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140周年ありがとうブログ

日本美術を愛するみなさん、ありがとう

絵画・彫刻室の田沢です。
日本絵画に関する作品の調査や展示、展覧会の企画などを主に行っています。

トーハクでは、所蔵している作品を展示するだけでなく、館外から作品を借用して展示を行うことがあります。その代表的なものが特別展です。
特別展では、展覧会のコンセプトやテーマを理解してもらうために作品を選定し、トーハクの所蔵品以外の作品も展示します。
私が担当している日本絵画の分野では、作品の傷み具合など保存状態を考慮し、作品を保護するために湿度や照度、展示期間に制限を設けているのが普通です。
そのため、当館が借用して展示をすると、作品の所蔵者でもその前後の期間を含んで展示が出来ないという制限が生じる場合があります。
それでも展覧会におけるそれぞれの作品の重要性を感じて作品を貸し出してくれるのです。
特別展の場合、それによって展覧会の質が、時には開催そのものすら左右されるのです。

2011年春、写楽の特別展がありました。3月10日、展覧会関係者全体が集まって会場構成や運営などの最終確認の会議が開催され、4月5日からの開催に向けての最終確認がなされました。
ところが、翌日東日本大震災が発生、そして福島第一原子力発電所事故が続きました。
幸い当館の施設には問題が生じなかったのですが、余震をはじめ、電力供給の不足と作品保護体制の確立、会場設営や印刷物制作等への影響、来館者のための無理のない展覧会開催といった様々な観点から検討が行われ、展覧会の開催は、5月1日からに変更になりました。

その間に、作品借用先への展覧会期間変更にともなうお願いを進めました。
国内は問題なく了承を取り付けたのですが、海外では、日本の状況、特に放射能の影響が心配され、一時作品の借用が棚上げされてしまいました。
この時期には欧米では日本への渡航自粛が要請され、東京は壊滅的状況だ、との噂すらあったのですから無理もありません。海外から個人と美術館あわせて23箇所、合計129点の出品が予定されていたのですが、それがすべて不出品の危機にあったのです。
いずれも展覧会に欠かすことの出来ないものばかり。
展覧会のキャッチコピーは「役者は揃った」。いかにも空々しく思えました…。

こんな状況の中、海外の研究者たちが連絡を取り合って日本の状況をしっかりと把握し、作品には問題が生じないことを確認し、関係当局への格別の配慮を働きかけてくれました。それが自分たちの今の日本の人々のために出来る職務であるとして。

まずは、大英博物館のティム・クラークさんが、自分が日本への輸送を担当するとして展覧会に出品することの重要性を大英博物館内で説き、輸出の承諾を得てくれたのです。
これにうながされるように各館の協力が進んでいきました。
日本への輸送のための職員派遣が出来ないところは、展覧会のゲスト・キュレーターでもあったライデン国立民族学博物館のマティ・フォラーさんが集荷と輸送を買って出てくれました。
海外の多くの学芸員の協力とネットワークの力によって、海外からも1点を除いて作品が会場に並びました。
日本美術を愛する所蔵者・美術館そして輸送にあたった学芸員の復興へのエールとして、写楽展に「役者は揃った」のです。
日本美術を愛する皆さん、ありがとうございました。




残念ながら、写楽展での海外クーリエ(美術品輸送者)の写真は、手もとにありませんでした。
かわりに、2000年大英博物館を調査で訪れた際の写真です。
左から、大英博物館のティム・クラークさん、私、ロンドン大学教授で近世文化に関する著述で日本でも良く知られるタイモン・スクリーチさん、そして書道史が専門で浮世絵の摺物研究でも知られるニューヨーク・メトロポリタン美術館のジョン・カーペンターさん(この当時はロンドン大学)。
皆ほぼ同じ年代で、日本留学中に知り合った20年以上の既知。
近年は、会うと顔よりも頭に目が動くのですが、その少し前(?)の写真です。

カテゴリ:2013年2月

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posted by 田沢裕賀(絵画・彫刻室長) at 2013年02月26日 (火)