台東区立書道博物館の鍋島稲子です。
東京国立博物館(以下「東博」)と台東区立書道博物館(以下「書道博」)の連携企画「拓本のたのしみ」【3月16日(日)まで】は、開幕当初から中国のお客様が多く来館されています。
中国の旧正月「春節」の時期は、来館者の半数近くが中国の方々で、みなさんとても熱心に鑑賞されていました。来日した小学生の女の子が、王羲之「蘭亭序」の拓本の前で冒頭からすらすら読み始め、隣りのお母さんが頷きながら聞いているという微笑ましい光景を目にしました。親子や友人と博物館へ出かけて作品を観るのも、たのしいひとときかもしれません。
さて、今回の1089ブログでは、歩いて行ける東博から書道博への「ミチクサ道案内」と、「2館の展示をたのしむ」見どころについてお話したいと思います。
まずは東博から書道博へ向けての「ミチクサ道案内」、レッツゴー!
東博から書道博への道のり
東京国立博物館の正門を出て右へ進み、信号を右に曲がると、左手に黒田記念館や国際子ども図書館が見えてきます。どちらもカフェテリアがありますので、ちょっと休憩したい方にはおススメです。
国際子ども図書館を過ぎてすぐに左へ曲がると、右手に上野中学校、その先に寛永寺があります。寛永2年(1625)、徳川幕府の安寧と万民の平安を祈願して建立された寛永寺は、今年創建400周年を迎えます。9時から17時まで開門していますので、ぜひ散策してみてください。
寛永寺
寛永寺の正門を入ると、境内には石碑が点在し、本堂(根本中堂)に向かって右側には、ひときわ大きな石碑があります。彰義隊と明治新政府軍との間でおこった上野戦争の経緯を記した碑です。彰義隊の名付け親で知られる阿部弘蔵の撰文で、清国の費廷桂(ひていけい)が唐時代の顔真卿(がんしんけい)風の楷書で堂々と書いています。
「上野戦争碑記」
「上野戦争碑記」の左奥には、江戸時代、黄檗宗の僧であった了翁禅師の顕彰碑があります。これは日本でも大変珍しく、亀趺(きふ)という亀の形をした台座のある石碑です。中国における石碑の様式を伝える貴重な遺例で、今回の「拓本のたのしみ」で展示されている石碑の拓本の数々が、もとはどういう姿であったのかをホンモノで見ることができます。
「了翁禅師塔碑」
さて、寛永寺の根本中堂を右に、寛永寺幼稚園を左に見ながら、左手にある通用門を出ると、正面に谷中墓地へ続く桜並木が見えます。3月になると見事な桜のトンネルになりますので、開花したらぜひくぐってみてください。
昨年の桜並木
桜並木の手前の言問通りを右に曲がり、200mほど進んで寛永寺陸橋(橋の下には電車が走っています)を渡った先に、エレベーターと階段がありますので下りてください。小路を100mほど進み左折すると、書道博物館に到着します。東博から約15分の道のりです。
2月4日からは後期展が始まり、展示作品も一新します。
「2館の展示をたのしむ」見どころを3つご紹介しましょう。
(1)褚遂良(ちょすいりょう)のあとさき
東博では、初唐の三大家の一人、褚遂良の晩年の最高傑作「雁塔聖教序(がんとうしょうぎょうじょ)」が登場。装釘の違いがたのしめるよう、石碑の姿がわかる整本(せいほん)と、切り貼りして折帖に仕立てた剪装本(せんそうぼん)を展示します。当時、この書風を追随する者が後を絶たず、一世を風靡しました。石碑は、陝西省西安の大雁塔に「聖教序」と「聖教序記」の二碑が現存します。
雁塔聖教序 褚遂良筆 唐時代・永徽4年(653)
東京国立博物館蔵【東博後期展示】
雁塔聖教序 褚遂良筆 唐時代・永徽4年(653)
高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博後期展示】
書道博では、隋時代の様式が残る褚遂良のウブな作品「孟法師碑(もうほうしひ)」の剪装本を展示。石碑はすでに亡失し、拓本もこれが唯一で、清時代の大コレクターである李宗瀚(りそうかん)が愛蔵した天下の孤本です。コレクターの想いが込められた装釘もおたのしみください。
孟法師碑(唐拓孤本) 褚遂良筆 唐時代・貞観16年(642)
三井記念美術館蔵【書道博後期展示】
(2)顔真卿の宋拓本、ワン・ツー・スリー
忠臣烈士として知られる唐の四大家の一人、顔真卿の「麻姑仙壇記(まこせんだんき)」は、蚕頭燕尾(さんとうえんび)といわれる、蚕の頭のような起筆と、燕の尾のような払いの筆法が特徴的な、晩年の楷書の名品です。世に宋拓本と伝わる「麻姑仙壇記」は10点に満たないといわれ、今回、東博で1点、書道博で2点を展示します。同じ宋拓でも、墨調や拓のとり方による印象の違いをおたのしみください。
麻姑仙壇記 顔真卿筆 唐時代・大暦6年(771)
高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博後期展示】
麻姑仙壇記 顔真卿筆 唐時代・大暦6年(771)
個人蔵【書道博後期展示】
(3)欧陽詢(おうようじゅん)と欧陽通(おうようとう)の親子対決!
初唐の三大家の一人、欧陽詢の書は、険(けわ)しさと勁(つよ)さのある字姿ですが、息子の欧陽通は父よりもさらに険しく、トゲトゲしさが際立ちます。
東博では、欧陽通の「道因法師碑(どういんほうしひ)」の整本2点を、濃墨と淡墨の拓本で紹介します。同じ石碑からとった拓本でも、墨調の違いで雰囲気がガラリと変わります。字口(文字の輪郭線)の鋭さも見どころの一つです。
道因法師碑 欧陽通筆 唐時代・龍朔3年(663)
東京国立博物館蔵【東博後期展示】
道因法師碑 欧陽通筆 唐時代・龍朔3年(663)
東京国立博物館蔵【東博後期展示】
書道博では、欧陽詢の「九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)」を、整本1点と剪装本7点で紹介します。文字の太細や欠損の状態がそれぞれ異なりますが、どれもみな美しく惚れ惚れする楷書です。
九成宮醴泉銘(端方旧蔵整本) 欧陽詢筆 唐時代・貞観6年(632)
台東区立書道博物館蔵【書道博後期展示】
九成宮醴泉銘(黄自元本) 欧陽詢筆 唐時代・貞観6年(632)
台東区立書道博物館蔵【書道博後期展示】
楷書の極則といわれる、非の打ちどころのない理知的な楷書を書いた父の欧陽詢、険しく古風な筆致を特徴とする息子の欧陽通。親子対決を2館でおたのしみください。
週刊瓦版
台東区立書道博物館では、本展のトピックスを「週刊瓦版」という形で、毎週話題を変えて無料で配布しています。
東京国立博物館、九州国立博物館、台東区立書道博物館の学芸員が書いています。展覧会をたのしく観るための一助として、ぜひご活用ください。
| 記事URL |
posted by 鍋島稲子(台東区立書道博物館 館長) at 2025年02月04日 (火)
開創1150年記念 特別展「旧嵯峨御所 大覚寺―百花繚乱 御所ゆかりの絵画―」が1月21日(火)より開幕しました。
カテゴリ:「大覚寺」
| 記事URL |
posted by 田中 未来(広報室) at 2025年01月24日 (金)
雪の模様といえば、雪の結晶を模様にしたデザインを思い浮かべる方も多いでしょう。雪の結晶は、空から降りてきたばかりのまだ解けていない雪を顕微鏡で観察した際の形です。
この雪の結晶を最初に日本で観察した人は、古河藩(今の茨城県古河市)の藩主、土井利位です。「雪の殿様」と言われるほどに熱心で、20年間かけて顕微鏡を通して雪の結晶をスケッチし、その成果を版本「雪華図説 正続(せっかずせつ せいぞく)」(図1)として刊行しました。顕微鏡の向こう側に見える雪の結晶の形は、日本人にとってまさに「雪の花」。『雪華図説』が庶民の目に触れるようになって以降は、きものをはじめ、さまざまな工芸品の模様に採用されるようになりました。
(図1)雪華図説 正続(部分)
土井利位著 正:江戸時代・天保3年(1832)、続:江戸時代・天保10年(1839) 徳川宗敬氏寄贈
しかし、日本人はそれ以前にも、雪をきものや陶磁器、漆工品などの模様にしていました。室町時代後期(16世紀)以降の雪の模様を見てみましょう。
「胴服 染分地銀杏雪輪散模様(どうぶく そめわけじいちょうゆきわちらしもよう)」(図2)は、石見銀山の奉行、大久保長安のもとで働いていた吉岡隼人が、慶長6~7年(1601~1602)頃に徳川家康から拝領したと伝えられたものです。大胆に斜め縞に染め分けられた上に、銀杏の葉とともに「はつれ雪」と称される雪のもようがデザインされています。これは、空からはらはらと降ってくる雪のひとひらを表わした模様でしょうか。雪がはじけた模様のようにも見えます。「はつれ雪」模様は、江戸時代になると「雪輪模様」に変化し、小さなくぼみのある円の内側に、別の模様を入れたデザインが人気となりました(図3)。
降る雪の模様があれば、積もる雪の模様もあります。積もる雪のことを日本人は「雪持ち笹」(図4)「雪持ち柳」(図5)のように、植物が雪を持つという独特の擬人的な表現を用いています。冷たい雪もふっくらと柔らかく積もり、雪への親しみが感じられます。
武家の女性が着用した打掛には、雪が降り積もった景色をそのままに模様にしています(図6)。雪景色を特に美しく感じる心は、古くは『枕草子』にも見られ、清少納言が中宮定子の問いかけに応じ、御簾を高く掲げて雪景色を眺める場面が描かれています。
(図6)打掛 紫縮緬地雪景模様
(うちかけ むらさきちりめんじせっけいもよう)
江戸時代・19世紀
本館14室で開催している特集「日本の伝統模様『雪』」(2025年2月16日(日)まで)では、冬にしか見ることのない「雪」に思いをはせた日本人による雪の模様を表した器や着物などを紹介しています。より詳しく雪模様を知りたい方には、展示された作品の雪模様を掲載したパンフレットも本館インフォメーションで配布しています。
特集「日本の伝統模様『雪』」(本館14室)の展示風景
あわせて、本館14室では、本特集の開催期間中、ワークシート「東博雪見 雪のもようをさがしてみよう」を配布中です。このワークシートをつかって、展示室で雪の模様をさがしてみましょう。
また、1月26日(日)のトーハクキッズデーでは、「東博雪見 雪のもようでデザインしよう」と題して、子ども向けのスタンプワークショップを行います。雪の模様のスタンプを押してさまざまな雪に親しんだ後は、ぜひ親子で展示室での「雪見」を楽しんでいただければ幸いです。
(注)ワークシート「東博雪見 雪のもようをさがしてみよう」はなくなり次第配布終了いたします
本館14室 ワークシート「東博雪見 雪のもようをさがしてみよう」配布場所
カテゴリ:特集・特別公開
| 記事URL |
posted by 小山 弓弦葉(工芸室室長)、中村 麻友美(教育普及室)、阿部 美里(教育普及室) at 2025年01月24日 (金)
東京国立博物館(以下「東博」)と台東区立書道博物館(以下「書道博」)は、連携企画として、毎年時期とテーマを合わせて中国書画に関する展覧会を開催しています。
22回目となる今回の連携企画は「拓本のたのしみ」と題して、両館で様々な拓本の魅力をご紹介しています。
東京国立博物館 東洋館8室 特集「拓本のたのしみ―明清文人の世界―」
前期:2025年1月2日(木)~2月2日(日)、後期:2月4日(火)~3月16日(日)
台東区立書道博物館 「拓本のたのしみ―王羲之と欧陽詢―」
前期:2025年1月4日(土)~2月2日(日)、後期:2月4日(火)~3月16日(日)
東博 東洋館8室の展示風景
書道博の展示風景
本展を多くの方々にお楽しみいただこうと、東博と書道博の研究員でリレー形式による1089ブログをお送りします。初回は東博展示から、前半部の概要を中心にお伝えします。
拓本は、石や木に刻まれた文字・図像など、立体物の表面にみられる凹凸を、紙と墨などで写し取った複製です。
いわゆる版画とは違い、版(原物)の上に紙を置き、紙の上から墨を重ねます。そのため、左右反転せず、版と同じ向きに写し取ることができます。
版に直接墨を付けない拓本は、とり方にもよりますが、原物の保存という点でも画期的な複製技法と言えます。
書の拓本には、主に青銅器や石碑などをもとにした金石拓本(碑拓)や、肉筆による歴代の名筆を版に刻して拓本にとり編集した法帖があり、碑拓法帖とも呼ばれています。
碑拓法帖は、金石文字や肉筆にかわり、先人が記した歴史上の出来事、その時代・筆者の文字・文章、ひいては社会・文化を伝える貴重な資料です。
後世の文人たちは、碑拓法帖に儒学や歴史学など様々な学問的価値を見出したばかりでなく、その字姿や書法に心を傾け、収集・鑑賞・研究の対象としました。
サブタイトルに「明清文人の世界」と題した東博展示では、前半部(「拓本あれこれ」、「碑拓法帖の優品」)で拓本そのものの魅力に注目し、後半部(「鑑賞と研究」、「収集と伝来」)で拓本を愛好し楽しんだ明清時代の文人の活動に焦点を当てています。
宋拓漢石経残字(部分) 伝蔡邕筆
後漢時代・熹平4年(175) 東京国立博物館蔵
【東博通期展示、巻き替えあり】
儒教の経典の標準テキストを石に刻し、後漢の首都洛陽の太学(最高学府)に建てた「熹平石経(きへいせっけい)」の残石の拓本。後漢の公式書体、八分という隷書で記されます。
原石は建立後ほどなく戦乱で損壊し、清末以降に残石が出土するまで、時代とともにほとんど見られなくなり、拓本が珍重されました。希少な宋時代の拓本を入手した銭泳(せんえい、1759~1844)は、拓本の側に自らの考証や釈文を記しています。碑帖研究の大家の翁方綱(おうほうこう、1733~1818)は、銭泳を称賛するかのように、本作を手にした銭泳の肖像(巻頭)に隷書で題を記しています。
「拓本あれこれ」
書の拓本は、もとになる金石文字と肉筆の違いもさることながら、版の作り方や状態、そこから紙墨などでいかに写し取るかにより、字姿や趣が大きく変わります。また、装幀の仕方も拓本の見え方に影響します。ここでは、各種の碑拓法帖から、様々な味わいの拓本を展示しています。
「碑拓法帖の優品」
歴代の能書や歴史上の偉人の筆跡をとどめる拓本は、書の古典として珍重されました。とりわけ、唐時代の能書の手になる碑拓と晋・唐時代の名筆をもとにした法帖は、鑑賞や手習いの対象として、盛んに制作・収集されました。ここでは、古典として尊ばれた晋唐の書を伝える碑拓法帖の優品を展示しています。
皇甫誕碑 欧陽詢筆
唐時代・貞観元~15年(627~641) 東京国立博物館蔵
【東博前期展示】
皇甫誕碑 欧陽詢筆
唐時代・貞観元~15年(627~641) 高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵
【東博前期展示】
隋朝の忠臣の皇甫誕を顕彰した石碑の拓本。上は原石の形をとどめる拓本で、整本(せいほん)や全搨本(ぜんとうぼん)と呼ばれます。下は切り貼りして折帖に仕立てた剪装本(せんそうぼん)という拓本です。もとの形を知ることができたり、鑑賞がしやすかったりと、それぞれの良さがあります。
皇甫誕碑の原石は、明の万暦年間に地震により断裂しました。上は断裂後の拓本、下は断裂前の未断本です。〇印の「碑」字のように、文字の残存状況や損傷具合に違いがあります。より古い時代にとられた希少な拓本は、原石本来の字姿を伝えることから、とりわけ珍重されました。
この石碑の書は、右肩上がりと、背勢という文字の内側を引き締める構え方が強調されており、初唐の三大家に数えられる能書、欧陽詢(おうようじゅん、557~641)による楷書のなかでも、特に険しく勁さのある字姿です。
今回は東博展示の前半部をお伝えしました。ぜひ会場で魅力あふれる拓本をお楽しみください。
カテゴリ:研究員のイチオシ、中国の絵画・書跡、「拓本のたのしみ」
| 記事URL |
posted by 六人部克典(東洋室) at 2025年01月22日 (水)
「遊牧民」と聞いて、どのような人々を思い浮かべるでしょうか。
私も、以前は国語の教科書で読んだ「スーホの白い馬」の印象が強く、モンゴルの草原を馬と駆け巡る…そんなイメージをしていました。遊牧は、季節に合わせて家畜とともに草や水をもとめ、移動を伴いながら牧畜を行う生活スタイルを指す言葉で、地域を限る言葉ではありません。
その中でもバローチは、おもにパキスタン、アフガニスタン、イランにかかるバローチスターンと呼ばれる地域を中心にくらす人々で、イラン語派のバローチー語を用います。
ひとくちにバローチといっても、農業を営む人々もおり、生活をひとことでは語るのは難しいのですが、東洋館地下1階、13室では遊牧のくらしにフォーカスした展示、特集「遊牧のくらしとテキスタイル―バローチを中心に」(2025年2月16日(日)まで)を開催しています。
特集「遊牧のくらしとテキスタイル―バローチを中心に―」展示の様子
東京国立博物館には、アジア遊牧民染織研究者の松島きよえ氏(1922~92)が、おそらく1960~1990年代初頭にかけて収集した、多くの敷物や袋物が収蔵されています。
毎年一回、おもに冬の季節に、東博では遊牧民のラグを東洋館13室で展示していました。ただ、そのときには、パキスタンからトルコにかかる広い地域の作品を紹介しており、このようにひとつのテーマ・地域に絞ることは、初めての機会となります。
展示室に来ていただくと、黒や濃茶など、暗い色調の作品が多いことに驚かれるかもしれません。暗色を中心としたシックな色遣いがバローチの特徴です。また、リズムよく織り出された細かな幾何学文様が、深みを出しています。
恥ずかしながら、私はまだバローチスターンにいったことはありません。ですが、館内で作品を調査していくうちに、緻密でありながら、作り手のあたたかさが感じられるバローチのラグの虜(とりこ)になってしまいました。少しでもバローチのラグのよさを伝えたい、そう思ってこの特集展示を企画しました。
一見すると、シンプルに見えるかもしれませんが、実は複雑な織り技法を駆使して、これらの敷物や袋物は織り出されています。
敷物 赤茶地段星幾何文様 バローチ 20世紀前半
同 部分拡大
たとえば、こちらの敷物。162センチメートルもの幅がひとつづきで織られています。
他のバローチの織物をみると、約半分の幅で織ったものを、2枚はぎあわせるという手法をとっていることが多いです。ですので、この作品は遊牧においても、比較的長いキャンプの間に製作されたと考えられます。
各段に異なった緻密な幾何学文様が織り入れられています。ただ、微妙にひとつひとつ形が異なっており、味わい深い作品です。これは、2~3色の色糸を一束とし、文様に応じて、表面で経糸(たていと)と緯糸(よこいと)が1本ずつ交差する平織とすることで表現しています。裏面はどうなっているかというと、表面にでてこなかった色糸が、長く浮いています。
裏面 部分拡大
言葉で説明するとわかりにくいのですが、このようなイメージです。
紋織 模式図
実は、このような織物は、日本の染織品にはほとんど見られません。羊毛など、摩擦の多い獣毛だからこそ、成立する技法ではないかと考えています。きっと、日々の生活で、体感的に素材の特質を理解し、そのうえで製作を行っていたのでしょう。
バローチでは、野外で組み立てた木製の織り機を使って、多くは女性が織物を製作していたようです。松島氏が撮影した写真にも、その様子が写されています。「織物を織りあげること」が、バローチの生活の一部であったことがわかります。
織物を織るバローチの女性
ほかにも、展示室では現地の写真を交えつつ、それぞれに用いられた染織技法や使い方をご紹介しています。
作品はもちろんのこと、現地の空気を如実に伝えてくれる松島氏の写真も、大変貴重な資料であり、本特集のみどころです。あわせて、ぜひ展示室でご覧いただければと思います。
寒さの厳しい季節、ぜひ東洋館13室で、遊牧民のテキスタイルのあたたかさに触れてください。
カテゴリ:特集・特別公開
| 記事URL |
posted by 沼沢ゆかり(学芸研究部) at 2025年01月03日 (金)