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1089ブログ

「明末清初の書画」のたのしみかた、その2 八大山人の世界

東京国立博物館(以下、東博)と台東区立書道博物館(以下、書道博)は、連携企画として、毎年、時期とテーマを合わせて中国書画に関する展覧会を開催しています。

23回目となる連携企画は「明末清初の書画」。激動の時代を取り上げる本展を多くの方々におたのしみいただこうと、東博と書道博の研究員でリレー形式による1089ブログをお送りしています。
1089ブログ「明末清初の書画」のたのしみかた、その1 石マニア?「烈士」?―明時代の終わりを見届けた倪元璐の二つの顔

第2回は、東博と書道博の展示から、今年生誕400年を迎える八大山人(はちだいさんじん 1626~1705)にスポットをあててお伝えします。
 
台東区立書道博物館 展示室風景
 
八大山人は、通名を朱耷(しゅとう)といい、江西省南昌(なんしょう)に生まれました。明の皇族の血を引く彼は、明が滅亡した時、19歳の青年でした。皇族という出自のため、その存在自体が反乱の火種でした。彼は身を隠すため仏門に入り、修行に専念しましたが、50代半ばに還俗します。そして酒を飲んでは泣き叫び、時には狂人を装い、奇行を繰り返しました。これは清王朝への抵抗であり、俗世を避け、遺民としての精神を貫くための術でした。彼は狂人という仮面のもとで、個を研ぎ澄ませていきます。この頃から八大山人と称し、書画を鬻(ひさ)いで生計を立てます。書画の制作は、亡国の悲憤を昇華する唯一の拠り所でした。
八大山人は、空白と象徴に満ちた独自の様式を築きます。鳥や魚を描いた寓意的作品には、沈黙の中に深い精神性と痛切な感情が宿されます。故国の喪失とアイデンティティの崩壊というこの極限状況こそが、八大山人という稀代の芸術家を生み出す原点となったのです。
 
今回、東博と書道博において、国内に所蔵される11件の八大山人作品を紹介しています。
東博では、八大山人の書を展示しています。彼の書は、筆の先を包み隠すようにして淡々と書き進められ、筆の動きも抑制されて、むしろ清々しささえ感じられます。
 
(図1)草書七言絶句軸(そうしょしちごんぜっくじく) 
八大山人筆 中国 清時代・17~18世紀 東京国立博物館蔵
(注)展示は終了しました。
 
(図2)行書送李愿帰盤谷序軸(ぎょうしょそうりげんきばんこくじょじく) 
八大山人筆 中国 清時代・17~18世紀 東京国立博物館蔵【東博展示 3月22日まで】
 
書道博では、八大山人の書と画を紹介しています。彼の画も一見とてもシンプルで、そこには静けさが漂います。しかしよく見ると、どこかに違和感が仕込まれています。最も顕著なのが「目」です。彼が描く鳥や魚の多くが白目をむいていて、鑑賞者を、あるいは世界そのものを冷ややかに、あるいは傲然(ごうぜん)と睨みつけています。この静寂の中の異様さが、八大山人の画の核心なのです。
 
(図3)重要文化財 安晩帖(あんばんじょう) 
八大山人筆 中国 清時代・康熙33年(1694)、康熙41年(1702) 泉屋博古館蔵【書道博展示 2月23日~3月8日】
 
(図4)乙亥画冊(いつがいがさつ)
八大山人筆 中国 清時代・康熙34年(1695) 調布市武者小路実篤記念館蔵【書道博展示 通期】
 
八大山人は、日本ではあまり馴染みのない人物かもしれませんが、実は著名な小説家や芸術家、評論家に多くの信奉者がいました。以下にざっと挙げてみましょう。
志賀直哉(1883~1971)、武者小路実篤(1885~1976)、柳宗悦(1889~1961)、
岸田劉生(1891~1929)、中川一政(1893~1991)、住友寛一(1896~1956)、
川端康成(1899~1972)、白洲正子(1910~1998)、加藤周一(1919~2008)、
司馬遼太郎(1923~1996)など。
 
また近年では、我々もよく知る坂本龍一(1952~2023)も八大山人のファンであり、八大山人の作品や生き様に絆され、コラムで熱く語っています。
「僕が八大山人に惹かれたのは、その異常なまでの抽象性である。大胆な余白と空間、微妙な線、限られた色。八大山人の画は、僕が今考える音楽に、大きなインスピレーションを与えてくれる。余白を埋めてしまうのではなく、空間、あるいは間、沈黙を活かすこと。音色のうつろいとしての墨の濃淡。決して幾何学的な計算からは出てこない枝、葉のフォルム。この抽象性に目を瞠らざるをえない。(中略)そして、過酷な人生を生き抜き、最後まで強い意志を燃やし続け、究極の境地に達するために身を削った。共感などという軽々しい言葉は使えないが、強い信念を曲げないという部分に、自分もそうでありたいと思う。」(坂本龍一「八大山人」『坂本図書』一般社団法人坂本図書、2023年)
 
八大山人の作品は、中国では大人気です。今後、生誕400年を記念して中国各地でも展覧会が開かれるそうです。
 
世界中で八大山人、はなざかり!
みなさんもぜひ、今回の連携企画で八大山人の世界にどっぷりと浸ってみてください。


台東区立書道博物館 八大山人作品コーナーの様子 

東京国立博物館 東洋館8室 特集「明末清初の書画―乱世にみる夢―
どちらも3月22日(日)まで開催。
 
「週刊瓦版」
台東区立書道博物館では、本展のトピックスを「週刊瓦版」という形で、毎週話題を変えて無料で配布しています(先着100名様)。
東京国立博物館、九州国立博物館、台東区立書道博物館の学芸員(研究員)が執筆しています。展覧会をたのしく観るための一助として、ぜひご活用ください。
 
 

公式図録

本展の公式図録をミュージアムショップで販売しています。

明末清初の書画 ―乱世にみる夢― 八大山人 生誕四百年記念

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館、九州国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
制作・印刷:大協印刷株式会社
定価:1,900円(税込)

ミュージアムショップのウェブサイトに移動する
特集「創建400年記念 寛永寺」公式図録表紙

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ中国の絵画・書跡「明末清初の書画」

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posted by 鍋島稲子(台東区立書道博物館長) at 2026年02月18日 (水)