シリーズ東博コレクション展を探求!
2026年夏号より4回にわたり、金剛力士立像の魅力を多角的に探ります
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吽形(うんぎょう)
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阿形(あぎょう)
- 金剛力士立像(こんごうりきしりゅうぞう) 平安時代・12世紀
- 通年展示
東博コレクション展を代表する圧倒的な存在感を放つ金剛力士立像。一度は大破したこの仏像は、約2年かけて本格修理が行われました。
シリーズ第2回目は当館の児島研究員が、本作品の修理や使用された木材について解説します。
- 現状を長く後世へ 文化財としての仏像修理の大原則
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仏像の修理といっても、お寺や個人所有の仏像をつくられた当時の姿に戻す修理とは違い、文化財としての仏像修理は現状維持が大原則です。手を加える箇所は必要最小限にとどめ、現在の状態を後世に長く伝えていくことが基本で、同時にオリジナル部分の尊重にも重きを置いています。幾度か修理を繰り返している仏像は、時にオリジナルにない色や装飾が施されていることもあるので、その場合は以前の修理の痕跡を剝がし、なるべくオリジナルの状態に戻す修理も行います。こうした仏像修理の方針は、こちらの金剛力士立像の修理を行った、公益財団法人美術院の創設者である岡倉天心(おかくらてんしん)と新納忠之介(にいろちゅうのすけ)が明治時代に定めたもので、以来現在まで仏像修理は基本的にこの考えで行われています。
- 約2年間におよんだ本格修理
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損傷の状態にもよりますが、仏像の修理の大半は表面修理で、状態の悪いものは解体して組み上げる本格修理が必要になります。金剛力士立像も、もともとお寺の門で風雨にさらされていたため傷みが激しく、台風により大破しバラバラになっていましたが、美術院にて本格的な解体修理を行うことになったのです。美術院の技師による修理は約2年をかけて行われました。工程としては、いったんすべてを解体し、ひとつずつ使える部材と使えない部材を判断しながら組み上げます。現状維持を基本としつつも、自立に支障が出るほどの欠損部分は補強し、台座は拡張して安定感を補いました。
- 表からみえない真実をしるには解体修理が唯一のチャンス
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日本の古美術は宗教的礼拝の対象になっている作品も多く、破壊検査はほとんどできません。そのため、表面からではわからないことを調べる機会としては解体修理がほぼ唯一のチャンスです。今回の金剛力士立像でも、使用木材の種類を調べる「樹種同定調査」を京都大学が、年代を調べる「年輪年代測定調査」を奈良文化財研究所が実施しました。木材の調査では、この像は大半がヒノキ材で、後補材としてはコウヤマキやゴヨウマツが、枘(ほぞ)にはヤブツバキが使われていることと、ヒノキ材の年輪の一番新しいものが1173年に形成されたものだということがわかりました。木の年代=制作年とはいえませんが、他の木材の年代も矛盾しなかったので、この像が平安時代末期に伐採された材を使ってつくられたものと推察できます。この調査によって、美術史的、彫刻史的な観点からの平安時代後半、12世紀末の作であろうとの見立てが裏付けられたことになります。
- 時を越え、多くの人の手や願いとともに、今ここにあること
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平安時代以降、数々の戦火を免れたものの、台風で大破した後にはお寺もなくなり、いっとき誰からも守られない存在となっていた金剛力士立像。今こうして丹念に修理された姿で、多くの皆様にご覧いただけていることは、この像にとっても、この像を手放さざるを得なかった人々にとっても喜ばしいことだろうと思っています。本来はお寺の門にあるべきですが、こうして博物館にあるからこそ、雨や風にさらされることなく、その姿を長く後世に伝えることができます。当館でご覧いただく際にはぜひ、その造形のすばらしさとともに、どこをどう修理したのかわからないほどのみごとな技術や、人の手仕事の温もりにも思いを巡らせていただけたらうれしいです。
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1解体(吽形)
修理のために、すべての部材を解体します -
2組み上げ(体幹部)
解体した部材をあわせて、不足箇所や補強が必要な箇所を確認します -
3補作
指先などの欠損部を補い、像が制作された時代にあった雰囲気を損なわないようにしあげます -
4組み上げ(頭部)
頭部を取りつけ、角度を調整します。わずかな違いが仏像の表情や印象を大きく左右します -
5古色(彩色)
新たに補った部材を彩色し、周囲と違和感なく、なじむようしあげます -
6完成
現状を維持しながら、今後100年間の安定を見据えた修理が完了しました
- 金剛力士立像に思いを馳せて
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本像が安置されていた滋賀県栗東市(りっとうし)の蓮台寺(れんだいじ)ゆかりの方に、思い出を伺いました。台風の被害で原形をとどめない部材が保管されるなか、比較的かたちが残っていた頭部顔面だけがみえていた情景が思い起こされます。1970年に仮組みの金剛力士立像が京都国立博物館で展示された際、地元民は「こんな立派な像が蓮台寺に…」と驚きました。
東京国立博物館に金剛力士立像が収蔵されたと聞いたときは、「仁王さんがいつまでも残るんだ」と本当にうれしかったです。地域の誇りとして、多くの方々、そして次の世代の方々にもぜひしってもらいたいです。蓮台寺:現在、建物は残っていません
- 蓮台寺跡地の石碑
- 金剛力士立像の故郷である浄光山(じょうこうざん)蓮台寺は、最澄による789年の創建といわれ、かつては七堂伽藍(しちどうがらん)を備えた大寺院でした。その後、応仁の乱や寛永の火災などで建物が焼失し、残った仁王門も1934年の室戸(むろと)台風によって倒壊。現在は跡地に石碑と案内板が設置されています。
次回は、金剛力士立像の搬入・展示について探求!
