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宋元の筆墨、清朝の色彩

特別展「北京故宮博物院200選」(~2012年2月19日(日))には多くの傑作が展示されていますが、第Ⅰ部と第Ⅱ部で大分雰囲気が違うのをお感じになる方も多いでしょう。第Ⅰ部では中国芸術の頂点の一つである、宋元の書画や工芸の名品を展示し、第Ⅱ部では清朝の世界観を展示しています。前半の第Ⅰ部が息をのむ名品の数々だとしたら、後半の第Ⅱ部はワクワク、ドキドキするような作品で展示が構成されています。このような展示は、世界中でも北京故宮展にしか出来ません。
今回はまるで中国芸術の大きな流れをそのまま体感できるような展示なのですが、前半と後半の絵画の芸術性には大きな違いがあります。
宋元の書画を特色づけるのは、その生き生きとした墨の表現です。中国芸術では1000年以上あくことなく、作者の感情をそのまま写し出すような筆と墨による表現を追求してきました。作品に向き合えば、単色の墨のなかに、無限の色と精神が表現されているのを感じることができるでしょう。
(以降に掲載の画像はすべて中国・故宮博物院蔵。~2012年2月19日(日)展示)

 
(左)一級文物 桃竹錦鶏図軸(とうちくきんけいずじく) 王淵筆 元時代・至正9年(1349)
(右)一級文物 疏松幽岫図軸(そしょうゆうしょうずじく) 曹知白筆 元時代・至正11年(1351)


渇墨の表現が心に沁みいります。


しかし清朝の宮廷絵画になるとその華麗な色彩に眼を奪われます。例えば「乾隆帝像」。満州族の正装に身を包んだこの作品は、卓越した彩色技法が駆使されています。

 
乾隆帝像 清時代・乾隆元年(1736) (右)左画像拡大部分

輪郭をとることなく、正確なデッサンをもとにした典雅な造形。
イタリア人宣教師、カスティリオーネの作品です。
ほかの部分も、拡大してみましょう。

 
(左)袖口には金、青金(銀を混ぜた金)、銀の三色が使われています。
(右)五爪の龍にも金。黄色の発色が見事です。


 
(左)なまめかしい指先。
(右)見えにくいですが椅子には金泥を塗った上から色がかけられ、全体にキラキラと光り輝く印象を与えています。まさに西洋と東洋の絵画技法を駆使した「技のデパート!」。



乾隆帝の甲冑も同時に展示しています。絵画作品と比較してみましょう。
  
(左)一級文物 乾隆帝大閲像軸 清時代・18世紀
(中)一級文物 黒貂纓金龍文真珠飾冑(くろてんえいきんりゅうもんしんじゅかざりかぶと) 清時代・乾隆年間(1736-1795)
(右)明黄色繻子地金龍文刺繍甲(めいこうしょくしゅすじきんりゅうもんししゅうよろい) 清時代・18-19世紀


金属の輝きが見事に表現されています。
 
(左)一級文物 乾隆帝大閲像軸(部分) 清時代・18世紀
(右)一級文物 黒貂纓金龍文真珠飾冑(部分) 清時代・乾隆年間(1736-1795)


兜には細金による細やかな細工。一つ一つを克明に描きこんでいます。
 
(左)一級文物 乾隆帝大閲像軸(部分) 清時代・18世紀
(右)一級文物 黒貂纓金龍文真珠飾冑(部分) 清時代・乾隆年間(1736-1795)



「フェルメールブルー」ならぬ「清朝的青」。
息をのむような鮮やかな発色の青色と、白とピンクを基調にした布の取り合わせが、なんとも美しいですね。
 
雍正帝行楽図像冊 清時代・17-18世紀 (右)左画像拡大部分


このような清朝の絵画芸術は、南宋画や文人画を重視してきた従来の日本ではほとんど評価されてきませんでした。しかし、作品に静かに対面すれば、その技術の奥に秘められた、画家達の日々のたゆまぬ修練に感動を覚えることでしょう。皆様は第Ⅰ部と第Ⅱ部、どちらがお好きでしょうか?乾隆帝なら「どちらも素晴らしい!」、と言うかも知れません。

中国には「好事多磨(ハオシドゥオモォ)」(良い事には困難がつきものである)、という言葉があります。トーハクが20年以前から故宮と交流を重ね、ようやく実現するに至ったこの展覧会。私は最後の1年に加わったに過ぎませんが、今まで本当に多くの方の努力があってようやく実現したこの展覧会に、少しだけ加わることが出来たことを、心から喜んでいます。

お客様が帰られたあと会場にいると、展覧会の主役の一人、乾隆帝が作品を見に来ているような気がします。
トーハクでの乾隆帝ともあと数日でお別れです。

どうかあと少し、お見逃しなく!

カテゴリ:研究員のイチオシ2011年度の特別展

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posted by 塚本麿充(東洋室) at 2012年02月15日 (水)