本館特別5室で開催中の特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」も閉幕まで残り1か月をきりました(11月30日(日)まで)。
会場では、鎌倉時代に運慶一門によって復興された祈りの空間をご体感いただけます。
(左から)世親菩薩立像、弥勒如来坐像、無著菩薩立像 すべて国宝 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置
ところで、北円堂にはもう一つ、小さな祈りの空間がひろがっていることをご存知でしょうか。それは、ご本尊である弥勒如来坐像の内部。直接拝することはかないませんが、本展の開催にともない当館で実施したX線CT撮影により、具体的な様相が明らかになりました。ここでは、その一部をご紹介いたします。
国宝 弥勒如来坐像(部分) 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置
同X線断層(CT)(作成:宮田将寛)
右側が今回当館で撮影したX線CTの画像です。像の内側が空洞になるように彫りこまれ、首、そして背中側の胸の高さに納入品が固定されていることが分かります。そもそも、仏像の像内は聖なる空間と考えられており、日本では平安時代以降、木彫像の内部を彫って空間をつくり、像に霊性を与える物や造像を取り巻く人々の願いにかかわる物が納められてきました。当然のことながら人目に触れることはなく、X線CT撮影が導入される以前は、修理の際にその存在がはじめて確認される場合がほとんどでした。北円堂弥勒如来坐像の納入品も、昭和9年(1934)に実施された解体修理の際に発見されています。修理後、納入品は元のとおり像内に戻されたため、これまでは当時撮影された貴重な写真と調書から、その存在を想像する他ありませんでした。今回のX線CT撮影により、およそ90年ぶりにその存在が確かめられたことになります。
それぞれの納入品をみてみましょう。
体部納入品(画像提供:文化庁)
背中側、胸の高さに込められた納入品です。蓮台の上に固定された水晶珠で、仏の魂である心月輪(しんがちりん)を表します。
頭部納入品全体像(画像提供:奈良国立博物館)
こちらは、首の辺りに込められた納入品。黒漆塗りの厨子、厨子を前後から挟む板彫五輪塔、五輪塔の後方に括りつけられた宝篋印陀羅尼経(ほうきょういんだらにきょう)が、板の上に固定されています。
厨子内部
板彫五輪塔に挟まれた黒漆塗り厨子の内部には、像高わずか7.1センチメートルの弥勒菩薩立像と奉籠願文(ほうろうがんもん)が納められています。この弥勒菩薩立像は、小像ながら大変見事な出来栄えで、運慶の作と推測する魅力的な見解があります。今回のX線CT撮影により、この弥勒菩薩立像の像容や厨子に描かれた絵画の様相などが明らかになったことも、とても大きな成果です。
ここにご紹介してきた納入品は、運慶一門とともに北円堂復興に尽力した勧進上人専心(かんじんしょうにん せんしん)によって準備されたものです。北円堂諸像に託された、鎌倉時代の人々の願いそのものに他なりません。ぜひ会場で「祈りの空間」に身を置きながら、その内に込められた時空を超えた真摯な祈りにも思いを馳せていただければ幸いです。
何より、現代を生きる我々が、約800年前の人々の祈りにこうして触れることができるのは、ご所蔵者のご尽力とご理解があってこそ叶うものです。この場をお借りして、興福寺の皆様に改めて深く御礼申し上げます。
なお、納入品の詳細や背景については本展の公式図録【本編】に、当館で撮影したX線CT撮影の調査速報は10月25日(土)より発売の別冊図録【展示風景編】に採録しております。あわせてご参照いただけますと幸いです。
(左)特別展『運慶 祈りの空間─興福寺北円堂』公式図録「本編」 (右)特別展『運慶 祈りの空間─興福寺北円堂』別冊図録「展示風景編」
本展の図録は特別展会場特設ショップ、展覧会公式サイト等からご購入いただけます。
カテゴリ:研究員のイチオシ、彫刻、「運慶」
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posted by 冨岡采花(絵画・彫刻室) at 2025年10月31日 (金)