東京国立博物館 平成館で開催中の、特別展「江戸☆大奥」(9月21日(日)まで)。
大奥展リレーブログ第2弾として、今回は楊洲周延(ようしゅうちかのぶ)筆、『千代田の大奥』について、お話いたします!
将軍の御台所(みだいどころ)や側室、またお付きの女中たちが生活していた大奥。その様子は公に語られることはありませんでした。というのも、大奥の女中はお勤めにあたって、大奥のことを外部に漏らさないよう約束させられていたのです。あわせて、江戸時代には大奥の事柄に関する出版統制が敷かれていました。そのため、大奥の内情は長らく隠されていたといえます。
秘密といわれると、あれこれ想像してしまうのが人間でしょう。本展覧会の第1章では、江戸・明治時代、そして現代にかけて、人びとが思い描いてきた「あこがれの大奥」を、作品を通して紹介しています。
本章でぜひご注目いただきたいのが、明治時代の人びとが抱いた大奥へのイメージがよく表された錦絵『千代田の大奥』です。東京国立博物館と文化学園服飾博物館所蔵作品をあわせて展示し、全期間、全40場面をご覧いただくことが可能となっています。
第1章「あこがれの大奥」より、『千代田の大奥』展示風景 楊洲周延筆 明治27~29年(1894~96) 東京国立博物館蔵
明治時代を迎えると、それまでの出版統制は解除されるとともに、江戸幕府下の時代を懐古的に振り替える風潮が高まりました。加えて、明治25年(1892)刊行の永島今四郎、太田贇雄(よしお)編『千代田城大奥』など、大奥の実態を聞き書きした文献も出版されるようになります。『千代田の大奥』の項目や描写が一部重なることから、このような文献を参考にして『千代田の大奥』は描かれたと考えられます。
ただ、『千代田の大奥』は、必ずしも大奥の真実の姿をうつしていたわけではなさそうです。昭和5年(1930)に出版された、三田村鳶魚(えんぎょ)による『御殿女中』は、十三代将軍徳川家定の御台所である篤姫(1836~83)付きの御中臈(おちゅうろう)であった大岡(村山)ませ子からの聞き書きをもとにした文献です。大奥の行事や暮らしが丁寧に記されるなか、『千代田城大奥』の内容や、『千代田の大奥』の描写を否定している記述も認められます。会場では、作品の各場面に短文の解説をつけていますが、実際には異なっていたと考えられる点をあわせて紹介しています。
『千代田の大奥』より「千代田の大奥 鏡餅曳」 楊洲周延筆 明治28年(1895) 東京国立博物館蔵
たとえば、1月7日に行われたという鏡餅曳(かがみもちひき)。これは、御三家や御三卿から献上された餅を、下男が賑やかしながら曳き歩くという行事でした。画中には、その様子を楽しげに見学する、華やかな衣装をまとった大奥の女中の様子が描かれています。ですが、『御殿女中』は
「お鏡曳きを大奥の大変な年中行事のように言い囃したのは、甚だしい間違いなのである。高級女中でない御次や、お三の間や、呉服の間でも、見物には出ない。」(朝倉治彦編、三田村鳶魚『御殿女中』鳶魚江戸文庫17 中央公論社 1998年 359頁)
と強く否定しています。お三の間とは、将軍や御台所に謁見できない「御目見以下(おめみえいか)」で、御台所の居室の掃除や、御中臈などほかの女中の雑用を担当していた役職でした。そのような階級の低い女中ですら、鏡餅曳をみることはなかったのです。
一方で、女中の私的な召使である「部屋方(へやがた)」は、曳き歩く様子を騒ぎ立てていたといいます。そのような様子からいつしか事実がゆがめられ、「千代田の大奥 鏡餅曳」が描かれたのでしょう。
また、こちらは髪を結いあげている様子を描いた「お櫛あげ」。青色の振袖をまとった女性の髪を、お付きの女中が櫛ですいています。
『千代田の大奥』より「千代田の大奥 お櫛あげ」 楊洲周延筆 明治27年(1894) 東京国立博物館蔵
御台所に関していえば、
「御台所がお目ざめになりますと、中臈がお嗽(すす)ぎを上げます。お櫛も上げます。お櫛と一処に御配膳をいたすのです。御配膳は御年寄の役、お鉢は中年寄、その扱いは中臈、品々を御次までは御次が持って来ます。(御台所は髪を結わせながら、食事をされるのである)」(同書、137頁)
と記述され、髪を結ってもらいながら食事をとっていたことがわかります。なお、お櫛あげは御台所付きの御中臈の仕事でした。仲間の御中臈の髪を結って練習をして上達してから、御台所の櫛あげに臨んだそうです。大奥の女中も同僚と練習していたことを思うと、なんだか親しみ深く感じますね。
人物や風景の美しい描写だけでもじっと見入ってしまう『千代田の大奥』ですが、大奥の実際のエピソードと照らし合わせてみても、非常に興味深い作品です。明治時代の人びとが、どのような大奥を思い描いていたのかが如実に伝わってきます。現代の私たちが、ドラマや漫画で大奥を想像するのと変わらないかもしれません。
連日猛暑日が続きますが、会場は作品保護のため、しっかり空調がきいております!一枚羽織るものをお持ちなってもよいかもしれません。
また、素敵な大奥展オリジナルグッズの数々も、皆様をお待ちしています。見て、感じて、ショッピングして、大奥展をご堪能いただければ幸いです。
↓以下、広報室編集担当より
『千代田の大奥』をモチーフにした展覧会オリジナルグッズ
左上:アクリルパネル(2,200円)、右上:大判はがき40枚セット(6,600円)、中央:三面クリアファイル(990円)(注)すべて税込み
他にも本作品をデザインしたグッズが盛りだくさん。ぜひ、会場でお手に取ってご覧くださいませ。
カテゴリ:「江戸☆大奥」
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posted by 沼沢 ゆかり(文化財活用センター研究員) at 2025年08月15日 (金)