「あるもの」と向き合い、「わからない」を楽しむ
現在開催中の「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」(以下、「内藤礼展」)は、先の荻堂研究員のブログにもあったように、通常の当館の特別展とは違っています。展覧会入口に「ごあいさつ」のパネルがないことからはじまり、展示室内には作品解説パネルの類はいっさいない、会場外で並ぶことはあっても会場内の人数はそれほどでもない、3か所の会場がまとまっていない、など、ないことばかりです。
さかのぼれば、ポスターは作家の作品ではない当館収蔵品のアップ(原寸大以上)でチラシにも作家の作品画像は掲載されていない、開幕時に図録がない、とこれまたないものだらけ。現代美術展ではそれほどめずらしいことではありませんが、当館をよく知っている皆さんは、「?」と思ったかたも少なくないのでは、と思います。
展覧会第1会場エントランス 撮影:畠山直哉
推奨順路のはじまりはさりげない
美術家・内藤礼さんにとっても、この展覧会はこれまでの個展とは違うと言います。自分の作品ではない、東博の収蔵品を使っての空間作品制作は初めてのことだそうです。
ないものが多い展覧会。そこにあるのは内藤さんがつくった「空間作品」です。この展覧会では、まずは作品と向き合ってほしいと思います。
博物館では、誰もが「わかりやすい」展示を心がけます。その作品は何なのか、何でできているか、誰がどういう目的で作ったか、あるいは作らせたのか、誰が持っていたか、など、特に東博にある「古美術品」といわれるものには、すでにわかっている「作品についての情報」がたくさんあり、それを伝えるのは博物館の重要な役目です。情報が多いほどその作品あるいはそれをつくった時代など作品にまつわるさまざまなことに興味を持って楽しんでもらえるのではないかと期待して、できるだけ多くの情報を提供できるよう心がけています。また、当館の総合文化展は寄託品を除いて写真撮影可能です。
一方、「内藤礼展」会場では一切の説明を提示していません。来場者に配布する作品リストには、タイトルと制作年、材質、サイズなど作品自体の基本情報のみで、作品ごとの「解説」はありません。それは、会場でまず、来場したお一人お一人が作品と向き合い、ご自分の眼で見ていただきたいからです。会場内での撮影も不可としています。警備上の理由もありますが、写真を撮るよりもその場にいて自分の眼で見えるもの、感じることを最大限受け取ってほしいのです。部屋の入口に設けた短いトンネルを抜けて拡がる、身のまわりにあるささやかなもので構成された世界でしばし時を過ごすと、小さなものごとに気づいたり、それらに何か感じたりする、かもしれません。それは、実際に展示室にいるその時に見えること、感じられることなのです。そうしたことを持ち帰っていただきたいと思います。
第1会場展示風景 撮影:畠山直哉
《color beginning》2024 のある会場。生がはじまり、空間に色が生まれる
これほどカラフルなポンポンを多くつかったのは初めてだそう
第2会場の制作に入って数日後、作家が何かに衝き動かされるように作り始めた《母型》は、部屋のほぼ全面を使った大掛かりな作品です。この空間内をぶらぶらと歩いたり《座》に座ったりしながら、来場者自身でご自分なりにその空間を体験してみてください。会場にいる日の天気、時間、体調、気分で受け取るものは違うでしょう。第2会場と第3会場は、天気と時間で見える光景が全く異なります。晴れた朝、曇った昼間、西日の強い夕方、大雨で真っ暗な閉館間際、など、日にちと時間でここまで見えるものが違う展覧会は、当館ではめずらしいことです。
第2会場風景 撮影:畠山直哉
ガラスビーズが下がった空間《母型》は、作家が展示室での制作に入ってから発想してできた作品。
このように大きな作品を制作に入ってから構想し生み出したのも初めての経験だそう
展覧会は、会期が決まっていて、終わったら消えていくものです。特に、内藤作品はその時に顕す空間が作品なので、後日厳密に再現することは難しい。だからこそ、その日その時に見えるもの、気づくことに集中していただければと思います。
猿形土製品 さいたま市真福寺貝塚出土 縄文時代(晩期)・前2000年~前1000年 当館蔵 撮影:畠山直哉
現代美術はどうみてよいのかわからない、という方は多いと思います。私自身、現代美術の専門家ではないので、自身の眼でみたものと体験、記憶からしか作品を語ることはできません。もちろん、作家の意図はありますし、「こうみてほしい」などの希望はあり、例えば会場は1⇒2⇒3⇒(エルメスでの連携展(注1))⇒3⇒2⇒1の順にご覧になると、内藤さんの物語に沿うことになります。しかし、何かをこう感じなければならない、のではなく、皆さんがその時見えるもの、感じることが、皆さんにとっての展覧会体験です。
第3会場《母型》2024 撮影:畠山直哉
生の往還を顕すこの作品は、さまざまな時代の生の証が集まる博物館を象徴するよう
「なんだろう」「わからない」ことを悪いことだと思わず、楽しんでください。その疑問が美術鑑賞のはじまりであり、人生を楽しむきっかけとなることを願います。
(注1)銀座メゾンエルメス フォーラムでの本展覧会と同タイトルの個展 ~2025年1月13日(月・祝)
カテゴリ:「内藤礼」
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posted by 鬼頭智美(広報室長) at 2024年09月13日 (金)