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1089ブログ

「明末清初の書画」のたのしみかた、その1 石マニア?「烈士」?―明時代の終わりを見届けた倪元璐の二つの顔

東京国立博物館(以下「東博」)と台東区立書道博物館(以下「書道博」)は、連携企画として、毎年、時期とテーマを合わせて中国書画に関する展覧会を開催しています。

23回目となる今回は「明末清初の書画」と題して、17世紀の中国、明から清へ王朝が交代した激動の時代の芸術をご紹介しています。

東京国立博物館 東洋館8室 特集「明末清初の書画―乱世にみる夢―
前期:2026年1月1日(木・祝)~2月8日(日)、後期:2月10日(火)~3月22日(日)

台東区立書道博物館 「明末清初の書画―八大山人 生誕400年記念―
前期:2026年1月4日(日)~2月8日(日)、後期:2月10日(火)~3月22日(日)
 

東博 東洋館8室の展示風景

本展を多くの方々におたのしみいただこうと、東博と書道博の研究員でリレー形式による1089ブログをお送りします。
初回は東博展示から、倪元璐(げいげんろ 1593~1644)という人物による「書画冊」(しょがさつ)の鑑賞ポイントをお伝えします。

まずみなさんにご紹介したいのは、明時代末期の17世紀前半、文震亨(ぶんしんこう 1585~1645)が著した『長物志』(ちょうぶつし)という本のおもしろさです。
この本はタイトルずばり、「無用の長物」に関する本で、ようするに、この時代の、趣味にうるさい文人たちの生活文化のガイドブックです。
どのような住まいがよいか、センスのよい家具とはどんなものか、身に着けるものは、乗り物は…にはじまり、お茶や果物、園芸、ペット、骨董品、文房具、お香などなど、衣食住に関わるさまざまな事項について、著者の批評とうんちくが語られます。
経済発展を背景に、文人たちの生活文化が洗練の極に達した様子がうかがえる1冊です。

さて、この『長物志』のなかに「品石」という項目がありまして、ここでは、庭園や書斎に置く石の趣味が語られています。
産地、大きさ、造形の複雑さ、石肌の色や質感、たたいた時の音などが評価のポイントとなっていたようです。
たとえば、東博所蔵品で石の趣味がわかるものとして、「城南雅集図巻」があります。このなかに、庭園に置かれた立派な太湖石を見ることができます。
また、江戸時代の儒学者、市河米庵(いちかわべいあん 1779~1858)が書斎で愛玩した石も伝わっています。
 
城南雅集図巻(じょうなんがしゅうずかん)(部分) 
禹之鼎筆 中国 清時代・17世紀 高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵 
(注)本展には展示していません。
 
崑山石(こんざんせき
中国 清時代・17~19世紀 市河三兼氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博展示 通期】

『長物志』からわかるような愛石趣味の盛り上がりを受けて、明末には石を表した絵画もしばしば制作されています。
倪元璐も石を愛した文人画家のひとりで、その「書画冊」には石の画が2点おさめられています。
 
書画冊(しょがさつ) 
倪元璐筆 中国 明時代・崇禎12年(1638)  高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博展示 2月8日まで】


石を描くにあたり、倪元璐はかわいた筆としめった筆を使い分け、濃度の異なる墨を丁寧に重ねて、「玲瓏」(れいろう)とも表現される、透き通った石の輝きを表そうと工夫を凝らしています。
石に対する倪元璐のマニアックなまなざしが伝わってくる作品です。
 
書画冊 倪元璐筆 
(注)このページは展示されていません。


もし、倪元璐が明王朝の瓦解の前に世を去っていたら、この作品は明末の一文人のみやびな趣味が反映されたものとしてのみ、鑑賞されたかもしれません。
しかし、実際には王朝の交代に際しての倪元璐の決断により、「書画冊」は何よりも「烈士」の遺作として価値をもつようになります。

倪元璐は趣味人であると同時に、天啓2年(1622)に科挙に合格した高級官僚でもあり、明という国の行く末に責任をもつ立場にありました。
倪元璐が国政に携わるようになった頃の明は、文化の爛熟とはうらはらに、北の満洲族の侵攻と内乱により国力の弱体化に歯止めがかからない状況にありました。
これに失望して、倪元璐は一時、官界から退き郷里に戻る決断をします。
しかし、崇禎16年(1643)、皇帝のいる北京がいよいよ危なくなると、首都に戻って勤王に尽くします。
そして、首都陥落を目の当たりにして国に殉ずることを選び、52歳で縊死しました。

「書画冊」は、清時代の初めには倪元璐の子孫が所蔵していました。
その子孫の依頼に応じて、冊の後ろには、在りし日の倪元璐と交流のあった文人たちが所感を記しています。
 
書画冊 倪元璐筆
在りし日の倪元璐と交流のあった文人たちによる跋文。
(注)このページは展示されていません。

 
そこで繰り返し強調されるのは倪元璐の愛国心・忠義心です。
国に殉じた「烈士」倪文璐がほめたたえられる一方で、『長物志』の世界にも通じる「軟弱な」石マニアの姿は浮かびあがってきません。
果たして、この作品を描いたときの倪元璐はそれを予想していたのでしょうか。
倪元璐の「書画冊」は、動乱の時代にあたっての人生の選択と、後世における作品評価が、緊張感をもって交錯する、きわめて明末清初らしい作品といえるでしょう。
 
 

公式図録

本展の公式図録をミュージアムショップで販売しています。

明末清初の書画 ―乱世にみる夢― 八大山人 生誕四百年記念

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館、九州国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
制作・印刷:大協印刷株式会社
定価:1,900円(税込)

ミュージアムショップのウェブサイトに移動する
特集「創建400年記念 寛永寺」公式図録表紙

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ中国の絵画・書跡「明末清初の書画」

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posted by 植松瑞希(出版企画室長) at 2026年01月27日 (火)