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大判と小判

大判と小判 / 本館 14室   2019年1月2日(水) ~ 2019年2月3日(日)

  
天正菱大判 安土桃山時代・天正16年(1588) 大川功氏寄贈

大判・小判は近世を通じて使用された金貨です。幕府の管理のもと、ある決まった形式にのっとり製造された金貨としての最初の大判は、天正16年(1588)豊臣秀吉が幕府の御用金工家であった後藤家第5代、徳乗(とくじょう)に命じて作らせた天正長大判(てんしょうちょうおおばん)や天正菱大判(てんしょうひしおおばん)などの「天正大判」です。その一門の祐徳(ゆうとく)が製造した「天正菱大判」は世に6点しかないともされる希少品です。

また、小判は大判の形式にならって製造され、慶長6年(1601)ごろ徳川家康が作らせた「慶長小判(けいちょうこばん)」が定式化した最初の例とされます。小判が通貨として用いられたのに対し、大判はもっぱら贈答用として用いられたといいます。

大判・小判は金と銀の合金を叩いて成形する鍛造(たんぞう)で作られました。金の比率を抑えて幕府の財政状況を好転させるため、あるいは使用しているうちに貨幣自体が摩滅や破損したなどの理由で、貨幣を新しくする「吹替(ふきかえ)」が、江戸時代を通じて何度か行われました。江戸時代の終わりの19世紀半ば頃には、逼迫(ひっぱく)した幕府の財政状況を反映してか、大きさや重量自体が小さくなっています。

東京国立博物館には2002年に大川功(おおかわいさお)氏より寄贈を受けた、近世貨幣の一大コレクションがあります。本特集ではこのコレクションから大判・小判をよりすぐり展示します。本物の「山吹色(やまぶきいろ)」の輝き、独特の形式美を、ぜひご覧ください。

 

担当研究員の一言

初春の光めでたき小判かな/伊藤信二

 主な出品作品
*所蔵の表記の無いものは、当館蔵品です。
 主な出品作品
*所蔵の表記の無いものは、当館蔵品です。
天正菱大判 安土桃山時代・天正16年(1588) 大川功氏寄贈
天正長大判 安土桃山時代・文禄4年頃~慶長5年(1595?~1600) 大川功氏寄贈
蛭藻金 室町時代・16世紀 大川功氏寄贈
万延大判 江戸時代・万延元年~文久2年(1860~62) 大川功氏寄贈
 

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