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平成館

1階の考古展示室では、考古遺物で石器時代から近代まで日本の歴史をたどります。縄文時代の土偶や、弥生時代の銅鐸、古墳時代の埴輪など教科書でみたあの作品に出会えます。また、講演会やさまざまな催しのための講堂、およびガイダンスルームがあります。2階は特別展示専用の展示室です。

フロアマップ


1階 日本の考古(挂甲の武人)

  
考古展示室  2017年1月2日(月) ~ 2017年7月2日(日)

日本考古展示の導入部で、原始・古代の日本列島における独自性の高い文化を象徴する代表的造形として、埴輪唯一の国宝である挂甲武人埴輪を展示します。類い稀な写実的表現で、大陸の系譜を引きながら独自に確立した古墳時代後期の武装を示し、日本列島の東アジアにおける地理的・文化史的位置を象徴的に伝えます。

1階 日本の考古(通史展示)

  
考古展示室  2017年6月6日(火) ~ 2017年12月25日(月)

日本列島に人びとが住みついたのは、約4万年前です。これ以後、土器が作られるようになる約1万3千年前までを旧石器時代と呼んでいます。この時期はマンモスやナウマンゾウ、オオツノジカなどの大型哺乳類が生息する寒冷な氷河期で、日本列島はまだ大陸と陸続きでした。当時の人びとは石器や骨角器などの道具を使って狩猟や採集を行い、移動しながら暮らしていました。
ここでは日本各地の後期旧石器時代を代表する台形石器・ナイフ形石器・尖頭器・細石刃を展示してその変遷を示すとともに、その材料となった黒曜石や珪質頁岩などの石材についても紹介します。

  
考古展示室  2017年6月6日(火) ~ 2017年12月25日(月)

今から約1万3千年前に氷河期が終わると、海面の上昇によって日本列島が誕生しました。自然環境の変化に合せて、狩りには弓矢が使われるようになり、土器が発明され、人びとは定住するようになりました。その後、約1万年にわたって続く新石器時代の幕開けです。一般的に新石器時代には農耕や牧畜が始まりますが、日本列島では、おもに採集・漁撈・狩猟による暮らしが続けられていました。この時代の土器は、粘土を器の形にして焼いた素焼きのもので、縄目を使った文様から縄文土器と名づけられました。その名にちなんで、この時代を縄文時代と呼んでいます。
ここでは縄文時代に最も多く作られた道具の一つである縄文土器を紹介し、形や文様そして器の組み合わせの変遷をたどります。中期は東京都多喜窪遺跡第1号住居跡の一括資料、後期は東北地方、晩期は関東地方の出土資料を中心に展示します。

  
考古展示室  2017年6月6日(火) ~ 2017年12月25日(月)

約2400年前、中国や朝鮮半島から水田稲作とともに青銅器や鉄器などの金属器が伝えられ、九州や四国そして本州に広まり、人びとは灌漑設備のある水田のそばにムラを作って暮らし始めました。農耕を生業とする弥生時代の始まりです。この時代の土器は弥生土器と呼ばれ、縄文土器と同じ素焼きの土器ですが、焼き方が異なり、色は明るく薄く硬い特徴があります。また、農耕という生業の変化は煮炊き用の甕・貯蔵用の壺・盛り付け用の高坏を基本とした用途別の器を生み出しました。
ここでは農耕社会の土器である弥生土器を紹介し、前期は九州地方と近畿地方、中期は九州から東北地方、後期は九州地方と関東地方から出土した土器を中心に展示します。

  
考古展示室  2017年6月20日(火) ~ 2017年12月3日(日)

日本列島における政治的社会の成熟は、弥生時代末頃に各地に出現した大規模な墳丘をもつ墳墓と、古墳時代初頭の大規模な前方後円墳の成立から知ることができます。このような転換期の動向を土師器の成立とその地域間交流、および三角縁神獣鏡の成立とその文様の多様性と変遷で展示します。今回は、土師器の成立と展開を近畿地方と関東・東北地方の古式土師器を中心に構成します。

  
考古展示室  2017年6月20日(火) ~ 2017年12月3日(日)

古墳時代前期には東北から九州南部地方まで大型前方後円墳が築かれ、各地の有力者が結びついたことがうかがえます。ヤマト(倭)王権は政治的・祭祀的権威を表象する宝器や儀器を自ら生み出し、国産の銅鏡や貝形の石製品・銅製品などを生産するようになります。ここでは国産の大型鏡・石製腕輪類や前期古墳の一括出土品を中心に、宝器の生産と展開を展示します。今回は、鶴山丸山古墳の銅鏡と、国宝に新指定される東大寺山古墳出土一括品を中心に構成します。

  
考古展示室  2017年6月20日(火) ~ 2017年12月3日(日)

古墳時代中期には、畿内地方を中心に埴輪をめぐらした巨大な前方後円墳が築かれました。王権の権威を表象する器物も鉄製武器・武具や各種農工具に変化し、鉄器生産などが飛躍的に増大しました。ここでは、その日本列島独自の武具である帯金式甲冑や各種鉄製品、および新来の技術で製作され日本陶磁の源流となる初期須恵器を展示します。金銅製甲冑を含む千葉県祇園大塚山古墳出土一括品や奈良県石上神宮伝来鉄盾を中心に構成します。

  
考古展示室  2017年6月20日(火) ~ 2017年12月3日(日)

古墳時代後期は群集墳が増加し、古墳を築造できる階層が大幅に拡大したことがうかがわれます。追葬可能な横穴式石室も普及し、須恵器を用いた葬送儀礼に転換しました。ここでは、馬具や装飾大刀などを中心に、金銅などの金属工芸の発達やデザインの日本列島(倭風)化の展開を紹介します。特殊な馬具・石障やミニチュア炊飯具、および三重県高猿1号墳一括出土の須恵器群などで、当時の外交活動や他界観の変化などを展示します。

  
考古展示室  2017年6月20日(火) ~ 2017年12月3日(日)

古墳時代終末期は前方後円墳の終焉後、畿内地方に集中する終末期古墳の横口式石槨墳を中心に、寺院建築等の影響を受けた特異な古墳が発達します。大阪府塚廻古墳出土一括品を中心に、古代東アジア文化の受容と他界観の急速な変化を展示すると共に、陶棺などとの対比でいわゆる飛鳥時代の畿内と地方における古墳文化の差の拡大を紹介します。近畿・中国地方の陶棺と終末期古墳出土の一括品を中心に展示します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

仏教との関わりから律令国家の幕開けを概観します。6世紀半ばにわが国に伝来した仏教は律令社会や文化に大きな影響を与えたといえます。そのひとつに、天皇家や有力豪族に広まった火葬の風習があり、当館所蔵の火葬墓出土品を通じて葬制の変化を解説します。また、6世紀終わりに伝来した瓦は、当初主に寺院に葺かれていましたが、藤原京の造営以降、宮廷や役所にも用いられるようになり、やがて聖武天皇の国分寺と国分尼寺建立の詔のよって、全国に生産が展開しました。
本展示では伝来当初の初期寺院出瓦から各国の国分寺出土瓦まで、瓦の変遷を辿ることができます。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

奈良時代の終わりから平安時代にかけて、山林で修行する僧によって広められた山岳信仰は、わが国の古代社会において独自の発展を遂げた信仰形態のひとつであり、やがて修験道へと展開していきます。
本展示では、山岳信仰の代表的な霊場として著名な奈良県大峯山頂や栃木県日光男体山の山頂の出土品を展示し、山岳信仰で用いられた品の種類や使われた方な等、分かりやすく紹介します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

鎌倉時代から室町時代の武家の社会や文化を「この世」と「あの世」という2つのまとまりから概観します。「この世」では出土した輸入陶磁器や国産陶磁器の扱われ方を通じて武家社会の威信財に着目します。「あの世」では前半で骨蔵器に用いられた国内外の陶磁器を、後半で武家の供養碑である板碑を展示し、当時の葬制や他界観を概観します。特に板碑の展示においては、当時を復元するよう展示し、板碑に刻まれた銘文から当時の葬制や造立された社会背景などを解説します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

江戸時代、アジアでも有数の巨大都市に発展した江戸は、将軍の政務や居住の場である江戸城を中心に、大名や旗本、御家人などが居住する武家屋敷のほか、寺社、町屋、宿場町などが区割りされた複合都市であったといえます。
本展示では、江戸の藩邸跡(大名屋敷跡)から出土した家紋入りの瓦、江戸城出土とされる鎮壇具と関連資料、さらに上野出土の市井の品々など、江戸から掘り出されたモノを概観します。また江戸時代の通貨である金貨、銀貨、銅貨(銭)を展示し、江戸時代に流通した貨幣を分かりやすく解説します。

1階 日本の考古(テーマ展示)

  
考古展示室  2017年3月7日(火) ~ 2017年9月24日(日)

古墳時代中期・5世紀に朝鮮半島から新しい窯業技術が伝えられ、日本列島で須恵器生産が始まりました。技術のみならず、その器形にも朝鮮半島の陶質土器に共通する特徴がみられましたが、日本列島での生産が各地で展開する中で、日本列島の独自の特徴も現れてきます。
本特集においては、須恵器の登場から奈良時代までの須恵器を展示し、造形の多様性を示します。

  
考古展示室  2017年6月6日(火) ~ 2017年12月25日(月)

縄文時代になると食料獲得のために採集・漁撈・狩猟が活発に行われ、そのためのさまざまな道具が用いられました。代表的な石器としては、狩猟具である石鏃、木工具である磨製石斧や土掘り具である打製石斧に加えて、粉食具である石皿や磨石などがあります。また、骨や角で作られた鏃・銛頭・ヤス状突刺具・釣針などの漁撈具の発達も見られました。

  
考古展示室  2017年6月6日(火) ~ 2017年12月25日(月)

縄文時代の人びとは、動物の骨や角、粘土や石など素材の特性を活かしてさまざまな装身具を作り身に着けました。これらの装身具は他者のとの違いを表わしたり、同じ集団であることを示す役割を果たし、ときに邪悪なものから身を守る役割も担いました。土偶などともに縄文時代の代表的な祈りの道具として、石棒があります。石棒のような石で作られた儀礼の道具には、石刀や石剣に加え、独鈷石や御物石器などがあります。

  
考古展示室  2017年6月6日(火) ~ 2017年12月25日(月)

縄文時代の祈りの道具の代表として土偶があります。土偶の多くは妊娠した女性を表わした例が多く、子孫繁栄や豊饒を祈るために作られたと考えられています。また土偶とともに用いられた祈りの道具として土面や土版に加え、動物や植物などをかたどった土製品があります。このような土製品は縄文時代の人びとの精神世界を解明する手がかりとして重要なものです。
今回は縄文時代晩期に東北地方で盛行し、各地に影響を与えた遮光器土偶の名品を紹介します。

  
考古展示室  2017年6月6日(火) ~ 2017年12月25日(月)

弥生時代になると中国や朝鮮半島から稲作とともに、新たな道具作りの技術が伝来します。その代表例が、穂積具である石庖丁、木製農耕具を作るために用いられた太型蛤刃石斧・柱状片刃石斧・扁平片刃石斧などです。のちにこれらの道具の一部は鉄器で作られるようになり、生産活動は向上し、人びとの生活や社会を大きく変化させました。

  
考古展示室  2017年6月6日(火) ~ 2017年12月25日(月)

弥生時代になると縄文時代以来の動物の骨や角そして石などで作られた装身具に加えて、青銅製の指輪や釧、ガラス製の勾玉や管玉、小玉や釧などの装身具が登場します。ガラス製の装身具の製作技術は、金属器の鋳造技術が基盤となりました。また青銅製の武器を模した磨製石剣や磨製石戈が新たに作られ、占いに用いた卜骨も発見されています。

  
考古展示室  2017年6月6日(火) ~ 2017年12月25日(月)

弥生時代になると、まず朝鮮半島から北部九州へ青銅器や鉄器が伝えられ、前期末から中期初頭にはその生産がはじまり、ほどなく瀬戸内をへて近畿地方へも広がりをみせます。弥生時代前期(前4~前3世紀頃)に北部九州に出現した銅剣・銅矛・銅戈の青銅製の武器は、当初は朝鮮半島から伝来した細形の実用品でしたが、まもなく日本でも作られるようになり国産化が進みました。やがて大型で偏平な祭祀のための道具へと変化していきます。銅鐸は、ほとんどが近畿地方で発見されています。その起源は中国の銅鈴や朝鮮半島の小銅鐸にたどることができるといわれていますが、当初から銅鈴や小銅鐸よりも大きく、表面を文様で飾るなど日本独自の特徴をもちます。20cm前後の大きさの「かね」として誕生した銅鐸は、徐々に大型化し、音を奏でることのない極めて装飾的なものへと変化します。これらの祭器は豊作や集落の繁栄を祈るために使われたものと考えられています。

  
考古展示室  2017年6月6日(火) ~ 2017年12月25日(月)

寒冷な気候のために水田稲作が定着しなかった北海道では、本州・四国・九州が弥生時代や古墳時代に入ったのちも、漁撈・狩猟・採集を中心とする暮らしが続いていました。これを続縄文時代と呼んでいます。続縄文時代には両刃や片刃の磨製石斧の他に、海獣などの狩猟や解体に用いた石銛や石製ナイフなど多種多様な石器が用いられました。また、続縄文文化に特徴的な石器としては魚形石器があり、これは疑似餌として使われたと考えられています。土器は、縄文時代に引き続き豊かな装飾をもつものが作られました。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2018年6月17日(日)

弥生時代から古墳時代における暦年代研究の出発点となった紀年銘鏡と、古墳時代社会の特質を窺わせるいわゆる伝世論の根拠となった中国製古墳出土鏡を比較し、日本考古学における実年代論の基準資料を展示します。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2017年12月3日(日)

昭和42年(1967)年7月に、岐阜県船木山24号墳出土品が発見されました。出土品は、銅鏡5面のほか、銅鏃、鉄剣、鉄刀などの武器が多く、勾玉や管玉がたいへん大きいという特徴があります。岐阜県を代表する古墳として全国的にも著名であり、2017年7月に出土して50周年になることを記念して展示をします。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2018年6月17日(日)

古墳時代装身具の代表である玉類の種類と、各種石材の多様性および変遷を展示します。日本列島でしか産出しない硬玉をはじめ、碧玉・水晶・瑪瑙・滑石・ガラス製などの古墳時代を象徴する勾玉を中心に、各種管玉・小玉・棗玉などで構成します。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2017年12月3日(日)

布あるいは革製の帯に着けられた金具が、帯金具です。この帯金具は、本来ユーラシアの騎馬民族が用いていた服飾の一種であり、中国大陸や朝鮮半島を経由して、日本列島にも伝わりました。今回は、獅噛文の金具をもつ牛文茶臼山古墳出土品や、模造品と見比べながら櫨山古墳出土品などを展示します。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2017年12月3日(日)

弥生時代の単純な鉄器製作技術から転換し、著しく機能が向上した古墳時代鉄製農工具の種類を比較して展示します。
今回は、前期古墳の副葬品である山梨県銚子塚古墳出土品を中心に構成します。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2018年6月17日(日)

7~8世紀に、蕨手刀という蕨状の柄をもつ武器が日本列島で普及します。とりわけ、北海道や東北地方では、古墳や古墓の副葬品として蕨手刀がよく出土します。この蕨手刀を取り上げることで、都のあった近畿地方とは異なる、文化の一側面を展示します。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2017年12月3日(日)

古墳時代には仮器化した土器類と、滑石製・土製模造品の祭具を用いた日本列島独自の特徴的な神マツリが発達します。
今回は、茨城県猪ノ子遺跡出土品の一括品で、関東地方の滑石製模造品・土製玉類や多様な土器類を用いた典型的な祭祀遺跡のあり方を展示します。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2018年6月17日(日)

古墳時代の東日本では、5世紀以降、滑石製の葬具を用いた葬送儀礼が発達します。
今回は、高倉所在古墳出土品を中心に、石枕や石枕に付属する立花から、東日本独自の葬送儀礼のあり方を展示します。

  
考古展示室  2017年1月2日(月) ~ 2017年7月2日(日)

古墳の成立とともに出現した埴輪は、前方後円墳の終焉まで製作が続けられ、葬送儀礼において重要な役割を果たしたと考えられます。古墳時代前半期における埴輪群の中心である家形埴輪と、代表的な器財埴輪・円筒埴輪を展示します。
今回は、宮崎市西都原古墳群出土家形埴輪を中心に構成します。

  
考古展示室  2017年1月2日(月) ~ 2017年7月2日(日)

埴輪は古墳時代後半期になり、人物埴輪・動物埴輪が盛行します。狩猟場面を表した動物埴輪群をはじめとして、人物埴輪の多様性や器財埴輪・円筒埴輪を比較して展示します。
今回は、人物・動物および器財埴輪の代表例が多い群馬県内出土品等を中心に構成します。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2017年12月3日(日)

古墳時代中期における朝鮮半島伝来品のうち、新沢千塚126号墳出土品は直接的な文物の交流と、当時の人々の関心や嗜好・憧憬を伝える重要資料です。朝鮮半島で発達した特有な金・銀・金銅製の装身具をはじめ、西アジア起源のガラス製碗・皿などを中心に展示を構成し、5世紀における関心の拡がりと文物の交流を紹介します。
今回は、対外交流を示す作品として、銅鋺や水瓶もあわせて展示します。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2018年6月17日(日)

江田船山古墳出土銀象嵌銘大刀は5世紀の長大な銘文と鳥・魚・馬形文様を施した大刀で、当時の政治・社会や世界観を伝える文字資料として、日本古代史上の第一級史料(資料)です。独立の展示空間と専用ケースによる、銘文・文様の展示と、観察と理解を助ける各種パネルによる解説で構成します。併せて、5世紀を代表する人物像である石人を展示します。

  
考古展示室  2017年6月27日(火) ~ 2017年12月3日(日)

江田船山古墳出土品はさまざまな朝鮮半島伝来品が多数含まれる一方、日本列島独自の武装具などが含まれ、被葬者の幅広い交流をうかがうことができます。日本列島の金属製装身具着用の風習の先駆けである金・銀・金銅製装身具や舶載鏡・馬具をはじめ、武器・武具、国産鏡、初期須恵器などで展示を構成します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

わが国最初の貨幣である富本銭をはじめ、和同開珎や皇朝十二銭など、わが国の貨幣史に欠かせない資料の展示を通じて、律令国家における貨幣のあり方を分かりやすく解説します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

古代社会において文字が記録や伝達手段としてどのように扱われていたか概観します。都で役人が使用した文房具や木簡などの平城京出土品や模造品、各地から出土した印など、文字資料を通じて古代国家と文字の関わりを解説します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

古代寺院における空間装飾を概観します。奈良時代に寺院の床や壁材に使用された塼や塼仏を展示し伝来初期の仏教のあり方を紹介します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

古代寺院は、現代まで創建以来の姿を伝える寺院がある一方、かつての痕跡を廃寺として留める事例が多いといえます。京都府右京区に所在する周山廃寺もその一例であり、出土瓦によって7世紀に創建された寺院であると推定されていますが、現在は東塔の礎石のみが残されています。
今回は周山廃寺出土品を通じ、往時の古代寺院のあり方や、他の古代寺院との関わりを紹介します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

末法思想の影響の下で平安時代に造営されるようになった経塚は、古代、中世、近世と大きく3つの画期があります。特に末法思想が色濃く反映された古代の経塚からは、経典を保護する経筒やその外容器をはじめ、副納された当時の工芸品がさながらタイムカプセルのように埋納されています。
ここでは、前半で各期の典型的な経塚出土資料を展示し、後半において古代の経塚出土の経筒のうち、紀年銘や文字が残された経筒を取り上げます。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

経塚出土の紙本経典を通じて埋納された経典を概観します。経典の保護を目的として造営されながらも、経塚から発見される紙本経典は腐朽してしまうため稀少であり、発見されても文字が判読できないことが多くあります。
今回は遺存状態が比較的良好な紙本経典や納経受取書等を展示し、貴重な文字資料である経典がどのような担い手によって記されていたかをご紹介します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

経塚に埋納された経典には、経筒に紙本経が納められることが一般的であったものの、紙本経以外にも土製や石製、金属製などさまざまな種類があります。
本展示では銅板経、瓦経、滑石経を展示し、材質や記された経典の内容等の比較を通じて紙本経と比較し、その違いを分かりやすく紹介します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

江戸時代を代表する玩具に土製の面子、面打があります。円形に文字や家紋が施されたものや人物や動植物を模した例が多く、型を用いて大量生産されたと考えられます。一方、江戸時代の遺跡から出土する土製の人形は、型の内側が空洞になっている中空、空洞になっていない中実に大きく分けられます。土人形は呪術や信仰、縁起物、節句物などを含む当時の流行や風俗を反映させており、江戸文化を知る上で重要であるといえます。
今回は面子や面打と呼ばれる玩具や、土人形の展示を通じて、江戸市井の暮らしを紹介します。

  
考古展示室  2016年12月6日(火) ~ 2017年7月2日(日)

江戸時代の貨幣が秘匿、埋納されたまま現代に発見された例が、これまでいくつか認められています。当館が所蔵する中央区銀座6丁目出土や伊豆大島出土の小判や一分金もそうした数少ない事例のひとつです。本展示では東京都中央区銀座6丁目出土の金貨を当時のエピソードなどを踏まえながら紹介します。
特に鋳造時期によって金の含有量が異なる江戸時代の貨幣の特徴を出土した慶長、正徳、享保等を通じてわかりやすく解説します。

1階

  
企画展示室  2017年7月11日(火) ~ 2017年9月10日(日)

野毛大塚古墳は、東京都世田谷区にある、5世紀の帆立貝形古墳です。4つある埋葬施設のうち、明治30年(1897)に箱形石棺(第2主体部)が発見され、そこから多数の滑石製模造品が出土しました。水を使った儀礼に関わる、導水形の施設を再現した滑石製槽は他に類例はなく、下駄、坩(小壺)、皿といった珍しい作品も含まれます。また、滑石製刀子は232点以上あり、東日本でも最大数を誇ります。これらの野毛大塚古墳出土品の内、すでに第1、3、4主体部等から出土した世田谷区所蔵品は、平成28年(2016)に重要文化財に指定されています。本年、それに続き、東京国立博物館が所蔵する第2主体部の出土品が重要文化財に指定されることになり、新指定を記念して野毛大塚古墳出土品を展示します。また、古墳や石棺、他の主体部出土品は写真パネルを用いて紹介します。

2階 特別展示室

  
特別展示室  2017年7月4日(火) ~ 2017年8月27日(日)

タイは国民の95%が仏教を篤く信仰する仏教国です。仏教はひとびとの日々の暮らしに寄り添い、長い歴史の中で多様な仏教文化が花開きました。
本展は、タイ王国門外不出の名宝と、選りすぐりの仏教美術の数々を一堂に集め、仏教がタイの文化形成に果たした役割をひもといていきます。

  
特別展示室  2017年9月26日(火) ~ 2017年11月26日(日)

日本で最も著名な仏師・運慶。卓越した造形力で生きているかのような現実感に富んだ仏像を生み出し、輝かしい彫刻の時代をリードしました。本展は、運慶とゆかりの深い興福寺をはじめ各地から名品を集めて、その生涯の事績を通覧します。さらに運慶の父・康慶、実子・湛慶、康弁ら親子3代の作品を揃え、運慶の作風の樹立から次代の継承までをたどります。

  
特別展示室  2018年1月16日(火) ~ 2018年3月11日(日)

御室桜で知られる仁和寺は、光孝天皇が仁和2年(886)に建立を発願し、次代の宇多天皇が仁和4年(888)に完成させた真言密教の寺院です。歴代天皇の厚い帰依を受けたことから、すぐれた絵画、書跡、彫刻、工芸品が伝わります。創建時の本尊と考えられる阿弥陀如来像(国宝)は、当時もっともすぐれた工房の作品です。また、うだ高倉天皇宸翰消息(国宝)は皇室との深いかかわりを物語るものです。本展覧会では、仁和寺の寺宝のほか、仁和寺を総本山とする御室派寺院が所蔵する名宝の数々を一堂に紹介します。