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河合純一さんがめぐる、「博物館でアジアの旅」のハンズオン

「博物館でアジアの旅」は、東洋館で開催している秋の恒例企画です。今年は、日韓国交正常化60周年を記念して「てくてくコリア―韓国文化のさんぽみち―」と題し、当館が所蔵する、韓国にちなんだ作品の数々をご紹介しています。この展示の会期中、「東洋館インクルーシブ・プロジェクト」の一環として、視覚に障害がある方にも展示をお楽しみいただけるハンズオンを設置しました。

2025年9月23日、「東京国立博物館アンバサダー」のおひとりである、スポーツ庁長官の河合純一さんに、そのハンズオンの取り組みを体験いただきました。今回はその様子をお伝えします。


河合純一さん略歴
1975年生まれ。パラリンピックの競泳の視覚障害のクラスで、2012年のロンドン大会まで6大会連続で出場。金メダル5個を含む、計21個のメダルを獲得。2020年より日本パラリンピック委員会の委員長を務め、東京パラリンピックなどで日本代表選手団団長を担う。2025年10月、スポーツ庁長官に就任。

 

対話を促すハンズオン


東洋館1階でごあいさつ。三笠研究員(右)がご案内します。

ハンズオンは東洋館内に2か所設置されています。まずは、東洋館1階エントランスを入り左手にあるエレベーターで、東洋館5階へ向かいます。

東洋館5階に到着。 河合さんをアテンドしていただくのは、早稲田大学 理工センター技術部 教育研究支援課長の地神貴史さん(中央)。
東洋館5階に到着。河合さんをアテンドしていただくのは、早稲田大学 理工センター技術部 教育研究支援課長の地神貴史さん(中央)。

東洋館5階10室に到着しました。広い展示室の中央に、ひとつめのハンズオン「サイコロdeタイムトラベル」があります。


直径1.4メートルの丸いテーブルの上に、1辺が15センチの6面体の布製サイコロが2つ置いてあります。画像右側のサイコロは文字が書かれています。左側のサイコロは、点字で問いかけが記されています。テーブルの端にある丸い溝には、白杖や杖をかけてお使いいただけます。

これは、視覚障害の有無にかかわらず一緒に展示をお楽しみいただけるように設置したものです。サイコロの各面には、「三国時代、高貴な女性のためにつくられたアクセサリーを探そう」や、「どのうつわを使ってみたい?」など、この展示室をより深く楽しむための6つの問いかけが書かれています。

ハンズオンの説明を受け、早速サイコロを振ってみる河合さん。どの面が出たのか確認します。 一番左は六人部研究員。
ハンズオンの説明を受け、早速サイコロを振ってみる河合さん。どの面が出たのか確認します。一番左は六人部研究員。 

河合さんのサイコロは、この面が出ました。


右側のサイコロには点字で、左側のサイコロには日本語・英語とイラストで、「三国時代 土でつくられた動物がいるよ。探してみよう。」と、記されています。

では、展示室で実際に「三国時代 土でつくられた動物」を探しに行きましょう。


土でつくられた動物が展示されているケースを発見! ここでの三笠研究員のおすすめは「土偶 亀 (どぐう かめ)」。親指の先くらいサイズの、可愛らしい作品です。

展示室の中で、会話が弾みます。

(河合さん)「日本にも、亀の土偶はあるのですか?」
(三笠研究員)「日本では、あまり見たことがないですね。」
(河合さん)「そうですか。日本と東洋の違いがみられて面白いですね。」
(地神さん)「ケースの左側にある騎馬人物土偶も、騎士がつけている鎧の感じが日本のものとは明らかに違う印象をもちますね。」
(三笠研究員)「この騎馬人物土偶は、音声ガイドを用意していますので、ぜひ聞いてみてください。」

研究員の話したいこと、たっぷり聴けるAI音声ガイド」は、作品の詳しい解説や、研究員おすすめの見どころを聞くことができます。ご自身のスマートフォンで、展示作品のそばに配置された二次元コードを読み込むと、文字または音声で作品の詳細な解説をお楽しみいただける仕組みで、アプリのダウンロードは不要です。対象作品は5点です。


AI音声ガイドをお楽しみいただく様子。
再生速度を好きなスピードに変えられる、VOXX LITEという音声ガイドシステムを使っています。ちなみに河合さんは2倍速で聞いていらっしゃいました。


 

「”おしゃべりフリーな東洋館」

この取材は、開館時間中に行われました。おしゃべりの声が、ほかの来館者にうるさく思われないかとご心配な方もいらっしゃるかと思います。でも大丈夫です。実は、「博物館でアジアの旅」の会期中は、「”おしゃべりフリー”な東洋館」というスローガンを掲げました。

このきっかけとなったのは、アテンドの方から「視覚に障害がある方に展示の説明をする時、熱が入って声が大きくなってしまうので、展示室で監視さんに注意されないかと気をつかう」というご意見をいただいたからでした。
視覚に障害がある方が鑑賞する際は、アテンドの方との対話によるアプローチが不可欠です。当館ではこれまで、当事者とアテンドの皆さまに、そのような気まずい思いをさせてしまっていたことを大いに反省し、まずは展覧会期中だけでも「おしゃべりフリー」の環境を創出しようという試みを実施しています。
(この試みは、展示の鑑賞を目的としているため、携帯電話等での通話は展示室内ではお控えいただいております。)

 

書体の違いをさわって感じるハンズオン

それでは、ふたつめのハンズオンがある、東洋館4階へ移動します。
 
ふたつめのハンズオンは、「漢字の『手』をさわってみよう」というタイトルです。東洋館4階8室の中央に設置された、直径1.4メートルの丸いテーブルの上に、複数のプレートが設置されています。
3000年以上も前に中国でうまれた漢字は、長い歴史のなかで書きやすさや美しさなどが工夫され、篆書(てんしょ)、隷書(れいしょ)、草書(そうしょ)、行書(ぎょうしょ)、楷書(かいしょ)の、5つのスタイル(書体)があらわれました。
それぞれのプレートには、異なる書体で「手」という漢字が立体的に表されています。
プレートをさわって、書体の違いを直感的に感じていただき、漢字や書について新たな発見をしていただこう、という趣旨のハンズオンです。
 

河合さんがハンズオンのプレートにさわって、六人部研究員と対話する様子。
 
(河合さん)「これって、印鑑とかにつかわれている書体ですか?」
(六人部研究員)「そうです! 5つのなかで最も古い書体の篆書です。ここでは、青銅器にあしらわれた篆書の文字をイメージして、プレートは金属でつくられています。」
(河合さん)「1、2、3、4、5本の指がありますね。」
(六人部研究員)「まさに手のひらを広げているかたちです。まるで絵画のようなところが、篆書の面白さですね。」
 
次は、隷書のプレートです。篆書が簡略化されてできた隷書は、線が整理されて、現在、一般的に使われている漢字(楷書)に近いかたちをしています。
 
(六人部研究員)「横線(「手」の漢字の3画目)をさわってみてください。」
 

河合さんが隷書のプレートに触れている様子。
 
(河合さん)「まっすぐな線ではないですね」
(六人部研究員)「筆でリズムをとって、波打った線を書くのが、隷書の特徴なんです。この隷書は石碑にあらわされることも多かったので、プレートは石でつくられています。」
(河合さん)「石碑ということは、字を書くというよりは、石に字を刻んでいたということですね。」
(六人部研究員)「そうです!このプレートでは分かりやすいように、文字を立体的に起こしていますが、実際の石碑では文字の部分が彫られて、くぼんでいることがほとんどです。」
 

残り3つの書体についても、六人部研究員の説明を聞く河合さん。とても楽しそうに、ひとつひとつ興味深く聞いてくださいました。
 
(河合さん)「このハンズオンは、さわることを意識して「手」という漢字を採用されたと思うので、次は「目」という漢字のバージョンをつくってみるのも良いかもしれませんね。」
(六人部研究員)「いいですね!「目」という漢字は、まさしく人の目をかたどったかたちで、面白いので、ぜひやってみたいです。」
(河合さん)「体の部位がイメージできると、もしかしたら子どもたちに向けても分かりやすい教材になるかもしれませんね。」
 
 
課題は、伸びしろ。そして、可能性。
 
最後に、ふたつのハンズオンのご感想についてお伺いしました。
 
(河合さん)「いつも東博に来ると学びが多くて、今日も楽しく過ごすことができました。博物館で、こういうアプローチが増えていくと良いなと思います。スポーツ選手は、自分のパフォーマンスに注力しがちですが、たまに文化に触れてみると、インスパイアされて刺激を受けるように思います。
音声ガイドの説明でも理解が進みましたが、作品のイメージをより膨らませるためのサポートとして、作品がつくられた国や時代が伝わってくるような音楽や香りなどが組み合わさるような、五感に刺激のある展示も面白いかもしれません。
書のハンズオンは、改めて勉強になりました。金属・石・木などの素材にこだわってつくっておられましたね。作品自体はさわれなくても、展示作品の前で、その作品と同じような素材をさわることができたり、作品のサイズ感を体感できるようなパネルなどがあっても伝わりやすいなと思いました。」
 
(三笠研究員)「大変貴重なご意見をどうも有難うございます。このプロジェクトは、以前河合さんから展示や音声ガイドについて評価をいただけたことがきっかけとなって発足したものです。それ以降、研究員の視点から、視覚に障害のある方がいつでも安心して来館いただける館を目指して、先駆的な取り組みをされていらっしゃる博物館や施設に見学に行くようになりました。ですが、東博の現状と他館の現状を単純に比較することは難しく、東博ならではの問題を解決するには、館の中の人間が考え、発信しないとならないことを痛感しました。」
 
(河合さん)「こういう取り組みを繰り返し続けていくことが大事だと思います。このプロジェクトが、1回だけで終わってほしいわけではありません。これで完璧だと思った瞬間に終わってしまいます。まだ課題があると思っていれば、もっと良い博物館になっていく可能性がある。課題は伸びしろ、そして可能性だと思います。考え続けていく姿勢をもち、そういう人がひとりでも増えていくことが、東博の価値になるのではないでしょうか。」
 

展示室で対話する河合さんと三笠研究員

今回は、「東洋館インクルーシブ・プロジェクト」の企画第 1 弾として、同行者とご一緒に展示をお楽しみいただけるハンズオンや音声ガイドを、河合さんに体験していただきました。たくさんの貴重なアドバイスをもとに、当館は今後もプロジェクトを推進し、展示手法のさらなる開発とアクセシビリティの向上を目指してまいりますので、皆さまのご意見やご感想をお待ちしております。

大きな示唆をくださいました河合純一さん、本当に有難うございました!

カテゴリ:博物館でアジアの旅東洋館インクルーシブ・プロジェクト

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posted by 東京国立博物館広報室 at 2025年10月20日 (月)

 

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