本館14室では現在、特別展「茶の湯」の開催に合わせて、関連展示として「懐石のうつわ」(5月21日(日)まで)を特集しています。
懐石とは、茶事における食事のことです。 …ん?「茶事(ちゃじ)」?
お茶のお稽古をしている人はよくご存知でしょうが、そうでない人にはちょっとなじみのない言葉かもしれません。
茶事とは、お茶を飲むことを主目的として、人が茶室に集い、飲食を楽しむ会のことです。
季節やとり行なう時間帯によって茶事にはいくつかの種類があり、それぞれに約束事や特徴が異なります。
炭をおこすところ(炭手前)から、食事(懐石)、抹茶を飲む(濃茶、薄茶)ことまでがおよそ含まれ、この一連の流れを同席した客同士でともに過ごすことになります。(長いものでは、半日がかりにもなります。)
こうした茶事をとりしきる亭主は、客人に心ゆくまで茶を楽しんでもらうために、誠心誠意を込めて準備をし、当日もさまざまな心くばりでもてなしをするのです。
懐石では時季に合った食材選びなど、主役はあくまで料理ですが、そこで用いられるうつわも重要。
料理を引き立てつつ客人の目をも喜ばせる、大切なもてなしの道具なのです。
この特集では、懐石に用いられるうつわについて、館蔵品を中心に一堂に展示しました。
懐石では、はじめ飯椀、汁椀とともに向付(むこうづけ)と呼ばれる陶磁器に入った膾(なます)やお造りが出されます。

漆塗懐石道具 渡辺喜三郎作 昭和時代・20世紀、織部開扇向付 美濃 江戸時代・17世紀
懐石が漆器と陶磁器から構成されることを示しています。二つの椀の向こう側に置かれるので、「向付」です。
今回は、漆器の懐石具を代表する館蔵品として、5代中村宗哲の作品一式を展示しました。
朱に網目の模様が入った本作品は、「紀州侯より加州侯へ進ぜられし候節の好なり」(『茶道筌蹄』)という記録があり、大名家のための懐石道具でした。すべてが漆器でしつらえられ、格が重んじられています。

網絵懐石道具 5代中村宗哲作 江戸時代・享和元年(1801)
表千家六代原叟(げんそう)好みとされています
大きなケース2つには、「桃山様式の懐石具」と「中国への注文の懐石具」を展示しました。
どちらも、安土桃山時代から江戸時代の初めにかけての茶の湯隆盛の時期に、各地の窯でさかんに作られていたもので、個性豊かな表現が見られます。
例えば、美濃の織部焼は、それまでには見られなかった破格の造形が用いられ、唐津の鉄絵の表現は飄々として伸びやかさが感じられます。
中国で明時代の末に日本からの注文で作られた古染付は、中国で注文の主題を解さないままに陶工の解釈で作り出され、もはや何を表現しているのかわからないものもあります。でもそれもまた一興。茶席を和ませます。

織部扇形蓋物 美濃 江戸時代・17世紀
伝統的な扇形を蓋物に作り上げています。蓋をしても、開けても楽しい作品です

古染付御所車図六角手付鉢 中国・景徳鎮窯 明時代・17世紀 (広田松繁氏寄贈)
まっすぐ進めなさそうな御車に、不思議な烏帽子の人々。どこへ向かうのでしょう…
食事をすすめながら、さまざまな器のかたちや模様を楽しみ、会話を弾ませる。
茶事の懐石という形式のある場でも、同席の人と「ともに楽しむ」心は、日常の食事と変わらないのではないかと思います。
展示室では、多様な器種、文様を楽しんでいただきたく、沢山の懐石具を展示しています。
皆さんもぜひ、展示室でお気に入りのうつわを見つけてみてくださいね。
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posted by 横山 梓(保存修復課研究員) at 2017年04月25日 (火)
平成29年 新指定 国宝・重要文化財─トーハクの所蔵品も国宝・重文に!─
今年も「新指定展」の季節がやってきました。
開催前からお問合せも多く、皆さんの関心の高さがうかがえます。
平成29(2017)年は、新たに彫刻から3件、書跡・典籍から2件、古文書と考古資料からそれぞれ1件ずつの7件が国宝に、絵画7件、彫刻4件、工芸5件、書跡・典籍3件、古文書4件、考古資料と歴史資料がそれぞれ7件が重要文化財に指定されることとなりました。
特集「平成29年 新指定 国宝・重要文化財」(2017年4月18日(火)~5月7日(日) 本館8室・11室)では、追加指定の2件も合わせた46件(写真パネルのみの展示含む)の作品を展示します。
ここでは代表選手として、国宝に指定された彫刻1件を紹介します。
銅造釈迦如来倚像(東京・深大寺蔵)は、2011年にトーハクで開催された「手塚治虫のブッダ展」 にも登場したので、見覚えのある方もいるかもしれません。

国宝 銅造釈迦如来倚像 飛鳥時代・7世紀 東京・深大寺蔵
明るい表情の少年のような顔立ち、流麗な衣文の表現など、白鳳仏の傑作といわれています。
近年、飛鳥時代後期の美術において、大陸文化の受容のありさまや材質技法の特色などの研究が進展したことをふまえ、この時代の代表作の一つとして、国宝に指定されました。
そして、トーハク所蔵品も一挙5件、指定を受けました(国宝1件、重要文化財4件)。
国宝に指定されたのは、奈良県東大寺山古墳出土品(一括)です。

国宝 金錯銘花形飾環頭大刀 古墳時代・4世紀 (刀身=中国製・2世紀) 奈良県天理市 東大寺山古墳出土

金錯銘花形飾環頭大刀「中平」年銘部分

花形飾環頭(左)、家飾環頭(中、右) 奈良県東大寺山古墳出土品より
奈良県天理市にある東大寺山古墳は、古墳時代前期後半に築造された前方後円墳です。
出土品のなかでも、「中平」年銘のある金錯銘花形飾環頭大刀は、古墳時代における金石文(きんせきぶん)の最古かつ代表的遺品として知られています。
また、他に例を見ない花形飾環頭大刀、家形飾環頭大刀をはじめ、鍬形石や車輪石、銅鏃など、多種多量の副葬品があり、この時代を代表する資料群として大変貴重なものです。
近年、再調査や保存修理が行われ、総括報告書が刊行されるなど、再評価が進んでいることにより、国宝に指定されました。
続いて、重要文化財に指定された絵画2件。
特別展「鳥獣戯画─京都 高山寺の至宝─」(2015年)での出品も記憶に新しい、紙本墨画鳥獣人物戯画甲巻断簡は、京都・高山寺に伝来する国宝「鳥獣人物戯画」四巻のうち、甲巻の第十六紙の前につながる部分です。国宝四巻の解体修理にともなう調査で、もともとは一連のものであったことが明らかになったことにより、重要文化財に指定されました。

重要文化財 紙本墨画鳥獣人物戯画甲巻断簡 平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵
紙本金地著色松図は、トーハクの今年の年間スケジュールパンフレットの表紙にもなったタイミングでの重要文化財指定でした。
中世にさかのぼるやまと絵屏風の代表的作例です。空も土も全て金箔を押す総金地屏風の現存最古の例として注目されています。

重要文化財 紙本金地著色松図 室町時代・16世紀 東京国立博物館蔵
工芸品からは1件。

重要文化財 白磁蝶牡丹浮文大瓶 三代清風與平作 明治25年(1892)東京国立博物館蔵
明治26年(1893)に開催されたシカゴ・コロンブス万国博覧会の出品作、白磁蝶牡丹浮文大瓶です。作者の三代清風與平は、京焼の近代を代表する名工で、博覧会での高評価により、陶芸家として最初の帝室技芸員となった人物です。欧米輸出用の産業品とは一線を画す作風は、明治20年代の陶芸が目指した方向性が明確に打ち出されている点が貴重です。
最後に、考古資料より1件。

重要文化財 東京都野毛大塚古墳出土品 古墳時代中期 東京国立博物館蔵
東京都世田谷区にある野毛大塚古墳から出土した、東京都野毛大塚古墳出土品(一括)です。
この時代に特徴的な石製模造品が中心ですが、特に、導水祭祀施設の一部を表現したと見られる「槽(そう)」は、国内に例がなく、奈良県明日香村にある酒船石にも形状が似ていることが知られています。古墳時代における、水を介した祭祀を考える上で重要な資料です。
このように、国宝や重要文化財に指定された文化財(作品)には、それぞれが持つ歴史や希少性が、日々の研究で明らかになって評価されたものばかりです。
わたしたち国民の新たな宝を、ぜひ、間近にご覧ください。
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posted by 奥田 緑(広報室) at 2017年04月17日 (月)
ほほーい! ぼく、トーハクくん。
今日は、バックヤードツアーに連れて行ってもらえるんだほ。とっても楽しみなんだほ~。

今日は文化財の保存と修理の現場を見学させてもらえるのよ。
繊細な作業をしている現場なんだから、急に踊りだしたりしないでね。
ほーい…。
ほら、ガイダンスが始まるわよ。
まずは高橋保存修復課長より、トーハクにおける文化財の保存と修理についてのレクチャーがありました。

文化財の保存と公開を両立するためには、よりよい良い環境を保つことが大事です。
トーハクでは、文化財を守り、伝えるために、次の3点に日々、取り組んでいます。
1. 文化財の損傷、劣化を遠ざけるための、予防。
2. 安全な取り扱いができるか、輸送に堪えうるかなどを検討する、診断。
3. 劣化を遅らせるための処置、安定化をはかるための修理。
研究員が文化財の異変に気づいたら、顕微鏡やCTスキャンなどで“健康診断”を行い、カルテを作成します。
修理には2種類あり、解体するなど大掛かりな「本格修理」と、必要最小限に手を入れる、「対症修理」があります。
トーハクでは、本格修理は年に20~100件、対症修理はなんと、年に700件くらい行われています。
とくに、高度な技術を要する対症修理を行っているのは、世界の美術館・博物館でもトーハクだけなのです。
いよいよ出発だほ!
今回は500名以上の応募から抽選で選ばれた60名の参加者が4つの班に分かれて巡ります。
最初に訪れるのは、実験室。入口の扉は二重になっていて、専用のマットで靴の汚れを落としてから入ります。

ほー、いろんな修理の道具があるほ。

はっ、おいしそうなショウロンポウだほー!
トーハクくん、それは作業のときに紙を押さえておく「重し」よ。
課長さんもショウロンポウって言っていたけど…。
ここでは、外れてしまった本の背表紙や、破れてしまった掛軸の軸を直したりする対症修理や、
浮世絵を保存するための中性紙のマットや、巻物の保存に適した太い軸や、作品の素材や大きさに合わせた保存用の箱などをつくっているのよ。

浮世絵保存用のマット
マットがクッションとなり、作品への負荷を減らしてくれます
まるで病院の手術室みたいだほ。
ここで働くみなさんは、文化財のお医者さんだほ!
続いては、絵画の修理室。
修理が終わったばかりのきれいな屏風がありました。
ここでは修理技術者の下田アソシエイトフェローによる解説がありました。

この作品は、2年前から修理に入りました。
当初は、蝶番(ちょうつがい)の外れ、絵の具の剥落、画面の汚れ、亀裂などがありました。
かなりの重症だほ!!
絵画では、「損傷地図」というものを作ります。
たとえば、穴あきは緑、亀裂は青、しわは紫などと、損傷部分を色分けして示した修理の設計図を作り、修理前の状態を記録しておきます。
また、エックス線写真で木の枠組みの状態を調べたり、絵の裏から光てて撮った写真で、絵の具の重ね具合を見たりなど、修理前に入るまでの調査は、数ヶ月にもおよぶそうです。
手術前の検査は大事だほー。
修理に使う接着剤は、100年、200年後に修理をするときにも簡単に剥がせるようなものを使います。
でんぷんのり、ふのり、にかわなど、自然由来のものですね。
エコでロハスなんだほ~。
次は、エックス線CT室です。
なんだか秘密基地みたいだほ。
あっ、大きな扉があいたほ!

こちらでは荒木調査分析室長による解説がありました。
トーハクには、文化財用の大型CTスキャナー(垂直型、水平型)、微小部観察用エックス線CTスキャナーの3台があります。

垂直型は仏像など、横に寝かせられない立体の文化財を立たせたまま撮影ができます。

水平型は、病院でもおなじみ?の寝かせて撮影ができるものです。

微小部観察用エックス線CTスキャナーは、細かい部分の撮影が可能です。

こちらは東洋館で展示中のミイラのCT画像。
いままでのエックス線撮影では不鮮明でわからなかったお腹の塊の部分が、何かが詰められているものだということがわかりました。

仏像の像内に納められているものも鮮明にわかります。
もしぼくがケガをしたら、ここでCTを撮ってもらうんだほ。
最後は、特集「東京国立博物館コレクションの保存と修理」の展示室へ。
ここでは、修理を終えた作品が、その修理方法とともに紹介されています。

瀬谷主任研究員による、絵画の修理のお話をききました
修理後の公開は、半年から一年、作品の状態が安定するまで様子をみてから行います。
手術のあとはしばらく安静にするんだほ。
ここでは、絵画担当の瀬谷主任研究員と、工芸(日本陶磁)担当の横山研究員による、展示作品の修理についてのお話がありました。
各分野の担当研究員と修理技術者が検討を重ね、文化財が元来持っている情報を損なわずに、また、修理したところが後になってもわかるように修理をするのがトーハクの方針です。
大切な文化財を、100年、200年、もっと先へと伝えるため、トーハクのバックヤードでは日々、このように努力されているのね…。
ぼくも1400年以上のあいだ、健康で長生きできているのもみなさんのおかげだほー。
これからは展示室での作品の見方も変わるわね!
みなさんもぜひ、特集「東京国立博物館コレクションの保存と修理」(~2017年4月16日(日)、平成館企画展示室)へお立ち寄りください!
カテゴリ:保存と修理、特集・特別公開、トーハクくん&ユリノキちゃん
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posted by トーハクくん&ユリノキちゃん at 2017年03月29日 (水)
こんにちは、保存修復室の瀬谷愛です。
突然ですが、皆様は健康診断、定期的にいらっしゃっていますか?
めんどう?
忙しい毎日。お気持ちはわかりますが、放っておくわけにもいきません。
体調不良は早期発見が大切です。
なにかおかしいと気付けるのは、自分の身体だからこそ。
もし余裕があれば、大切な人の変化にも気づいてあげられるといいですね。
文化財の修理も、担当研究員が日々接している文化財の変化に気づくところから始まります。
たとえば・・・

見立王昭君図
桃源斉栄舟筆 江戸時代・19世紀
うん、とくに変化なし!いつもながらきれいですね~
と思ったら・・・

表装の下のところ、何かがつき破ってきてる!
たいへんです!
軸の中から、なにか白いものが出てきて、表装を破っていることに気づきました。
膨らんでるだけじゃなくて、粉までふいています。
このまま放っておくと、表装だけでなく、本紙まで破ってしまうでしょう。
どうしたらいいのでしょうか。
ここで修理技術者の出番です。
まずは、状態を確認するために、
他の健全なところを傷つけないようにして、軸木を包んでいる紙を、丁寧に切り開くことにしました。
すると・・・

中に埋められたものが膨らんで、木も割れてきています。
古い軸木には、掛軸を掛けたときにピンと平らに見せるために、鉛製の錘が入っていることがあります。
これが時間がたって腐食すると、膨張し、表装や本紙を突き破っていきます。
とくに普段は巻いた状態で保管していますから、一枚、また一枚、と本紙まであっというまに到達するのです。

表装の裂け傷を整えて、紙帯をあてて補修します。
今回は、幸いにも、本紙に到達する前に気づくことができました。
破れた表装をつくろい、新しい軸木を用意して、古い軸首を付け替えました。
当館では普段から、意識的に軸のあたりを触診し、「四角いなにか」を感じるときは、鉛が入っていることを疑って、早めの処置を行うようにしています。
乳がんの自己検診のような感じですね。
早くみつかれば、症状に応じたより小さな処置で済みます。
こうした必要最小限の修理を「対症修理」と呼んでいます。
文化財の構造をいったん解体する「本格修理」をメインにご紹介することの多い修理展ですが、
今回の特集「東京国立博物館コレクションの保存と修理」(2017年3月22日(水)~4月16日(日)、平成館企画展示室)では、年間700件ほど行っている対症修理から、修理技術者が選んだ事例もご紹介します。
会期中には技術者によるギャラリートークもあります。
ぜひ会場へお運びください。
ギャラリートーク(会場はいずれも平成館企画展示室)
特集「東京国立博物館コレクションの保存と修理」
2017年3月24日(金) 18:30~19:00
保存と修理 絵画修理の現場から
2017年3月28日(火) 14:00~14:30
保存と修理 立体作品修理の現場から
2017年4月11日(火) 14:00~14:30
ここに注目!保存と修理入門
2017年4月14日(金) 18:30~19:00
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posted by 瀬谷 愛(保存修復室主任研究員) at 2017年03月24日 (金)
お内裏さまとお雛さま ふたり並んですまし顔
お嫁にいらした姉さまに よく似た官女の白い顔♪
今年もおひなさまの季節がやってきましたね~。恒例となった本館14室の展示「おひなさまと日本の人形」(~2017年4月16日(日))。今回は大型の享保雛(きょうほうびな)と衣裳人形(いしょうにんぎょう)をメインとした展示を行なっています。

享保雛 江戸時代・18世紀
この享保雛。今回が修理後初の展示となりました。ずっと展示できなかったのは、男雛の顔が後の修理で真っ白だったため。昔はよく人形の修理に際して、顔を塗り替えることが行なわれていましたが、なぜか修理途中の状態で留め置きされていたため、目や眉がありませんでした(写真下)。

顔が真っ白だった男雛
ところが、よく観察してみると、オリジナルの顔を残したまま、上から白く塗られていることが分かりました。そこで当館の保存修復室に依頼し、表面を一層剥がしたところ、無事オリジナルのお顔が現れたというわけです。
いやー良かった、良かった。これほど大型でよく出来た享保雛は全国的にも珍しく、当館にも他に匹敵する享保雛がないため、健全な状態でみなさんのお目にかけることができ、うれしいかぎりです。
そうそう、享保雛の説明が抜けていましたね。このタイプのおひなさまは、享保年間(1716~35)から都市部(町方、まちかた)を中心に流行したものです。宮中を中心とした公家や将軍家のおひなさまは、今日「有職雛(ゆうそくびな)」や「次郎左衛門雛(じろざえもんびな)」と呼ばれており、公家装束の決まりごとをきちんと反映したものでした。立雛という、より古い形式の作品ではありますが、今回の展示では「立雛(次郎左衛門頭)」(写真下)がこれにあたります。顔立ちが丸いのも公家社会を中心としたおひなさまの特徴です。

立雛(次郎左衛門頭)(部分)江戸時代・18~19世紀
これに対して町方のおひなさまは面長であるのが特徴的で、浮世絵の影響を見ることができるように思います。町方のおひなさまとは言え、今回展示した享保雛は大変に立派なものです。特に男雛の衿を見てみると葵の御紋が入っているので、いずれかの大名家に伝来したものかもしれません。享保雛はその流行にともなって大型化していき、こうした贅沢品を戒めた幕府によって享保6年(1721)に8寸(約24cm)以上の雛人形を禁止するお触書が出されています。おそらくこの享保雛は特別に許された上流階級のものだったのでしょう。
つづいては衣裳人形です。これは文字どおり織物の衣裳を着た人形ということで、広い意味ではおひなさまも衣裳人形なのですが、特に江戸の町人たちを写したものをこう呼んでいます。これらは子どものためではなく、もともと大人が楽しむ鑑賞用の人形としてつくられました。いわば今日のフィギアブームと近いものがありますね。フィギアがそうであるように、なかには手足を自由に動かせるものがあり、思い思いのポーズで楽しむことができます。
それではいくつか見ていきましょう。まずご紹介したいのは「台付機巧輪舞人形(だいつきからくりりんぶにんぎょう)」(写真下)です。三味線の音色にあわせて人々が花見おどりをしている様を表わしたカラクリ人形です。いまは壊れてしまって動きませんが、台についている棒をまわすと人形が回転し、内部に張られた針金をオルゴールのようにはじくことで、三味線の音が聞こえるというものでした。
この作品のすごいところは、作者と作られた年がわかる点です。台座をパカッとあけてみると、内部に書付があり、「りうご屋又左衛門」という人物の発注により、人形は京都の茗荷屋半右衛門、からくりは大阪の川合谷五郎正真という人物が作ったもので、その年は正徳3年(1713)と記されています。

台付機巧輪舞人形(部分) 茗荷屋半右衛門・川合谷五郎正真作 江戸時代・正徳3年(1713)
基本的に江戸時代の人形は作者がわからないのが普通で、作られた年が具体的にわかることはほとんどありません。そうした中、この作品は発注者、人形製作者、からくり製作者、そして製作年と製作地まで分かるという点で極めて貴重な作品です。
またそれぞれのお人形をみても精巧な出来栄えで、ふっくらとした味わいがあります。踊っているのは若衆とよばれる美少年を中心にいずれも男性とみられ(一見して女性のように見える赤い振袖を着た人物も若衆と同じ髷を結っています)、花と美少年を愛でているのでしょう。ちなみに、今回は当館が所蔵する若衆人形のすべてを展示しています。

衣裳人形 若衆 江戸時代・18世紀
またもう一つお勧めしたいのが「初参人形(ういざんにんぎょう)」(写真下)です。裃を着て正座する賢そうな姿。こうしたお人形は皇族の男子がはじめて天皇陛下にお会いする「御初参内(おはつさんだい)」の際に、陛下から頂戴したものです。特に向かって右側に展示したお人形に付属している箱には書付があり、明宮嘉仁親王(はるのみやよしひとしんのう、後の大正天皇)が明治天皇から頂戴したものであることがわかります。

初参人形(2躯のうち1躯) 明治時代・19世紀 (赤木寧子氏寄贈)
宮中の特注品だけあって、これ以上ないほど素晴らしい出来栄えのお人形。衣裳に使われた金襴も金の輝きが美しく、振袖には鶴や松の模様が繊細に刺繍されています。また展示会場ではよく見えませんが、腰にはこれまた精巧な出来の印籠を下げていますので、最後に写真を挙げておきますね。

印籠部分
繊細で美しく、そしてかわいらしい日本の人形。素晴らしいお人形が勢ぞろいしていますので、ぜひ博物館に会いに来てください。
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posted by 三田覚之(教育普及室・工芸室研究員) at 2017年03月01日 (水)