このページの本文へ移動

1089ブログ

「明末清初の書画」のたのしみかた、その3 いびつな形の裏側に

年明けに開幕した東京国立博物館(以下「東博」)と台東区立書道博物館(以下「書道博」)の連携企画「明末清初の書画」は、2月10日(火)より後期展示がはじまり、気付けば閉幕まであとわずかとなりました(3月22日(日)まで)。

本展を多くの方々にお楽しみいただこうと、東博と書道博の研究員でご紹介してきたブログも今回が最後となります。

【1089ブログ】
 
東博 東洋館8室 後期展示の風景
 
個性的な作風で彩られる明末清初の書画で、特に目を引くのが「いびつな形」です。本展でも作品に表れた奇怪な造形に目を奪われた方が少なくないのではないでしょうか。
今回のブログでは、書における形のいびつさに注目したいと思います。
 
激動期の明末清初には、個性の解放や、「奇」という独創的で優れたものを重んじる風潮を背景に、従来の正統的な書画の枠にはおさまらない、新奇な表現が生み出されました。
「ゆがみ」や「ねじれ」、「かたむき」など、いびつさをともなうさまざまな造形上の変化は、既存の表現では飽き足らなくなった作者と鑑賞者の欲求を満たすものであったのでしょう。
 
いびつさのオンパレードともいえる作品がこちらの書です。
 
(図1)行書五言律詩軸(ぎょうしょごごんりっしじく)
王鐸(おうたく)筆 中国 明~清時代・17世紀 青山杉雨氏寄贈 東京国立博物館蔵【東博展示 3月22日まで】
 
行書五言律詩軸 釈文
 
これは、明末清初を代表する書の名手の王鐸(1592~1652)が、「題柏林寺水(はくりんじのみずにだいす)」という詩を、長条幅(ちょうじょうふく)という縦長の大画面形式に書写した掛軸です。
趙州(ちょうしゅう、現在の河北省石家荘市趙県)の柏林禅寺(はくりんぜんじ)には、かつて長江の激流を描いた壁画がありました。この壁画は唐時代8世紀前半の著名な画家、呉道玄(ごどうげん)の作という伝承をもち、「趙州柏林寺の水」や「趙州の水」と呼ばれ、詩にも詠われて親しまれてきました。
 
王鐸はこの詩を、筆にたっぷりと墨を含ませ、ゆったりとした筆運びで書写しています。
(図2)の赤線や青線部分にみられるように、縦長の大画面を存分に活かして、3字、4字と続けて書き、書いてはその流れや傾きを受けて、バランスをとりながら次の文字を形作っていきます。
 
(図2)王鐸の特徴的な筆運び
 
そうして書かれた個々の字姿は、左に傾いたり(図3)、右に倒れたり(図4)、ねじれたような形であったり(図5)、墨溜まりが塊状になったりと(図6)、実にいびつで変化に富み、まるで生き物のように躍動感に満ちています。
 
(図3)2行目「青」
 
(図4)2行目「浸」
 
(図5)1行目「来」
 
(図6)2行目「龍」
 
一方、(図7)の赤枠部分のように、上下・左右の文字同士は互いに響き合い、それぞれの行は揺れながらもよく調和しています。そして、墨の量と線の太さ、文字の大きさの変化によって、画面には奥行きが感じられます。
 
(図7)呼応する上下・左右の文字
 
この作品には、繻子織(しゅすおり)の絹織物である絖本(こうほん)が用いられています。絖本は光沢のある質感で墨が浸透しにくい性質をもちます。
つまり、筆運びが速かったり、墨の量が少なかったりすると、線にカスレが生じやすくなります。かえって、本作のように墨量を多くし、ゆったりと運筆すると、墨溜まりが生じ、点画が塊状になることもあります。
 
明末清初には、このような絖本や、墨がにじみにくく墨線に筆鋒(ひっぽう)の流れや割れが明瞭に表れる金箋(きんせん、金泥や金箔を施した光沢のある加工紙)などの素材、あるいは長条幅などの形式が好んで用いられました。
明末清初の書画におけるいびつさの裏側には、こうした予期せぬ筆墨の変化を生む素材や形式の流行もあったのです。
 
東京国立博物館 東洋館8室 特集「明末清初の書画―乱世にみる夢―
どちらも3月22日(日)まで開催。
 
 

公式図録

本展の公式図録をミュージアムショップで販売しています。

明末清初の書画 ―乱世にみる夢― 八大山人 生誕四百年記念

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館、九州国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
制作・印刷:大協印刷株式会社
定価:1,900円(税込)

ミュージアムショップのウェブサイトに移動する
特集「創建400年記念 寛永寺」公式図録表紙

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ中国の絵画・書跡「明末清初の書画」

| 記事URL |

posted by 六人部克典(平常展調整室主任研究員) at 2026年03月17日 (火)

 

1