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1089ブログ

正面を向いた龍(特集陳列「天翔ける龍」5)

新しい年がスタートしたと思ったら、早くも一月下旬になってしまいました。
今月末までの干支にまつわる特集陳列「天翔ける龍」(~2012年1月29日(日))は、もうお楽しみいただきましたでしょうか?

すでに特集陳列「天翔ける龍」シリーズブログの前回の「いろいろな龍に会えます」において、さまざまな龍の紹介がありました。
日本陶磁を担当している私は、前回も紹介されていた
伊万里の染付大皿の龍をとりあげて、ちょっと詳しく見てみたいと思います。

 
(左)染付雲龍図菊形皿 伊万里 江戸時代・18~19世紀 平野耕輔氏寄贈 (右)拡大

横広がりの顔にぎょろっとした目、団子鼻、きゅっと結んだ口からはみ出ている牙、
そしてうろこがびっしりの体は、まるでくねくねとダンスのポーズをとっているようにもに見えます。
思わず笑ってしまうような、ユーモラスな龍は何ともインパクトがあります。

ではこの絵を描いた人は、ちょっとおふざけをしてこの龍を描いたいたのでしょうか?
いえいえ。この正面を向いた龍には、れっきとした「お手本」がありました。
それは、中国の龍です。

中国では明の時代の後期頃から、
皇帝の使用するものに限って、正面に顔を向けている五爪(ごそう)の龍を文様としてきました。
その一例については、平成館で開催中の特別展「北京故宮博物院200選」(~2012年2月19日(日))のなか、
まさに清の皇帝の衣装の中に、見つけることができます。
 
(左)大紅色彩雲金龍文錦朝袍 清時代・雍正年間(1723~35) 中国・故宮博物院蔵 (右)拡大
(~2012年2月19日(日)展示)


2つの龍を比べて見てみると、正面を向いた顔はおせじにも似ているとはいえませんが
龍の長い胴体がとるポーズ ―― 頭の上部で胴がくるりと一回転したのち、左右にねじれる様子、
四本の手足が両側に広げられているところなどは、構図がよく似ていることがわかります。
(正面龍がほどこされた衣装は、ほかにもいくつかありますので、ぜひ特別展会場で探してみてください)


江戸時代後期、伊万里では染付の大皿が流行普及し、新しい文様意匠が次々と創案されました。
文様のなかにはには、それまではなかったようなやや奇をてらったものや
中国的なものへの関心を反映したものが多く含まれ、
この染付大皿作品も、そうした風潮のなかでうまれてきたものと考えられます。
ちなみに、龍の周りに書かれる「西如」「東海」「寿北」「南山」は、
中国で長寿を寿ぐ吉祥のことば
「福如東海、寿比南山」(福は東海の長く流れる水のように続き、寿は南山の不老松のように老いない)
を誤った解釈と表記で書き加えてしまったものと考えられています。


この大皿を描いた伊万里の絵師もまた、中国の意匠をもとにしながら、
大皿という大きな画面をめいっぱい活かすべく、龍を選んだのではないでしょうか。
正確なコピーはできなかったけれど、かえってそれが味わいを生んでいます。
もしかしたら、「完璧にうつす」ことはさほど重要ではなかったのかもしれません。


さて、この作品をきっかけに、私は俄然「正面を向いた龍」が気になりだしました。
展示室を探してみると、やきものでは青木木米の「染付龍濤文提重」の蓋の部分にも、正面を向いた五本爪の龍を発見できます。
 
(左)重要文化財 染付龍濤文提重 青木木米作 江戸時代・19世紀 笠置達氏寄贈
(右)作品の蓋の部分。左画像の矢印で指し示す赤い円の部分に注目してください。
(ただし、展示室では、把手の影になってしまうので少し見えづらいかもしれません)



文人であった木米は、中国や朝鮮のやきものについても広く研究を行っていました。
この作品も、主題を明代後期の万暦染付に倣ったものとされています。
染付大皿の龍と比べると、シャープで研ぎ澄まされた龍です。


こちらは清時代の瓦です。

褐釉龍文軒丸瓦 中国遼寧省瀋陽市北陵 清時代・17世紀 

径約15センチの小さなスペースに体を丸めるように龍が収まって、こちらを向いています。
清の第2代皇帝、太宗(たいそう)と皇后のお墓に用いられていたものということですので、
正面龍であることも納得がいきます。
お墓を守る勇ましい龍なのでしょうが、正面を向くと鼻がぺちゃっとして、どこかかわいらしい印象になります。


そもそも龍は、十二支の中でも唯一架空の動物ですから、
誰も龍を正面から見たことがないわけです。
もっとも、実際龍が目の前に飛んできたら、びっくりして凝視できないかもしれませんが・・・。
加えて、正面を向いた表現においては、龍の特徴である鼻先までの長い顔、長い胴体といった奥行きあるものを
迫力をもって表そうとするのは、かなり至難のわざといえるでしょう。
…というわけで話しを先の伊万里の大皿に戻せば、
この大皿を描いた人は、当人は意図していなかったかもしれませんが、
実はとってもチャレンジングな画題にとりくんでいたのです。
こうやって、この龍の背景にあるものを探ってみると、少し見え方が変わってくるように思えませんか?


龍の展示も、いよいよ残り1週間をきりました。
ぜひいろいろな龍と、文字どおり「向き合って」、この1年について思いを馳せながら
展示室で充実した楽しいひとときをお過ごしください。

カテゴリ:研究員のイチオシ博物館に初もうで

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posted by 横山梓(特別展室) at 2012年01月24日 (火)