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1089ブログ

修復・修理の意義 「文化財よ、永遠に」より


みなさんは、愛用しているものや大切にしているものが壊れてしまった時、どうされますか?
壊れたままにせず修理して、また再び大事にお使いになるのではないでしょうか。

文化財でも事情は同じです。今に伝えられる文化財は、そのほとんどが何度も何度も修理を繰り返してきたものばかりです。
特別企画「文化財よ、永遠に」では、公益財団法人住友財団が30年の長きにわたって修復を助成してきた文化財1,100件以上のうち、当館では仏像を中心に展示しています(泉屋博古館(京都・東京)、および九州国立博物館でも同タイトルの展覧会を開催しておりましたが、会期は終了いたしました)。
仏像はお堂の須弥壇上や厨子内に大事に安置されているのだから、壊れることなんてあまり考えられないのでは? と思った人もいらっしゃるかもしれません。

ところが、日本の仏像の多くは木材でできています。皆さんもご存知だと思いますが、木材は湿気を含めば膨張し、乾燥すれば縮みます。四季によって温湿度が大きく変わる日本の自然環境の中では、木材は絶えず伸び縮みを繰り返しています。
たとえば表面が綺麗に彩られた仏像や金箔が貼られた仏像の場合、木材と、表面の彩色層や漆箔層の収縮率が違うために、長い時間が経てば彩色層や漆箔層が木材から浮き上がってしまうことが多々あります。仏像の損傷のうち、もっとも多い損傷と言ってもよいでしょう。


漆箔の剥離 修理前

こちらのお像は漆箔層が浮き上がっています。茶色の部分は漆箔層の下の木材です。木材が露出しているところは、すでに漆箔層が剝落してしまったところです。
修理では、こうした浮き上がりを丁寧にもとにもどします。また剥落片がある場合には、それを元の位置に復位します。展覧会に仏像がお出ましになる際、時に湿度70%以上になることのある寺院環境から、博物館環境に移動させるときには、表面の状態に非常に気をつかいます。彩色像を開梱するときは特に緊張します。

また、湿気で鎹や釘など木材どうしを留める金属製の金具が腐食し、錆が生じると釘がふくらみ周辺の木材を傷めることもありますし、逆に乾燥が木材の割れを引き起こすこともあります。


干割れ

ご尊像の頭部に干割れがはしってしまうと、尊容を損ねることにもなってしまい、難しい修理となる大変やっかいな損傷です。年輪の中心である木芯から割れてしまうことが多いため、仏像をつくる際には、木芯が入らないように製材した芯去り材が使われていることが多いです。

木材を好んで食べる虫もいます。


虫蝕

たくさんの小さな穴が開いているのがお分かりになりますでしょうか。仏さまを食べるなんて仏さまには迷惑な話ですが、虫たちはありがたく命を頂戴しているのかもしれません。

今年はノートル・ダム寺院や首里城などで、いたましい火災が相次いでしまいましたが、木材にとって火も大敵です。かたや何らかの要因で水にさらされ続ければ腐食することもありますし、高湿度のなかでは黴が生えたりすることもあります。


朽損 修理前

木材が腐食してスカスカになっている様子がわかります。表面に少し手が触れただけで簡単に崩れ落ちてしまうきわめて危険な状態です。

こうやって損傷の事例を見てくると、何百年もの昔につくられた仏像が今に残ってるのは奇跡だと思われませんか?
形ある物はどんなに大切にしていたとしても、時が経てばどうしても傷んでしまいます。仏像もまた、つくられてから月日が経って傷んでしまったときに、修理しようと立案した人、修理の技術を持っていた人、費用を負担した人、その他さまざまな人が協力をして修理されてきたであろうことは想像にかたくありません。また修理が一度だけではなく、何度も繰り返すことのできるコミュニティがなければ、仏像はどこかの時点で朽ち果て失われてしまったことでしょう。

仏像が背負っているものは、これをつくった人々、長きにわたって守り伝えてきた人々、また現在、これを大切にされているご所蔵者はじめ地域の人々の祈りでもあるのです。

 

カテゴリ:彫刻特別企画

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posted by 皿井舞(平常展調整室長) at 2019年11月20日 (水)

 

ベトナムにある鎌倉時代の仏像―76年ぶりに日本へ里帰り―

本館特別4・5室で開催中の住友財団修復助成30年記念 特別企画「文化財よ、永遠に」(~12月1日(日))では、過去に住友財団の助成によって修復された仏像たちが、全国各地から出品されています。
そのなかで唯一、海外から出品された仏像があります。それはベトナム国立歴史博物館が所蔵する鎌倉時代の阿弥陀如来立像です。


阿弥陀如来立像 鎌倉時代・13世紀 ベトナム国立歴史博物館蔵
展示期間:2019年10月1日(火)~11月24日(日)


日本から遠く離れたベトナムの地に、なぜ鎌倉時代に日本で作られた仏像があるのでしょうか。

昭和18~19年(1943~1944)に文化交流として、日本の帝室博物館(現在の当館)と当時ベトナムのハノイにあったフランス極東学院との間で、文化財の交換事業が行なわれました。
昭和18年に当館から極東学院へ、翌19年には極東学院から当館へ、それぞれ文化財が送られました。日本からの交換品は長らく所在不明でしたが、近年の九州国立博物館の調査で再発見されました。


全身 修理前

本像については、現地へ派遣された修復事業者による修理の際に、接着剤で固定されていた本体と台座を分離したところ、当館が本像を明治35年(1902)に購入したときのラベルが左足裏に貼られているのがみつかりました。
かくして本像がかつて当館から送られた交換品であることが確認されました。


像底 修理中


左足裏 修理中

館内資料を紐解いてみると、本像についての記述がいくつかみられます。

本像の左足裏に貼ってあったラベルには「一九七」の番号があります。当時の所蔵品リスト「東京帝室博物館列品台帳」の番号一九七に該当するページには、除籍を意味する大きな×(バツ)印が記され、欄外にフランス極東学院との交換に提供した旨が記されています。

また、彫刻区(当時)の業務日誌「彫刻区日誌」では、昭和17(1942)1月23日に交換品の候補の一つとして本像が挙げられています。2月26日に開かれた鑑査会議では交換品の候補について「種々議論」があったようで、他部門の候補品については保留となったものがあったものの、彫刻部門の候補品はすべて可決されたことが記されています。

さらに、館内資料だけでなく、当時の新聞記事でたびたびこの交換事業のことが取り上げられています。
例えば、昭和18年(1943)3月に開かれた内示展の記事では「博物館秘蔵の鎌倉時代の逸品阿弥陀如来像をはじめ、屏風、能面、太刀、人形、振袖、鐔、絵皿等々……ゆかしい日本芸術の粋を一堂にあつめて」(『朝日新聞』昭和18年(1943)3月19日付夕刊)とし、交換品のなかでも本像を筆頭に挙げています。

そして、本企画を機に76年ぶりに日本へ里帰りすることとなりました。

なお、本像の展示期間は11月24日(日)までとなります。
もう一度本像を見るにはベトナムまで行かねばなりません。
日本で見ることの出来るまたと無いこの機会に、ぜひご覧ください。

(本像について、詳しくは図録掲載の「コラム 七十六年ぶりに日本に里帰り―ベトナム国立歴史博物館所蔵 阿弥陀如来立像」をご参照ください。)

 

特別展「三国志」チラシ

特別企画「文化財よ、永遠に」
2019年10月1日(火)~2019年12月1日(日)
本館 特別4室・特別5室

図録
『住友財団修復助成30年記念 特別企画「文化財よ、永遠に」』
1,100円(税込) ミュージアムショップで発売中

特別企画「文化財よ、永遠に」
2019年10月1日(火)~2019年12月1日(日)
本館 特別4室・特別5室

図録
『住友財団修復助成30年記念 特別企画「文化財よ、永遠に」』
1,100円(税込)
ミュージアムショップで発売中

特別展「三国志」チラシ

 

カテゴリ:彫刻特別企画

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posted by 増田政史(絵画・彫刻室) at 2019年11月07日 (木)

 

「文化財よ、永遠に」 まもり伝えられてきた仏像、その地域を訪ねて

特別企画「文化財よ、永遠に」は、住友財団が文化財の修理費用の助成をはじめて30年になるのを記念して開催するものです。
本展では、住友財団の助成を受けて修復された数々の作品の中から、仏像を中心に展示しています。




国宝や重要文化財に指定された作品を修理する場合には、国から費用の助成を受けることができますが、それ以外の作品は、自治体の指定を受けていても助成を受けられないことが多くあります。住友財団は、そのような作品の修理費用を助成しています。
東京国立博物館の普段の特別展では、国宝や重要文化財の作品が多く出品されますが、この特別企画の展示作品に国宝は無く、重要文化財も3件しかないというのはそのためです。

指定を受けているかどうかに関わらず、仏像が大切にまつられるのはいうまでもありませんが、本展で紹介する仏像もまた、地域で大切に守られてきました。
小高い山の中や地区の奥まったところにひっそりと寺が建ち、住職ではなく地域の人たちが守っていることもあります。像の出品のお願いや、お預かりのために寺を訪れると、いかにも地域の信仰の拠りどころという風情に出会いました。

 

向居薬師堂
山形県指定重要有形文化財 薬師如来坐像 平安時代・12世紀 山形・向居薬師堂

 

山口地区
茨城県指定有形文化財 虚空蔵菩薩坐像 平安時代・11世紀 茨城・真壁町山口地区

 

遍照寺
宝達志水町指定有形文化財 十一面観音菩薩立像 平安時代・12世紀 石川・遍照寺

そこにまつられる仏像からは、ふるくから守ってきた人たちの思いが伝わってくるようです。
そのような思いにつつまれた仏像をぜひご覧ください。

 

カテゴリ:彫刻特別企画

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posted by 丸山士郎(広報室長) at 2019年11月01日 (金)

 

住友財団修復助成30周年記念 特別企画「文化財よ、永遠に」

10月14日(月・祝)より、平成館では御即位記念特別展「正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美―」が開幕しましたが、
本館でも10月1日(火)より、住友財団修復助成30周年記念 特別企画「文化財よ、永遠に」が開幕しています。


本館外観にはバナーを設置しています

「文化財よ、永遠に」という展覧会のタイトル、どういう意味なんだろう?と思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

皆様にご覧いただく文化財の多くは、時間の経過とともに劣化していきますが、修復をすることで長きにわたって伝えられてきました。
そして、修復には専門的な知識や技術、費用が必要です。

公益財団法人住友財団は、平成3年より、文化財の維持・修復の事業に対して国内外へ助成を行い、これまで累計1100件以上もの文化財修復に貢献してきました。
本展はこの助成事業が始まって間もなく30年を迎えるにあたり、これまで助成の対象となった文化財を紹介しています。

当館のほか、泉屋博古館(京都)(会期終了)、泉屋博古館分館(東京)(~10月27日(日))、九州国立博物館(~11月4日(月・休))でも開催されています。
同じタイトル、同時期に開催というとても珍しい展覧会です。


各館展覧会ポスター(左より泉屋博古館(京都)、泉屋博古館分館(東京)、九州国立博物館、東京国立博物館)同じタイトルでもそれぞれ雰囲気が違います

当館では京都と九州を除く地域の仏像などを特別5室(第1会場)と特別4室(第2会場)の2つの展示室でご覧いただきます。

第1会場はこちら。本館エントランス正面の大階段脇に入口があります。


入って右手に展示しているこちらの三尊像は、東日本大震災により須弥壇上から落下し、三体ともに全壊に近い状態となってしまいました。
そのため、破損、遊離した不安定な部材や鉄釘・鉄鎹はすべて取り外し、失われた部材を新たに補いながら接合し直しました。
また、修復の際に墨書が発見されました。


福島県指定重要文化財 釈迦如来坐像および迦葉立像・阿難立像 鎌倉時代・14世紀 福島・楞厳寺蔵

次に、展示室中央にあるこちらの千手観音像は、合掌する両手を除き、千手を四十本の脇手でみせる一般的な姿です。
お像は経年劣化により4か年かけて修理が行われました。
まず、像全体の表面に彩色が施されていましたが、これは後の時代に塗られたものであったため、
もともとの顔の表情がよく見えるよう彩色を取り除く作業を行いました。
また、脇手はすべて後の時代につくり直されたものであり、そのなかには、平安時代後期のものや江戸時代のものがあり順番を確認しながら一本ずつ取り外しました。


重要文化財 千手観音菩薩立像 平安時代・9世紀 福井・髙成寺蔵

つづきまして、第2会場です。

 

本像は昭和18年にフランス極東学院と当館の文化財交換で当館から贈ったものです。


阿弥陀如来立像 鎌倉時代・13世紀 ベトナム国立歴史博物館蔵

長らくその行方は不明でしたが、九州国立博物館のベトナムとの交流事業で発見されました。
また、修理中に台座に本体を固定していた接着剤を剥がして分離したところ、足裏に当館の購入時のシールが確認され、
当館から贈った像であることが確定し、76年ぶりに日本に里帰りしているお像です。

こちらの日光・月光菩薩は薬師如来にしたがう薬師三尊像で本尊は秘仏の薬師如来立像です。
両脇侍像は表面の漆箔層の剥離や虫損が著しい状態だったため、燻蒸による殺虫処置と剥落とめなどを行いました。
この修理により、江戸時代に一回、明治以降に一回修理が行われていることがわかりました。


甲良町指定文化財 日光菩薩・月光菩薩立像 鎌倉時代・13世紀 滋賀・西明寺蔵

日本の文化財の多くは紙、木、絹、漆などきわめて脆弱な素材を材料にしています。
高温多湿な日本の気候環境のなかでは経年劣化のリスクが高いため、
本来であれば一定の周期で計画的な修復が必要ですが、
時に地震、風水害などの災害により被災する文化財も出てきます。

これら修復すべき文化財は多分にあります。
また、修理の過程で作品の制作年月日が判明することや制作者などの人々の名前が発見されることもあり、
修復技術が新たな発見につながり、文化財を未来につなげています。

会場では様々な仏像を展示しています。
如来や菩薩のような穏やかな表情もあれば、明王のように力強い姿もご覧いただけます。

日本各地で大切に守り伝えられてきた仏像をとおして、文化財保護の重要さ、修復の意味などを感じとっていただけたら幸いです。

*本展は総合文化展観覧料金でご覧いただけます。
また、開催中の御即位記念特別展「正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美―」の当日の観覧券でもご覧いただけます。
ぜひ、正倉院の世界展と本展どちらもお楽しみください。
 

カテゴリ:彫刻特別企画

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posted by 江原 香(広報室) at 2019年10月24日 (木)

 

特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」彫刻研究員座談会

奈良の古刹よりきわめて魅力に富んだ仏像や文書を展示している特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」(~9月23日(月・祝))。 今回は、本展に関わった彫刻研究員による展覧会開催までの経緯、仏像について語る、いつもと違ったスペシャルな1089ブログをお届けします。


左:学芸企画部 企画課長 浅見 龍介 中央:学芸研究部 調査研究課 絵画・彫刻室 増田 政史 右:学芸研究部 列品管理課 平常展調整室長 皿井 舞
左:学芸企画部 企画課長 浅見 龍介 中央:学芸研究部 調査研究課 絵画・彫刻室 増田 政史 右:学芸研究部 列品管理課 平常展調整室長 皿井 舞

 

奈良の古刹よりきわめて魅力に富んだ仏像や文書を展示している特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」(~9月23日(月・祝))。 今回は、本展に関わった彫刻研究員による展覧会開催までの経緯、仏像について語る、いつもと違ったスペシャルな1089ブログをお届けします。

 
なぜ総合文化展でこの展覧会をすることになったのでしょうか。

当館は彫刻の収蔵品が少なくて、浅⾒さんはいつも「展⽰案を作っていても張り合いがないんだよ」っておっしゃっていますね。 また、総合⽂化展にたくさんの⼈が来てくださるように何かしたいとお考えでしたよね。

その⼀つが寄託品を増やすことでした。寄託品は3年間というスパンでお預かりしているのですが、3年だと少し⻑いというお寺さんがいらっしゃるもしれないから、もう少し短いスパンでお借りできるような、柔軟な仕組みがあればいいなともおっしゃっていましたね。それが、総合⽂化展の活性化にもつながるわけです。

そんな中、室⽣寺さんの話はとてもありがたいお話でしたね。

ええ。室⽣寺さんが収蔵庫(宝物殿)を造ることになり、完成後の枯らしの期間(コンクリート、建材などから出る有機ガスの濃度が薄くなるまで作品を入れずに換気する)、国宝 ⼗⼀⾯観⾳菩薩⽴像と釈迦如来坐像、重要⽂化財 地蔵菩薩⽴像、⼗⼆神将立像12体のうち2体を預かってもらいたいということで当館にお話がありました。

「ぜひ総合⽂化展の中で展示したい︕」と喜んでいたら、室⽣寺の執事⻑さんから、今、岡寺、⻑⾕寺、安倍文殊院、室⽣寺で協⼒して奈良⼤和四寺巡礼と称して、参拝客を誘致している。 それに併せて四寺の展示にしてはどうかというお話をいただいたので、それが実現すれば、部屋全体で特別な展示ができる、とわくわくして、それぞれのお寺に相談して、「奈良大和四寺のみほとけ」という展覧会になりました。

 
規模が大きくなっても、特別展ではなくあえて総合文化展にこだわったのはなぜ?

実は11室ではなく、特別5室(本館中央階段奥の天井の高い部屋)でやったらどうかという話がでたこともありました。特別5室は仏像を置く台もケースもないので多額の設営費がかかります。 そうなると特別展料⾦でやることになりますね。そもそも仏像は輸送費がかかるので、その予算を確保するというのもなかなか⼤変なのです。また広報費も大変です。

それより、さっき⽫井さんが⾔った総合⽂化展を活性化して多くのお客様に総合⽂化展を見ていただく⽅がいいな、という気持ちの⽅が強くて11室での開催、そして総合⽂化展料⾦でご覧いただくことにしました。

平成館4000平⽶の特別展を⾒て、さらに本館となると、お客様も疲れてしまいますよね。 この特別企画を⽬当てにいらした方がせっかくだからと本館の他の展⽰もご覧になって「こんなにいろいろな作品が展⽰されていたんだ」っておっしゃっておられました。当館の総合⽂化展全体を⾒てもらうのに、本特別企画がいいきっかけになっているなという印象は受けています。

 
⻑⾕寺、岡寺、安倍文殊院の出品作品はどうやって決まったのでしょうか︖

⻑⾕寺さんは⼀度、私が伺って、こちらから希望を出したとおりにご快諾いただきました。 岡寺さんは、希望通りいずれも展示してかまわないと仰っていただきました。当館寄託の釈迦涅槃像に加え、京都国立博物館に寄託されている菩薩半跏像と天人文甎は京博の了解を得てすぐに決まりましたが、奈良国⽴博物館寄託の国宝、義淵僧正坐像は輸送が難しいと思い、最初は考えていませんでした。 でも、やっぱりこの展⽰をより充実したいと欲が出て奈良博の彫刻担当者に相談しました。

義淵僧正坐像は⽊⼼乾漆造で、脆弱です。乾漆というのは漆に⽊の粉などを混ぜてペースト状にしたものです。表⾯を⾒ていただいたら、かなりひびが⼊っているのがわかります。輸送が心配なので、あきらめた方がよいかと奈良博にたずねたところ、乾漆が剥がれる心配はないと回答を得てお借りすることができました。

当館は、法隆寺宝物館は別とすれば、奈良時代のお像は少ないんですね。 所蔵品では⽇光菩薩踏下像と、⻄⼤寺さんからの寄託品である釈迦如来坐像ぐらいです。ですから、義淵僧正像を当館で展示できるのはとてもうれしかった。

本当は、 ⻑⾕寺さんの国宝 銅板法華説相図もお借りしたかったのですが、展⽰ケースにうまく納まらないため、断念しました。

そうですね。既存の台や展示ケースを利用するので、制約はあるわけです。

安倍文殊院さんにもお願いに⾏ってきました。快慶作の大変立派なお像があるのでお借りできればと思ったのですが、安倍文殊院さんは檀家のいないご祈祷寺なんですね。だからお像を出すことはできないが、その代わり、文殊菩薩の像内納入品の経巻を出しますとおっしゃってくださったんです。

展覧会は100パーセントこちらの望みがかなうなんていうことはないので、できる範囲でご協力をいただいて、それで最善のものにする。観覧される方々、ご所蔵者、主催者など関わった人がみんな「よかった」と笑顔になるようにしたいと思っています 笑。

 
本展で展示している仏像はバラエティーにとんでいますよね。技法や特徴について解説していただけますでしょうか?

銅造もあれば、甎もあるし、⽊⼼乾漆造もあります。また⽊彫像は、⼀⽊造もあれば寄⽊造もあり、ほぼ⽇本の造像技法を網羅しています。

例えば、⻑⾕寺の木造⼗⼀⾯観⾳菩薩⽴像。ブログにも書きましたけど、通常 平安時代11世紀後半から12世紀のお像は、内刳り(内部を空洞にすること)を⼊念に施すので、⽊の部分が薄くなるんですよ。だから軽いです。でも、このお像は内刳りしていないから重い。

 

 


十一面観音菩薩立像 平安時代・12世紀 奈良・長谷寺蔵

木目を見るとクスノキですね。クスノキは平安時代半ば以降、主に使われたヒノキより重いです。針葉樹のカヤは奈良時代後期から平安時代前期によく使われた⽊材ですけど、ヒノキに⽐べて重いです。

同じヒノキでも⽬が詰んでいるか、⽬が粗いかで全然違います。⽬が詰んでいれば重い。このお像は、軽いはずの顔をしていて重いので驚いたんです。

平安時代後期でクスノキが使われるっていうのは、すごく珍しいですよ。 ⻑⾕寺のご本尊の⼗⼀⾯観⾳立像はもともと霊⽊のクスノキで造られたという伝承がありますから、このお像もご本尊を意識して造っただろうという推測が成り⽴つんですよね。

このお像は⻑⾕寺の住職の住坊にあるので、あんまり今まで出ることはなかったんですね。
正確にはCTを撮って公表しますが、左⼿はどうも⼿⾸まで、右⼿は肘まで胴体と同じ⽊から造っているようなんですよ。両腕の内側は、鑿で胴との間を削って削って貫通させて、体との隙間をつくっているんですね。下半身にU字にかかる天衣も両足の間は体から浮くように隙間を作っています。

⼀⽊から透かし彫りになるような空間をつくるやり⽅って⼤変じゃないですか。
⼀般的に別の⽊で造って矧ぎ付けたほうが効率的ですが、わざわざ⼿の部分、肘まで、ぎりぎり1本の⽊材から取ろうとしてい るのは、使っている⽊からすべて彫り出したいという意識があったようで、 何か特別な⽊を使っているんじゃないかと思いたくなります。

確かにそうですね。

岡寺の菩薩半跏像は銅造ですね。これは溶けた銅を流して、それが隅々まで行き渡るようにしなくてはいけないですね。

 


重要文化財 菩薩半跏像(ぼさつはんかぞう) 奈良時代・8世紀 岡寺蔵

奈良時代の銅は純度が高く、少し流れにくいですね。

流しやすくするために、スズ、ヒ素や鉛を⼊れたりするんですよね。

⻘銅は銅とスズの合⾦で、中世のものは鉛の含有量が多いですね。

朝鮮半島製の⾦銅仏と⽇本製の⾦銅仏だと成分⽐が違ったりします。最近は蛍光X線分析という科学的な調査なんかも盛んに行なわれていますね。

⻑⾕寺の重要⽂化財 難陀⿓王⽴像は⽊造ですが、こちらは像内の銘⽂から12日間という短期間で完成されたことがわかりますよね。

 


重要文化財 難陀龍王立像 舜慶作 鎌倉時代・正和5年 奈良・長谷寺蔵

⻑⾕寺の本尊の⼗⼀⾯観⾳菩薩⽴像は⽕災により焼失と復興を繰り返しているのですが、復興するとき仏像を造るために競合した仏師に⼊札させて、担当仏師を決めているんですよ。恐らく、難陀龍王像の担当仏師は、短期間で出来るとアピールしたんじゃないでしょうか。

いつから難陀⿓王が出てくるのかが謎ではあるんですけど、少なくとも中世的な信仰ですね。

春⽇神と同体と⾔っているけど、春⽇神と難陀⿓王がどうして結びつくのかよく分からないですね。ただ難陀⿓王も⾚精童⼦も⾬乞いの本尊になるのですが、雨を降らせるだけじゃなくて、大雨を止めることもできる。初瀬川の下流の⼤和川ってよく氾濫していたらしいのですよね。だから止める方の祈祷もあったと思います。

 

この難陀⿓王ですが、両肩、⿓は別に造って接合したものです。制作した仏師は8⼈ですよね。

多分、分業していますよね。分担して何日で出来るかって、⼊札の前にひな形造っていますよ、きっと。ただ彩⾊は短期間では絶対、終わらないですね。

この難陀龍王像、実は背中に小さな焦げ跡がありますよね。

⽕災のときにできたんでしょうね。

火事だああ!って急いで助け出して運んだんですよね。これ重いし、今のように高いところに安置していたなら、⼤変だったと思います。

 
安倍文殊院の「国宝 文殊菩薩像像内納入品 仏頂尊勝陀羅尼・文殊真言等(もんじゅぼさつぞうぞうないのうにゅうひん ぶっちょうそんしょうだらに・もんじゅしんごんとう)」とはどういうものなのでしょうか。
 


国宝 文殊菩薩像像内納入品 仏頂尊勝陀羅尼・文殊真言等 鎌倉時代・承久2年(1220)奈良・安倍文殊院蔵

「仏頂尊勝陀羅尼(ぶっちょうそんしょうだらに)」は、「仏頂尊勝陀羅尼経」というお経のなかにある呪文です。鎌倉時代の仏像の納入品によく書かれています。

お経というのは別名「法舎利(ほっしゃり)」ともいいます。舎利というのはお釈迦様の遺骨です。そして、法というのはお釈迦様が説いた教えです。お経というのは、それを書き記したもので、「お経=お釈迦様」つまりお釈迦様そのものという考え方があるんですね。

それを仏像のなかに入れることによって、魂を入れる、というような考え方もあるそうです。

⽂殊菩薩がこの世の中国の五台⼭に⽣きて存在しているという信仰があって、それを聞いたインドのお坊さんが中国までわざわざ会いに⾏くんですね。

そして、会いに⾏く途中で⽼⼈に出会うんです。
その⽼⼈は「仏頂尊勝陀羅尼経というお経をもってきたか︖」とインドのお坊さんに問いかけます。お坊さんは持ってきていなくて、⽼⼈が「持ってきたら、⽂殊菩薩に会えるぞ」と⾔ったので、お坊さんは⼀旦「仏頂尊勝陀羅尼経」を取りにインドに戻るんです。

⼀往復して、「仏頂尊勝陀羅尼経」を持ってインドから中国にまた来るんですね。 そして「仏頂尊勝陀羅尼経」を持っていったら、五台⼭の文殊菩薩に会うことができたという物語があります。

元々その老人が文殊菩薩の化身なんだよね。

そうですね。姿を変えてお坊さんを試していた、ということです。

途中で⼼が折れたら会えないんですね 笑。また、この納入品にはたくさん同じ⽂字が書かれています。 文殊菩薩を表わす梵字で「マン」と読むのですが、⼀個書くことが仏をつくることの象徴で功徳を積んでることになるんですよ。

 

 
会期終了(9月23日(火・祝))まで残すところわずかとなりましたが、何か一言お願いします。

まだ御覧になっていない方はぜひご来館ください。お寺で拝観するより間近で、照明も当たり、側面、背面まで観ることができる貴重な機会です。
御覧になったみなさま、今度はぜひお寺にお参りください。境内の景色、古いお堂の中で、拝観すれば博物館とは違った発見と感動があると思います。

なお室生寺さんの新宝物館の枯らしの期間を延長されるため、室生寺のご尊像のみ、来年2月24日(日)まで展示を延長いたします。また違った展示台でご覧いただけますので、引き続きお楽しみいただければと思います。

 


本展を担当した 左から 広報室 江原 香、増田 政史、浅見 龍介、皿井 舞、ポスター・チラシ・会場をデザインした、デザイン室 荻堂 正博

特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」も閉幕まで残りわずか、9月23日(月・祝)までの開催です。ぜひ会場に足をお運びいただきお楽しみください。

特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」

本館 11室
2019年6月18日(火)~ 2019年9月23日(月)

 

カテゴリ:研究員のイチオシ彫刻特別企画

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posted by 広報室 at 2019年09月20日 (金)