御即位20年記念 特別展「皇室の名宝-日本美の華」
御即位20年記念 特別展「皇室の名宝-日本美の華」
平成館 特別展示室
2009年10月6日(火) ~ 2009年11月29日(日)
螺鈿紫檀阮咸 奈良時代・8世紀 正倉院宝物 [展示期間:2009年11月12日(木)~11月29日(日)]
皇室に伝わる御物をはじめ、宮内庁所蔵の諸作品のなかから特に名高い名品を選び、ご紹介します。展示は1期と2期とに分けて行われ、すべての作品が展示替えされます。1期は江戸時代から明治時代までの絵画と工芸品を中心とし、2期は古代から江戸時代までの考古、絵画、書跡、工芸品を展示します。
1期:2009年10月6日(火)~11月3日(火・祝)
2期:2009年11月12日(木)~11月29日(日)
■関連展示
・1期:大和絵屏風の伝統 2009/10/6~2009/11/3
・2期:正倉院宝物の模造制作活動-伝統技術の継承と保護 2009/11/12~2009/11/29
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2009年11月25日(水) 入場者が40万人に達しました。
2009年11月15日(日) 入場者が30万人に達しました。
2009年10月20日(火) 入場者が10万人に達しました。
| ■ 開催概要 |
| 会 期 | 1期:2009年10月6日(火)~11月3日(火・祝) 2期:2009年11月12日(木)~11月29日(日)
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| 会 場 | 東京国立博物館 平成館 | ||||||||||||||||||
| 開館時間 | 9:30~17:00 (入館は閉館の30分前まで) (ただし会期中の金曜日は20:00まで、土・日・祝日は18:00まで開館) ※携帯専用サイトで入場待ち時間をご案内しております。右のQRコードを読み込むか、URL(http://www.bihana.jp/m/)を入力してご覧ください。 |
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| 休館日 | 1期:月曜日(ただし10月12日(月・祝)・11月2日(月)は開館、10月13日(火)は休館) | ||||||||||||||||||
| 2期:無休 | |||||||||||||||||||
| 観覧料金 | 一般1300円(1100円/1000円)、大学生1000円(800円/700円)、高校生700円(500円/400円) 中学生以下無料
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| 交 通 | JR上野駅公園口・鶯谷駅より徒歩10分 東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、千代田線根津駅、京成電鉄京成上野駅より徒歩15分 |
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| 主 催 | 東京国立博物館、宮内庁、NHK | ||||||||||||||||||
| 特別協力 | NHKプロモーション、読売新聞社、日本経済新聞社 | ||||||||||||||||||
| カタログ・音声ガイド | 展覧会カタログ(1期・2期各2000円)は、平成館2階会場内、および本館地下ミュージアムショップにて販売しています。音声ガイド(日本語のみ)は500円でご利用いただけます。 | ||||||||||||||||||
| お問い合わせ | 03-5777-8600 (ハローダイヤル) | ||||||||||||||||||
| 展覧会ホームページ | http://www.bihana.jp/ 展覧会公式サイトは会期終了時をもって終了いたしました。 |
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| 宮内庁ホームページ 御即位20年記念特別展 「皇室の名宝-日本美の華」 |
http://www.kunaicho.go.jp/20years/touhaku/touhaku.html | ||||||||||||||||||
| ■ 関連事業 |
| 記念講演会 | |
| 第1回「皇室コレクション、平成の歩み―修理調査報告を中心として―」 平成館 大講堂 2009年10月10日(土) 13:30~15:00 演題:「皇室コレクション、平成の歩み―修理調査報告を中心として―」 講師:宮内庁三の丸尚蔵館学芸室主任研究官 太田 彩 氏 |
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| 第2回「正倉院の宝物 歴史の奥行き」 平成館 大講堂 2009年11月15日(日) 13:30~15:00 演題:「正倉院の宝物 歴史の奥行き」 講師:宮内庁正倉院事務所長 杉本 一樹 氏 |
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| シンポジウム | |
| 「皇室と文化財」 平成館 大講堂 2009年10月12日(月・祝) 15:00~18:15 プログラム 第1部:基調報告 「特別展『皇室の名宝』の趣旨と意義」 原田 一敏 氏(東京国立博物館上席研究員) 「正倉院宝物の保存と研究」 成瀬 正和 氏(正倉院事務所保存課長) 「宮内庁三の丸尚蔵館の保存事業と公開」 太田 彩 氏(宮内庁三の丸尚蔵館主任研究官) 第2部:パネルディスカッション 皇室と文化財―美術史上における意義― 進行:佐野 みどり 氏 パネリスト:太田 彩 氏、奥村 秀雄 氏、佐藤 道信 氏、原田 一敏 氏 |
| ■ 関連展示 |
| 大和絵屏風の伝統 平成館 企画展示室 2009年10月6日(火)~11月3日(火・祝) 関連展示として、悠紀(ゆき)・主基(すき)地方風俗歌屏風(平成度)をご覧いただきます。即位後に行なわれる大嘗祭には古くから悠紀(京都の東から選ぶ。平成の場合は秋田県)・主基(京都の西から選ぶ。平成の場合は大分県)地方より献上された大和絵による和歌御屏風が用いられました。今回は、今上陛下御即位時の屏風をご紹介いたします。 |
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| 正倉院宝物の模造制作活動-伝統技術の継承と保護 平成館 企画展示室 2009年11月12日(木)~11月29日(日) 皇室の文化財保護をテーマに関連展示を行います。明治期から皇室が中心となって正倉院宝物の修理や模造制作が行われてきました。近年は、天皇陛下による日本茜、皇后陛下による小石丸(日本産種の繭)を使用した正倉院裂の模造も制作され、春日権現験記絵(宮内庁・三の丸尚蔵館所蔵)の修理の際には、その模造の裂が使用されました。修理の資料とともに、きらびやかな正倉院宝物の模造を紹介します。 |
| ■ 展覧会の構成と主な展示作品 |
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動植綵絵 (どうしょくさいえ) 伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)筆 江戸時代・18世紀 三の丸尚蔵館蔵 近年、特に人気が高い、江戸時代中期に京都で活躍した伊藤若冲(1716~1800)の代表作であり、彼の生涯においても記念碑的な作品です。30幅にも及ぶ大作は、本来、釈迦三尊像を荘厳するための仏教絵画でした。 |
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唐獅子図屏風(右隻) (からじしずびょうぶ) 狩野永徳(かのうえいとく)筆 安土桃山時代・16世紀 三の丸尚蔵館蔵 桃山画壇の巨匠・狩野永徳(1543~90)の数少ない確証的な作品で、力強いその作風は、桃山時代の豪壮な気風をよく伝えています。日本美術の代表的な作品として、多くの人々に最も知られるものの一つです。 |
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| 帝室技芸員(ていしつぎげいいん)とは 明治23年10月、美術の保護奨励を目的として設置された制度です。日本の美術を奨励し、工芸技術を錬磨し、後進を指導することを目的としました。明治維新によって幕府や大名の庇護を失った画工や工芸作家たちの保護優遇からはじまり、西欧王室のように独自の文化的伝統をもつことが一等国になるために必要であるとの認識もありました。昭和19年まで続き、日本画、洋画、工芸、建築、写真まで幅広いジャンルから79名が任命されました。 |
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蘭陵王置物 (らんりょうおうおきもの) 海野勝珉(うんのしょうみん)作 明治23(1890)年 三の丸尚蔵館蔵 明治期の金工界の第一人者であった海野勝珉(1844~1915)の代表作です。雅楽「蘭陵王」の舞姿を高度な技術によって、写実的に作り上げています。 |
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| 朝陽霊峰 (ちょうようれいほう) 横山大観(よこやまたいかん)筆 昭和2(1927)年 三の丸尚蔵館蔵 横山大観(1868~1958)の代表作の一つで明治宮殿豊明殿の調度として用いるため、大正15(1926)年に御下命を受け、昭和2年に完成しました。大観の最初期の富士の大作で、富士を多く描き続けた大観ですが、これほどの量感、装飾性をもつ壮大な作品は他には見られません。 |
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菊蒔絵螺鈿棚 (きくまきえらでんだな) 川之邊一朝(かわのべいっちょう)ほか作 明治36(1903)年 三の丸尚蔵館蔵 明治天皇の御下命により、明治25(1892)年から約11年を費やして制作された明治期漆工作品の傑作です。高蒔絵と螺鈿による菊花と小鳥文様が全面に配される華麗な作品です。 |
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雪月花 (せつげっか) 上村松園(うえむらしょうえん)筆 昭和12(1937)年 三の丸尚蔵館蔵 貞明皇后の御下命を受けて、完成までに20年以上を費やした上村松園(1875~1949)の代表作です。『枕草子』『源氏物語』『伊勢物語』という古典文学に想を得た平安貴族の優美な情景が、情緒豊かに表された名品です。 |
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| 法隆寺献納宝物(ほうりゅうじけんのうほうもつ)とは 明治11(1878)年に奈良の法隆寺から皇室に献上された300件をこえる法隆寺伝来の文化財のことです。明治8年、9年に奈良東大寺で行われた奈良博覧会には法隆寺の宝物が多く出品されましたが、当時の奈良の寺院は衰退し、所蔵の宝物の維持保護が困難な状態でした。そうした状況で法隆寺が散逸の防止と伽藍整備の目的で政府に献納し、その御下賜によって伽藍の修復が行われました。内容は金銅仏、灌頂幡(かんじょうばん)をはじめとする仏具や聖徳太子絵伝など飛鳥時代から江戸時代までにおよびます。 正倉院宝物(しょうそういんほうもつ)とは 寺院や役所などの財物などを収納する庫を正倉といい、正倉を垣で囲んだ区画を正倉院といいました。法隆寺や興福寺などにもかつては存在していましたが、現存するのは東大寺正倉院の正倉で、現在は収められた文化財、建物ともに宮内庁の所管となります。倉は北倉、中倉、南倉とに分けられ、とくに北倉には聖武天皇の御遺愛の品々が収められ、また中倉や南倉には東大寺の大仏開眼供養に使用された品々が含まれています。 |
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聖徳太子像(法隆寺献納宝物) (しょうとくたいしぞう) 奈良時代・8世紀 御物 「唐本の御影(とうほんのみえい)」として著名な聖徳太子像です。中央の太子に対し、両脇の童子を小さく描く形式、顔貌描写の様式などから、奈良時代・8世紀も早い時期のものとみられますが、この絵自体の制作期については議論もあり、謎の多い絵でもあります。法隆寺伝来です。 |
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螺鈿紫檀阮咸 (らでんしたんのげんかん) 北倉30 奈良時代・8世紀 正倉院宝物 円形の胴に長いまっすぐな頸をつけた、4絃楽器です。阮咸の名称は、中国・西晋の時代に俗塵を離れて竹林に隠遁生活を送ったという竹林の七賢の一人、阮咸がこの楽器を愛用していたところからといいます。一面に精巧な螺鈿細工が見られ、胴部の背面には長い瓔珞(ようらく)をくわえた一対の鸚鵡(おうむ)が表されています。貝の白と、琥珀(こはく)の下に透けて見える赤い彩色の対比が華麗です。『国家珍宝帳』に記載があり、聖武天皇愛用の楽器であった可能性が高いと考えられます。 |
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家屋文鏡 (かおくもんきょう) 奈良県北葛城郡河合町大字佐味田字貝吹 佐味田宝塚古墳出土 古墳時代・4世紀 書陵部陵墓課 それぞれ異なる4棟の建物をあらわす希有な文様をもつ日本製の鏡(倭鏡)で、考古学だけでなく建築史や美術史などの分野においても極めて有名な鏡です。この4棟の建物については、古墳時代における首長居宅との関連も指摘されています。また、建物以外にも蓋、鶏、雷、樹木などが表現されており、倭人の世界観を考える上で重要な鏡といえます。 |
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紺夾纈あしぎぬの几褥 (こんきょうけちあしぎぬのきじょく) 南倉150-14 奈良時代・8世紀 正倉院宝物 夾纈とは板締め染めの一種です。文様を彫り起こした2枚の板の間に布帛(ふはく)を折りたたんで挟み、数色の染料をそれぞれ注ぎ込むことによって色彩豊かな文様を染め出します。正倉院にはあしぎぬ・羅(ら)など薄手の絹織物に染められた夾纈裂が見られますが、この机の敷物は、大型である上に文様の細部まで色鮮やかに染められ、保存状態も良好です。正倉院に伝来する夾纈の中で、もっとも華やかな優品です。 |
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漆胡瓶 (しっこへい) 北倉43 奈良時代・8世紀 正倉院宝物 蓋や注ぎ口が鳥の頭をかたどっている、ペルシア風の水差しです。器胎は、テープ状の細長い薄板を巻いて作られています。表面には、黒漆を塗り、鹿や羊、鳥や蝶、草花などの形に切り抜いた銀の薄板を貼って、文様を表しています。『国家珍宝帳』に記載があり、天平勝宝8(756)年、聖武天皇の四十九日にあたり光明皇后が東大寺盧舎那仏(るしゃなぶつ)に献納したと知られる宝物の一つで、正倉院宝物の漆芸品を代表する存在でもあります。 |
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黄金瑠璃鈿背十二稜鏡 (おうごんるりでんはいじゅうにりょうきょう) 南倉70-6 奈良時代・8世紀 正倉院宝物 銀製の十二稜形の鏡で、背面は蓮弁形を三重に組み合わせて一つの華やかな花房としています。各花弁文は銀製鍍金の細い針金を植線し、緑、濃緑、黄の七宝釉(しっぽうゆう)を焼き着けており、弁先の余白は裏から魚々子鏨(ななこたがね)を打って霰地(あられぢ)仕上げとした黄金の板を貼っています。正倉院に伝わる鏡は56面を数えますが、七宝鏡は本鏡一面だけです。螺鈿鏡とともに宝庫の中ではもっとも豪華な鏡です。 |
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蒙古襲来絵詞(部分) (もうこしゅうらいえことば) 鎌倉時代・13世紀 三の丸尚蔵館蔵 文永11(1274)年と弘安4(1284)年の二度にわたる元寇の際、その戦に出陣した肥後国御家人・竹崎季長(たけざきすえなが)を中心に展開する絵巻で、その風俗や描写の表現には鎌倉時代の特色がよく表れています。日本の歴史を揺るがした大事件を物語る視覚的史料としても貴重な作品です。 |
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| 春日権現験記絵(部分) (かすがごんげんげんきえ) 高階隆兼(たかしなたかかね)筆 鎌倉時代・延慶2(1309)年頃 三の丸尚蔵館蔵 鎌倉時代の絵巻の名品であり、後世の美術作品にも大きな影響を与えた作品です。西園寺公衡(さいおんじきんひら)の発願により、宮廷絵所預の高階隆兼が描き、奈良・春日大社に奉納されたものです。明治期に皇室に献上されて、保護されてきました。 |
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玉泉帖(部分) (ぎょくせんじょう) 小野道風(おののとうふう)筆 平安時代・10世紀 三の丸尚蔵館蔵 平安時代の三跡のひとりとして名高い小野道風(894~966)が『白氏文集』を抄出したもので、楷・行・草の三書体で書した名品として知られています。 |
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粘葉本和漢朗詠集(部分) (でっちょうぼんわかんろうえいしゅう) 伝藤原行成(ふじわらのこうぜい)筆 平安時代・11世紀 三の丸尚蔵館蔵 諸本のある『和漢朗詠集』の中でも、筆跡、唐紙(からかみ)の美しさにおいて、その第一として名高い作品です。 |
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| 宸翰(しんかん)とは 天皇が自筆で書いた手紙(消息)や日記、写経や懐紙・短冊などをさします。「翰」は筆や手紙などの意味で、「宸」は天子に関する語の上にそえる言葉です。平安初期までの宸翰は、中国書法の影響がありますが、平安中期以降は和様の書が中心でした。また、鎌倉から南北朝の一時期、禅宗を通じて宋代の書の影響がありました。総じて大らかで帝王の風格が偲ばれる格調の高い書風です。天皇が出す文書として、詔勅、宣旨、口宣案などがありますが、これらは宸翰とは呼びません。 |
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源氏物語図屏風(部分) (げんじものがたりずびょうぶ) 狩野探幽(かのうたんゆう)筆 江戸時代・寛永19(1642)年 三の丸尚蔵館蔵 『源氏物語』全54帖から各帖の主要な場面を選んで描いた屏風です。各場面をつなぐ金箔の雲や大小の切り箔、金泥、銀泥によって物語が明るく彩られています。古来、さまざまな形で絵にあらわされてきた『源氏物語』は、徳川将軍家の絵師狩野探幽によって、従前の源氏物語図よりも淡く、さらに広く余白をとる構図で江戸時代における新たな源氏絵として描かれています。 |
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伊勢物語絵巻 詞書断簡 (いせものがたりえまき ことばがきだんかん) 伏見天皇(ふしみてんのう)宸筆 鎌倉時代・13世紀 御物 金銀泥で、薄の草叢(すすきのくさむら)を描き、岩石や土坡(どは)が添えられた、可憐な装飾料紙です。さらに、「楚」「須」「衣」「閑」「野」の文字も見えます。これは“葦手(あしで)”と呼ばれる仮名の一種です。詞書は、『伊勢物語』の第5段を、流麗で雅な和様の書風で揮毫(きごう)したものです。これは鎌倉時代に作られた『伊勢物語』の現存唯一の遺品です。現在は和泉市久保惣記念美術館に所蔵される絵7段と詞書2段と、この1段が伝わるのみで貴重な遺品です。 |
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太刀 銘 一(名物道誉一文字) (たち めい いち (めいぶつどうよいちもんじ) ) 福岡一文字(ふくおかいちもんじ)作 鎌倉時代・13世紀 御物 鎌倉時代中期の備前福岡一文字の傑作。福岡一文字派は鎌倉時代初期の後鳥羽上皇の鍛刀の相手を務めた則宗を祖として中期にかけて隆盛しました。一文字派は日本刀の刃文の中でも最も華やかな丁子乱(ちょうじみだれ)を得意としており、なかでもこの太刀は抜群のできばえを示しています。南北朝時代の近江の守護佐々木道誉高氏が所持し、江戸時代には尾張徳川家、備前池田家、南部家と伝わり、南部家から明治天皇に献上されました。 |














※携帯専用サイトで入場待ち時間をご案内しております。















