは、決してたやすいことではありません。当時の文章は、短い語句に万感の思いをこめ、さらには字姿にも言葉では言い尽くせない胸懐を盛り込んでいたように思われます。王羲之の書簡をめぐって、さまざまな解釈に思いを馳せるのも、王羲之を楽しむ方法の一つと言えるでしょう。
新発見・世界初公開の「大報帖」は、特別展「書聖 王羲之」(平成館、3月3日(日)まで)にて、展示中です。
カテゴリ:2012年度の特別展
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posted by 富田淳(列品管理課長) at 2013年02月08日 (金)
1月31日午後、平成館にはいつもと違う香りがたちこめました。
墨の香りです。
そして平成館ラウンジには、大きなスクリーンが置かれ、いつにない黒山のひとだかり・・・
一体なにがあったのでしょう。
特別展「書聖 王羲之」(2013年1月22日(火)~3月3日(日)、平成館)を記念しておこなわれた席上揮毫会(書のデモンストレーション)でした。
毎日書道会を代表する書家の先生方が、平成館ラウンジで毫(ふで)を揮(ふる)っていたのです。
多くのお客様が見つめるなか、先生の持つ筆が紙の上に置かれると、それまでざわざわしていた会場が一瞬にして緊張に包まれ、静まります。
皆さん真剣に筆の運びを見つめ、先生が最後の文字を書き終えると、ため息と拍手が会場を包みました。
この間、平成館が特別な空間となっていました。
墨の濃さ、筆や紙の種類など、先生のこだわりもうかがうことができ、気さくなお人柄に平成館ラウンジにも笑い声が響きます。
書、筆、墨と縁遠くなってしまった方も多いことと思います。展示ケースのなかの作品を見てもなかなか、書に向かう書家の姿、空気を感じることは難しいですよね。
こうした機会にぜひ書に親しんでいただければ幸いです。
席上揮毫会のあとは私自身、特別展「書聖 王羲之」をみる目も変わったように思います。
王羲之の作品は、どれだけ人々に日常とは違う心地よい空間を与えてきたのでしょうか。
王羲之はどんな紙や筆、墨をつかっていたのでしょうか。やはり緊張したのでしょうか。
王羲之の作品を写すときにはどうだったのでしょう。
作品をつくるときの姿に興味がわき、作品の前でつい想像してしまうのです。
今回の作品は1月31日の閉館まで平成館ラウンジに展示し、多くの方にご覧いただきました。
先生方、そしてお集まりいただきました皆様、ありがとうございました。
カテゴリ:教育普及、催し物、2012年度の特別展
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posted by 川岸瀬里(教育普及室) at 2013年02月05日 (火)
特別展「飛騨の円空-千光寺とその周辺の足跡-」(2013年1月12日(土)~4月7日(日)本館特別5室)は、
15日が過ぎ、連日多くのお客様にお越しいただいています。
皆様、じっと円空仏と対面しておられ、中には手を合わせている方もいらっしゃいます。
きっと穏やかな気持ちになるからではないでしょうか。
本日は、トークイベントのご案内です。
2月12日(火・休館日)、音声ガイドのナレーションを担当している、俳優、クリエイターの井浦 新さんと
本展覧会の担当研究員、浅見龍介東洋室長のトークイベントを開催します!
井浦 新さん
「博物館に初もうで」、「東洋館リニューアルオープン」のイメージポスターにもご協力いただきました
円空が好きで、円空を巡る旅をしているという井浦さん。
仕事の合い間を縫って何度もお寺に足を運び円空仏を見に行かれているそうです。
トークイベントでは、井浦さんが円空への想いと円空仏の魅力について語ります。
また、トークイベント終了後は貸切で展覧会を鑑賞できます。(井浦さんは鑑賞会には参加されません)
この日限定のプレミアムな夜をぜひいかがでしょうか。
日時:2月12日(火・休館日) 18:30~20:00(開場:18:00)
会場:平成館大講堂、特別5室
料金:2,500円(全席自由、380席限定)
チケットぴあのWEBサイト、店舗、取扱いコンビニエンスストア(セブンイレブン・サークルKサンクス)にて販売中(Pコード763-144)
お問合せ:03-5159-5874(読売新聞東京本社文化事業部)
*2月12日は休館日です。開場時間になりましたら正門にお越しください。
*本券は当日限り有効、総合文化展はご覧いただけません。
カテゴリ:2013年度の特別展
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posted by 江原 香(広報室) at 2013年01月30日 (水)
書を見るのは楽しいです。
より多くのみなさんに書を見る楽しさを知ってもらいたい、という願いを込めて、この「書を楽しむ」シリーズ、第30回です。
特別展「書聖 王羲之」が開催中(~3月3日(日))です。
私が注目しているは、「蘭亭序」です。
というのも、江戸時代の日本人で、
この「蘭亭序」を300回以上臨書した人がいるからです!
松崎慊堂臨「蘭亭序」、『慊堂日暦』(1、東洋文庫169、平凡社、1970年)より転載
これは、松崎慊堂(まつざきこうどう、1771~1844)が
臨書したものです。
松崎慊堂は、日記『慊堂日暦』の中で
「蘭亭序」を臨書したことを書いていますが、
最初のころは、一日に約一本のペースで臨書して、
最終的には、313本まで書いています。
なんでこんなに「蘭亭序」を臨書したのでしょう?
よくわからないけれど、私も触発されたので、
エンピツで臨書してみました。
画像は「蘭亭序」の一部です。
「蘭亭序」全324文字をしっかり写したため、
1時間30分もかかりました…。
「蘭亭序」は、
王羲之が永和9年(353)に会稽山の山陰の蘭亭で開いた
曲水流觴の宴(曲がりくねった水路にさかずきを流しながら詩を読む遊び)
で書いた序文です。
王羲之が実際に書いたものは、
唐の太宗皇帝の墓に副葬されて残っていません。
でも、唐時代に多数の模写が作られたり、能書によって臨書されました。
それをもとに石に刻まれて、さらに拓本になって、
たくさんの「蘭亭序」が残されています。
特別展「書聖 王羲之」でも「蘭亭序」はたくさん並んでいますよね。
恵美が臨書したのは、「神龍本」と呼ばれる「蘭亭序」です。
ほかに「定武本」と呼ばれるものも有名です。
定武蘭亭序-呉炳本- 王羲之筆 原跡=東晋時代・永和9年(353) 東京国立博物館蔵(特別展で展示中)
日本でも古くから王羲之の書は尊重されてきました。
それに加えて、
曲水流觴の宴で書かれた「蘭亭序」は、
古くから日本の年中行事として行われていた曲水宴と関連して、
とくに親しまれてきました。
江戸時代の作品にも、
「蘭亭序」を題材にした書や絵画が、たくさん残されています。
蘭亭序・蘭亭曲水図屏風 東東洋筆 江戸時代・文政10年(1827) 東量三氏寄贈(2月24日(日) まで本館8室にて展示中)
蘭亭曲水図屏風 与謝蕪村筆 江戸時代・明和3年(1766) 東京国立博物館蔵( 2月13日(水)~特別展にて展示予定)
いろいろと「蘭亭序」に関わる作品を見たり、
臨書したりしているうちに、
松崎慊堂が300回も臨書するほどの魅力が
わかってきた気がします。
私もまた、「蘭亭序」を臨書したくなりました。
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posted by 恵美千鶴子(書跡・歴史室) at 2013年01月29日 (火)