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特別展「孫文と梅屋庄吉 100年前の中国と日本」

特別展「孫文と梅屋庄吉 100年前の中国と日本」
本館 特別5室   2011年7月26日(火) ~ 2011年9月4日(日)

  
梅屋夫妻と孫文 『梅屋庄吉アルバム』より 大正3年(1914) 小坂文乃蔵

中国が新しい国家に生まれ変わろうとする19世紀終わり頃から20世紀前半にかけて、中国と日本で、互いに親密な交わりを持ちながら活躍した2人の人物がいました。中国の革命運動に生涯をささげた孫文(1866-1925)と、日本の映画産業の地盤を築きつつ、孫文を物心両面にわたって手厚く支援した梅屋庄吉(1868-1934)です。
本展は、孫文が中心的な役割を果たした辛亥革命(1911)から100年の節目にあたり、孫文と梅屋庄吉、そして彼らと密接に関わった人々やゆかりの地を当時の生の資料によってご覧いただこうとするものです。
展示の中核となるのは、梅屋庄吉の曾孫にあたる小坂文乃氏の手元で大切に保管されてきたアルバム及び関連遺品と、東京国立博物館や長崎大学などが所蔵する当時の稀少な写真約260点。浅草、長崎、上海、パリ、ニューヨークなど、まるで100年時代をさかのぼったかのように、世界の情景をお楽しみいただけます。いずれも歴史の実像を物語るきわめて貴重な資料でありながら、これまで一般にはほとんど目に触れることがなかったものです。
初公開の資料の数々により、激動の時代における中国や日本の様相を存分にご鑑賞いただけます。

会期中、作品の展示替があります。展示作品リストをご覧ください。

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1089ブログ「2011年度の特別展」 展覧会の見どころなどを紹介しています。

 

開催概要

会  期 2011年7月26日(火)~9月4日(日)
会  場 東京国立博物館 本館特別5室(上野公園)
開館時間 9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで)
(ただし、会期中の金曜日は20:00まで、土・日は18:00まで開館)
休館日 月曜日(ただし8月15日(月)は開館)
観覧料金 一般800円(700円)、大学生600円(500円)、高校生400円(300円)
中学生以下無料
( )内は前売りおよび20名以上の団体料金
障がい者とその介護者一名は無料です。入館の際に障がい者手帳などをご提示ください。
前売券は、東京国立博物館 正門観覧券売場(開館日のみ、閉館の30分前まで)のほか、電子チケットぴあ(Pコード=764-728)、ローソンチケット(Lコード=31387)、イープラスなど主要プレイガイドにて、2011年7月1日(金)から2011年7月25日(月)まで販売。前売券の販売は終了しました。
特別展「空海と密教美術」展(2011年7月20日(水)~9月25日(日)平成館)は別途観覧料が必要です。
「東京・ミュージアムぐるっとパス」および「To Me CARD」で、当日券一般800円を700円(100円割引)でお求めいただけます。正門観覧券売場(窓口)にてお申し出ください。
東京国立博物館キャンパスメンバーズ会員の割引はございません。
交  通 JR上野駅公園口・鶯谷駅より徒歩10分
東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、千代田線根津駅、京成電鉄京成上野駅より徒歩15分
主  催 東京国立博物館、毎日新聞社
後  援 外務省、中国大使館
特別協力 小坂文乃、長崎県、長崎大学附属図書館
協  力 日本中華總商会、日本通運、東京スタデオ、日比谷松本楼
協  賛 全日本空輸、リンガーハット、小西国際交流財団
カタログ・音声ガイド 展覧会カタログ(1800円)は、本館会場内、および本館地下ミュージアムショップにて販売しています。音声ガイド(日本語のみ)は1台300円でご利用いただけます。
お問い合わせ 03-5777-8600 (ハローダイヤル)
展覧会ホームページ http://mainichi.jp/enta/art/sonbun/
展覧会公式サイトは会期終了時をもって終了いたしました。

 

関連事業

平成館 大講堂  2011年7月29日(金)   13:30 ~ 14:30   受付終了
平成館 大講堂  2011年8月12日(金)   13:30 ~ 16:00   受付終了
本館 20室  2011年8月12日(金)   17:00 ~ 17:30   当日受付
本館 20室  2011年8月19日(金)   17:00 ~ 17:30   当日受付
本館 20室  2011年8月26日(金)   17:00 ~ 17:30   当日受付

 

展覧会のみどころ

 

半世紀あまり、秘蔵されていた歴史的な資料を公開

「孫文トワレトノ盟約ハ一切口外シテハナラズ」と遺言に残した梅屋庄吉。遺族は、その言葉を守り、梅屋が残した資料は、近年まで世に出ることはありませんでした。100年の時を経て、貴重な資料の中から写真を中心に公開されます。

 

100年前の情景がよみがえる古写真を展示

東京国立博物館が所蔵する貴重な古写真が展示され、当時活躍した写真家、小川一眞(かずまさ)(「太和門(たいわもん)」)、上野彦馬(「長崎港」)、F.BEATO(「東京景」)らの深みのある貴重な作品が並び、孫文と梅屋が生きた100年前の世界が、鮮やかによみがえります。

 

日本・中国双方にとっての貴重な品々が登場

孫文の妻として生きた宋慶齢(そうけいれい)(宋家三姉妹の次女、中華人民共和国名誉主席)が梅屋庄吉夫人・トクに宛てた直筆の手紙や梅屋が愛用し、孫文が「賢母」と筆でしたためた羽織、中国の同志らが並んだ集合写真が公開されます。
 

 

テーマ1 孫文ゆかりの人々

 梅屋庄吉は、明治元年11月26日に長崎で生まれました。香港で写真館「梅屋照相館」を営み、その後、映画産業に乗り出し、日活の創設に関わるなど、日本における映像事業の黎明期に活躍しました。光緒(こうしょ)21年(1895)、孫文と梅屋庄吉は梅屋照相館で邂逅します。孫文の志に共感した梅屋は、生涯にわたって孫文を援助し続けました。
本章では、梅屋が遺した写真アルバムを中心に、孫文ゆかりの人々を紹介いたします。梅屋が晩年に編集したアルバムは、その幅広い交流を物語るように、孫文を支えた多くの中国と日本の人々の姿を鮮明に伝えています。中国と日本、二つの国が迎えた激動の時代の中で、懸命に生きた人々の姿をご覧いただきます。
梅屋庄吉
梅屋庄吉

 

(1)孫文と梅屋庄吉
梅屋夫妻と孫文   「賢母」の羽織
「賢母」の羽織
孫文筆
20世紀 小坂文乃蔵

梅屋庄吉愛用のつむぎの羽織です。裏地には孫文筆による「賢母」の文字が書かれています。「賢母」には孫文・宋慶齢夫妻が親身になって世話してもらったトクへの特別な思いも込められているといわれます。
梅屋夫妻と孫文
『梅屋庄吉アルバム』より
大正3年(1914) 小坂文乃蔵

大正3年(1914)3月に東京で撮影された記念写真です。当時、孫文は亡命中で梅屋邸の離れに居住していました。翌年、孫文は宋慶齢と結婚しますが、二人の仲を取り持ったのが梅屋の妻トクといわれています。梅屋庄吉・トク夫妻は終生、孫文を支え続けました。
 
 

 

(2)中国の支援者   (3)日本の支援者
読書する宋慶齢   花やしきでの集合写真
宋慶齢(1)
『梅屋庄吉アルバム』より
民国10年(1921) 小坂文乃蔵

宋慶齢(そうけいれい)(1893~1981)は、実業家の宋嘉樹の三姉妹の次女です。梅屋夫妻を媒酌人に1915年11月10日に梅屋宅二階の大広間で孫文と結婚披露宴をあげました。この写真は1921年に広東で撮影し、トク宛に贈呈されたものです。
 
花屋敷での集合写真
東京浅草勅使河原撮影
大正2年(1913) 小坂文乃蔵

孫文は1912年に中華民国の臨時大総統に就任し、翌年、日本を公式訪問しました。2月13日に長崎に上岸し、東京、横浜、名古屋、神戸、広島、福岡、熊本などを歴訪しました。この写真は 東京浅草花屋敷での記念写真です。孫文の傍らには正装した梅屋の姿が見られます。
 

 

テーマ2 孫文ゆかりの地

孫文
孫文
 孫文は、同治5年(1866)11月12日に広東省香山県翠亨村で生れました。13歳で兄のいるハワイに渡り、5年後に帰国。その後、国際都市香港で西洋医学を習得し、マカオで開業します。多感な青年時代を海外で過ごし、国際的な視野を身につけました。その後、清朝打倒に身を投じると、支援を求めて欧米各地を奔走し、また亡命生活を余儀なくされた時期もあり、その半生の多くを海外で過ごしました。
本章では、終焉を迎えようとする清朝の姿や孫文が訪れたイギリス、フランス、ドイツ、アメリカなど19世紀の近代化目覚ましい欧米各国、長崎、横浜、神戸、東京の文明開化期の日本、そして清朝崩壊後の北京、上海、香港、南京の中国の風景を紹介いたします。

 

(1)中国-風俗
中国人女性   売什物
中国人女性(梅仙)
公泰照相楼撮影
清時代・19世紀 東京国立博物館蔵
[展示期間:2011年7月26日(火)~8月15日(月)]

長椅子に横たわる女性像です。青い衣装が印象的です。鮮やかな彩色はモノクロ写真に彩色を施したものです。清朝末期の女性の様相をうかがわせます。上海・河南路にあった写真館、公泰照相楼での撮影です。
 
売什物
公泰照相楼撮影
清時代・19世紀 東京国立博物館蔵
[展示期間:2011年7月26日(火)~8月15日(月)]

上海・公泰照相楼で撮影された小札型の小さな写真です。国際都市上海で外国人向けに販売された風俗写真でしょう。「売什物(ばいじゅうぶつ)」は物売りのこと。はにかむ表情から、実際に上海の街頭に立つ物売りを撮影したものと思われます。
 

 

(2)中国-清朝末期、北京城写真を中心に
太和門(「北京城写真」より)
「北京城写真」 太和門
小川一眞撮影 光緒27年(1901) 東京国立博物館蔵
[展示期間:2011年8月16日(火)~9月4日(日)]

1901年に東京帝国大学の北京城調査に同行した写真師、小川一眞によって撮影された清朝末期の紫禁城の姿です。その荒廃ぶりが清朝の終焉を予感させています。撮影からおよそ10年後、最後の皇帝溥儀が退位し、清王朝は幕を閉じました。
 

 

(3)中国-清朝後
上海河南路
『亜東印画輯(あとういんがしゅう)』 上海河南路
亜東印画協会撮影
民国20年(1931)頃 東京国立博物館蔵 
[展示期間:2011年8月16日(火)~9月4日(日)]

河南路は上海を東西に貫く繁華街です。街頭の中空を覆うかのような喧しい広告旗が近代中国の息吹を感じさせます。
 

 

(4)欧州
パリ リヴォリ通りからのチェイルリー宮殿  
『万国写真帖Ⅴ』 パリ
リヴォリ通りからのチェイルリー宮殿寸描

19世紀 東京国立博物館蔵
[展示期間:2011年8月16日(火)~9月4日(日)]

『万国写真帖』は、オランダに留学した内田正雄によって請来された21冊から成る写真帖です。万国の名にふさわしく、欧米、アジア、オーストラリア、北極圏にいたる風俗、風景を網羅しています。孫文は1909年、支援を求めてロンドンやパリ、ニューヨークなどを訪問しました。
 
『万国写真帖ⅩⅦ』 ニューヨーク
ブロードウェイのスチュワート氏宅と市庁舎の公園
 
19世紀 東京国立博物館蔵
[展示期間:2011年7月26日(火)~8月15日(月)]

ステレオ写真は2枚の同じ写真を専用の眼鏡でのぞくことで、画面が立体にみえる仕組みの写真です。いわゆる3Dの先駆けです。孫文が清朝の打倒をかかげ各国を奔走していた頃、欧米では世界各地の風景、風俗のステレオ写真が流行していました。
 

 

(5)日本-幕末~明治初期
長崎港(『長崎港郷之景』より)   愛宕山
『長崎市郷之撮影』 長崎港
上野彦馬撮影
江戸~明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵
[展示期間:2011年7月26日(火)~8月15日(月)]

上野彦馬(1838~1904)は幕末から明治に長崎を拠点に活躍した写真師です。坂本竜馬の肖像写真で知られるように、幕末の志士を多く撮影しました。この写真は風頭山から長崎港を眺望したものです。港内に浮かぶ帆船が、国際貿易港長崎の繁栄をしのばせます。
 
愛宕山
明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵
[展示期間:2011年8月16日(火)~9月4日(日)]

明治初年に撮影された愛宕の風景です。現在の港区に位置します。鳥居の向こうに見える小山は愛宕山です。標高26メートルほどの小丘ですが、撮影当時は東京市街地で最も高い場所として知られ、山頂から東京の町並みが一望できました。