康熙21年(1682)、陳廷敬@ちんていけい@が城南山荘に友人の王士禎@おうしてい@、王又旦@おうゆうたん@、汪懋麟@おうぼうりん@、徐乾学@じょけんがく@らを招き、それを当時の肖像画の名手、禹之鼎に描かせたもので、当時の文人雅集の様子がわかります。書画のコレクターとして有名であった廉泉@れんせん@が来日時に山本悌二郎@やまもとていじろう@に譲り、のち高島菊次郎@たかしまきくじろう@へと伝来しました。
康熙21年(1682)、陳廷敬@ちんていけい@が、城南山荘に友人の王士禎@おうしてい@、王又旦@おうゆうたん@、汪懋麟@おうぼうりん@、徐乾学@じょけんがく@らを招き、それを当時の肖像画の名手、禹之鼎に描かせたものです。豪華な庭園に集い書画の制作や骨董の鑑賞を楽しむ、当時の高官たちの雅集の様子がわかります。会に参加した汪懋麟から、翁方綱@おうほうこう@、黄易@こうえき@、阮元@げんげん@ら著名な文人がこの会を称える詩文が続きます。