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ダブリンから作品をお迎えして:海外展ができるまで

東京国立博物館では、国外のミュージアムと協力して行う「海外展」をだいたい年2-3回程度行っています。現在開催中の特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」(会期:~7月20日(月・祝)まで)は、アイルランドの首都ダブリンにある国立文化施設チェスター・ビーティー所蔵の日本美術品をお借りした展覧会です。
 
チェスター・ビーティー・コレクション展 第1会場 展示風景(本館D室)
 
海外の美術館が所蔵する作品をお借りして展覧会をする場合、国内から作品をお借りする場合に加えて別の手続きが必要です。会期も後半となりましたが、今回アイルランドから作品をお迎えして展覧会を行うにあたってどのような準備をしたか、主に実務についてご紹介します。
 
 
2025年大阪で行われた万博の東入口付近に設置されたアイルランドパビリオン
 
最初に具体的な展覧会企画について話をしたのは2024年3月のことです。アイルランド側から、万博の年に何か展覧会を行いたいというご提案があり、もろもろ検討の結果、チェスター・ビーティーのコレクションをお借りして当館で展覧会を実施する方向で検討することになりました。
チェスター・ビーティーが所蔵する日本美術品は、昨年10月時点で約1900点あり、その中におおよそ画巻及び画帖が140点、印刷された本、巻子類が115点、浮世絵版画や刷物は843枚あり、ほかに仏教経典や印籠・根付などが含まれます。今回の展覧会はこれらの中から、25点をお借りしました。これらはすべてビーティー卿が生前集めてアイルランドに寄贈したものです。その後、経費分担などの確認ができ、およそ1年後に開催が確定しました。
 
作品の入ったクレートの一つ
 
海外から美術作品を輸送して日本国内に運ぶことは、大きく言えば物品の「輸入」です。ただし、今回のように外国から一時的にお借りして広く文化を紹介するために公共施設である博物館が展覧会で一般公開する場合、個人やお店が商品を購入して輸入、販売する場合とは別の扱いとなります。
輸入する物品は、通常、空港で通関手続きをして所定の場所に運びます。しかし、文化財は通関手続きのために環境の悪い場所に長く置いておくことは作品の保全上できません。そのため、あらかじめ保税範囲(税金を払わずに一時的に物を置いておける場所・エリア)を博物館内の収蔵庫などにできるよう申請し、空港では通関せず、保税品(関税や消費税がかからない状態)として、認められた場所に輸送・保管してから、安全な場所で通関手続きに入ります。通関が済むまでその場所で保管して、通関が済み次第、点検・展示となります。
 
作品点検の様子・研究員の手の下にあるのが調書です
 
貸す側は作品を梱包して送り出す前に各作品の現状がわかる写真を撮り、その時の作品の状態を確認します。その際、取り扱いを注意しなければならない箇所など各作品についての特記事項を記した「点検調書」を作成します。当館で開梱する際、この調書を元に、輸送中に状態の変化がなかったか1点1点確認します。その際、何か変化や特記事項があれば調書に書き加えて、展示期間後の点検の際確認できるようにします。
 
また、外国の美術館など公的機関から公開目的でお借りする場合、お借りしている間に、誰かが不当に自分がもともとの持ち主だから、などと名乗り出て差押えようとすることができないよう、日本国内で訴訟対象とならない措置がとられています。文化庁のウェブサイトによれば「2009年4月24日に制定された「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」により,我が国において展示される外国等【外国政府(国,政府機関),自治体(州)等】の有する美術品等に対しては,日本の裁判所は,強制執行,仮差押さえ及び仮処分等をすることはできないこととなっています。」とあります。そのため、外国等が有する美術品を借り受ける場合については、特段の措置が無くても法律に基づいて差し押さえ等の措置は禁止されています。
 
一方、作品を選ぶ際に一つ気をつけなければならないことがあります。それは、輸出入禁止の物品が含まれていないか、ということです。日本の美術品で輸出入禁止の物品といってもぴんとこないかもしれませんが、取り扱いが難しいものがあります。象牙製品もその一つです。掛け軸や巻物の軸の部分で表に出ている部分に昔は象牙を使っている場合がよくあり、それらが「象牙製品」として輸出入禁止の対象となりうるのです。
 
 
牙軸(げじく)作品(赤矢印の部分が象牙でできている)
 
絶滅危惧種など国際的に保護の対象となっている動植物は、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約、通称「ワシントン条約/CITES」により国際間の取引が厳しく制限されています。
ただし、この条約は1973年に施行されたものなので、それ以前に取引されたことが証明できれば、輸入することができます。本展にも5点対象となる作品がありましたが、幸い、アイルランド側、つまり輸出国はそれら象牙の軸首がついたものをすべて輸出して差し支えないという許可を速やかに出してくれました。国によっては、この審査に長い時間を要することもあるので、速やかに問題ないとの判断を出して許可書を出してくれたことは大変ありがたいことでした。
 
輸送は今回2便に分けて行い、各便にチェスター・ビーティーの保存担当の方あるいはレジストラー(作品登録)の方がクーリエとして随伴されました。ダブリンから1か所経由して、チェスター・ビーティーを出てから2日かけて東京に着きました。長旅の末無事に到着したのを見たときは、心から安心しました。
 
空港にクレートが着いた時の写真
 
様々な手続きを経て日本に到着した作品は、博物館に運んですぐに展示するわけではありません。ダブリンは、日本に比べて気温も湿度も低い地域です。いきなり気候(温湿度)のちがう環境にさらしてしまうと作品に悪い影響を与えかねないので、展示する博物館内の環境に慣らすため、箱を開けないまま通常48時間以上は収蔵庫の中で保管します。温度も湿度も大きく変動させないことが一番重要なので、急速に上下することにならないようにしなければなりません。
 
ケース内に設置した温湿度測定のロガー。数値は保存修復課がリアルタイムでチェックできる
 
今回当館ではケース内温度22-24℃(±2℃)、相対湿度50-55%(±5%)の設定としています。ちなみに、近年サステナビリティの観点から、機械的に大きく環境を変えることはよしとされなくなりましたので、温湿度設定や振れ幅の許容範囲の基準値も徐々に変わってくるかもしれません。
 
展示室天井に取り付けた照明は、来館者が読みやすいよう原則はパネルにあてられる
 
また、今回のように作品が紙や絹に描かれたものである場合、照明が強すぎると作品が変色してしまいます。一方、暗すぎると展示室内を見て回るのに支障が出てしまい、解説の文字も読みづらい。そこで今回の会場では、通常チェスター・ビーティーで設定している照度よりだいぶ高めに設定することを許可いただきました。もちろん作品に有害な光線、紫外線や熱はカットしており、原則壁付ケースの外からの照明は、キャプションやパネルにしっかりあててパネルを読みやすくしています。部屋全体が暗く感じるかもしれないですが、作品保護のためご理解いただけるとありがたいです。
 
先に述べた展示の際の諸条件をはじめ、お互いの役割分担や経費の分担、出版物に関する取り決めなど展覧会の開催に関わる基本条件は、主催館同士で展覧会契約を結んであらかじめ決めておきます。チェスター・ビーティーも東博も国の機関で、美術館として大体の慣例は大きな違いはなく、著しく意見の異なることはありませんでした。
 
チェスター・ビーティー外観
 
最近は、緊迫した中東情勢の影響で、ヨーロッパ方面に物を送るのが難しくなっています。本展の準備でも、たとえば、郵便局からアイルランドへ郵送しようとした書類が、数日国内で留め置かれ、結局戻ってきてしまったことがありました。
 
輸送費や保険料、あるいは資材費の高騰もあり、国際的にモノを動かすのは難しい時代に入ってしまったと言わざるを得ません。しかし、こういう時だからこそ、他国との交流を重ね、ともに一つの事業に取り組むことにより相互理解を深め、ひいては争いの種を減らせるのではないでしょうか。
今後とも、国外の博物館・美術館と協力して展覧会などの事業を行い、世界の様々な国の方々との交流を通じて友情をはぐくむ取り組みができればと思います。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特別企画

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posted by 鬼頭 智美(学芸企画部海外展室) at 2026年06月05日 (金)

 

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