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「みほとけ」だけじゃない 必見! 大報恩寺展の隠れた名品

開幕から2週目を迎えた特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」。運慶と並ぶ鎌倉初期のスター仏師である快慶はもちろん、その次世代にあたる定慶や行快といった仏師たちによる鎌倉彫刻の名品をご覧いただいています。
今回、展覧会開催に先立って作成されたポスターやチラシ、今さらケチをつけるのはなんですが、個人的にはちょっと不満があります。これを見たら彫刻オンリーの展覧会といった印象が強いのではないかと思うからです。


   
彫刻ばかりのチラシや図録。これを見たら、普通彫刻だけの展覧会と思いますよね? 図録の表紙も「みほとけ」メインのビジュアル。

ですがこの展覧会、「みほとけ」以外にも隠れた注目作品があります。今回はそんな作品の一つをご紹介したいと思います。会場入ってすぐ、「大報恩寺の歴史と寺宝-大報恩寺と北野経王堂」のコーナーで展示している北野経王堂図扇面です。


 



展覧会最初の部屋。こちらが今日の話の主役です。

大報恩寺の展覧会なのに北野経王堂? そもそも北野経王堂ってなんだ? 展覧会に文句を言っておきながら、何を血迷ったこと言っているんだ!
おっしゃる通り。当然の疑問とお叱りですが、落ち着いてちょっと話を聞いて下さい。大報恩寺には北野経王堂ゆかりの文化財が数多く伝来しています。そして大報恩寺の歴史を考える上で、北野経王堂は切っても切れない関係にあるのです。
北野経王堂は室町幕府3代将軍足利義満が建てた仏堂で、大報恩寺のご近所である北野天満宮の南にありました。ここでは、北野万部経会という千人の僧が十日間にわたり法華経を読む大規模な仏事が、応仁の乱まではほぼ毎年行なわれていたようです。室町時代後期には経王堂の管理を大報恩寺が行なうようになりますが、江戸時代には衰退し、最終的にここにあった宝物の多くは大報恩寺に移されました。今回出陳頂いている北野経王堂一切経や傅大士坐像および二童子立像、そして六観音菩薩像も、実はもともとこの北野経王堂にあった宝物です。



重要文化財 北野経王堂一切経 応永19年(1412) 京都・大報恩寺蔵
(会期途中に帖替え有り)
総数五〇四八帖を数える北野経王堂一切経。一切経は膨大な数のため版木で刷られたものが一般的ですが、この一切経は一筆一筆写されたものとして大変貴重です。しかも約5ヶ月間という驚異的なスピードで書写されました。



重要文化財 傅大士坐像および二童子立像 院隆作 室町時代・応永25年(1418) 京都・大報恩寺蔵
一切経の納められていた輪蔵の守護神として造られました。傅大士は古代中国で一切経を納める回転式の本棚、輪蔵を初めて考案した人物だそうです。


そしてこの経王堂、今はほとんどその名を知る人はいないと思いますが、当時としてはちょっとした有名スポットだったようで、多くの洛中洛外図に描かれています。例えば、今回展示している洛中洛外図屏風(模本)。


   
洛中洛外図屏風(模本) 中村三之丞他筆 江戸時代・17世紀(原本=室町時代・16世紀) 東京国立博物館蔵
(展示期間:10月2日(火)~10月28日(日)) 
江戸時代の模本ですが、原本は室町時代に描かれた貴重な作。室町時代にさかのぼる洛中洛外図屏風は、本作含め四件しか確認されていません。


北野天満宮の朱塗りの鳥居の左手(南側)、瓦葺きの建物が北野経王堂で、天満宮の右下(東側)、「北野しやか(釈迦)堂」、つまり大報恩寺も描かれています。
室町時代には、こうした京都の景観を一望に描く屏風とともに、それぞれの名所を扇面や色紙に描く作例も現われます。今回ご紹介する北野経王堂図扇面も、様々な名所を描いた扇面のセットのうちの一つと考えられます。画面をよく見てみましょう。



北野経王堂図扇面 室町時代・16世紀
(展示期間:10月2日(火)~10月28日(日))

画面はまさに北野万部経会の賑わいを描くものです。お堂の手前に賽銭箱が見えるのも興味深いところで、正面には「経王堂」の扁額が掛かります。本展にも経王堂に掲げられていたという扁額が出陳されていますが、こちらは縦長。扇面は横長。たくさんの京中の名所を描かなくてはならないのですから、このあたりはご愛敬です。堂内では多くの僧侶が手に経巻を持ち、大きく口を開けてお経を読んでいる姿が描かれます。僧侶の朗らかな表情に、見ていて思わず笑みがこぼれます。

経王堂での万部経会を描く作例は本図のほかに上杉本「洛中洛外図屏風」しか確認できないため、大変貴重な作例です。しかも、後期に展示する、同じ画題の「北野経王堂図扇面」が、堂内はがらんどうで少しさみしい感じがするのとは対照的です。



北野経王堂図扇面 狩野宗秀筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵 
展示期間:10月30日(火)~12月9日(日))
こちらは北野天満宮の大鳥居や影向の松を描き、経王堂そのものというよりは「北野」という地に焦点を当てた作品だと考えられます。


この扇面が描かれた室町時代後期には、北野万部経会はほとんど行なわれていませんでした。つまりこの万部経会の賑わいは、当時にとっては過去の出来事、現実には「フィクション」でもあったわけです。それをなぜ、このように賑やかに描いているのか?
北野万部経会は歴代の室町将軍が主導して行なわれた仏事でした。おそらく本図には、応仁の乱以前の京都の賑わいを復古的に描くような意図があったのでしょう。そしてこの仏事が室町将軍に関わるものであったということは、本図制作の背景に将軍家に近い人物の関与を想起させます。

この北野経王堂図扇面は、本展のメイン作たる彫刻作品に比べるととてもささやかな作品かもしれません。ですが金色に輝く雲間からのぞく経王堂は大変華やかです。しかも画中の人物たちは皆々とても楽しそうで、見ているこちらもなんだか楽しくなってきます。
万部経会が、僧たちの読むお経を聞くことが本来的な目的であったとは言え、今ではさながらコンサートやライブ、観劇やスポーツ観戦、そして展覧会を見に行くような感覚だったのではないかと思います。厳かな仏事というよりは、非日常の楽しいイベント(お祭り)に参加しているようなノリだったのではないでしょうか。そんな室町人の底抜けの明るさのようなものが、この画面から感じられます。
この画面の外には、食べ物屋さんやお土産を売るような屋台とかたくさんあったんだろうなあ… などと、さらに余計なことを一人妄想しながら、この北野経王堂図扇面を展示していたのでした。そんな思いの詰まった(?)この作品が見られるのも10月28日(日)まで。「みほとけ」だけではない、大報恩寺展の魅力あふれる作品をぜひともお見逃しなく。

カテゴリ:研究員のイチオシ2018年度の特別展

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posted by 土屋貴裕(特別展室主任研究員) at 2018年10月11日 (木)

 

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