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呉昌碩の書・画・印 その6「60代の呉昌碩」

台東区立書道博物館の連携企画「呉昌碩の書・画・印」(~2011年11月6日(日))をより深くお楽しみいただくための連載企画をお届けします。 今日は第6回目です。

呉昌碩の60代は「寡作の時期」といわれています。日本での中国文化の流行を背景に、引く手あまたの人気作家として日本人顧客の注文に応え、驚異的な数を誇る70代以降に比べると、日本に現存する作品数は限られていますが、今回はいずれも純粋な創作活動の一端を示す粒ぞろいの作品を展示しています。

石榴図扇面
石榴図扇面 呉昌碩筆 清時代・光緒29年(1903)60歳 青山慶示氏寄贈 東京国立博物館蔵
(~2011年11月6日(日)書道博物館で展示)


篆書 觴詠墨縁
篆書「觴詠墨縁」軸 呉昌碩筆 中華民国・民国元年(1912)69歳 林宗毅氏寄贈 東京国立博物館蔵
(~2011年11月6日(日)東京国立博物館で展示)



呉昌碩64歳の「桃実図」は、紙面を大胆に分割し、みずみずしい桃の実を描いた作品です。気品あふれる淡紅色は、60代以前に多くみられる特徴です。
70代に入ると作品の依頼主である日本人たちが「色のこってりした、趣のぽってりしたもの」を好んだこともあり、この桃の実にみられるような透明感あふれる著色をほどこすことは少なくなります。

桃実図
桃実図 呉昌碩筆 清時代・光緒33年(1907)64歳 高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵
(~2011年11月6日(日)東京国立博物館で展示)



1911年に起こった辛亥革命は、呉昌碩の創作活動にも影響を与えたようです。
民国元年(1912)69歳で、これまで用いていた俊卿(しゅんけい)を廃し昌碩と改めたことは、書・画・印に専念する呉昌碩の志を反映した象徴的な出来事といえるでしょう。
また、60代は対外的な活動が顕著になってきた時期でもあります。
呉昌碩が61歳の光緒30年(1904)に、杭州の印学団体・西泠印社(せいれいいんしゃ)が創立、60代の時期、すでに芸苑で実力と名声をほしいままにしていた呉昌碩は、9年後に同社の初代社長に就任することとなります。

西泠印社(中国・浙江省杭州市)内の風景(文泉と華厳経塔)
西泠印社(中国・浙江省杭州市)内の風景(文泉と華厳経塔)。
敷地内の建物には「呉昌碩記念室」が設けられ、呉昌碩の業績が顕彰されています。



光緒32年(1904)62歳のとき、呉昌碩に師事していた日本の印人・河井荃廬(かわいせんろ・1871~1945)は西泠印社の社員となり、日中の篆刻史に大きな足跡を残しました。これは呉昌碩の助力によるところが大きかったと推察されます。また、この頃の呉昌碩は、日本人の求めに応じて印を刻すことも少なくなかったようです。

画業は、趙子雲(ちょうしうん・1874~1955)などの弟子を擁するまでになり、宣統2年(1910)には上海にて中国書画研究会(後の海上題襟館金石書画会)の設立に参画します。

対外的な活動が盛んになるなかで、呉昌碩の盛名は日本にも届くようになりました。69歳の民国元年(1912)、日本ではじめて刊行された呉昌碩作品集『昌碩画存(しょうせきがそん)』(編集・発行 田中慶太郎)は呉昌碩の書や画を一般の人々に知らしめる契機ともなりました。

長尾雨山(ながおうざん・1864~1942)や内藤湖南(ないとうこなん・1866~1934)と親交し、中国美術の専門家のみならず広く美術界の人々を魅了した呉昌碩。近代日本美術の礎を築いた岡倉天心(おかくらてんしん)の愛弟子・中川忠順(なかがわただより・1873~1928)、彫刻家・朝倉文夫(あさくらふみお)の師匠・新海竹太郎(しんかいたけたろう・1873~1928)、雑誌『国華』編集委員を務めた田中豊藏(たなかとよぞう・1881~1948)といった美術界の名だたる人物が呉昌碩作品を蒐集し、その作品に憧憬を抱いていました。

60代は、書・画・印において確固たる地位を築き、清朝の伝統を継承する巨匠として海外に名を轟かせるまでの熟成期間とも考えられます。その後、呉昌碩の作品は中国国内だけでなく日本の芸術家にも大いに影響を与えていくこととなるのです。

今回、東京国立博物館・台東区立書道博物館の両会場では60代の作品を6件展示しています。
ご紹介できなかった下記3作品もあわせてお楽しみいただければ幸いです。


【書】臨石鼓文軸 呉昌碩筆 清時代・宣統2年(1910)67歳 林宗毅氏寄贈 東京国立博物館蔵
(~2011年11月6日(日) 東京国立博物館で展示)
【書】篆書七言聯 呉昌碩筆 清時代・宣統2年(1910) 67歳 台東区立書道博物館蔵
(~2011年11月6日(日) 台東区立書道博物館で展示)
【書】開通褒斜道刻石跋 呉昌碩筆 中華民国・民国元年(1912) 69歳 台東区立書道博物館蔵
(~2011年11月6日(日) 台東区立書道博物館で展示)
 

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 佐々木佑記(台東区立書道博物館) at 2011年10月27日 (木)