このページの本文へ移動

1089ブログ

世代を重ねるおしゃれ タオ族の胸飾(むなかざり)

ちょうどこのブログを書いていると、韓国の小説家ハン・ガン女史がノーベル文学賞を受賞されたニュースが報じられました。すでに翻訳されている本もあるらしいので、この機会に読んでみたいと思います。

ひと昔前に比べると、近年はアジアの翻訳小説を書店で見かけることが多くなったように感じます。最近に私が読んだのは台湾の翻訳小説で、ハートフルな『台湾漫遊鉄道のふたり』、ミステリーものの『炒飯狙撃手(チャーハン・スナイパー)』、歴史小説の『フォルモサに吹く風』などです。どれもそれぞれに面白く読みましたが、博物館の研究職という立場からすると、『フォルモサに吹く風』は台湾に暮らす原住民族(げんじゅうみんぞく)のありし日の生活を目の当たりにするようで、東博が所蔵する民族資料への想像力をかきたてられました。 
台湾の翻訳小説
『台湾漫遊鉄道のふたり』(楊双子著、三浦裕子訳、中央公論新社)は紀行グルメの体裁で、二人の女性の友情を描く。『炒飯狙撃手』(張國立著、玉田誠訳、ハーパーコリンズ・ジャパン)はチャーハン屋の店主が凄腕(すごうで)のスナイパーという設定で、台湾の疑獄(ぎごく)事件を描く。『フォルモサに吹く風』(陳耀昌著、大洞敦史訳、東方書店)は鄭成功(ていせいこう)が活躍した時代のフォルモサ(台湾のこと)を舞台に、原住民族、オランダ人、漢民族たちの交流や対立を描く。
 
現在の台湾の主要民族は、中国大陸から移住した漢民族ですが、漢民族が移住する前から台湾には古くから人々が暮らしていました。それらの人々は、はるか昔に海流に乗って太平洋の島々に広がった人々と関係があると考えられており、原住民族とよばれています。台湾の原住民族は現在16部族が認定されています。台湾本島から南東方向に約90キロの沖合に蘭嶼(らんしょ)という小さな島があり、そこはタオ族が暮らす土地です。春になると、蘭嶼のまわりにはトビウオの群れがやってきます。タオ族の人々はトビウオ漁をはじめとする漁業やタロイモの栽培などをして暮らしてきた海の民です。 
蘭嶼(らんしょ)の景色
青く広がる海原のなか、ゴツゴツした岩の海岸にかこまれた島のほとんどは山地ばかり。車なら島の周囲を1時間ほどで1周できる大きさで、島の全体には森林が広がっている。
 
台湾の原住民族は、話す言葉によって、大ざっぱにオーストロネシア語族にくくられていますが、細かくいえば、タオ族の言葉は台湾本島よりもフィリピンのバタン島との方が近いようで、バタン島の人たちとは通訳なしでも話せるとのことです。タオ族の人々は死や血をタブーとする信仰が強く、死者の霊(アニト)と触れ合う際には籐(とう)や魚皮(ぎょひ)で作られた甲冑を着て、刀を帯びて、槍(やり)を構える作法があります。タオ族の気質は温厚とされ、争いのときには鎧を着ますが、刀や槍などの武器は使わず、石を投げ合って血が出たらやめるというものだったそうです。東博には、そのようなタオ族の暮らしにまつわる資料が保管されています。 
「台湾の海の民 タオ族の生活文化」の展示
現在、東洋館13室にて展示中の「台湾の海の民 タオ族の生活文化」。トビウオ漁に用いる舟の模型や道具、男性が着用する籐製の甲冑、女性が着用する胸飾などを展示している。
 
ただいま「博物館でアジアの旅 アジアのおしゃれ」(東洋館、11月10日(日)まで)で展示中の胸飾(むなかざり)は、タオ族の女性が着飾ったものです。メノウやガラスのビーズを連ねて作られ、母から娘、そのまた娘へと受け継がれるアクセサリーです。もしも受け継ぐ娘に姉妹がいれば、娘たちは胸飾を分けて、さらに自分でビーズを付け足すなどして、もとの部分を残しつつ少しずつ変化させながら伝えてゆきます。 

 

タオ族の胸飾・銀製腕輪 ともに台湾、台東県蘭嶼 19世紀後半~20世紀初頭
胸飾が少しずつ変化しながら伝承されるのは、まるで人間の遺伝子がアクセサリーで表現されているようにも思われる。タオ族の男女は銀製の腕輪をはめるが、これは交易で入手した銀貨を叩き延ばして作られた。
 
現在でもタオ族の女性はこのような胸飾りを大切にしていて、お祭りなどの晴れがましい日には身に付けて美しく装います。そのおしゃれには世代を重ねた心が込められているのでした。
 

カテゴリ:博物館でアジアの旅

| 記事URL |

posted by 猪熊兼樹(工芸室長) at 2024年10月23日 (水)

 

東博の仲間になった作品たち――令和5年度新収品

東京国立博物館(以下、東博)の収蔵品は、12万件に及びます。
明治5年(1872)の創立以来、150年の歴史のなかで少しずつ収集し、収蔵品を増やしてきました。
そもそも、博物館の役割として、資料の収集、保管、展示、調査研究が挙げられますが、資料なくしては展示も成り立たず、「収集」はその根幹に関わる重要な業務といえます。

といっても、どうやって収集するのでしょうか。
もっとも基本的な方法は、「寄贈」と「購入」です。
志のある所蔵者からご寄贈いただいたり、市場にある作品を購入したりすることで、基礎体力ともいえる収蔵品を増やす努力を続けています。

足しげく通っていただいているお客様のなかには、「この作品、前はなかったな」と気づかれる方がいらっしゃるかもしれません。
東博の収蔵品は、残念ながら日本・東洋の豊かな造形文化を伝えるには完璧ではありません。
少しずつ作品の仲間を増やしていくことで、より魅力的な展示ができるようになっていくのです。

さて、こうして増えた仲間たちは、毎年1年分の寄贈・購入作品のなかから選りすぐり、翌年度に新収品展としてみなさまにお披露目の場を設けております。
令和5年度分として現在、平成館企画展示室で特集「令和5年度新収品」を開催し、計22件の新収品をご覧いただけます(2024年11月10日(日)まで)。
本ブログではその一部をご紹介しましょう。


展示室入口



加彩官人 中国 北魏時代・6世紀 香取敬三氏・香取亜紀子氏寄贈(TG-3118)

会場入口でお出迎えするのは、中国・北魏時代(6世紀)の俑「加彩官人」です。
俑とは、亡くなった方とともにお墓に埋葬される人形で、これは焼き物に彩色を施しています。
冠を被った人物を表わし、すらりとした立ち姿が印象的。
高さが60センチに及ぶ、この時期の俑としては破格の大きさを誇る点でも大変貴重です。



源氏物語図屏風(若菜上) 伝土佐光則筆 江戸時代・17世紀(A-12490)

続いて、「源氏物語図屏風(若菜上)」が右手の書画を展示したケースに彩を添えます。
『源氏物語』はさまざまな名場面が屏風や絵巻といった絵画作品に表わされましたが、これは第34帖「若菜上」のなかで、貴公子の柏木が女三宮と出会う蹴鞠の様子を描きます。
中央で蹴鞠をする4人の人物のうち、後ろを振り返るのが柏木。
猫が御簾から飛び出したために、ちらっと姿が見えているのが女三宮で、バッチリ目が合ってますね。
江戸時代前期(17世紀)のやまと絵師土佐光則の作と伝えられます。



重要文化財 太刀 長船則光 室町時代・長禄3年(1459)(F-20269)

左手のケースは、重要文化財に指定される「太刀」から展示が始まります。
こちらは、通常は柄に覆われて見えない茎(なかご)という部分に銘文が記され、美作国鷹取庄黒坂(現岡山県勝田郡勝央町黒坂)の領主とみられる鷹取泰佐(たかとりたいすけ)が、長禄3年(1459)に、名刀の製作地として知られる備前長船の刀工則光(のりみつ)を招いて製作させたことがわかります。
東博で刀剣の魅力を伝えるうえで、欠かせない仲間になることでしょう。


 
振袖 黒金通し縮緬地流水に百花模様 昭和時代・20世紀 小塚四郎氏・和子氏寄贈(I-4606)

こちらのケースでひときわ目を惹くのは、友禅染の振袖です。
全面に金の箔糸を織入れた豪華な生地に、流水を背景として梅や木蓮、藤、牡丹といった華やかな花々をあしらいます。
ラメ箔糸なども駆使した、近代の着物の名品として数えられるでしょう。


特別展「きもの KIMONO」図録表紙


担当者から教えてもらって、「あ!」と驚いたのですが、じつは2020年の特別展「きもの KIMONO」の図録表紙にも採用された作品でもあります。
当時、わたしも展示室で大胆なデザインに圧倒されましたが、ご縁があり、その後東博の仲間になったことをとても嬉しく思います。


これに限らず、新収品はさまざまなご縁があってこの場にあります。
今後、それぞれのジャンルの展示室で活躍することと思いますが、同期生と一緒にひとつの展示室でご覧いただけるのはこれが最初で最後になるでしょう。
この貴重な機会に、ぜひ新しい仲間たちをご覧いただければ幸いです。

 
特集「令和5年度新収品」展示室風景

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

| 記事URL |

posted by 西木政統 (列品管理課) at 2024年10月21日 (月)

 

挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」開幕!

挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」が10月16日(水)より開幕しました。

本展は、当館が所蔵する「埴輪 挂甲の武人」が昭和49(1974)年に国宝に指定されてから50周年を迎えることを記念するものです。

国宝 埴輪 挂甲の武人
群馬県太田市飯塚町出土 古墳時代・6世紀 東京国立博物館蔵


東北から九州まで、全国約50箇所の所蔵・保管先から約120件の至宝が空前の規模で集結しています!
展示室の様子をさっそく見てみましょう。

入口で皆さまをお迎えするのは、今年の3月末に修理が完了し初のお披露目となる「埴輪 踊る人々」です。

埴輪 踊る人々
埼玉県熊谷市 野原古墳出土 古墳時代・6世紀 
東京国立博物館蔵

「埴輪」と言えばこの姿を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
丸い目とぽかんと開いた口。当館の代表的な所蔵品のひとつです。

第1章「王の登場」は、なんと国宝だけで構成された贅沢な展示室です。

国宝 金象嵌銘大刀(きんぞうがんめいたち)
奈良県天理市 東大寺山古墳出土 古墳時代・4世紀 
東京国立博物館蔵


国宝 金製耳飾(きんせいみみかざり)
熊本県和水町 江田船山古墳出土 古墳時代・5~6世紀 
東京国立博物館蔵

中国大陸や朝鮮半島との関係を示す国際色豊かな副葬品から、当時の朝鮮半島の最新ファッションまで、埴輪がつくられた時代とその背景をうかがい知ることができます。

第2章「大王の埴輪」に進むと、大迫力の円筒埴輪が登場。

重要文化財 円筒埴輪
奈良県桜井市 メスリ山古墳出土 古墳時代・4世紀
奈良県立橿原考古学研究所附属博物館蔵


大きさもさることながら、驚くべきはその薄さ。技術の高さにもご注目ください。

そしてさらに進むと…

第3章「埴輪の造形」では、北は岩手県、南は鹿児島県まで日本列島の幅広い地域でつくられた埴輪をご紹介します。
かなり個性的で独特な造形の埴輪たちに出会うことができます。

目が合ってしまう円筒埴輪や…

顔付円筒埴輪
群馬県前橋市 中二子古墳出土 古墳時代・6世紀
群馬・前橋市教育委員会蔵(大室はにわ館保管)


中心の家のまわりに四つの小さな建物がついた珍しい家形埴輪など…

重要文化財 子持家形埴輪
宮崎県西都市 西都原古墳群出土 古墳時代・5世紀 
東京国立博物館蔵

まだご紹介したい埴輪がたくさんありますが、次に進みましょう。

第2会場に入ると、遂にあの埴輪たちが集結!

(左から)重要文化財 埴輪 挂甲の武人 群馬県太田市世良田町出土 古墳時代・6世紀 奈良・天理大学附属天理参考館蔵
埴輪 挂甲の武人 群馬県太田市出土 古墳時代・6世紀 アメリカ・シアトル美術館蔵
国宝 埴輪 挂甲の武人 群馬県太田市飯塚町出土 古墳時代・6世紀 東京国立博物館蔵
埴輪 挂甲の武人 群馬県伊勢崎市安堀町出土 古墳時代・6世紀 千葉・国立歴史民俗博物館蔵
重要文化財 埴輪 挂甲の武人 群馬県太田市成塚町出土 古墳時代・6世紀 群馬・(公財)相川考古館蔵

5体の挂甲の武人に囲まれると、自分が古墳時代の王になって守られているような気持ちを味わうことができます。
兄弟のようによく似た5体ですが、身につけている武具や足の表現などに細かい違いがあります。ぜひ会場でじっくり360度ご鑑賞ください。

そして、詳細な観察・分析を経て制作された埴輪 挂甲の武人の彩色復元が登場。製作当時の姿をご覧いただけます。

埴輪 挂甲の武人(彩色復元)
令和5(2023)年
原品:群馬県太田市飯塚町出土 古墳時代・6世紀 東京国立博物館蔵
制作:文化財活用センター

第5章「物語をつたえる埴輪」は、複数の人物埴輪や動物埴輪などの組み合わせで表現される”物語”に着目した展示になっています。

古墳をガードする盾を持った人物や、四股を踏み土地を鎮める力士など、様々な役割を担った人物埴輪がずらっと並んでいます。


こちらには動物埴輪がたくさん並び、まるで行進しているようです!



犬形埴輪
群馬県伊勢崎市 剛志(上武士)天神山古墳出土 古墳時代・6世紀
東京国立博物館蔵

こちらは犬形埴輪。首輪には鈴がつけられており、人に飼われていることが分かります。
古墳時代から首輪に鈴をつけていたんですね…

最後の展示室、エピローグ「日本人と埴輪の再会」では、近世以降から現代にいたるまで、埴輪がどのように捉えられてきたかを紹介します。

武人埴輪模型
吉田白嶺 大正元年(1912年) 
東京国立博物館蔵

鎧兜を身につけた平安時代の武者姿。明治天皇陵(京都府京都市 伏見桃山陵)に奉献された埴輪と同じ型でつくられたものといわれています。
江戸時代以降、考古遺物への関心が高まったことで、埴輪が再び注目されるようになりました。

埴輪の魅力が満載の展示室をご覧になった後は、ぜひ会場内特設ショップにもお立ち寄りください!

特別展「はにわ」は12月8日(日)まで、金曜日・土曜日、そして11月3日(日・祝)は20時まで(入館は19時30分まで)夜間開館を実施します。
東京会場でのみ展示の作品もございますので、お見逃しなく!

挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」公式サイト

 

カテゴリ:「はにわ」

| 記事URL |

posted by 小松亜希子(広報室) at 2024年10月18日 (金)

 

もうひとつの図譜の魅力―特集「江戸時代の図譜文化―堀田正敦編『禽譜』とその魅力」番外編

本館15室で10月上旬まで開催していた特集「江戸時代の図譜文化―堀田正敦編『禽譜』とその魅力」(2024年10月6日(日)まで)を担当した研究員の長倉です。
本特集では、江戸時代初期における解説文中心の「譜」から、徐々に図が加わる「図譜」へと変遷していく歴史的過程と、図譜制作者が本草学者だけでなく、大名、絵師、医師などに広がっていく様子を魅力として紹介していました。
このブログでは、私自身が感じている、もう一つの魅力を紹介したいと思います。


特集「江戸時代の図譜文化―堀田正敦編『禽譜』とその魅力」の展示風景

図譜の説明文をよく読んでみると、説明文を書いている人物は、実際に対象をみているのではなく図をもとに解説していることに気づきます。

(図1)禽譜 水禽1(きんぷ すいきん)(部分)
堀田正敦編 江戸時代・18~19世紀写
図1の解説文
解説には、「未た親く見ず。松山侯の写真を謄写し後寛政五年阿魯斉主人齎来る所の図中にこの鳥あり。(後略)」とあります。

 


(図2)禽譜 水禽1(部分)
左側の解説には「仙台侯の蔵図中になり。其図を見るに常のカモより稍大。(後略)」とあります。


さらに他の図の書き込みをみると、いくつかの図を照会、比較しながら解説していることもうかがえます。


(図3)禽譜 水禽1(部分)
左側の解説には「これもサクガモ一種と見ゆ。黄水鴨の名は毛色を以名をつけしものにや」とあります。



(図4)禽譜 水禽1(部分)
こちらの解説文にも「これも薩州侯の蔵図を伝写せしもの也。(後略)」とあります。


また、解説文を読んでいると、同じ筆跡が同一の図譜の中のあちこちにあることに気づきます。

(図5)禽譜 水禽1(部分)
図5の解説文拡大図

 

(図6)禽譜 水禽1(部分)
図6の解説文拡大図

 

(図7)禽譜 水禽1(部分)
図7の解説文拡大図

 

これらはわずかな事例ながら、図譜を著した人物の考えや、図譜の編纂の過程を示すものと考えられます。
図7の文章の終わりに「栗瑞見」と名前が記載されているように、この3例は幕府奥医師であった栗本丹洲(1756~1834)による解説です。丹洲は独特の文字ゆえ、容易に気付きます。ちなみに、丹洲は多くの図譜を残していることから、他の図譜でもこの文字を追いかけることができます。

(図8)栗氏図森(りっしずしん)(部分)
栗本丹洲著、狩野惟信他画 江戸時代・18~19世紀

(図9)栗氏図森(りっしずしん)(部分)
栗本丹洲著、狩野惟信他画 江戸時代・18~19世紀

(図10)鴆説(ちんせつ)
栗本丹洲著、増島蘭園跋 江戸時代・文政2年(1819)序

図譜に書き込まれた文章は、比較的読みやすい文字で書かれています。今後も図譜をご紹介していきます。図だけでなく解説文にも注目していただき、皆さまにとっての「魅力」を発見していただければと思います。

カテゴリ:書跡特集・特別公開

| 記事URL |

posted by 長倉絵梨子(書跡・歴史担当研究員) at 2024年10月17日 (木)

 

アジアのおしゃれファッション

東洋館では毎年恒例「博物館でアジアの旅」(2024年10月1日(火)~11月10日(日))を開催中です。
東洋館正面玄関
 
今年のテーマは「アジアのおしゃれ」!衣装やファッションアイテムなど、「おしゃれ」にまつわる作品をピックアップして、展示しています。衣装は身にまとっていた人々の個性を如実に反映しているものではないでしょうか。作品を見てみると、今の私たちとそう変わらないように、時代や地域を問わず、人々がおしゃれを楽しんでいたことが伝わってきます。
 
例えば、3階の5室、中国の染織に展示されている、こちらの作品。
坎肩(カンジェン) 紅透紋紗地花蝶文様 中国 清時代・19世紀
 
これは坎肩(カンジェン)とよばれる、女性のチョッキ型の衣装です。おそらくは清時代の身分の高い女性がまとっていたものと考えられます。
清は17世紀から20世紀初頭まで、中国本土からモンゴル高原にかけて、満州族が治めた中国の王朝でした。古くより満州族が乗馬を得意としていたことから、衣装の装飾性だけでなく、実用性も重要でした。
このようなベストは、まさにおしゃれだけでなく防寒用としても活躍したことでしょう。
 
細部を見てみますと…
坎肩(カンジェン) 部分1
 
絹糸をたっぷりと使った、繊細な刺繡で表現された牡丹と蝶がみえます。牡丹は段ごとに色糸を変え、見事なグラデーションを表現しています。蝶も細かく刺し方を変えることで、まるで本物のような質感を生み出しています。
牡丹は、富や高い身分を示す「富貴」の花として親しまれ、さらに蝶(dié)という漢字は70歳を示す「耄耋(ぼうてつ)」の「耋(dié)」と、中国語で同じ発音をします。つまり、蝶には長寿の願いが込められているのです。
見た目に華やかなだけでなく、吉祥文様が込められているという点も、ワンランク上のおしゃれを演出していますね。
 
また、身頃の紅色の部分 について、作品前面ではほぼ見えないのが残念なのですが…
坎肩(カンジェン) 部分2
坎肩(カンジェン) 部分3
 
実はクローズアップすると、こんな風に織られています。
経糸(たていと)と緯糸(よこいと)1本ずつ交差する平織がひろがる中に、よく見ると、経糸2本がクロスするように重なり、その間に緯糸が1本はいっている箇所がみられます。
このように、経糸と緯糸が交差するような形、これを綟る(もじる)と呼びますが、この綟った隙間に緯糸1本を入れるという「紗(しゃ)」と呼ばれる組織を使うことで、一部を透けるように織り出しているのです 。使う裂(きれ)の細かな部分にまで気を配っていることが分かります。
工夫を凝らした部分が、表からあまり見えないというのは、私からするともったいない気がしますが、現代の私たちが靴下や衿元でチラ見せのおしゃれを楽しむように、「見えない部分のおしゃれ」を楽しんでいたのかもしれません。
 
次に、地下1階、13室のアジアの染織から、びっくりするような手わざで織り出された、おしゃれアイテムです。
このパトラ(経緯絣〈たてよこがすり〉)は絣(かすり)と呼ばれる技法で製作されています。4m超える長さから、おそらくサリー(インドの民族衣装)として着用されたのでしょう。
パトラ 赤紫地花文様経緯絣 インド・グジャラート 19世紀
 
パトラ 部分1
パトラ 部分2
 
小花文様が整然と展開しており、みるだけでも美しい作品です。
さて、絣(かすり)というのは織り出したい文様にあわせて、あらかじめ糸を染めます。このクローズアップ写真でわかる通り、経糸・緯糸それぞれ一列に複数の色がみえることから、1本の糸を数種類の染料を用いて染めていることが分かります。
長さ4mもある糸を複数の色に染め分けるだけでも、大変な労力を要します。これだけでも息が切れてしまいそうですが、もちろん織物にするためには、織り上げなければなりません。
染め分けた細い絹糸を何本も用意し、それらを経糸と緯糸の両方に使い、文様がかみ合うように緻密に織り上げていきます。
驚くほど巧みな技術と、想像を超える忍耐力のたまものの「おしゃれ」です。
パトラをまとった女性(イメージ)
 
サリーとして着用する際には、腰でたっぷりとひだを取ったうえで、身体に巻き付けていたのではないでしょうか。こちらはあくまでも想定図になりますが、一枚の織物がどんなふうにまとわれていたのか、展示室で想像していただけると嬉しいです。
このパトラは、音声ガイドシステムVOXX LITEの対象作品です。音声で経緯絣(たてよこがすり)の技法について、さらに詳しく説明していますので、ぜひ聞いてみてくださいね。
 
ここではご紹介しきれなかった、アジアのおしゃれアイテム、東洋館にまだまだございます。
自分だったらこれが着てみたい!このアイテム素敵!などなど、きっとお気に入りがみつかることと思います。
「博物館でアジアの旅」、みなさまもおめかしして、ぜひお楽しみください!
 

カテゴリ:博物館でアジアの旅

| 記事URL |

posted by 沼沢ゆかり(文化財活用センター研究員) at 2024年10月09日 (水)