このページの本文へ移動

1089ブログ

踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト 「見返り美人図」修理報告2

当館を代表する名品「埴輪 踊る人々」と「見返り美人図」を、皆様からの寄附で未来につなぐ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト」。
いただいたご寄附で修理が進む様子をシリーズでお知らせしています。

昨年度末で「埴輪 踊る人々」の修理が完了し、現在は「見返り美人図」の修理が進められています。

1089ブログ「踊る埴輪&見返り美人 修理プロジェクト『見返り美人図』修理報告1」では、修理前の調査などについてお伝えしましたが、今回はその後進められた実際の修理の様子などをご紹介できればと思います。

まずは、第2回修理監督時の見返り美人図をご覧ください。

 
修理のために解体され、本紙のみとなっている見返り美人図

この写真に写っているのは、「本紙」と呼ばれる、絵が描かれている作品の本体部分です。
普段、展示室で見ているのは掛け軸の状態なので、こうして絵の部分だけになっていることに驚きます。
まるで掛け軸から、絵の部分だけを切り取ってしまったように見えますが、そうではありません。
一見平面的に見える掛軸ですが、本紙を支えたり保護したり装飾したりするために、紙や裂(きれ、絹の布地)を数層貼り合わせた構造になっています。
見返り美人図は、「絹本(けんぽん)」という書画を制作する際に使う絹の布地に描かれていますが、この絹本を裏紙などと貼り合わせているのは、可逆性のあるでんぷん糊(のり)。水分を与えれば外すことができるので、こうして本紙だけを分離することができるわけです。

…ん?でも、何かが違いますね。
なんだか全体的に色が薄い…?なぜでしょう?

答えは…よ~く見てください。
回転させると、わかりやすいかもしれません。
 

こちらが上下を通常の向きに合わせた画像。

描かれている女性が逆向きに見返っていますね。
そう。この時点では見返り美人図は裏返しの状態となっていたのでした。
「逆」見返り美人。修理がなければ見ることができない、貴重な姿です。

この状態になるまでに、見返り美人図には以下のような修理作業が行われました。

(1)絵具部分の剥落止め(1回目)、クリーニング
(2)掛軸装の解体
(3)絵具部分の剥落止め(2回目)、養生
(4)古い総裏紙(そううらがみ)の除去
(5)本紙の表打ち
(6)古い増裏紙(ましうらがみ)、古い肌裏紙(はだうらがみ)の除去

それぞれの工程について、簡単に見ていきたいと思います。

(1)絵具部分の剥落止め(1回目)、クリーニング
まず絵の具が剥落する危険がある箇所に、水に溶いた膠(にかわ)などで1回目の剥落止めを行います。
膠は日本画で絵具を定着させるために使われる接着剤。
剥落は経年劣化によって膠の接着力が低下してきていることも原因なので、膠を補うことでこれ以上傷みが進行することがないように処置するわけです。
また、クリーニング、と言っても、もちろん強い洗剤を使うわけにはいきません。
作品を傷つけないように、乾いた筆や刷毛などで表面の汚れを除去したのち、ポリエステルの化繊紙(化学繊維紙)の上から湿らせ、吸い取り紙に汚れを吸着させるという方法を使って、やさしく汚れが取られました。
 

クリーニングの様子。吸着した汚れがうすく見えています。

(2)掛軸装の解体
掛け軸についている、表装裂(ひょうそうきれ)や上下の棒(八双と軸棒)などを取り外します。

 
解体の様子

(3)絵具部分の剥落止め(2回目)、養生
本紙の作業に入る前に、再度、絵具部分に2回目の剥落止めと養生を行います。
養生に使われるのは化繊紙。これを「布海苔(ふのり)」と呼ばれる海藻から抽出したのりで接着します。
なぜに海藻? と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この布海苔、水分を加えると剥がれてくれるという性質があり、養生のように、後から剥がさなければならないものの接着に重宝されているのです。
ちなみに、接着以外にも汚れを洗浄する効果があり、(1)のクリーニングの際にも用いられているそうです。
(もうひとつちなみに、海藻の布海苔は食べられるそうです。)

 
養生の様子

(4)古い総裏紙(そううらがみ)の除去
冒頭でもご紹介した通り、通常掛け軸には、3~4層の異なる和紙が裏打ちされていますが、見返り美人図の場合は3層の裏打ちがありました。まずは3層の一番外にある裏打ち紙、総裏紙を外します。
本紙を裏返して、裏面から水を塗り、総裏紙を取り外します。


総裏紙除去の様子

(5)本紙の表打ち
再度表に返して、本紙の表面を保護するために一時的な化繊紙を貼ります。この作業を「表打ち」と言います。
表打ちは、直後の工程で行われる増裏紙、肌裏紙の除去を安全に行うためのもの。
肌裏紙まで除去すると、本紙は絹一枚の非常に不安定な状態になるため、あらかじめ表側から保護しておくというわけです。
また、表打ちをすることで本格修理時にしかできない裏側からの調査も安定した状態で行うことができます。


表打ちの様子。表打ちに使われているのもやはり布海苔。

(6)古い増裏紙(ましうらがみ)、古い肌裏紙(はだうらがみ)の除去
最後に、外から2番目の増裏紙、本紙に直接裏打ちされている肌裏紙を除去します。
見返り美人図の裏打ち紙は、経年によって硬くなっており、これが作品全体に折れが発生する原因にもなっていました。
また、ちょうど顔の部分に紙の継ぎ目があったり、のりの劣化によって裏打ち紙から本紙が浮いてしまっており、それらが絵の具部分剥落につながる可能性も指摘されていました。
剥がされた古い裏打ち紙は捨てられるわけではなく、作品が修理されて伝えられてきた歴史の記録として残します。


剥がされた裏打ち紙。灰色のほうが肌裏紙、白いほうが増裏紙です。

ここまでくれば、もう一息。
これから、新しい裏打ちをしてから本紙の折れへの対処を行い、今回の作業を逆回しするように、元の掛け軸へと仕立て直していくことになります。

最後に、もう一度見返り美人図を裏側から見てみましょう。
 


今回、裏側からの調査で確認されたのが、絹本の裏側からの彩色を施す「裏彩色」という技法。
従前から裏彩色があるのではないか、と言われていたそうですが、
裏側から改めて観察することで、顔や帯の部分に裏彩色があることが正式にわかりました。
文化財はこうした修理の機会がなければ、解体して調べるということはなかなかできません。
そういった意味でも皆様からいただいたご支援のありがたさを改めて感じています。

調査と並行しながらも、着実に進む見返り美人図の修理。
今後も皆様とともに完了までの進捗を見守って参りたいと思います。
次の報告もどうぞお楽しみに。

カテゴリ:保存と修理

| 記事URL |

posted by 田村淳朗(総務部) at 2024年08月05日 (月)